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第39話:飛んで火に入る占い娘
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私の武装、もとい変装は完璧だった。
完全に王都の一国民として溶け込んでいて、今のところ“占い娘”として囲まれる様子はまったく無い。
今の私は“ちょこっとセレブなお嬢さん”くらいに見えるだろう。
これで安心して買い物ができる。
ハンカチを売っているお店を求めて勘で歩いて進み、それらしきお店にたどり着く。
お店の一角の小さなコーナーといえど、品揃えは豊富で、そこにはオシャレなハンカチがずらりと並んでいた。
(どうしよう、思ったより種類がある。これは悩む…)
レースをあしらったもの、唐草の刺繍が施されてあるもの、花柄のものなどなど…柄に加えて色にも種類があるから、私は一人ハンカチコーナーの前で長考した。
(汚してしまったアレと似たものにするべきかしら。それともまた別のものにするべき?あんまり派手なものは多分アストラの好みじゃないから、シンプルなものがいいわよね…)
どれも素敵だけれど、アストラに渡すには可愛すぎるものが多い。
いちばん無難なのは、やっぱり真っ白ドシンプルなハンカチだろうか。
(でもそれだと物足りない気も……あ。)
頭を悩ませていると、ふと近くの棚の裁縫コーナーが目に止まる。
(…そうだ、いいこと思いついた。)
最終的に、私は真っ白ドシンプルなハンカチと金の刺繍糸を購入して、その店を出た。
✧
目的達成。良い買い物ができてホクホクの私は、速やかに帰路につく。
本当はカフェに寄り道でもしてしまおうかしらと考えていたけれど、やりたいことが出来たので、ささっと王宮に帰ろうと思う。
こうして曖昧な土地勘で一人歩いていると、子供の頃に初めておつかいに行ったときのことを思い出す。
いっきに色んなものを頼まれて、それらを買うためにあちこちを巡り、すっかり日が暮れた頃に帰り道を歩いていたっけ。
空が茜色に染まっていて、アホウドリが鳴いて、アホウドリと一緒に帰りましょなんて口ずさんで…
「痛い目見なきゃわかんねーようだなァ?」
「………」
せっかくおもひでに浸っていたのに、今回の帰り道の治安は悪かった。
何やら少し家柄の良さそうな一人の女の子に、いい歳した成人男性が二人がかりで絡んでいる。道のど真ん中で。
周りの人々は声を潜めて何か言いながら、遠巻きに彼らの様子を伺っている。
(…多分、私はこういう揉め事には関わらない方がいいんだろうけど)
痛い目見なきゃ云々と言っていた男その1が、男その2に目配せする。
すると男その2は、女の子の白い細腕を掴みあげた。
(遭遇してしまったからには仕方ない)
私は三人の元へ駆け寄って、「あのー」と声をかける。
周りの人々はぎょっとした顔をしてざわめき、男たちは一瞬驚いた顔をしたもののすぐに切り替えて私にメンチを切った。
「どうしてこうなったのかは分かりませんが、暴力はいけません。落ち着いて話し合いましょう」
私は平和的解決を望む。
いくら腕っぷしには自信があるとはいえ、あのナイフ事件以降フィジカルエリートアストラに護身術を教わっているとはいえ、暴力的解決はよろしくない。
特に今の私はちょこっとセレブなお嬢さんの格好をして王都を歩いているのだから、淑女たるもの武力行使はもってのほか。武力行使などありえない。
「おいおいおい飛んで火に入るバカ娘がいるぜ。これだから箱入りお嬢サマは困るんだよなァ」
「俺らはこの黒髪の嬢ちゃんにぶつかられて怪我しちまったんだよ。骨が折れちまったイテテテ。だから慰謝料を払ってもらわねェと…」
「私は謝ったよ。」
「謝罪じゃねぇ金寄越せっつってんだよ、話の通じねえガキだな!」
男その1…その2?どっちがどっちか忘れたけど片割れが、「そうだ」と私を指さして言い出す。武力行使などありえない。
「お前が代わりに払ってくれるんなら、この黒髪のガキは見逃してやるよ」
「そうですか。額はおいくら?」
「三百万は下らねえぜ」
「そうですか。」
価格のやり取りをしている間に、女の子の腕を掴んでいる方の男が力を強めたようで、女の子は痛みを我慢するようにぐっと口を結んだ。
「ほら早く出せよ、三百万。このガキがどうなっても────あだだででで!?」
武力行使バンザイ。ありえないことが起こるからこの世の中は面白い。
私に三百万を催促するため差し出してきていたカツアゲ男の右手を捕らえて、ひねりあげる。
続けて、女の子の腕を掴んでいた暴力男の脛を思いっきり蹴った。かの弁慶ですらここを打ってやれば涙を流すという。
「……!!」
「がっ……、……」
いい歳した成人男性二人は顔を真っ白にして地に伏し、女の子は解放された。
勝者、ミコ・シルヴァート。武力行使こそ正義である。揉め事はおしまい。これにて一件落着。
「…………」
「…はっ。」
周囲は私の行動を見て絶句していたが、徐々にどよめき始める。
その反応で、私は冷静になった。
ちょこっとセレブなお嬢さんに過ぎないはずの私が、男の腕をひねりあげ、脛を蹴り飛ばし、勝ち誇った顔(当社比)で立っている。王都で。野次馬がたくさんいる道の真ん中で。
一件落着なわけがない。誰だ武力行使が正義とか言ったのは。
「…あの…これは…」
「とりあえずここから離れようか。私のオススメのカフェがあるんだけれど」
「行きましょう」
