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友よ
百年前の過ち
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海賊船はゆっくりと波止場に停泊した。
海賊なんてのはタチの悪い無法者の集まりだ。マトモな話が通じる相手じゃない。
「ツクモ!あいつらは一体なにをしに来たんだっ?」
シャオンが怯える子供達を抱き締めながら聞いてきた。
「さあね。まあ仲良くハッピーニューイヤーを祝いに来たんじゃないことだけは確かだろうよ。」
みんなが遠巻きに海賊船を注視している中、船の側面にある穴から大砲のような先端が顔をのぞかせた。
するといきなり、コビーナ村を取り囲む山のひとつに目もくらむような太い閃光を放った。
山は爆音とともに真っ赤に光ると、一瞬にして黒焦げの炭山と化した。
─────なっ…なんだ今のは?!
攻撃系の魔具か?
にしてはパワーの桁が違いすぎるっ……!
村人達はあまりにも現実離れした恐怖に息を飲み、逃げることも出来ずにその場に立ち尽くした。
波止場で誰かが海賊船に向かってひょこひょこと歩いていく姿が見えた。
あれは─────……
「じいちゃん!!」
ココアが叫ぶと同時に慌てて走り出した。
「おい、ココア!危ないから行くなっ!!」
全速力で一直線に走っていくココアに、俺とシャオンもあとに続くしかなかった。
「わしはこの村の長じゃ。このような無礼はとても許されるものではない!何を思っての狼藉《ろうぜき》じゃ!!」
ドングリじいさんは海賊船の目の前まで行くと、辺りに響き渡る大きな声で尋ねた。
それはいつものボケた様子とはまるで違い、村長としての威厳さえ感じる堂々としたものだった。
でも…海賊相手に一人で立ち向かうだなんて無謀もいいところだ。
魔法を使えば一瞬で飛んでいけるのに……
魔法学校に通う学生という手前、こんなに人の目があっては迂闊に魔法を使うことは出来ない。
走ってもあと何分かはかかるこの距離がもどかしかった。
海賊船の船首部分に黒い煙が立ち込めたかと思ったら、中から全身黒づくめの太った女が登場した。
女はどんぐりじいさんを見るなり鼻で笑った。
「なんだい。勇ましい割には随分ちっこいじいさんだねえ。アタシが船長のアルビラだ。」
そう言って手に持った水晶の付いた杖を高々と掲げると、何人もの海賊達が甲板から姿を現した。
海賊達はみな、白い包帯でグルグル巻にされていてゾンビのような風体をしていた。
「いいかいコビーナ村のちびっこ共!あたしを怒らせるんじゃあないよ?あたしはねえ……」
アルビラは太い体をくねらせ髪をかきあげながら自信有りげにこう告げた。
「“魔女”なんだからっ!」
村人のどよめきが後ろから聞こえてきたのだが、俺とシャオンはずっ転けそうになった。
普通なら魔女だと言われて信じる者なんていない。
でもあんな巨大な山を一瞬の内に丸焼きにしたのだ。
否が応でも真実味は増す……
……でも、だ。
こいつのどこが魔女だ?!
魔女ってのは類まれなる美貌の持主なんだぞ?全然違うじゃねえかっ!!
「この村に人魚が出たらしいね。村を全滅させられたくなかったら、今すぐアタシにその人魚を寄越しな!」
どうやらアルビラの目的は人魚の持つ特殊能力らしい。
……ったく。どいつもこいつも不老不死なんぞに憧れやがって……
「人魚などこの村にはおりゃあせん。今すぐお引き取り願おう。」
ドングリじいさんが大きく息を吸い込んで両手を広げると、数々の攻撃系の魔法陣が出現した。
コビーナの人は魔力に長けた民族だ。
若かりし頃のドングリは攻撃系の魔法を得意としていて喧嘩っパヤイところがあった。
年老いてもその性格は変わっていないようだ。
「あらあらじいさん。今の魔法見てただろう?村と一緒に消滅させられたいのかい?」
「あれには凄まじき魔力が必要じゃろ?ワシにはそう易々と何発も撃てる代物には思えんのだがなあ。」
図星をつかれたのか、アルビラの顔がピクピクと震えだした。
「どうやらじいさん…死にたいらしいねえ。」
アルビラが手を挙げると海賊達が船から続々と波止場へと降り立った。
手には剣や斧などいろいろと物騒なものを持っていたのだが、ドングリじいさんは怯むどころかやる気満々で身構えた。
「じいちゃんなにしてんのっ!危ないから!!」
やっと辿り着いたココアが血気盛んなどんぐりじいさんを後ろに引っ張った。
「あらお孫さん?随分可愛いじゃない。」
アルビラは首を傾げながらニヤリと笑うと、水晶の付いた杖から魔法陣を浮かび上がらせた。
それは禍々しい気を放つ黒の魔法陣だった……
「ココアっ逃げるんじゃ!」
ドングリじいさんはココアを突き飛ばしたのだが黒の魔法陣から出てきた黒い霧が瞬く間にココアを覆った。
霧は無数の蛇のようにココアの体にまとわりつくと、口や鼻から体内へと侵入した。
「ココア!!」
俺とシャオンは地面に倒れて苦しむココアに駆け寄った。
ココアの首筋には無数の黒い斑点が蠢《うごめ》いていた。
これは…黒魔術だ……
この女、黒魔術の術者なのか────?!
