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着せ替え人形
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「お茶のお代わりをお持ちしました、お話は進みましたか?」
沙耶がここへ来た時と同じように涼は愛想が良かった。
「いいタイミングだな。大体話はついたよ。さて、これまで話した事をまとめた契約書を作成してある。契約通りに報酬を払うという証明だ。こういう物があった方が君も安心するだろう」
かおるがそう言うと涼が封筒から2枚の書類を取り出した。
「内容に同意出来たら2枚目の下にサインを下さい。追加事項はありませんか?」
「ひとつあるな」
ペンを取り出した馨は『子供は作らない事』と追加事項を書き足した。
沙耶が書類を読み、サインしている間、涼は沙耶をじっと吟味していた。サインを終えた沙耶に涼はやんわりと尋ねた。
「石井さんはラフなスタイルが好きなのかな。少しフォーマルな洋服はお持ちですか?」
「洋服は・・景子が指定するものを着ているんです。フォーマルな服はスーツがあります。パンツスーツですけど」
指定された物を着る・・あまりファッションに興味がないのか、それとも何か事情があるのだろうかと涼はいぶかった。
涼は馨に向き直り提案した。「社長、これから石井さんを連れて買い物に行きたいと思います。洋服やら身の回りの物を整えて差し上げたいのですが」
馨は意外だという表情を見せたが「ああ、頼む」と一言言った。だがまだ馨の顔を見たまま、にこやかに立っている涼を見て懐から財布を出し黒いカードを取り出した。
「これで頼む」カードを涼に手渡して馨は言った。
「よし、軍資金はこれでOKだ。石井さんこれから時間ある?」
「はい、今日は一日空いてます」
「よーし、じゃこれから僕とショッピングデートだ!」
『デート』という単語に反応して自分の眉がぴくりと吊り上がった事に馨は気づいていなかった。
________
涼と沙耶は銀座に来ていた。
「このブティックで色々買い揃えようか。他に行きたい店とかある?」
8階建てのビルの5階部分がショップ、上3階が事業部というアパレルのビルに涼は入って行った。
「いえ、自分用の服はこういう所で買ったことがないのでお任せします」
「オーケー。これから馨君のご家族と会う時の服とか色々必要だと思うから、僕が選んであげる」
まずは1階のレディースのショップで洋服選びが始まった。色々なシーンを想定して沢山の洋服を試着していく。
「お客様は素晴らしくスタイルがいいですね。アメリカの下着メーカーのエンジェルみたいですわ」
大ぶりなメンズの洋服に隠れていたが、こうしてきちんと女性用のおしゃれな服に着替えると確かに沙耶のスタイルは抜群だった。手足は長いし色白で、胸も豊かだ。
「眼鏡をコンタクトに換えるといいかもしれませんね」
「私、目は悪くないんです。眼鏡を外した方が実はよく見えたりします」
クスッと笑って沙耶は眼鏡を外した。化粧をしていない素顔だったがハッキリした目鼻立ちにココア色の瞳、少し大きめの形のよい口、ホクロ1つない白い肌。誰が見ても美人なのは間違いなかった。
涼もこれには驚いた。この大きな黒い眼鏡がいかに沙耶の美貌を隠していたかを改めて認識したのだ。
驚いた涼と店員の視線に居心地が悪そうにしている沙耶を見て、はっと気を取り直した涼が店員に向かって言った。
「ああ、ごめんごめん。えーと洋服に合わせて、靴とバッグやアクセサリーなんかを2階から見繕ってきてくれるかな?」
また眼鏡を掛けた沙耶は店員が戻るまでソファに腰かけていた。(ふぅ~服を着替えたりするのも結構体力が必要なのね)
今度は店員は3人がかりで品物を抱え2階から降りてきた。その後ろに中年の女性が付いて来た。
「あら涼だったのね。大口らしいお客様がいらしてるって聞いたから降りて来てみたら・・」
「母さん、いつ台湾から帰ってきたの?」
二人のやり取りに店員も目を丸くしている。
「あ、石井さん、こちら僕の母です」
「どうもはじめまして、涼の母です」
沙耶にニッコリ微笑みかけてすぐ涼に向き直った響子は「あなたにこんな女性がいるなんて聞いてなかったわよ、もっと早く紹介しなさいよ」と涼を小突いた。
「違う違う、残念ながらこの人は馨君のパートナーだよ」
