世界がゲームみたいになっても俺は無口キャラのまま

第三章：Bunny＆Black

百七十二話：

　「えっ、ミサ姉ちゃん残るの！？」

　『小鬼地下迷宮』から帰ってきた。
　集まっていたゴブリンは掃討したが、さらにその奥へは進まなかった。
　広間で戦っている最中も増援は来ていたし、挟み撃ちにされそうだ。
　それに中は暗く肌にピリつくような感覚もあった。
　ダアゴン沼地に似ている感覚。
　魔力が濃い？
　嫌な予感もするし刺激しすぎるのも危険と判断。

「うん。　お父さんも、ここの人たちも心配だから」

　結構な時間は立っており、市役所の中も案内してもらった。
　入り口にあった白いもこもこの泡は、やはり市役所側のギミックで【猫の手】で特別販売していたというアーティファクトらしい。
　魔石を消費し保護障壁を生む『クラウドウォール』。　敵味方関係なく動きを阻害する。　少し使いづらい気もするが立てこもりには丁度良いのかもしれない。
　そしてそろそろ東雲東高校に戻ろうかと思ったのだが。

　ミサの強い意志の籠った瞳は俺を見つめている。
　芯の通った大きな瞳。
　お父さんによく似ている。

「ごめんね、シンク」

　にへっと、いつもの笑みでそういってくるミサ。
　ああ、警察官の子供っぽくないなんて思ったが、そんなことはなかった。
　思ったより悲惨ではないとはいえ、市役所の生活は厳しい。
　それでも見て見ないふりはできないのだろう。
　本当は臆病なくせに。
　無理をしている。
　いつもみたいに勇気を奮ってそう告げているに違いない。
　彼女の体は僅かに震えている。
　
「しんくっ」

　思わず抱きしめていた。
　離したくない。
　最悪を想像して。
　初めてできた親しい人たち。
　失うのが怖い。
　嫌だ。
　
「苦しいよ」

　強く抱きしめすぎた。
　腕から解放してやると、ミサの顔が近づく。

「ん」

「ふふ、ファーストキスだよ？」

　照れくさそうに笑うミサ。
　いつからか、仲の良い友人にしかみせない笑みを見せてくれるようになった。
　ミサが離れていく。
　
「呼べ」

　いつでも飛んでいく。

「うん！」

　彼女の安全を確保するためにも、もう少し狩っていこう。
　そうだ橋の上のゴブリンは全滅させよう。
　『ブラックホーンシャドウ』を飛ばせばすぐに会いにこれるさ。
　ミサも強くなった。　お父さんたちも戦えそうだ。
　きっと大丈夫。

「またね、シンク」

　

◇◆◇


　暗い地の底。
　小さな影が揺れている。

『ギヒヒ……邪神サマ、スゴイ』

　不気味な嗤い声が木霊している。
　大きな影は大きく揺れている。

『チカラ、アフレテ、クル！』

　集まったゴブリンたちの中で一際大きなゴブリンが、歓喜まわったように手を掲げる。
　まるで神に祈るかのように。
　その力の恩恵に奮える。

「「「「ギイ！」」」」

　ボスの歓喜に合わせ周囲のゴブリンたちも吠える。
　彼らもまた同じく邪神の恩恵を受けている。
　緑色の体色は赤茶色に染まり、筋力は大きくなった。
　敵を殺せと脳に指令がくだる。
　引くことは許されない。
　
『臆病モノノ王ハイラヌ。　……ワレガ、ロードニナル！』

「「「「ギイイイイ！！」」」」

　【魔章反逆】モンスターストライキ。

　魔界においてたびたび起こる現象だ。
　特に弱く野心の強い種族。
　そうゴブリンにはよくある見慣れた光景。
　大抵は上手くいかないのだが、邪神の加護を得た場合、世代交代が起こりやすい。

『アノ、タテモノヲ、邪神サマへ捧ゲヨ』

　一際大きく目立つ建物。
　天ほど高く煌びやかなそれは邪神への祭壇にちょうどいい。

『殺戮ト混沌ヲ』

「「「「ギャギャギャッ！！」」」」

　歪んだ菱形の瞳が爛々と赤く輝く。
　連鎖するようにゴブリンたちに狂気は伝播する。