「呪いをかけた!明日の朝、太陽が地平線から完全に顔を出したらその子は死ぬよ。助けたければ人魚を私に差し出すんだね!!」
下品な笑い声を残し、アルビラは海賊達を引き連れて船の中へと引っ込んで行った。
「ああっ…ココア……」
ドングリじいさんがココアの首に浮き出た斑点を必死で振り払おうとしている……
遠巻きに見ていた村人達も心配そうに駆け寄ってきた。
「ツクモ…どうにかならないのか?」
シャオンが俺に聞いてきたのだが────……
「俺も黒魔術のことはよくわからない。でも確か呪いはかけた本人にしか解けないはずだ。術者を殺しても呪いは残る。ココアを助けるにはあの女の要求をのむしかない。」
俺の説明に村人達はざわついた。
そう……いるかいないかも分からない人魚を明日の夜明けまでに探し出さなければ、ココアは死んでしまうのだ。
とっくに絶滅した人魚の生き残りなんて……
この村に、本当にいるのか……─────?
本来ならば、新しい年の幕開けを迎えようと笑顔で踊り明かしていたはずなのに……
村人達は全員総出で海や川、山や洞窟など村の隅々にいたるまで、人魚を求めて探し回っていた。
日はすっかり暮れ、まだ燻《くすぶ》る山火事の炎の熱だけが夜空に点々と浮かび上がっている……
ココアの母が憔悴《しょうすい》しきった様子で、ベッドに横たわって苦しむココアを看病していた。
治癒魔法に解除魔法に沈滞魔法……思い付く限りの魔法をココアにかけてみたのだが、黒魔術にはなんの効果も示さなかった。
首筋にあった黒い斑点は広がり、すでに上半身を覆い尽くすほどに広がっていた。
あれほどお喋りなココアが、今は息をするのでさえ辛そうだ……
「ツクモ君は魔法が上手ね。でももういいわ…次はあなたが倒れてしまう。」
「いや、俺は……」
あの時、自分の保身のことを考えて魔法を出し惜しみしてしまった。
最初から気にせずに立ち向かっていればこんなことにはならなかったかも知れない……
俺に向かってありがとうと微笑むココアの母に、申し訳なさ過ぎて返す言葉がみつからなかった。
もう…時間がない。
何か、別の手を考えないと──────……
「ツクモ、ちょっといいか?」
村人達と一緒に捜索に出ていたシャオンが戻って来た。
「昨日人魚を見たと言う人から直接話を聞いた。人魚は小さな赤毛の女の子だったそうだ。」
スタスタと歩くシャオンに付いて行くと、あの古い教会が見えてきた。
シャオンは教会の前までくると、いきなり鍵のかかった扉を蹴破った。
「な、何してんだシャオン?!」
「昨日この教会を初めて見た時に、窓から小さな女の子の姿がチラリと見えた。顔まではよく見えなかったが、髪は赤毛だった。」
はあっ……女の子?
だってここには誰も住んでないってココアが言ってなかったか?
村の守り神が祀られているというその教会の内部は、可愛い家具やぬいぐるみなどが飾られた生活感の溢れた空間だった。
明かりのついた屋根裏部屋から物音がしている……
「ここで人魚をかくまっているのか?」
シャオンに後ろから話しかけられ、忙しそうに動かしていた手を止めてゆっくりと振り返ったのはドングリじいさんだった。
ドングリじいさんは俺達を見るとふぉっふぉっふぉっと笑った。
「はてはて、なんのことやらのお。」
「ココアの命がかかってるんだぞ。とぼけるのもいい加減にしたらどうだ?」
シャオンの全てを見透かすようなグリーンの瞳で見つめられたドングリじいさんは、長い顎髭をさすりながら深いため息をついた。
「参ったのお。誰にも余計な詮索をされとおなかったからずっとボケたふりをしとったんじゃが……」
そう言うと鋭い眼球で俺を見据えた。
「ツクモよ。私の幼き妹を覚えておるか?」
急に名前を言われて心臓がドクンと跳ねた。
俺のこと…ドングリは最初から気付いていたのか?
