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海の異変
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真っ青な空!白い入道雲!
キラキラと輝く水面が美しい海っ……から生える無数の青白い腕!
─────────って。
なんなのこれ?!お盆の海ってこんなに幽霊がいるのっ?海水浴客より幽霊の方が多いだなんて……
私が海の惨状にショックを受けていると、後ろから真人がやって来た。
「いつもなら沖の方でまばらにいる程度なんだが、全部波打ち際に集まって来てるみたいだな。」
真人が見る限りでは邪気を放っているような怪しい霊はいないらしく、子孫に会いに来たご先祖様達だろうとのこと。
お盆が終わればまたあの世へと帰って行く品行方正な霊なのだそうな。
「なんなら送り火を焚いて追い払うか?」
「気にしないようにするからいいよ。にぼしも居るし……」
そう言って肩に乗っかる式神の頬っぺをプニプニした。
にぼしとは私が式神に付けた名前だ。
真人からはどういうネーミングセンスしてるんだと白い目で見られたが、ニャ太郎にちなんだものにしたくて大好物だった煮干しから取ったのだ。
「ビーチバレーやろうぜ~!」
クラスの男子達がビーチバレーをするメンバーを募っていた。
あちらでは泳ぎの得意な子らで沖まで出てシュノーケリングをしようと話が弾んでいる……
海辺の町に住んでいるせいかみんな海が大好きなようで、声をかけたらクラスメイトのほぼ全員が参加を申し込んできた。
あれをやろうこれをやろうと大盛り上がりである。
「海でなにか起きてるのかもな。原因を探ってみるか。」
「なに言ってるの?せっかく海に来たのに真人も遊ばないと!」
「俺は遊びに来たんじゃなくておまえのことを……」
「私のことは気にしなくていいから!」
ビーチバレーの輪の中に真人のことを押し込んだ。
真人には少しでも高校生らしいことをして楽しんで欲しい。
珀も表向きは私を守るためだとは言っていたけれど、少し強引に真人を海に行かせたのにはそういう考えもあったのだと思う。
私は真人から離れてボディボードを教えてもらうことにした。
毎朝学校に通う時に海でしている人を見て、自分も挑戦してみたいなと思っていたのだ。
ウキウキしながらフィンと呼ばれる足ヒレを装着して海に入ろうとしたら、バランスを崩してすっ転んでしまった。
「やだ紬?大丈夫?!」
「う、うん。このヒレ歩き辛いね……」
今、間違いなく足首を掴まれて引っ張られた……
気付くと何十体もの青白い腕が私を取り囲み、しっしっと追い払うような仕草をしてきた。
この人達は品行方正なご先祖様達なはずなのに、なんか私って嫌われてるっ?
てか、にぼしは?!
砂浜を見ると丸まってプルプルと震えていた。
「……コワイ、コワイ……」
ちょっと……君は霊を追い払ってくれる式神なんじゃなかったの?
