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第一章:鬼頭神駆は誤解が解けない

二十八話

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 町は静かだ。
昨日の騒動が嘘のように。 

「……」

 外に出ることを伝えると、保健室の魔女、葛西先生に薬を貰ってきてほしいと頼まれた。 紹介状のような物を書いてもらっている。

 俺たちは正門側から出て、近くにある動物病院を目指す。
本当は病院かクリニックに行きたいところだが、近くには動物病院か歯医者しかない。 

 動物の薬も大抵は人間用だ。 たぶんあると思う。

 
「!」

 しばらく道を進んでいくと。
 俺の犬耳が僅かな音を拾う。
 人の物ではない。 おそらく野犬。 独特の唸り声を上げている。

「可愛い……!」

「オーガの犬耳ピクピク」

「なんで、犬耳……」

 能天気な木実ちゃんたち。
 大丈夫なんだろうか? 野犬は結構危険なんだが。

――ガルルルゥ!

「きゃっ!」

「……!」

「ひぇっ……」

 現れた野犬は一頭。
 身を屈め戦闘態勢で唸り声を上げこちらを睨みつけている。
あの体勢から前後左右に素早く動く。 
 厄介な敵だ。

「シッ!」

「グルッ」

 突き出した骨矛をバックステップで回避した野犬。
 一定の距離を保ち、威嚇の遠吠えを上げる。
 睨み合う。
 その視線が後ろで震える彼女たちに移る。

「――グルァッ!!」

「ひゃっ!?」

 地を這うように素早く。
 友人A、ミサを狙った野犬が疾駆する。
 ミサは地面に尻もちしながら悲鳴を上げた。

「ふんっ!」

 通さない。
俺は鋭く踏み込み下から掬い上げるように、骨矛で薙ぎ払う。

「キャイン!?」

「うわあああ!?」

 首をへし折られた野犬は、ミサの横に強烈なシュート。
 ミサは両手で顔を覆い、縮こまって悲鳴を上げる。
 この体育会系ガール、――ポンコツだ。

「はぁっ……はぁっ……」

「……危険」

 木実ちゃんはテニスラケットを胸で抱え呼吸が荒い、葵はスコップを構えている。 
 
>>>魂魄獲得 1ポイント

 魂魄の獲得。
 首をへし折られた野犬は煙を上げ消えていった。

「……」

「?」

 俺はジェスチャーで葵に魂魄が手に入ったか確認するが、伝わらない。

「アイ、ラブ、ユー……?」

「えぇっ!?」

 違うわ!
 木実ちゃんもいるのに変な冗談はやめてくれっ!
 フードを被った葵は小首を傾げニヤついている。
 意外と余裕があるのか? 再度、ジェスチャーをすると伝わったようだ。

「ダメ……入ってないよ」

 ふむ。
 ダメージ量か、ラストアタック。 もしくは攻撃を当てれば手に入るだろうか? 
 野犬も魚頭と同じく、耐久力は低い。
 押さえつけて動けなくさせれば、彼女たちでも倒せるだろう。

「ミサ、大丈夫?」

「……うん」

 完全に意気消沈している。
 尻もちから一人では立ち上がれず、手を借りてやっと立ち上がった。 ちょっと体操着のズボンが濡れているのは見なかったことにしよう。

「む」

 野犬が向かってくる。
それも複数。 姿は見えないが、民家の路地を走ってこちらに向かってきている。 先ほどの叫び声に反応したのだろう。
 【ガードドッグイヤー】のおかげか、感覚が広く研ぎ澄まされている。 

「鬼頭君!?」

「……」

 俺は三人を民家に押し込める。
 守りながら複数を相手にするのは不安、まずは数を減らす。
 説明をしたいが時間は無い。

ガルルッ!