これはもう観念するしかなかった。
「覚えてるよ。病弱だったから俺がよくおぶって遊びに連れてったりしたからな。その子がどうした?」
「……ここで暮らしているのはその妹のナギじゃ。」
─────ナギが?
あんなに体が弱かったのにまだ生きてるだって?!
まさか─────……
「この期に及んでまだ嘘を付くのか?僕がここで見たのは十歳にも満たない子供だったんだぞ?!」
シャオンの言う通り……
130歳であるドングリの妹ならば、子供のわけがないのだが……
「ずっとここにいたのは紛れも無くナギじゃ!わしがまだ幼き頃に、人魚の肉を食べさしたんじゃからなっ!!」
……なんてことを───────!!
「そのせいでナギは…二度と人前には出れん化け物のような姿に成り果ててしまった……」
「なんでそんなことをした?!人魚の肉を食べたらどうなるか、ドングリなら知ってたはずだろ?!」
永遠の命や若さを欲しがる理由が、俺には理解出来ない。
「おまえじゃツクモ!ふらっと村に現れて住み着き、15年経ったらまたふらっと出て行きよって!その15年間、おまえは姿形が変わらなんだ!」
どんなに強く望んでも、直ぐに別れはやってくる……
いつからか…打算のような気持ちで旅を続けていた。続けるしかなかった。
人と関わることなんて面倒だと頑なになっていた俺に、コビーナ村の人達はとても温かかった。
俺だって…出来ることならこの村でみんなと同じように歳をとり、死ぬまでずっと住み続けたかった。
良い人生だったと、そんなことを思いながら生涯を終えたかった……
「みんな人魚の肉を食べたからじゃと噂しておった。おまえのせいでナギは…わしは…わしはおまえが憎いっ!」
あいつは人魚の肉を食べた化け物なのだと噂が経ち、次第にみんなからは奇異の目で見られるようになった。
誰にも別れを言えずにこの村を去らなければならなくなった……
そんな、俺の行き場のない気持ちなんて……
誰にも理解なんか──────……
「ツクモのせいにするな。」
……シャオン……
「不老不死なんてものに憧れ、妹を巻き込んだのは他でもない自分自信だろ?ツクモはなにも悪くない。」
シャオンの言葉に、不覚にも涙が出そうになった。
ああ…そうだよ、シャオンは──────
望むのは無駄なことなのだと諦め、忘れてさえいた大切なものを思い出させてくれたんだ。
シャオンは俺からしてもらってばかりだと言う。
でも本当に救われているのは……
俺の方だ──────……
ドングリは宙を見つめたまま力が抜けたように床へと崩れ落ちた。
ドングリは年の離れた妹のナギをとても可愛がっていた。
「……ナギはおまえが好きじゃった。元気になったらまたツクモ兄ちゃんに会いたいと夢見てたんじゃ……」
どんな手を使ってでもナギを助けたかったドングリの気持ちは痛いほどよく分かる……
なのに…永遠の命と引き換えに、取り返しのつかないことをしてしまった。
「昨日窓から久しぶりにおまえの姿を見たんじゃろう。わしの言いつけを破って外に出てしまった。それを村人に見られてしまって…今も戻って来ん……」
人魚騒ぎの正体はナギだったのか─────
ずっと誰にも知られずに隠れ住んでいたのに、今は村人達が必死になって自分を探している。
この暗闇の中で、恐怖に震えているはずだ……
「この騒ぎを収めないといけない。人魚の肉を手に入れる方法があるなら教えてくれないか?」
シャオンはドングリじいさんの背中にそっと手を置いて静かな口調で尋ねた。
「わしが百年前にやっと見つけたのは人魚のミイラじゃ。それももう無い。ナギの姿に恐ろしくなって全部燃やしてしもうたんじゃ……まさかココアがこんなことになるだなんて……」
ドングリは悔しそうに何度も拳で床を叩いた。
やはり人魚は絶滅していた……
柱時計から0時を知らせるボーンという音が響いた。
それはあと七時間後にはココアが死んでしまうことを告げる、無情な鐘の音だった……
海賊なんてのはタチの悪い無法者の集まりだ。マトモな話が通じる相手じゃない。
「ツクモ!あいつらは一体なにをしに来たんだっ?」
シャオンが怯える子供達を抱き締めながら聞いてきた。
「さあね。まあ仲良くハッピーニューイヤーを祝いに来たんじゃないことだけは確かだろうよ。」
みんなが遠巻きに海賊船を注視している中、船の側面にある穴から大砲のような先端が顔をのぞかせた。
するといきなり、コビーナ村を取り囲む山のひとつに目もくらむような太い閃光を放った。
山は爆音とともに真っ赤に光ると、一瞬にして黒焦げの炭山と化した。
─────なっ…なんだ今のは?!