まあこんなに数がいたんじゃ怖がる気持ちは分からなくもないけれど。
「紬どしたの?早くやろうよ。」
「ゴメン、なんかお腹痛くなってきちゃった。海の家で休んどくね~っ。」
非常に残念だけれど、海に入るのは諦めるしかなさそうだ……
海の家に行くとクラスメイトは誰もいなかった。みんな遊びに夢中のようだ。
席に座ってかき氷をシャクシャクと食べていると、誰かが近づいてきた。
「ねーちゃんひとり?俺と遊ばん?」
日に焼けた小麦色の肌で肩までの金髪をハーフアップにし、派手なピアスと太い金のネックレスを付けたいかにもなチャラ男だった。
「苺味が好きなん?名前なんていうん?いくつ?女子高生やんなあ?地元の子?」
こちらの反応などお構い無しに矢継ぎ早に質問をしてきた。
関西弁を話してはいるがイントネーションが微妙におかしい。こいつはきっとエセ関西人だ。
スルーしようと思ったのだが、チャラ男の頭の後ろから小さな影がチラっと見えて思わずガン見してまった。
「なになに?そんなに見つめんといてや。イケメンの俺に一目惚れでもしてもーた?」
今の…なに?一瞬だけ見えた気がしたのだけれど……
「悪いが、気安く話しかけないでもらえるか。」
真人が私とチャラ男の間に割って入ってきた。
本物のイケメンである真人からの鋭い視線にチャラ男は動揺し、男付きかよと文句を言いながら逃げるように去っていった。
真人が私の隣にどかっと腰を下ろした。
「真人……あ、ありがとう。」
「隙があるからあんな男が寄ってくるんだ。気をつけろ。」
なんだそれ。まるで私が悪いみたいな言い草だ。
「ビーチバレーしてたんじゃなかったの?」
「それなら全勝してみんなから胴上げされた。」
全勝したんだ…バレー部員もいたのにさすが真人だ。
胴上げされる真人をちょっと見てみたかったかも。
この海水浴場はマリンスポーツも楽しむことができる。
沖の方を眺めるとビーチバレーをしていたメンバーが気持ちよさそうにパラセーリングをしている姿が見えた。
真人も誘われたけれど断ったのだという……
「したらよかったのに。もしかして真人って高所恐怖症?」
違うと真人は首を左右に振ると、真っ直ぐに私を見つめてきた。
「紬のそばにいたい。」
心臓がドクンと飛び跳ねた。
そばにいた方がいざと言う時に守りやすいという意味に他ならない。分かっちゃいるけれど、顔が赤くなりそうになって慌ててかき氷を頬張った。
人が聞いたら誤解されそうなセリフを言うのは止めて頂きたい。
「そういえばさっきの人の後ろに小さな影が見えたんだけど……」
「あれは水子霊だな。」
水子霊とは、中絶・流産・死産などでこの世に生まれることができなかった子供の霊のことだ。
亡くなった子へ心からの祈りと感謝を捧げれば成仏していくものなのだが……
水子に取り憑かれるのには幾つかの理由があるのだという。
「あいつの場合は水子のことを忘れているから、存在を知らせるために憑かれているんだろう。」
親に対する愛情の表れなのだという……
あんな軽薄そうな男でも赤ん坊にとってはたった一人の父親なのだ。
この世に産まれることさえ叶わず、きちんと供養もされずに親からも忘れ去られているだなんて悲しすぎる。
「どうにかしてあげれないかな?」
「いきなり知らないヤツから水子霊が憑いているからちゃんと供養しろと言われて誰が信じる?」
確かに変なのが絡んできたと思われるだけだろう。素直に聞くようなタイプでもなさそうだし……て、あれ?
「気のせいかな……小さな影が何人かいない?」
「三人憑いてるな。右肩には女の生霊までいるな。」
信っっじらんない!!
なんなのあのチャラ男?三人て……中絶させたの?女の敵じゃん!!
私が陰陽師なら呪い殺してやってるところだ!
「放っておけ。ああいう輩には遅かれ早かれ天罰が下る。」
なにか食べるかと真人は売店の方にメニューを見に行った。
別にあんな男がどうなろうが知ったこっちゃない。でも水子は一刻も早く成仏をして、次こそは優しいパパとママの元で幸せな人生を歩むべきだ。
砂浜でチャラ男がニヤけた顔で女性客を物色している光景を見てますます怒りが込み上げてきた。
海で泳ぐ黒ビキニの美女に狙いを定めたのか、浮かれた足取りで近づいていった。
チャラ男が海に足を踏み入れたとたん、無数の青白い腕がブワッと現れて周りを取り囲んだ。
────────水子が危ない!
