男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三

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言い直し

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「記憶が戻ってすぐこんな事を言うのはあれなんだが・・」

 抱き上げた沙耶を下ろした馨は真顔に戻って告げた。「契約結婚を解除したい」

 一瞬沙耶は言葉を失った。「・・そう、ですよね。お義父さまはご病気ではなかったですし、結婚は契約だったと皆さんにバレてしまったんですよね・・。記憶も戻りましたから私は一人でも大丈夫です・・」

(私みたいに父の素性も知れない何の取り柄もない女じゃ馨さんに釣り合わないわよね)

「一人でも大丈夫って・・」

「分かってます! 私は何の取り柄もないし、身寄りもいなければ、父の素性だってはっきりしないのに。私が馨さんを好きでもどうにもならないって事くらいは分かってま・・」

 馨は早口でしゃべり続ける沙耶をキスで無理やり遮った。

「待ってくれ、君は誤解してる! それに君のヘアメイクの才能は本物だ、何の取り柄もないなんて言うな」

 窓際のデスクの引き出しから小さな箱を取り出した馨は言った。「すでに結婚指輪を渡したから順番が逆になってしまったが・・俺と結婚してほしい」

 大きなダイヤが輝く二人で選んだエンゲージリングの箱を開けながら馨は言った。

「えっ! だって・・」
「言い直そう。俺と正式に結婚してほしい。契約結婚なんてクソ食らえだ!」

「そうですね! 契約結婚なんてクソですね!」
「「プッ」」

 二人の明るい笑い声が部屋に響いた。窓の外では白い結晶が輝く羽毛の様にゆっくりと舞い降りて来ていた。

「あ、雪だわ・・」
「メリークリスマス。沙耶、愛してる・・」

 沙耶は笑顔でコクリと頷いた。「私も、愛してます」

 馨は輝くダイヤのリングを沙耶の指にはめながらもう一度キスをした。



______


「凄い数のLINEが来てる・・」

 朝食の後、スマホをチェックした沙耶が驚いている。

「見てもいいか?」横でコーヒーを飲んでいた馨が言った。

 差し出されたスマホを見た馨は飽きれた顔をした。「やっぱりこうなると思ったよ」

 高野景子からのLINEには沙耶に話があるから会いに来てくれ、という内容がいくつも入っていた。はじめは命令口調で、返事がないと次第に脅迫めいた言葉遣いになっていた。だが最後には大事な要件だからと泣きついてきていた。

「どうしましょう、これ・・」
「俺と同伴ならOKだと返事してくれ」

 沙耶が返事すると、一人で来て欲しいとすぐ返事が来た。一人では行かない、一人で、の応酬が始まったが最終的には景子が折れた。


 
 その数日後、景子は指定された通り、昼過ぎに馨の会社に現れた。沙耶が馨と同伴するのに対抗してか、景子も母親を伴っていた。

「沙耶に話とは何でしょう?」各々が席に着くとすぐ馨が口を開いた。

「あの‥五瀬さんもご存じでしょうけど今うちの和菓子屋が大変な状況で・・」リカがおずおずと話し始めた。

「少し用立てて頂きたいんです。沙耶と五瀬さんの結婚は高野家でも認める事に致しますし・・その・・結納金として貸して頂けないでしょうか?」

 リカの話に景子は激高した。「ちょっとお母さん、沙耶の結婚を認めるってなによ。私はそんな話聞いてないわ」

(この期に及んでこの子はまだそんな事を言うの? 今大事なのは和菓子屋の・・高野家が生き残る事でしょう? このままじゃ私達一家は路頭に迷ってしまうわ)

「景子は黙ってなさい」リカの厳しい態度は景子が今まで見た事がないものだった。
「お母さん!」

(どうして? お母さんは私の味方でしょ。今までだってずっとそうだったのに、沙耶の結婚を認めるなんて。私の事より高野の和菓子屋が大事だっていうの?)

 親子のやり取りを黙って見ていた馨が口元に笑みを浮かべて言った。

「高野さんの主張はおかしいですね。沙耶の結婚を認めるも何も、沙耶は高野家からもうすでに籍を抜かれているではないですか」

 リカはぐっ、と言葉に詰まったがすぐ顎を突き上げ反論した。

「でも母親を亡くした沙耶を引き取って立派に成人させたのはわたくし共です。沙耶は私達には返す恩があるはずですわ」

「沙耶、君には嫌な思いをさせるかもしれないが、はっきりさせておこう」馨は沙耶の手を優しく包み込みながら言った。沙耶も馨の瞳を見つめ返し、頷いた。

「沙耶を引き取ったのは失墜した店の評判を回復させるためであって、決して親切心からではないでしょう。引き取られた後の沙耶の生活状況は調べがついています。使用人の様にこき使っていた事も分かっていますし栄養状態が悪く、よく貧血を起こして保健室に運ばれていたと当時の担任と保健室の先生からも話を伺っています」

 馨は景子に向き直って続けた。「沙耶の髪を短くして男のような恰好をさせていたのは君だろう。確かに沙耶の方が魅力的だからな。妬ましいのは分かるが醜い嫉妬心だ」

「なっ、なっ・・」景子は怒りのあまり言葉が出て来ず、立ち上がって甲高い声で母親に八つ当たりを始めた。

「お母さん、もう帰りましょう。こんな風に侮辱されてまでお金を用立てて貰う事はないわ!」

 それでもリカは座ったままじっと唇を噛みしめていた。

「五瀬さんのおっしゃる通りですわ。でも沙耶、沙耶なら私達の味方よね? メイクアップアーティストの学校にだって通わせてあげたじゃない。あなたの夢を応援してあげたのよ!」

 沙耶は寂しそうな笑顔で首を横に振った。

「叔母様や叔父様が私をメイクアップアーティストの学校に通わせてくれたのは景子の付き人をさせるためでしょう? 私知ってました。それでも学校をちゃんと卒業できたのは叔母様達のおかげだと思ってます。けど・・」

「けど?」

「子供の頃からずっと頑張って高野家に尽くしてきました。だから十分恩は返せたと思いますし、五瀬さんからお金を借りるのは筋違いだと思います」

 リカは顔を紅潮させて怒りを隠そうともしなかった。「十分な訳ないでしょ! 引き取られた子供が家を手伝うのは当たり前じゃないの! この恩知らず!」

「そうよ、あんたの父親は人殺しよ、それも幼児を殺めるようなケダモノの人間の血があんたには流れているのよ!」

 立ったまま沙耶を見下ろしながら勝ち誇ったように景子は言い放った。


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