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36 白藍(びゃくらん)の鎧 3

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 王宮最深部、地下宝物庫。
 冷えた空気は動かない。
 宝物庫と言っても、金銀財宝があるわけではない。いや、あるのかもしれないがレーゼには見えない。
 しかしこの部屋には”声”が充満している。それは多分、ゴールディフロウ王家の祖先の声だ。
 最初レーゼには、わやわやとした雑音ノイズにしか聞こえなかった。かん高いものもあれば、低くつぶやくだけのものもいる。その中からを探さないといけない。
 そんな気がしていた。
 レーゼは神経を研ぎ澄ます。その声を拾うために。
 あちこち触った感じによると、ここに並べてあるものは、古い書物や、絵、陶器などのようで、レーゼが触れるとびりっと痛みが走った。
「いたぁ……」
 それらはゴールディフロウ家の先祖が関わったものだろう。声は宝物から発せられている。古い王家の能力者が作った道具たちが、何かを訴えているのだ。
 彼らは怒っていた。

『でていけ小娘!』
『色を持たない、忌み子めが!』
『何を盗みに来た? ここにはお前のものは何もない!』

 まぁ、そうなるわよね。

 レーゼは悪口には意外と慣れている。ごく近しい近親者である父や祖父でさえ、彼女を嫌ったのだ。
 だから顔も知らない先祖の残留思念なんかに、出ていけと言われても案外平気だった。
 だが、一つだけ罵声に紛れてレーゼにもわかる言葉があった。それは最初に聞こえた声だが、周りに充満する声に比べてひどく弱い。
 その声はこう言っていた。