海の家から飛び出して海水浴客の間を全速力で走り抜け、なにも気づいていないチャラ男にタックルした。
私も幽霊に髪や服を掴まれたけれど、なんとかチャラ男を砂浜にまで強引に引っ張っていき押し倒した。
「紬!大丈夫か?!」
真人が駆けつけてきてチャラ男に倒れ込む私を引き離してくれた。
「えっなに?俺らって三角関係って感じ?」
ふざけたことをぬかすチャラ男を無視して水子が全員無事なのかを確認した。
一人足りない……
にぼしがアッチと指さす方を見ると、砂浜に隣接する岩場の方へと逃げていく小さな影があった。
今ので怯えてしまったんだ……真人からは止せと言われたけれど構わず後を追いかけた。
「なあ兄ちゃん、あの子一体なにがしたいん?」
真人はこめかみをピクピクさせながらチャラ男を睨みつけた。
「てめえには水子霊が憑いてるから供養しろ!!覚えがないとは言わせないっ、今すぐ神社に行け!!」
「はっ、は……はぃいー!!」
水子が逃げて行った岩場は磯遊びが出来るようなのどかなエリアではなく、白波が打ち付け、歩くのも困難なほどにゴツゴツとした岩肌が隆起した閑散とした場所だった。
反り立つような岩壁には波で削られた海岸洞窟があった。
水子がそこに入っていくのが微かに見えた。
岩壁の側面に沿いながらなんとかそこまで辿り着いて中を覗いて見ると、洞窟内に海水は入り込んでおらず、平らな道が奥の方まで続いていた。
入ってはみたものの、すぐに足元さえ見えない真っ暗な闇に包まれてしまった。
「水子さ~ん、もう怖くないよ~。私とお父さんのとこまで戻ろうか~?」
あんな父親にまた取り憑くのもどうかとは思うが今は仕方がない。
もう一度呼びかけてみたが暗闇から水子がやってくる気配はない。こうしている間にもどんどん奥へと逃げて行って迷子になってしまうかも知れない……
「スマホがあれば明かりが取れるのに……」
ロッカーに入れたカバンの中に置いてきてしまった。
暗闇を見つめながらどうしようかと悩んでいたら突然、洞窟全体が明るく照らし出された。
肩に乗っかるにぼしを見ると、目玉がランランと輝いていたので驚いた。
「にぼしって……ライト機能が付いてるの?」
にぼしは奥を指さして得意げにゴーゴーと言ってきた。
他にもアラーム機能とかカメラ機能とかあったら便利だろうな。幽霊は追い払ってくれなかったけど……
水子がいないか探しながら慎重に進んでいくと、明るく開けた場所へと辿り着いた。
ここだけ天井に穴が空いているのか太陽の光が降り注ぎ、直径30mほどの湖の水を青く照らしていた。
「綺麗……」
地下から水が湧き出ているのか、見惚れるほどの透明度にしばし時間を忘れてしまった。
にぼしがアレ、アレと指差す方向を見てみると、水子が水面に浮いてじっとこちらを見つめていた。
教会の壁画に描かれた天使のような愛くるしさだった。
「おいで。一緒にお父さんのとこに帰ろう。」
水子のところまで近づこうと湖に足を踏み入れたら思いの外深く、頭まで一気に水の中へと落ちてしまった。
─────────冷たい!
全身が痺れるほどの冷たさだった。
もがこうにも手足が思うように動かず、やがて意識も遠のいていった。
「……むぎ……起きろ!おいっ、紬!!」
真人が心配そうに覗き込んでいる……
ぼんやりとした頭で、ここは洞窟の中で私は溺れたのだと思い出し我に返った。
「水子は?!」
ガバッと起き上がって真人に尋ねた。
にぼしがピョンと肩に乗っかりモドッタと教えてくれた。どうやら父親の元へと帰ったらしい。
「ヤツには生霊のことも教えといた。かなり怯えてたから今日明日にでも神社に行くだろう。」
「じゃあ水子達は成仏出来るってこと?良かったあ~。」
ホッと安堵していたら真人からギロッと睨まれた。
「おまえは考えもなしに一人で突っ走るな!少しは自重しろ!!」
「ご、ごめんなさい。助けてくれてありがとう。」
全くもって真人の言う通りだ。湖の底までハッキリと見えていたから腰ぐらいの深さだと見誤ってしまった。
真人はハァと呆れたようなため息をついた。
「助けたのは俺じゃない。あいつらだ。」
湖から無数の青白い手が生えてヒラヒラとこちらに手を振っていた。
助けたって…なんで……?