「ん?」

 四頭の野犬が現れた。 
そのうちの一頭。 茶黒の中型犬に紛れる赤黒い一頭は少し変だ。 
「ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ」

 舌をだらりと出し、涎ダラダラ。
目も完全に逝っちゃってるし、後方からこっちを睨みつけている。

「……」

 俺はそいつを警戒しながら、迫ろうとしている三頭に骨矛を構えた。
 戦闘態勢で待て状態の三頭が、近寄っては離れを繰り返し威嚇してくる。
 そして。

『ガウッ!!』

 赤黒い野犬が吠えると同時、襲ってきた。

「シッ!」

 顔面に飛びかかってきた一頭を骨矛で叩き落とす間に、脚に二頭が食らいついてきた。 
 ガゥウ! と頭を振り噛み千切ろうとするが、タキシードの防御力が勝っているようで、噛み切れない。

「――ガァアアアア!!」

「っ!?」

 弾丸のように。
 裂けるような大口を開けた赤黒。 牙を剥き出しに、涎をまき散らしながら喉元に喰らいつこうと、飛び込んできた。

 速い。
一瞬で彼我の距離を詰めた赤黒。 その瞳は赤白く濁っている。
 
「らぁっ!」

 噛みつきを骨矛でブロック。
持ち手の少し上、真ん中あたりで防いだ骨矛から『ミシッ』と嫌な音がした。

「ふんっ!」

「キャウッ!?」

 赤黒の頭を上から押さえつけるように、地面にベシャリ。
アスファルトの道路に叩きつけられた赤黒は、濁った眼玉を飛び出させ、断末魔の悲鳴を上げる。

>>>魂魄獲得 4ポイント

 未だ脚に噛みつく野犬はその光景に動きを止めた。

「「キャインッ!?」」

 俺は無理矢理掴み上げた。
 首根っこを掴み上げた野犬は、恐怖の眼差しを向けてくる。
 まるで震える子犬のような。 空中で暴れまくる野犬。
 ちょうどいいので餌になってもらおう。 木実ちゃん達の魂魄集めの餌。 

「もう、大丈夫ですか? ふえっ!?」

「「……」」

 俺は「さぁ、殺れ」と言わんばかりに、野犬二頭を民家の地面に押さえつける。 ちなみに噛まれていた脚は無傷だ。 
 俺が黙ってジッと見つめていると、木実ちゃんが歩み寄る。

 木実ちゃんのテニスラケットを持つ手は震えている。

「はうぅ……」

 太もも……。
 木実ちゃんの無防備な太ももに視線が釘付けだ。 マズいぞ。 テニスウェアと太ももの創る聖域から視線が外せない! ちなみにニーソではない。 残念だが。 

「う、うやゃああ!」

「!」

 コツンと、縦に持って振るったテニスラケットのフレーム部分が、野犬の脳天を直撃する。 目をつぶっていたのに正確な一撃だが、野犬を殺すには至らない。 グルルッ、と唸り声を上げる野犬。

「あうっ……」

 テニスラケットを胸に、一歩後ずさる木実ちゃん。
入れ替わり、葵がスコップを突き立てた。

「キャウ……」

 野犬は目からグサリと突き立てられ、消えていく。
急所狙いの体重の乗った良い突きだ。

「ん、貰えた。 木実は?」

「わ、私は何も……」

 葵だけ魂魄を獲得したようだ。
 止めを刺すと貰えるのかな。 

「……」

 暴れる二頭目の前に、体操着姿のミサが立つ。
手には赤茶色のレンガ。 学校を出た時は持っていなかったはず、民家からお借りしたようだ。 ちゃんと返せよ?

「うあああっ!」

 吠えたミサ。
 その手に持つレンガが野犬の頭を潰す。 真っ赤な血が俺の腕に飛び散ったが、服についた汚れはすぐに消える。 煙を上げ消えて行く野犬と同じく、手についた血や肉片も消えていく。 不思議な現象だ。

「……聞こえた」

 顔色悪く、吐きそうなミサが呟く。
 少し騒ぎ過ぎたのか、また野犬がこちらに向かっている。
 大通り側。 そっちから向かってきているようだ。

「……」

 動物病院に着くのは、しばらく時間が掛かりそうだな。

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