攻撃系の魔具か?
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波止場で誰かが海賊船に向かってひょこひょこと歩いていく姿が見えた。
あれは─────……
「じいちゃん!!」
ココアが叫ぶと同時に慌てて走り出した。
「おい、ココア!危ないから行くなっ!!」
全速力で一直線に走っていくココアに、俺とシャオンもあとに続くしかなかった。
「わしはこの村の長じゃ。このような無礼はとても許されるものではない!何を思っての狼藉《ろうぜき》じゃ!!」
ドングリじいさんは海賊船の目の前まで行くと、辺りに響き渡る大きな声で尋ねた。
それはいつものボケた様子とはまるで違い、村長としての威厳さえ感じる堂々としたものだった。
でも…海賊相手に一人で立ち向かうだなんて無謀もいいところだ。
魔法を使えば一瞬で飛んでいけるのに……
魔法学校に通う学生という手前、こんなに人の目があっては迂闊に魔法を使うことは出来ない。
走ってもあと何分かはかかるこの距離がもどかしかった。
海賊船の船首部分に黒い煙が立ち込めたかと思ったら、中から全身黒づくめの太った女が登場した。
女はどんぐりじいさんを見るなり鼻で笑った。
「なんだい。勇ましい割には随分ちっこいじいさんだねえ。アタシが船長のアルビラだ。」
そう言って手に持った水晶の付いた杖を高々と掲げると、何人もの海賊達が甲板から姿を現した。
海賊達はみな、白い包帯でグルグル巻にされていてゾンビのような風体をしていた。
「いいかいコビーナ村のちびっこ共!あたしを怒らせるんじゃあないよ?あたしはねえ……」
アルビラは太い体をくねらせ髪をかきあげながら自信有りげにこう告げた。
「“魔女”なんだからっ!」
村人のどよめきが後ろから聞こえてきたのだが、俺とシャオンはずっ転けそうになった。
普通なら魔女だと言われて信じる者なんていない。
でもあんな巨大な山を一瞬の内に丸焼きにしたのだ。
否が応でも真実味は増す……
……でも、だ。
こいつのどこが魔女だ?!
魔女ってのは類まれなる美貌の持主なんだぞ?全然違うじゃねえかっ!!
「この村に人魚が出たらしいね。村を全滅させられたくなかったら、今すぐアタシにその人魚を寄越しな!」
どうやらアルビラの目的は人魚の持つ特殊能力らしい。
……ったく。どいつもこいつも不老不死なんぞに憧れやがって……
「人魚などこの村にはおりゃあせん。今すぐお引き取り願おう。」
ドングリじいさんが大きく息を吸い込んで両手を広げると、数々の攻撃系の魔法陣が出現した。
コビーナの人は魔力に長けた民族だ。
若かりし頃のドングリは攻撃系の魔法を得意としていて喧嘩っパヤイところがあった。
年老いてもその性格は変わっていないようだ。
「あらあらじいさん。今の魔法見てただろう?村と一緒に消滅させられたいのかい?」
「あれには凄まじき魔力が必要じゃろ?ワシにはそう易々と何発も撃てる代物には思えんのだがなあ。」
図星をつかれたのか、アルビラの顔がピクピクと震えだした。
「どうやらじいさん…死にたいらしいねえ。」
アルビラが手を挙げると海賊達が船から続々と波止場へと降り立った。
手には剣や斧などいろいろと物騒なものを持っていたのだが、ドングリじいさんは怯むどころかやる気満々で身構えた。
「じいちゃんなにしてんのっ!危ないから!!」
やっと辿り着いたココアが血気盛んなどんぐりじいさんを後ろに引っ張った。
「あらお孫さん?随分可愛いじゃない。」
アルビラは首を傾げながらニヤリと笑うと、水晶の付いた杖から魔法陣を浮かび上がらせた。
それは禍々しい気を放つ黒の魔法陣だった……
「ココアっ逃げるんじゃ!」
ドングリじいさんはココアを突き飛ばしたのだが黒の魔法陣から出てきた黒い霧が瞬く間にココアを覆った。
霧は無数の蛇のようにココアの体にまとわりつくと、口や鼻から体内へと侵入した。
「ココア!!」
俺とシャオンは地面に倒れて苦しむココアに駆け寄った。
ココアの首筋には無数の黒い斑点が蠢《うごめ》いていた。
これは…黒魔術だ……
この女、黒魔術の術者なのか────?!