嫌われてるんだとばかり思っていたのに……
「とにかくここから出るぞ。洞窟の入口に立ち入り禁止だと書いてあっただろ!」
今は大潮の干潮で一番潮が引いていたから歩いて入れたが、普段は湖までの道のりは海の中に沈んでいる洞窟なのだという……
すでに海水が膝の高さまで入り込んできていたので急いで抜け出すと、寒くて重いようななんとも言えない澱んだ空気が漂っていた。
にぼしがまたコワイ、コワイと言い出し丸くなった。
「あの幽霊達は紬や水子にイタズラをしていたわけじゃない。アレから守ろうとしていたんだ。」
なにあれ……
山とした言いようのない巨大な物体が水平線から顔を覗かせていた。
窪んだ目から漂う不気味さは形容しがたい……
海坊主と呼ばれる妖魔らしい。
海坊主は船を沈めたり人間を海の中に引きずり込んだりする恐ろしい妖魔なのだという……
「大変っ、みんなを海から避難させないと!」
「目の前にある小型船になんの反応も示してない。恐らく、ヤツの狙いはおまえだ。」
今までも私の中にある妖狐の霊力を狙って幾度となく妖魔が襲ってきていた。母はそう言っていたけれど私にはまるで実感がなく、どこか他人事のように思っていた。
でも実際に私を狙う妖魔が目の前に現れ、自分の置かれた状況がいかに危険だったのか……恐怖で震えが止まらなくなってしまった。
「丘にいれば安全だ。海坊主は水からは上がって来れない。」
雨がポツポツと降り出してきた。
天気予報では今日は一日中快晴だと言っていたのに、青空を覆い隠すように灰色の雲が一気に広がり雷まで鳴り始めた。
これって……海坊主の仕業……?
「そうか。不味いな……」
空を見上げる真人の表情が、険しく曇っていった。
キラキラと輝く水面が美しい海っ……から生える無数の青白い腕!
─────────って。
なんなのこれ?!お盆の海ってこんなに幽霊がいるのっ?海水浴客より幽霊の方が多いだなんて……
私が海の惨状にショックを受けていると、後ろから真人がやって来た。
「いつもなら沖の方でまばらにいる程度なんだが、全部波打ち際に集まって来てるみたいだな。」
真人が見る限りでは邪気を放っているような怪しい霊はいないらしく、子孫に会いに来たご先祖様達だろうとのこと。
お盆が終わればまたあの世へと帰って行く品行方正な霊なのだそうな。
「なんなら送り火を焚いて追い払うか?」
「気にしないようにするからいいよ。にぼしも居るし……」
そう言って肩に乗っかる式神の頬っぺをプニプニした。
にぼしとは私が式神に付けた名前だ。
真人からはどういうネーミングセンスしてるんだと白い目で見られたが、ニャ太郎にちなんだものにしたくて大好物だった煮干しから取ったのだ。
「ビーチバレーやろうぜ~!」
クラスの男子達がビーチバレーをするメンバーを募っていた。
あちらでは泳ぎの得意な子らで沖まで出てシュノーケリングをしようと話が弾んでいる……
海辺の町に住んでいるせいかみんな海が大好きなようで、声をかけたらクラスメイトのほぼ全員が参加を申し込んできた。
あれをやろうこれをやろうと大盛り上がりである。
「海でなにか起きてるのかもな。原因を探ってみるか。」
「なに言ってるの?せっかく海に来たのに真人も遊ばないと!」
「俺は遊びに来たんじゃなくておまえのことを……」
「私のことは気にしなくていいから!」
ビーチバレーの輪の中に真人のことを押し込んだ。
真人には少しでも高校生らしいことをして楽しんで欲しい。
珀も表向きは私を守るためだとは言っていたけれど、少し強引に真人を海に行かせたのにはそういう考えもあったのだと思う。
私は真人から離れてボディボードを教えてもらうことにした。
毎朝学校に通う時に海でしている人を見て、自分も挑戦してみたいなと思っていたのだ。
ウキウキしながらフィンと呼ばれる足ヒレを装着して海に入ろうとしたら、バランスを崩してすっ転んでしまった。
「やだ紬?大丈夫?!」
「う、うん。このヒレ歩き辛いね……」
今、間違いなく足首を掴まれて引っ張られた……
気付くと何十体もの青白い腕が私を取り囲み、しっしっと追い払うような仕草をしてきた。
この人達は品行方正なご先祖様達なはずなのに、なんか私って嫌われてるっ?
