上 下
24 / 52

うそ

しおりを挟む
「社長、社長・・馨君!」

 目の前に涼が立っているのすら馨の目には入っていなかった。

「あ、ああ。すまない、何の話だったか」

「何度も呼んだんですよ。これ、婚姻届けです。社長が印鑑とサインをしてくれたらすぐ役所に持っていきますから」

 馨は書類に目を落としたが、また考え込んでしまった。

「いや、もう少し時間を置こう」

「この間写真を撮って行った週刊誌の記者から、やはり婚姻届けについて質問がありましたよ。籍が入っていないようですが、もしかして石井さんは高野景子の隠れ蓑だったんじゃないですかって」

「・・もう書きたいように書かせておけ」

 投げやりな態度の馨に涼は首を傾げた。

「契約結婚を本物にするんですよね? 沙耶さんも籍を入れることについて同意してると言ってましたし。どうして今更・・」

「沙耶は俺とは契約上の関係として距離を置きたいようだ。だから・・俺も余計な感情を抱かないほうがお互いの為なんだよ」

「会長に問われたら何と答えるんですか?」

「まだ分からない・・もう少し考えさせてくれ」馨は苦しそうな顔で頭を振った。涼は仕方なく社長室を出て行った。

(俺は彼女にすっかり心を奪われて一人で舞い上がっていただけだ・・。沙耶が俺に好意を抱いているなんて確証もないのに。なんてざまだ)

 馨は婚姻届けを手に取ったがすぐデスクに放り投げ、席を立って大きなため息をつきながら窓の外を眺めていた。


____


 女性週刊誌は驚くほど仕事が早かった。馨と景子がしっかり抱き合っている写真付きで、記事は疑問形で書かれていた。

 その上で景子の友人を匂わせる人物からのコメントも載っていた。『ベガスから帰って来て以来密かに関係を深めていたらしい』『石井さんは景子さんのマネージャーだから手助けしていただけ』

 これらのコメントから五瀬馨の本命は高野景子ではないかと記事は結ばれていた。


受付嬢A「おかしいと思ったのよ! 突然降って湧いたように社長の結婚話が出たと思ったら相手は全然普通の人でしょ?」

受付嬢B「まぁ高野景子の方がすんなり来るわね。今売り出し中の女優ですものね。ドラマ何本抱えてるんだっけ?」

A「石井さんて方が社長と一緒に出掛けて行った日、池田さんが知らない振りしてたわよね?」
B「あれは間違いなく知ってたわね」

A「高野景子って老舗和菓子店の一人娘だって言うし」
B「家柄もまあまあよね」

A「ああ~高野景子もここに来ないかしらねぇ。実物を見てみたいわぁ、美人なんでしょうね」
B「あら、この間いらしてたわよ」

A「えええっ、私がお休みの日に来るなんてついてないわぁ」
B「高野景子が本命ならそのうち一緒にいる所を見られるんじゃない?」
A「そうだといいわぁ」


____


 景子の所属事務所でも混乱が起きていた。

「景子ちゃん、この記事は一体どういう事なの?」
「それは・・それが真実に近いんです、本当は」

「この間はそんな事言ってなかったでしょ。それに景子ちゃんが二人の結婚を知ったのは沙耶ちゃんと五瀬さんが来た後でしょ? 沙耶ちゃんの相手が誰か知らなかったって言ってたじゃない」

「景子ちゃん、落合社長も私もちゃんと事実を把握していないと困るのよ。問い合わせが殺到してるの。スポンサーとの契約もあるんだから軽率な行動は控えて貰わないと」

 確かにそうだった。落合社長と沢本に聞くまでは沙耶の相手が五瀬だとは知らなかったのだった。
 景子はここまで来た以上はしらを切り通すしかないと腹をくくった。

「実は‥あの後偶然五瀬さんにお会いする機会があったんです。その時沙耶の事を相談されて・・。二人は上手く行ってないみたいなんです。それで相談に乗るうちに五瀬さんは私の方を・・」

「まぁ・・ついこの間仲良く顔を見せてくれたばかりだったていうのに・・」
「そうよねぇ、随分と沙耶の事を大切にしているように見えたのにねぇ。分からないものね」

「じゃあ沙耶ちゃんと別れてあなたと結婚するって言ってるの?」
「あら社長、元々二人は籍を入れていないみたいですよ」

「そうなんです、だから正式には離婚も何もないんです。それにまだそんな深い仲じゃありませんから私達」

 景子はうぶな振りをして恥ずかしそうに下を向いて見せた。

(ふふ、よくもまぁスラスラと口から出まかせを言えたもんだわ。私ってアドリブの才能もあるわね)

 後はどうにかして五瀬の心を掴まなくては・・。マスコミ対策を考えている社長達を後にして、景子は沙耶の代理マネージャーの山本と撮影現場へ向かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

Take me out~私を籠から出すのは強引部長?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺が君を守ってやる。 相手が父親だろうが婚約者だろうが」 そう言って私に自由を与えてくれたのは、父の敵の強引部長でした――。 香芝愛乃(かしば よしの) 24歳 家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部勤務 専務の娘 で IoT本部長で社長の息子である東藤の婚約者 父と東藤に溺愛され、なに不自由なく育ってきた反面、 なにひとつ自由が許されなかった 全てにおいて、諦めることになれてしまった人 × 高鷹征史(こうたか まさふみ) 35歳 家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部部長 銀縁ボストン眼鏡をかける、人形のようにきれいな人 ただし、中身は俺様 革新的で社内の改革をもくろむ 保守的な愛乃の父とは敵対している 口、悪い 態度、でかい でも自分に正直な、真っ直ぐな男 × 東藤春熙(とうどう はるき) 28歳 家電メーカー『SMOOTH』IoT本部長 社長の息子で次期社長 愛乃の婚約者 親の七光りもあるが、仕事は基本、できる人 優しい。 優しすぎて、親のプレッシャーが重荷 愛乃を過剰なまでに溺愛している 実は……?? スイートな婚約者とビターな上司。 愛乃が選ぶのは、どっち……?

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています

中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。

運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています

四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

処理中です...