ついさっきまで絡まれて捕まっていたはずなのに、私より冷静な様子の女の子。
彼女の提案に考える間もなく乗っかって、私たちは足早にその場を離れた。
完全に王都の一国民として溶け込んでいて、今のところ“占い娘”として囲まれる様子はまったく無い。
今の私は“ちょこっとセレブなお嬢さん”くらいに見えるだろう。
これで安心して買い物ができる。
ハンカチを売っているお店を求めて勘で歩いて進み、それらしきお店にたどり着く。
お店の一角の小さなコーナーといえど、品揃えは豊富で、そこにはオシャレなハンカチがずらりと並んでいた。
(どうしよう、思ったより種類がある。これは悩む…)
レースをあしらったもの、唐草の刺繍が施されてあるもの、花柄のものなどなど…柄に加えて色にも種類があるから、私は一人ハンカチコーナーの前で長考した。
(汚してしまったアレと似たものにするべきかしら。それともまた別のものにするべき?あんまり派手なものは多分アストラの好みじゃないから、シンプルなものがいいわよね…)
どれも素敵だけれど、アストラに渡すには可愛すぎるものが多い。
いちばん無難なのは、やっぱり真っ白ドシンプルなハンカチだろうか。
(でもそれだと物足りない気も……あ。)
頭を悩ませていると、ふと近くの棚の裁縫コーナーが目に止まる。
(…そうだ、いいこと思いついた。)
最終的に、私は真っ白ドシンプルなハンカチと金の刺繍糸を購入して、その店を出た。
✧
目的達成。良い買い物ができてホクホクの私は、速やかに帰路につく。
本当はカフェに寄り道でもしてしまおうかしらと考えていたけれど、やりたいことが出来たので、ささっと王宮に帰ろうと思う。
こうして曖昧な土地勘で一人歩いていると、子供の頃に初めておつかいに行ったときのことを思い出す。
いっきに色んなものを頼まれて、それらを買うためにあちこちを巡り、すっかり日が暮れた頃に帰り道を歩いていたっけ。
空が茜色に染まっていて、アホウドリが鳴いて、アホウドリと一緒に帰りましょなんて口ずさんで…
「痛い目見なきゃわかんねーようだなァ?」
「………」
せっかくおもひでに浸っていたのに、今回の帰り道の治安は悪かった。
何やら少し家柄の良さそうな一人の女の子に、いい歳した成人男性が二人がかりで絡んでいる。道のど真ん中で。
周りの人々は声を潜めて何か言いながら、遠巻きに彼らの様子を伺っている。
(…多分、私はこういう揉め事には関わらない方がいいんだろうけど)
痛い目見なきゃ云々と言っていた男その1が、男その2に目配せする。
すると男その2は、女の子の白い細腕を掴みあげた。
(遭遇してしまったからには仕方ない)
私は三人の元へ駆け寄って、「あのー」と声をかける。
周りの人々はぎょっとした顔をしてざわめき、男たちは一瞬驚いた顔をしたもののすぐに切り替えて私にメンチを切った。
「どうしてこうなったのかは分かりませんが、暴力はいけません。落ち着いて話し合いましょう」
私は平和的解決を望む。
いくら腕っぷしには自信があるとはいえ、あのナイフ事件以降フィジカルエリートアストラに護身術を教わっているとはいえ、暴力的解決はよろしくない。
特に今の私はちょこっとセレブなお嬢さんの格好をして王都を歩いているのだから、淑女たるもの武力行使はもってのほか。武力行使などありえない。
「おいおいおい飛んで火に入るバカ娘がいるぜ。これだから箱入りお嬢サマは困るんだよなァ」
「俺らはこの黒髪の嬢ちゃんにぶつかられて怪我しちまったんだよ。骨が折れちまったイテテテ。だから慰謝料を払ってもらわねェと…」
「私は謝ったよ。」
「謝罪じゃねぇ金寄越せっつってんだよ、話の通じねえガキだな!」
男その1…その2?どっちがどっちか忘れたけど片割れが、「そうだ」と私を指さして言い出す。武力行使などありえない。
「お前が代わりに払ってくれるんなら、この黒髪のガキは見逃してやるよ」
「そうですか。額はおいくら?」
「三百万は下らねえぜ」
「そうですか。」
価格のやり取りをしている間に、女の子の腕を掴んでいる方の男が力を強めたようで、女の子は痛みを我慢するようにぐっと口を結んだ。
「ほら早く出せよ、三百万。このガキがどうなっても────あだだででで!?」
武力行使バンザイ。ありえないことが起こるからこの世の中は面白い。
私に三百万を催促するため差し出してきていたカツアゲ男の右手を捕らえて、ひねりあげる。
続けて、女の子の腕を掴んでいた暴力男の脛を思いっきり蹴った。かの弁慶ですらここを打ってやれば涙を流すという。
「……!!」
「がっ……、……」
いい歳した成人男性二人は顔を真っ白にして地に伏し、女の子は解放された。
勝者、ミコ・シルヴァート。武力行使こそ正義である。揉め事はおしまい。これにて一件落着。
「…………」
「…はっ。」
周囲は私の行動を見て絶句していたが、徐々にどよめき始める。
その反応で、私は冷静になった。
ちょこっとセレブなお嬢さんに過ぎないはずの私が、男の腕をひねりあげ、脛を蹴り飛ばし、勝ち誇った顔(当社比)で立っている。王都で。野次馬がたくさんいる道の真ん中で。
一件落着なわけがない。誰だ武力行使が正義とか言ったのは。
「…あの…これは…」
「とりあえずここから離れようか。私のオススメのカフェがあるんだけれど」
「行きましょう」
ついさっきまで絡まれて捕まっていたはずなのに、私より冷静な様子の女の子。
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