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第三章:Bunny&Black

百六十二話:閑話:東雲市役所

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 東雲市役所。

 東雲市のランドマークとして聳え立つ高さ100メートルの建物。
 地上20階地下2階となっている。
 前面ガラス張りの展望ロビーは人気で、市内を一望することができる。

「あ……」

 ガラスが揺れた。
 建物が倒壊し砂塵が舞っている。
 
「なに……?」

 恐ろしい怪物が住み着いてしまった街を見ていた女性は不思議な物をみた。 
 
(天使と悪魔?)

 一瞬でしかも高速だった。
 それも遠く離れた展望ロビーから。
 その女性には砂塵の上がった場所で天使と悪魔が飛んでいたように見えた。

「……」

 天使と悪魔が怪物を倒してくれているのだろうか……?

 何でもいい、誰でもいい、早く助けにきて。

 東雲市役所に避難している女性は心からそう思った。

「う……」

「お母さん、お腹空いた……」

「うう……」

 避難場所としての市役所というのは良くなかった。
 
 設備からして防災拠点としては向いていない。 
 指定避難場所にも指定はされていない。
 基本的には小中学校のグラウンドや体育館など、公園や公民館といった施設が多い。
 ハザードマップなどにもそう記載されているため、避難してくる人は少なかった。
 備蓄品も少ない。 特に備蓄食料については雀の涙ほどしかない。
 市役所職員の数を考えれば2日しか持たない。
 そもそも水の備蓄すらないのだ。
 
「なにか、もらってこようね……」

「うん……」

 その為、災害が起こった際には市民を誘導し彼らも避難場所へと向かうことになる。
 ただし、今回のような特殊な災害では困難であった。
 それが数百メートル離れた施設だとしても。
 指定避難所へと向かう最中。
 警察官や消防隊員が懸命に叫んでいた。

『逃げろっ!!』

 パニックだった。
 人の群れが雪崩のように向かってくる。
 飲み込まれないように、市役所へと非難した。
 東雲市役所は避難場所には向いていなかったが、堅牢であった。

 未だに2000人が強制的な避難生活を強いられていた。

 それは奇跡と言っていい出来事だ。
 
 今もまだ2000人もの人々が生きられているのだから。


◇◆◇

 
 それは希望の声だった。

 『東雲市奪還作戦を行います。 参加される方は神鳴館女学院付属高校までお越しください』

 助かる。
 まだ他にも生存者は存在する!
 こちらも大声で返信をしたかった。 
 待っていると、どうかお願いします! 助けてください!!、と。

 だが自分の【念話魔法】では届けることはできなかった。
 ただただ待つしかない。
 希望の光が届くのを。


『申し訳ありません。 東雲市街地への救援は困難と決断いたしました』

 
 「なんだって……」

 希望は絶望へと変わった。
 自衛隊員と有志による精鋭部隊で東雲駅ビルまでは制圧できたが、その先に敵が待ち構えており断念したそうだ。

『申し訳ありません』

 若い女性の声だった。
 以前よりも鮮明に聞こえる。
 自分の娘と同じくらいだろうか、そんな娘が危険を顧みず奪還作戦に参加しているのか?
 
「くそっ!」

 怒りだった。
 
 俺は……自分を恥じた。
 
「くそおおおおおおおおッ!!」

 なにが待っているだ。
 なにが助けてください、だッ!!

 あまつさえ危険を顧みず助けにきてくれた者に、落胆した己に嫌気がした。

『東雲市奪還作戦を行います。 参加される方は神鳴館女学院付属高校までお越しください』。
 
 希望の声はそう言っていた。
 嗚呼、そうだ、考えればわかることだったかもしれない。
 若く正義感に溢れた神鳴館女学院付属高校の生徒が立ち上がってくれたのだろう。
 本来なら大勢の人を守るべき立場の俺たちが縮こまっているせいで。

「恥ずかしくっ、ないかのか!」

「ど、どうしたんですか!? 鹿野警部補!?」

「俺は恥ずかしい! なんの為に、俺たちはっ、警察官になったんだよっ!!」

 悲報を聞き落ち込んでいた者たちに活を入れる。

「困っている人を助けたい、弱い人を守りたい、――誰かを守れる自分になりたい! そうだろっ!?」

 弱音を吐くもの、落ち込むもの、嘆くものに檄を入れる!

「今がっ、――――その時だろうがッッ!!」

 魂の絶叫は響く。

 市役所のロビーに立ち込めていた暗い空気を吹き飛ばし、漢たちの魂に響いた。

 退避してきた警察、消防関係者、それに若い男性たちが立ち上がる。

 東雲市役所の長く厳しい防衛戦の始まりだった。



◇◆◇



 目障りだった羽つきは消えた。

『ギ、ギヒヒ』

 また一つ領土が増えた。
 魔界ではこれほど楽にはいかない。
 いつも敵に怯え小さな領土に縮こまっていた。
 抑圧された世界からの解放。

『ギヒッ!』

 楽しい。
 なんて楽しい世界なんだ。

『ギヒヒ! ギヒヒヒヒ!』

 さしたる強者もおらず、獲物の数は馬鹿みたいに多い。
 獲物は泣き叫び逃げ惑う。
 愉快。
 
『モット』

 力が欲しい。
 この楽しい時を邪魔させないためにも。
 領土を広げよ。
 魂を捧げよ。
 力を手に入れろ。
 
『ワレガロードニ? ……ギヒ、ギヒヒヒッ!』

 欲望に魅せられた瞳は狂気を孕み、口は三日月に裂ける。

 新天地にて最弱のゴブリンは野心を抱く。


 
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