『こちらへ来なさい。我と同じ者、我の子よ』

 不思議と怖くない。レーゼは声のする方へと入っていった。
 そこは一番奥にある窪みのようなところ。そこまで来ると、他の雑音はだいぶ小さくなり、声は聞き取りやすくなった。
 古めかしい台座の上に、青い石が飾ってあった。レーゼの守り石と同じ宝石だが、平たくて三倍くらいの大きさがある。触れるとほんの少し温かく、他の道具や本のように、レーゼを拒絶したりはしない。
『そなたがレーゼルーシェか。待っていたぞ』
 石の中から声がする。男性のようだが年齢まではわからない。
「あなたは誰?」
『我はビャクラン。アンジュレアルト・ビャクラン・ゴールディフロウ』
「まぁ、私と同じ名前」
 レーゼの正式な名は、レールゼーシェ・ビャクラン・ゴールディフロウだから、ミドルネームが同じである。
『偶然ではない。レーゼ、お前の祖父は私の名前をつけたのだ。お前よりも二百年以上、先に生きた私の名を』
「どうして?」
『私もレーゼと同じ、忌むべき色を持っていたから。もっともそれは、私が病を得てからだ。それまでは一応金色だったのだ』
 その声はやや言い訳がましく言った。
「病気になったの?」
『ああ。私は若くして死ぬ運命だった。しかし、姉のおかげで助けられた』
「お姉さんがいたのね……色が変わったら嫌われた?」
『そうだな。この国の王家は見栄っ張りなのだ。髪や瞳、あるいは肌の色など、何の意味もないというに』
「それでどうしたの?」
 強い興味を引かれてレーゼが尋ねる。
『我は力を得たゆえに、さげすむ者は、全部ぶちのめしてやった。魔力ではなく、物理で』
「そうなの? 私もお爺さまをつねってやったらよかったのかしら?」
『あの男は見栄っ張りな愚王だったから、そのくらいは良いだろう。あの男の代でこの国は滅びたのだ』
 声はほんの少し楽しそうだ。生前はかなり個性的な人柄だったのかもしれない。
「滅ぼしたのは魔女たちよ」
『だが、ここにある知識、武器や防具を使えば、少なくとも民は守れたものを。ここは封印されて長い間忘れられていたのだ。百年ほど前からここに来る王はいなくなった。どこかで系譜が絶たれたのだろう』
「この石はあなたのものだったの?」
『そうだ。私は、私の持つ全ての能力を使ってこの鎧を作った』
「鎧? 石でしょ」
 レーゼがそう言った途端、石が光りだし、形をどんどん変えていく。
 驚くレーゼの前でそれは、美しい一対の鎧と姿を変えた。守り石と同じ白藍の装甲に、妖精を思わせる植物めいた装飾がなされている。
 それは美しい鎧だった。
「綺麗な鎧ね。でも、私こんなもの見せてどうするの?」
『それはこうだね。私に触れてごらん?』
「こ、こう?」
 レーゼが恐る恐る鎧に触れると、それは光とともに反転し、レーゼの全身を包み込んだ。頭のてっぺんからつま先まで、すべて覆われてしまう。なのに、重さや息苦しさは感じない。
『つけ心地はどうだい?』
「案外動けるのね。というか、いつもより体が軽いわ」
『それは私の力が君を守っているからだ。外からの攻撃はよほどのものでない限り受けつけないし、君にかけられた魔女の呪いも幾分抑えることができる』
 その声は、鎧の内側からレーゼに直接語り掛けてくる。その声の言う通り、レーゼの見えにくい目も、出しにくい声も鎧を通すと、明晰になってきた。
「まぁ! すごいわ! こんなに見えるのはひさしぶりよ! あなたすごい力を持っているのね、あれ?」
 面貌がするりと上がる。顔が明らかになると、視界や声は元通りになった。
『これでも、死ぬ直前は王家最後の、大魔法使いと呼ばれていたのだ。この寄りには私の魂の一部が組み込まれている』
 声は幾分自慢そうに言った。
「ほんとう!? だったら!」
 レーゼはきた方角を振り返った。
「ビャクラン、私魔女から逃げてきたの。山向こうの塔でルビアが戦っている。助けてほしいの!」
『残念ながらそれはできない』
「どうして!?」
『……その女は死んだ』
 ビャクランは重々しく告げる。
「し……そんなのは嘘よ! 絶対嘘!」
 レーゼは激しく頭を振る。
「ルビアは追いつくって言っていたもの!」
『死んだのは今より少し前だ。彼女は最後まで雄々しく戦った。レーゼは良い家臣を持ったな』
「家臣じゃないわ! ルビアは私のお母さま同然なの! ずっと私を守ってくれたの! お願い、助けに行かせて!」
『……すまぬ』
「なによ! 結局私には何もできないのだわ! ルビアを助けることも、ナギに会いに行くことも! とんでもない役立たずだわ! あなただってそうよ! ずっとこんな穴蔵で、みんなの悪口を聞いていたんでしょう?」
 床にうずくまり、レーゼは泣きながら叫んだ。
『その通りだが……泣くな。レーゼお前にはやることがあるだろう』
 好きなだけレーゼを泣かし、やがて収まりかけた時ビャクランは静かに語りかけた。
「やること?」
『そうだ。お前の大切な人たちを苦しめ、ここまで追い詰めたのは誰だ?』
「それは……」
 レーゼの顔が上がる。
「エニグマ」
『そうだろう。レーゼはエニグマにたどり着かねばならない。そして魔女の恐怖から人々を解き放たないといけない』
「……どうやって?」
『私が力を貸そう。私の残る力のすべてを使って、かの魔女を倒すのだ。むろんレーゼ一人ではできない。仲間を探す。大陸中に魔女を滅ぼしたい人々はいる』
「……」
『きっと、レーゼの大切な人も同じように戦っている』
「人を集めてい行けばナギに会える?」
『会えるだろう。目的が同じであるならば』
「……そう。そうね。ここで嘆いているだけでは、それこそナギに会わす顔がないわ」
 レーゼは立ち上がった。鎧がぴったりと体に沿っている。面貌がするりと下りた。
「これって、脱げないの?」
『私の協力がなければ脱げない。レーゼを守るものだから』
 レーゼは動いてみたが、特に重くもなく、動くのには不自由しない。
「でもご飯はどうやって食べるの? お風呂は?」
『栄養や水は鎧──つまり私の能力でおぎなう。この鎧の中では体も汚れない。必要なのは睡眠ぐらいだ。背丈もお前と共に成長する』
「じゃあ、魔女とも戦える?」
『残念ながら向上するのは防御力だけで、戦闘力は上がらない』
「なんだ、じゃああんまり役には立たないじゃないの! 守れるのは自分だけで、誰の役にも立たないわ!」
『まぁそういうな。その代わり、私の能力とレーゼの能力が合わさって、感覚がより鋭くなる。獣の力を借りることも、今よりできる』
「そんなことができたって……」
『だからレーゼ、仲間を作るのだ。能力を使い、仲間に情報をつたえて戦いの援護をする。それがレーゼの戦い方だ。仲間を募って、魔女を倒せ』
「わたしの戦い方……」
『そうだ。必要なのは成しとげようとする意志だ』
「意思……そうね」
「私とともに行こう、レーゼ」
「……」
 かつて一人で旅立った人がいた。しかし、意思さえあれば、追いつけるかもしれないのだ。
「……エニグマは今どこにいるの?」
『今は大陸北東の島にいる』
「北東の島……」
 大陸の南西に位置するゴールディフロウからは対角線上にある。かなりの距離だ。
『既に知っていると思うが、ゾルーディアもエニグマも我が王家の一族だ。彼らは双子の王女だったが、ある事情から能力が暴走し、恐るべき魔力と化してしまった。いわば身内の恥だ。だから、私にも討つ理由が大いにある。だがあまりにも強大になりすぎた魔女は、一人では滅ぼせない』
「だから、仲間を」
『そうだ。私がレーゼの中の呪いを抑えこめている間に、ここから出て魔女を滅ぼせ』
「私行くのね」
『そうだ、行こうレーゼ』
「わかった。ビャクラン、私は戦う」
『よい子だ……なにを笑う?』
「今わかったことがあるんだけど」
『?』
 レーゼの目はまだ涙でぬれている。しかし、口元には新たな決意が宿っていた。
「ビャクラン。あなた、私のひいひいひいお爺さまだったのね」

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