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第23話:曇るエレーナの瞳
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(ヴァネッサ様の過去から得られそうな情報はこれくらいかしら…残るはエレーナ様と、サーニャ様)
この二人はヴァネッサ様ほど長く目を合わせることは難しそうだ。一気に視るのではなく、切り替えつつ覗く方法でいこう。
「ミコさん…ヴァネッサさんのまるで演説のような一方的な会話にそんなに丁寧に対応しなくてもいいのよ」
「いえ、とても勉強になりました」
「ただのスイーツ語りだったけれど…」
普段から表情筋と声の抑揚が死んでいることが幸いしたのか、中身のない相槌は丁寧に会話を聞いている姿勢として受け取られた。少し申し訳ない気はするけれど何から何まで好都合だ。
短い時間でなるべく多くの情報を頭に叩き込むため、いつもよりも能力の出力を上げる。これをやると普段の割り増しで疲れるのだけど仕方がない。
今さっき、エレーナ様と目を合わせたのはおよそ十秒。この十秒でエレーナ様とナターシャ様の関係性はだいたい掴めた。
凛としてしたたかなエレーナ様に、気弱で心配性なナターシャ様。正反対な二人だけれど相性は案外悪くない。
エレーナ様は時々厳しいことを言うけれどなんだかんだナターシャ様を気にかけているし、厳しいことを言われて縮こまるナターシャ様はそんなエレーナ様の気遣いを分かっている様子。
「ヴァネッサ様はお話が上手ですよね!私、今のを聞いてすごく食べたくなってしまいました」
「ええ、そうですね。サーニャ様はスイーツがお好きですか?」
「大好きです!特にケーキが一番…ああでも、ドーナツも捨て難いですね…!」
今の会話で十秒。…そろそろ頭が痛くなってきた。
朗らかなサーニャ様と穏やかなナターシャ様は一番相性が良さそうで、過去を覗くと二人で仲良くおしゃべりに花を咲かせている様子が多く視られた。
花を咲かせるというのはもちろん比喩だけれど、この二人が揃うと本当に周りに花が咲いてきそうだ。
(…今のところ、ナターシャ様と三人の間で何かいざこざが起こるような様子は無い…候補者同士は仲が悪いどころか全体的に前向きな交流がされているし、彼女たちの間でイジメが起こるだなんてとても…)
「そうそう、ドーナツはナターシャちゃんがとても好きなもので…」
「!」
「!」
ニコニコと楽しそうに話を続けようとしていたサーニャ様は、件のナターシャ様の名前を出した。
瞬間、ヴァネッサ様とエレーナ様の表情が変わる。
「……あ…」
サーニャ様も遅れてハッと目を見開いてから、悲しそうに肩を落として目を少し伏せる。
「ごめんなさい…私」
「…いいのよ。あの子の話をしてはいけないわけではないのだから」
「そうですわよ、あの子はずっとわたくし達の友人であり仲間でありライバルであり…!」
「ヴァネッサさん。…友人仲間であることは間違いないわ、けれどライバルではないことはもう事実よ。…あの子は王太子妃候補の座を降りた。」
淡々と、しかしどこか悲しげに告げるエレーナ様。ヴァネッサ様は口をつぐんで俯いた。
「…………」
思ったより…と言ったらアレだけど、ナターシャ様の件に関して三人は結構深刻に受け止めているらしい。彼女の名前が出ただけで、想定以上の重暗い空気が漂った。
自分以外のレオヴィル殿下の妻(予定)が一人減ったという事実だが、彼女らはずいぶんとその事実を悲しんでいる様子。
(…やっぱり、考えられないわね)
三人とナターシャ様の過去の交流を八割がた覗いて、今のやり取りを聞いて、候補者によるイジメなど存在しなかった説が非常に濃厚になっている。
候補者たちの交流を深く知らない使用人たちによる、憶測に憶測を重ねた誤った噂なのではないかと。
(火のないところに煙は立たないとは言うけれど、さすがにこれは…)
今の会話が演技だったようには思えないし、“過去”という紛れもない事実を視漁ってなおイジメらしき場面の欠片も見られなかったのだから…
使用人の間で流れた噂は、まったくの誤解だったのでは。
「ナターシャちゃんはどうして…だって、あんなに殿下と……」
サーニャ様はナターシャ様が候補を辞退した理由に心当たりが無いのか、悲しくてやるせないといった様子だ。
ぱっちりと大きな目は少し伏せられて、よく見ると涙が滲んでいる。
「わたくし達は殿下を愛していて、殿下もわたくし達を愛していますわ。未来の妃となるため、幼少の頃から殿下を想い慕い日々たゆまぬ努力を重ねて…それはナターシャも同じだったはずですわ。それなのに、何故こんなにも急に…」
ヴァネッサ様もまたやるせない様子で、唇を噛みしめる。
しかし。
(……あら…)
エレーナ様は違った。
迷いのあるような顔で、何かを言わんとして飲み込んだ。柄にもなく曇った瞳を揺らして手元のカップの中の紅茶を見つめている。
「…エレーナ様」
「…?」