てか、にぼしは?!
砂浜を見ると丸まってプルプルと震えていた。
「……コワイ、コワイ……」
ちょっと……君は霊を追い払ってくれる式神なんじゃなかったの?
まあこんなに数がいたんじゃ怖がる気持ちは分からなくもないけれど。
「紬どしたの?早くやろうよ。」
「ゴメン、なんかお腹痛くなってきちゃった。海の家で休んどくね~っ。」
非常に残念だけれど、海に入るのは諦めるしかなさそうだ……
海の家に行くとクラスメイトは誰もいなかった。みんな遊びに夢中のようだ。
席に座ってかき氷をシャクシャクと食べていると、誰かが近づいてきた。
「ねーちゃんひとり?俺と遊ばん?」
日に焼けた小麦色の肌で肩までの金髪をハーフアップにし、派手なピアスと太い金のネックレスを付けたいかにもなチャラ男だった。
「苺味が好きなん?名前なんていうん?いくつ?女子高生やんなあ?地元の子?」
こちらの反応などお構い無しに矢継ぎ早に質問をしてきた。
関西弁を話してはいるがイントネーションが微妙におかしい。こいつはきっとエセ関西人だ。
スルーしようと思ったのだが、チャラ男の頭の後ろから小さな影がチラっと見えて思わずガン見してまった。
「なになに?そんなに見つめんといてや。イケメンの俺に一目惚れでもしてもーた?」
今の…なに?一瞬だけ見えた気がしたのだけれど……
「悪いが、気安く話しかけないでもらえるか。」
真人が私とチャラ男の間に割って入ってきた。
本物のイケメンである真人からの鋭い視線にチャラ男は動揺し、男付きかよと文句を言いながら逃げるように去っていった。
真人が私の隣にどかっと腰を下ろした。
「真人……あ、ありがとう。」
「隙があるからあんな男が寄ってくるんだ。気をつけろ。」
なんだそれ。まるで私が悪いみたいな言い草だ。
「ビーチバレーしてたんじゃなかったの?」
「それなら全勝してみんなから胴上げされた。」
全勝したんだ…バレー部員もいたのにさすが真人だ。
胴上げされる真人をちょっと見てみたかったかも。
この海水浴場はマリンスポーツも楽しむことができる。
沖の方を眺めるとビーチバレーをしていたメンバーが気持ちよさそうにパラセーリングをしている姿が見えた。
真人も誘われたけれど断ったのだという……
「したらよかったのに。もしかして真人って高所恐怖症?」
違うと真人は首を左右に振ると、真っ直ぐに私を見つめてきた。
「紬のそばにいたい。」
心臓がドクンと飛び跳ねた。
そばにいた方がいざと言う時に守りやすいという意味に他ならない。分かっちゃいるけれど、顔が赤くなりそうになって慌ててかき氷を頬張った。
人が聞いたら誤解されそうなセリフを言うのは止めて頂きたい。
「そういえばさっきの人の後ろに小さな影が見えたんだけど……」
「あれは水子霊だな。」
水子霊とは、中絶・流産・死産などでこの世に生まれることができなかった子供の霊のことだ。
亡くなった子へ心からの祈りと感謝を捧げれば成仏していくものなのだが……
水子に取り憑かれるのには幾つかの理由があるのだという。
「あいつの場合は水子のことを忘れているから、存在を知らせるために憑かれているんだろう。」
親に対する愛情の表れなのだという……
あんな軽薄そうな男でも赤ん坊にとってはたった一人の父親なのだ。
この世に産まれることさえ叶わず、きちんと供養もされずに親からも忘れ去られているだなんて悲しすぎる。
「どうにかしてあげれないかな?」
「いきなり知らないヤツから水子霊が憑いているからちゃんと供養しろと言われて誰が信じる?」
確かに変なのが絡んできたと思われるだけだろう。素直に聞くようなタイプでもなさそうだし……て、あれ?
