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義久の策

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 ジンジャークッキーをリビングのテーブルに置いた結花は食堂に駆け込み、珍しく早く帰宅して夕食を取っていた馨に食ってかかった。

「兄さん、どうして沙耶さんを放っておくのよ! 沙耶さん、池田さんとくっついちゃったじゃない」
「涼とだと?」

 同じく食卓についていた義久も箸を持つ手を止めた。

「そうだよ『私と池田さんの事』を私が知ってると思ってたって言われたんだよ。付き合ってるのか聞いたら否定しなかったよ!」

(一体いつからそんな事に・・有り得ない。いやそうか? 本当に有り得ないか? 涼だって男だ。以前から沙耶に好意を持っていたとも考えられる、それが一緒に居る時間が長くなり・・傍についていてくれと頼んだのは他でもない俺じゃないか)

「もしそれが本当だとしても、俺に口をはさむ権利はないんだ」
「どうして? 自分の奥さんが友達と浮気してもいいなんておかしいじゃん!」

「浮気にならないんだよ、俺たちは正式な夫婦じゃない」
「ど、どういうこと?」

「沙耶とは入籍してないんだよ、それに・・」

 馨は父親の方を見た。沙耶の記憶はもう戻らないかもしれない。沙耶と涼の事が事実にしろ誤解にしろ、もう茶番は終わりにすべきだな・・。

「俺と沙耶は偽りの結婚をするという契約を結んだんだ。俺は誰とも結婚する気がなかったから、要らぬ縁談を持ち込まれない様に先に結婚したという事実を作り上げたんだ」

「で、でも・・兄さんは沙耶さんの事好きだったんじゃないの? あれは全部演技だったの?」
「・・そうだ」
「うそ・・私そんなの信じない!」

 結花は目に涙を溜めてそのまま食堂を出て行った。

「これはどうも・・私が弄した策が裏目に出てしまったようだ」ずっと目を伏せていた義久が馨を真っすぐ見ながら話し始めた。

「馨、私はお前に謝らなければならん。私はずっとお前が真矢から酷い継子虐めを受けていたのを知っていながら何もしなかった。そしてそのせいでお前が女性恐怖症になった事も知っていたんだよ」

 馨の顔色が変わった。結花を追いかけようと立ち上がっていたが、また椅子に腰を下ろした。テーブルの上で手を組んだが、怒りで震える手を抑えるためだった。

「どうして・・いや、もう済んだことを今更問い詰めても何も始まりませんね。病気の事はいつ知ったんですか?」

「お前が男子校に入りたいと言い出した頃だな。あまり自己主張をしない子だと思っていたお前が強く言い出した事に引っ掛かってな。それからお前の動向を少し調べていた」

「その病気を知っていながら縁談を持ち込んだんですか? 自分の余命が僅かだから孫の顔を見てから死にたいとでも思ったんですか?」

「お前の怒りはもっともだ・・。だが私は素人考えで、近くに女性がいれば少しずつ慣れて行くのではないかと思ったんだよ。心優しい女性が妻になれば女性への恐怖も少しは和らぐのではないかとね」

 ふう~と息を吐くと続けて義久は口を開いた。「もうひとつ謝らねばならんのは・・私が余命いくばくかというのも嘘なんだよ」

「なっ!」

「私はもう長くないからとお前に社長の座を譲り、その地位に着いたからには公私ともに支えてくれるパートナーが必要だと縁談を強制的に進められると考えたんだ。・・まあ余命宣告された者が何年も長生きしたなんて話はよくある事だから、その辺はなんとでもなると思ってな」

「もう・・開いた口がふさがりませんよ」

「お前はもう立派に社長として五瀬グループを率いて行けると判断した上でした事だ。そしてお前は立派にその責務を全うしている。私は誇らしいよ」そう言ってから義久はニヤリと笑って付け加えた。

「だが、お前も嘘つきだな」

「何ですかそれは。俺は嘘なんか・・」
「お前は沙耶さんを大切に思っているじゃないか」

「うっ・・」
「お前たちが契約結婚だとは私も驚いたが、噓から出たまことなのではないかな?」

 義久にすっかり見透かされていることを知った馨は何も言い返せなかった。

「私のせいで沙耶さんと複雑な関係になってしまった事は申し訳なく思っているが、池田君ともよく話をした方がいい。私が用意した縁談相手も人柄のいい女性だったが、沙耶さんはその上を行くからな」

「父さん、病気ではないんですね?」
「ああ、私はすこぶる健康だ」


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