「呪いをかけた!明日の朝、太陽が地平線から完全に顔を出したらその子は死ぬよ。助けたければ人魚を私に差し出すんだね!!」
下品な笑い声を残し、アルビラは海賊達を引き連れて船の中へと引っ込んで行った。
「ああっ…ココア……」
ドングリじいさんがココアの首に浮き出た斑点を必死で振り払おうとしている……
遠巻きに見ていた村人達も心配そうに駆け寄ってきた。
「ツクモ…どうにかならないのか?」
シャオンが俺に聞いてきたのだが────……
「俺も黒魔術のことはよくわからない。でも確か呪いはかけた本人にしか解けないはずだ。術者を殺しても呪いは残る。ココアを助けるにはあの女の要求をのむしかない。」
俺の説明に村人達はざわついた。
そう……いるかいないかも分からない人魚を明日の夜明けまでに探し出さなければ、ココアは死んでしまうのだ。
とっくに絶滅した人魚の生き残りなんて……
この村に、本当にいるのか……─────?
本来ならば、新しい年の幕開けを迎えようと笑顔で踊り明かしていたはずなのに……
村人達は全員総出で海や川、山や洞窟など村の隅々にいたるまで、人魚を求めて探し回っていた。
日はすっかり暮れ、まだ燻《くすぶ》る山火事の炎の熱だけが夜空に点々と浮かび上がっている……
ココアの母が憔悴《しょうすい》しきった様子で、ベッドに横たわって苦しむココアを看病していた。
治癒魔法に解除魔法に沈滞魔法……思い付く限りの魔法をココアにかけてみたのだが、黒魔術にはなんの効果も示さなかった。
首筋にあった黒い斑点は広がり、すでに上半身を覆い尽くすほどに広がっていた。
あれほどお喋りなココアが、今は息をするのでさえ辛そうだ……
「ツクモ君は魔法が上手ね。でももういいわ…次はあなたが倒れてしまう。」
「いや、俺は……」
あの時、自分の保身のことを考えて魔法を出し惜しみしてしまった。
最初から気にせずに立ち向かっていればこんなことにはならなかったかも知れない……
俺に向かってありがとうと微笑むココアの母に、申し訳なさ過ぎて返す言葉がみつからなかった。
もう…時間がない。
何か、別の手を考えないと──────……
「ツクモ、ちょっといいか?」
村人達と一緒に捜索に出ていたシャオンが戻って来た。
「昨日人魚を見たと言う人から直接話を聞いた。人魚は小さな赤毛の女の子だったそうだ。」
スタスタと歩くシャオンに付いて行くと、あの古い教会が見えてきた。
シャオンは教会の前までくると、いきなり鍵のかかった扉を蹴破った。
「な、何してんだシャオン?!」
「昨日この教会を初めて見た時に、窓から小さな女の子の姿がチラリと見えた。顔まではよく見えなかったが、髪は赤毛だった。」
はあっ……女の子?
だってここには誰も住んでないってココアが言ってなかったか?
村の守り神が祀られているというその教会の内部は、可愛い家具やぬいぐるみなどが飾られた生活感の溢れた空間だった。
明かりのついた屋根裏部屋から物音がしている……
「ここで人魚をかくまっているのか?」
シャオンに後ろから話しかけられ、忙しそうに動かしていた手を止めてゆっくりと振り返ったのはドングリじいさんだった。
ドングリじいさんは俺達を見るとふぉっふぉっふぉっと笑った。
「はてはて、なんのことやらのお。」
「ココアの命がかかってるんだぞ。とぼけるのもいい加減にしたらどうだ?」
シャオンの全てを見透かすようなグリーンの瞳で見つめられたドングリじいさんは、長い顎髭をさすりながら深いため息をついた。
「参ったのお。誰にも余計な詮索をされとおなかったからずっとボケたふりをしとったんじゃが……」
そう言うと鋭い眼球で俺を見据えた。
「ツクモよ。私の幼き妹を覚えておるか?」
急に名前を言われて心臓がドクンと跳ねた。
俺のこと…ドングリは最初から気付いていたのか?