「気のせいかな……小さな影が何人かいない?」
「三人憑いてるな。右肩には女の生霊までいるな。」
信っっじらんない!!
なんなのあのチャラ男?三人て……中絶させたの?女の敵じゃん!!
私が陰陽師なら呪い殺してやってるところだ!
「放っておけ。ああいう輩には遅かれ早かれ天罰が下る。」
なにか食べるかと真人は売店の方にメニューを見に行った。
別にあんな男がどうなろうが知ったこっちゃない。でも水子は一刻も早く成仏をして、次こそは優しいパパとママの元で幸せな人生を歩むべきだ。
砂浜でチャラ男がニヤけた顔で女性客を物色している光景を見てますます怒りが込み上げてきた。
海で泳ぐ黒ビキニの美女に狙いを定めたのか、浮かれた足取りで近づいていった。
チャラ男が海に足を踏み入れたとたん、無数の青白い腕がブワッと現れて周りを取り囲んだ。
────────水子が危ない!
海の家から飛び出して海水浴客の間を全速力で走り抜け、なにも気づいていないチャラ男にタックルした。
私も幽霊に髪や服を掴まれたけれど、なんとかチャラ男を砂浜にまで強引に引っ張っていき押し倒した。
「紬!大丈夫か?!」
真人が駆けつけてきてチャラ男に倒れ込む私を引き離してくれた。
「えっなに?俺らって三角関係って感じ?」
ふざけたことをぬかすチャラ男を無視して水子が全員無事なのかを確認した。
一人足りない……
にぼしがアッチと指さす方を見ると、砂浜に隣接する岩場の方へと逃げていく小さな影があった。
今ので怯えてしまったんだ……真人からは止せと言われたけれど構わず後を追いかけた。
「なあ兄ちゃん、あの子一体なにがしたいん?」
真人はこめかみをピクピクさせながらチャラ男を睨みつけた。
「てめえには水子霊が憑いてるから供養しろ!!覚えがないとは言わせないっ、今すぐ神社に行け!!」
「はっ、は……はぃいー!!」
水子が逃げて行った岩場は磯遊びが出来るようなのどかなエリアではなく、白波が打ち付け、歩くのも困難なほどにゴツゴツとした岩肌が隆起した閑散とした場所だった。
反り立つような岩壁には波で削られた海岸洞窟があった。
水子がそこに入っていくのが微かに見えた。
岩壁の側面に沿いながらなんとかそこまで辿り着いて中を覗いて見ると、洞窟内に海水は入り込んでおらず、平らな道が奥の方まで続いていた。
入ってはみたものの、すぐに足元さえ見えない真っ暗な闇に包まれてしまった。
「水子さ~ん、もう怖くないよ~。私とお父さんのとこまで戻ろうか~?」
あんな父親にまた取り憑くのもどうかとは思うが今は仕方がない。
もう一度呼びかけてみたが暗闇から水子がやってくる気配はない。こうしている間にもどんどん奥へと逃げて行って迷子になってしまうかも知れない……
「スマホがあれば明かりが取れるのに……」
ロッカーに入れたカバンの中に置いてきてしまった。
暗闇を見つめながらどうしようかと悩んでいたら突然、洞窟全体が明るく照らし出された。
肩に乗っかるにぼしを見ると、目玉がランランと輝いていたので驚いた。
「にぼしって……ライト機能が付いてるの?」
にぼしは奥を指さして得意げにゴーゴーと言ってきた。
他にもアラーム機能とかカメラ機能とかあったら便利だろうな。幽霊は追い払ってくれなかったけど……
水子がいないか探しながら慎重に進んでいくと、明るく開けた場所へと辿り着いた。
ここだけ天井に穴が空いているのか太陽の光が降り注ぎ、直径30mほどの湖の水を青く照らしていた。
「綺麗……」
地下から水が湧き出ているのか、見惚れるほどの透明度にしばし時間を忘れてしまった。
にぼしがアレ、アレと指差す方向を見てみると、水子が水面に浮いてじっとこちらを見つめていた。
教会の壁画に描かれた天使のような愛くるしさだった。
「おいで。一緒にお父さんのとこに帰ろう。」
水子のところまで近づこうと湖に足を踏み入れたら思いの外深く、頭まで一気に水の中へと落ちてしまった。
─────────冷たい!