私は疲労感も頭の痛みも忘れてその名前を呼び、こちらを向いた彼女の瞳を見つめた。
(───あなたが今、思い浮かべていた時を見せて。)
この二人はヴァネッサ様ほど長く目を合わせることは難しそうだ。一気に視るのではなく、切り替えつつ覗く方法でいこう。
「ミコさん…ヴァネッサさんのまるで演説のような一方的な会話にそんなに丁寧に対応しなくてもいいのよ」
「いえ、とても勉強になりました」
「ただのスイーツ語りだったけれど…」
普段から表情筋と声の抑揚が死んでいることが幸いしたのか、中身のない相槌は丁寧に会話を聞いている姿勢として受け取られた。少し申し訳ない気はするけれど何から何まで好都合だ。
短い時間でなるべく多くの情報を頭に叩き込むため、いつもよりも能力の出力を上げる。これをやると普段の割り増しで疲れるのだけど仕方がない。
今さっき、エレーナ様と目を合わせたのはおよそ十秒。この十秒でエレーナ様とナターシャ様の関係性はだいたい掴めた。
凛としてしたたかなエレーナ様に、気弱で心配性なナターシャ様。正反対な二人だけれど相性は案外悪くない。
エレーナ様は時々厳しいことを言うけれどなんだかんだナターシャ様を気にかけているし、厳しいことを言われて縮こまるナターシャ様はそんなエレーナ様の気遣いを分かっている様子。
「ヴァネッサ様はお話が上手ですよね!私、今のを聞いてすごく食べたくなってしまいました」
「ええ、そうですね。サーニャ様はスイーツがお好きですか?」
「大好きです!特にケーキが一番…ああでも、ドーナツも捨て難いですね…!」
今の会話で十秒。…そろそろ頭が痛くなってきた。
朗らかなサーニャ様と穏やかなナターシャ様は一番相性が良さそうで、過去を覗くと二人で仲良くおしゃべりに花を咲かせている様子が多く視られた。
花を咲かせるというのはもちろん比喩だけれど、この二人が揃うと本当に周りに花が咲いてきそうだ。
(…今のところ、ナターシャ様と三人の間で何かいざこざが起こるような様子は無い…候補者同士は仲が悪いどころか全体的に前向きな交流がされているし、彼女たちの間でイジメが起こるだなんてとても…)
「そうそう、ドーナツはナターシャちゃんがとても好きなもので…」
「!」
「!」
ニコニコと楽しそうに話を続けようとしていたサーニャ様は、件のナターシャ様の名前を出した。
瞬間、ヴァネッサ様とエレーナ様の表情が変わる。
「……あ…」
サーニャ様も遅れてハッと目を見開いてから、悲しそうに肩を落として目を少し伏せる。
「ごめんなさい…私」
「…いいのよ。あの子の話をしてはいけないわけではないのだから」
「そうですわよ、あの子はずっとわたくし達の友人であり仲間でありライバルであり…!」
「ヴァネッサさん。…友人仲間であることは間違いないわ、けれどライバルではないことはもう事実よ。…あの子は王太子妃候補の座を降りた。」
淡々と、しかしどこか悲しげに告げるエレーナ様。ヴァネッサ様は口をつぐんで俯いた。
「…………」
思ったより…と言ったらアレだけど、ナターシャ様の件に関して三人は結構深刻に受け止めているらしい。彼女の名前が出ただけで、想定以上の重暗い空気が漂った。
自分以外のレオヴィル殿下の妻(予定)が一人減ったという事実だが、彼女らはずいぶんとその事実を悲しんでいる様子。
(…やっぱり、考えられないわね)
三人とナターシャ様の過去の交流を八割がた覗いて、今のやり取りを聞いて、候補者によるイジメなど存在しなかった説が非常に濃厚になっている。
候補者たちの交流を深く知らない使用人たちによる、憶測に憶測を重ねた誤った噂なのではないかと。
(火のないところに煙は立たないとは言うけれど、さすがにこれは…)
今の会話が演技だったようには思えないし、“過去”という紛れもない事実を視漁ってなおイジメらしき場面の欠片も見られなかったのだから…
使用人の間で流れた噂は、まったくの誤解だったのでは。
「ナターシャちゃんはどうして…だって、あんなに殿下と……」
サーニャ様はナターシャ様が候補を辞退した理由に心当たりが無いのか、悲しくてやるせないといった様子だ。
ぱっちりと大きな目は少し伏せられて、よく見ると涙が滲んでいる。
「わたくし達は殿下を愛していて、殿下もわたくし達を愛していますわ。未来の妃となるため、幼少の頃から殿下を想い慕い日々たゆまぬ努力を重ねて…それはナターシャも同じだったはずですわ。それなのに、何故こんなにも急に…」
ヴァネッサ様もまたやるせない様子で、唇を噛みしめる。
しかし。
(……あら…)
エレーナ様は違った。
迷いのあるような顔で、何かを言わんとして飲み込んだ。柄にもなく曇った瞳を揺らして手元のカップの中の紅茶を見つめている。
「…エレーナ様」
「…?」
私は疲労感も頭の痛みも忘れてその名前を呼び、こちらを向いた彼女の瞳を見つめた。
(───あなたが今、思い浮かべていた時を見せて。)
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