これはもう観念するしかなかった。
「覚えてるよ。病弱だったから俺がよくおぶって遊びに連れてったりしたからな。その子がどうした?」
「……ここで暮らしているのはその妹のナギじゃ。」
─────ナギが?
あんなに体が弱かったのにまだ生きてるだって?!
まさか─────……
「この期に及んでまだ嘘を付くのか?僕がここで見たのは十歳にも満たない子供だったんだぞ?!」
シャオンの言う通り……
130歳であるドングリの妹ならば、子供のわけがないのだが……
「ずっとここにいたのは紛れも無くナギじゃ!わしがまだ幼き頃に、人魚の肉を食べさしたんじゃからなっ!!」
……なんてことを───────!!
「そのせいでナギは…二度と人前には出れん化け物のような姿に成り果ててしまった……」
「なんでそんなことをした?!人魚の肉を食べたらどうなるか、ドングリなら知ってたはずだろ?!」
永遠の命や若さを欲しがる理由が、俺には理解出来ない。
「おまえじゃツクモ!ふらっと村に現れて住み着き、15年経ったらまたふらっと出て行きよって!その15年間、おまえは姿形が変わらなんだ!」
どんなに強く望んでも、直ぐに別れはやってくる……
いつからか…打算のような気持ちで旅を続けていた。続けるしかなかった。
人と関わることなんて面倒だと頑なになっていた俺に、コビーナ村の人達はとても温かかった。
俺だって…出来ることならこの村でみんなと同じように歳をとり、死ぬまでずっと住み続けたかった。
良い人生だったと、そんなことを思いながら生涯を終えたかった……
「みんな人魚の肉を食べたからじゃと噂しておった。おまえのせいでナギは…わしは…わしはおまえが憎いっ!」
あいつは人魚の肉を食べた化け物なのだと噂が経ち、次第にみんなからは奇異の目で見られるようになった。
誰にも別れを言えずにこの村を去らなければならなくなった……
そんな、俺の行き場のない気持ちなんて……
誰にも理解なんか──────……
「ツクモのせいにするな。」
……シャオン……
「不老不死なんてものに憧れ、妹を巻き込んだのは他でもない自分自信だろ?ツクモはなにも悪くない。」
シャオンの言葉に、不覚にも涙が出そうになった。
ああ…そうだよ、シャオンは──────
望むのは無駄なことなのだと諦め、忘れてさえいた大切なものを思い出させてくれたんだ。
シャオンは俺からしてもらってばかりだと言う。
でも本当に救われているのは……
俺の方だ──────……
ドングリは宙を見つめたまま力が抜けたように床へと崩れ落ちた。
ドングリは年の離れた妹のナギをとても可愛がっていた。
「……ナギはおまえが好きじゃった。元気になったらまたツクモ兄ちゃんに会いたいと夢見てたんじゃ……」
どんな手を使ってでもナギを助けたかったドングリの気持ちは痛いほどよく分かる……
なのに…永遠の命と引き換えに、取り返しのつかないことをしてしまった。
「昨日窓から久しぶりにおまえの姿を見たんじゃろう。わしの言いつけを破って外に出てしまった。それを村人に見られてしまって…今も戻って来ん……」
人魚騒ぎの正体はナギだったのか─────
ずっと誰にも知られずに隠れ住んでいたのに、今は村人達が必死になって自分を探している。
この暗闇の中で、恐怖に震えているはずだ……
「この騒ぎを収めないといけない。人魚の肉を手に入れる方法があるなら教えてくれないか?」
シャオンはドングリじいさんの背中にそっと手を置いて静かな口調で尋ねた。
「わしが百年前にやっと見つけたのは人魚のミイラじゃ。それももう無い。ナギの姿に恐ろしくなって全部燃やしてしもうたんじゃ……まさかココアがこんなことになるだなんて……」
ドングリは悔しそうに何度も拳で床を叩いた。
やはり人魚は絶滅していた……
柱時計から0時を知らせるボーンという音が響いた。
それはあと七時間後にはココアが死んでしまうことを告げる、無情な鐘の音だった……
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エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
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