全身が痺れるほどの冷たさだった。
もがこうにも手足が思うように動かず、やがて意識も遠のいていった。
「……むぎ……起きろ!おいっ、紬!!」
真人が心配そうに覗き込んでいる……
ぼんやりとした頭で、ここは洞窟の中で私は溺れたのだと思い出し我に返った。
「水子は?!」
ガバッと起き上がって真人に尋ねた。
にぼしがピョンと肩に乗っかりモドッタと教えてくれた。どうやら父親の元へと帰ったらしい。
「ヤツには生霊のことも教えといた。かなり怯えてたから今日明日にでも神社に行くだろう。」
「じゃあ水子達は成仏出来るってこと?良かったあ~。」
ホッと安堵していたら真人からギロッと睨まれた。
「おまえは考えもなしに一人で突っ走るな!少しは自重しろ!!」
「ご、ごめんなさい。助けてくれてありがとう。」
全くもって真人の言う通りだ。湖の底までハッキリと見えていたから腰ぐらいの深さだと見誤ってしまった。
真人はハァと呆れたようなため息をついた。
「助けたのは俺じゃない。あいつらだ。」
湖から無数の青白い手が生えてヒラヒラとこちらに手を振っていた。
助けたって…なんで……?
嫌われてるんだとばかり思っていたのに……
「とにかくここから出るぞ。洞窟の入口に立ち入り禁止だと書いてあっただろ!」
今は大潮の干潮で一番潮が引いていたから歩いて入れたが、普段は湖までの道のりは海の中に沈んでいる洞窟なのだという……
すでに海水が膝の高さまで入り込んできていたので急いで抜け出すと、寒くて重いようななんとも言えない澱んだ空気が漂っていた。
にぼしがまたコワイ、コワイと言い出し丸くなった。
「あの幽霊達は紬や水子にイタズラをしていたわけじゃない。アレから守ろうとしていたんだ。」
なにあれ……
山とした言いようのない巨大な物体が水平線から顔を覗かせていた。
窪んだ目から漂う不気味さは形容しがたい……
海坊主と呼ばれる妖魔らしい。
海坊主は船を沈めたり人間を海の中に引きずり込んだりする恐ろしい妖魔なのだという……
「大変っ、みんなを海から避難させないと!」
「目の前にある小型船になんの反応も示してない。恐らく、ヤツの狙いはおまえだ。」
今までも私の中にある妖狐の霊力を狙って幾度となく妖魔が襲ってきていた。母はそう言っていたけれど私にはまるで実感がなく、どこか他人事のように思っていた。
でも実際に私を狙う妖魔が目の前に現れ、自分の置かれた状況がいかに危険だったのか……恐怖で震えが止まらなくなってしまった。
「丘にいれば安全だ。海坊主は水からは上がって来れない。」
雨がポツポツと降り出してきた。
天気予報では今日は一日中快晴だと言っていたのに、青空を覆い隠すように灰色の雲が一気に広がり雷まで鳴り始めた。
これって……海坊主の仕業……?
「そうか。不味いな……」
空を見上げる真人の表情が、険しく曇っていった。
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