「あらそうでしたか。それでは金額に糸目は付けなくて平気ね。ここからは私が見立てて差し上げますわ」
「母はここの経営者兼デザイナーなんだ。後は母に任せて僕はゆっくりコーヒーでも頂いてるねえ」
それから軽く2時間程かけて洋服選びは終わった。多少お直しを必要とする服もあったのでそれは五瀬家へ配送して貰う事になった。
「流石にこれ全部を持って帰るのは2人でも無理だね。対面時に必要な物といくつかを石井さんが持ち帰って後は五瀬の家に送っていいかな?」
「はい、それでお願いします。あと、あの・・支払いはローンでお願いできますか?」
「へ? やだなあ石井さん、ちゃんと馨君からカードを預かって来てるからそんな心配しないで」
「えっ、でもいくら何でも金額が・・」
この買い物の総額は沙耶の年収より多かった。
「謙虚な方なのね。私が言うのも何だけど、心配しなくても大丈夫よ。涼の雇い主はこのビル全体を買い取れる位お金持ちだから」
響子は安心させるように優しく微笑んで見せた。
「そういう事だから。・・石井さん、メイクは得意だよね? 当日は軽くメイクして眼鏡を外して五瀬家に行くといいと思う。最寄り駅まで迎えに行くからね」
「分かりました。色々とありがとうございました」
こんな風に女性らしい洋服を買ったのは何年ぶりだろう? 洋服に合わせて靴やバッグ、アクセサリーを選ぶのは本当に楽しかった。パーティー用のドレスなんて初めて着たわ。池田さんのお母様もとてもいい方だった・・。
帰宅する沙耶の足取りは軽かった。
沙耶がここへ来た時と同じように涼は愛想が良かった。
「いいタイミングだな。大体話はついたよ。さて、これまで話した事をまとめた契約書を作成してある。契約通りに報酬を払うという証明だ。こういう物があった方が君も安心するだろう」
かおるがそう言うと涼が封筒から2枚の書類を取り出した。
「内容に同意出来たら2枚目の下にサインを下さい。追加事項はありませんか?」
「ひとつあるな」
ペンを取り出した馨は『子供は作らない事』と追加事項を書き足した。
沙耶が書類を読み、サインしている間、涼は沙耶をじっと吟味していた。サインを終えた沙耶に涼はやんわりと尋ねた。
「石井さんはラフなスタイルが好きなのかな。少しフォーマルな洋服はお持ちですか?」
「洋服は・・景子が指定するものを着ているんです。フォーマルな服はスーツがあります。パンツスーツですけど」
指定された物を着る・・あまりファッションに興味がないのか、それとも何か事情があるのだろうかと涼はいぶかった。
涼は馨に向き直り提案した。「社長、これから石井さんを連れて買い物に行きたいと思います。洋服やら身の回りの物を整えて差し上げたいのですが」
馨は意外だという表情を見せたが「ああ、頼む」と一言言った。だがまだ馨の顔を見たまま、にこやかに立っている涼を見て懐から財布を出し黒いカードを取り出した。
「これで頼む」カードを涼に手渡して馨は言った。
「よし、軍資金はこれでOKだ。石井さんこれから時間ある?」
「はい、今日は一日空いてます」
「よーし、じゃこれから僕とショッピングデートだ!」
『デート』という単語に反応して自分の眉がぴくりと吊り上がった事に馨は気づいていなかった。
________
涼と沙耶は銀座に来ていた。
「このブティックで色々買い揃えようか。他に行きたい店とかある?」
8階建てのビルの5階部分がショップ、上3階が事業部というアパレルのビルに涼は入って行った。
「いえ、自分用の服はこういう所で買ったことがないのでお任せします」
「オーケー。これから馨君のご家族と会う時の服とか色々必要だと思うから、僕が選んであげる」
まずは1階のレディースのショップで洋服選びが始まった。色々なシーンを想定して沢山の洋服を試着していく。
「お客様は素晴らしくスタイルがいいですね。アメリカの下着メーカーのエンジェルみたいですわ」
大ぶりなメンズの洋服に隠れていたが、こうしてきちんと女性用のおしゃれな服に着替えると確かに沙耶のスタイルは抜群だった。手足は長いし色白で、胸も豊かだ。
「眼鏡をコンタクトに換えるといいかもしれませんね」
「私、目は悪くないんです。眼鏡を外した方が実はよく見えたりします」
クスッと笑って沙耶は眼鏡を外した。化粧をしていない素顔だったがハッキリした目鼻立ちにココア色の瞳、少し大きめの形のよい口、ホクロ1つない白い肌。誰が見ても美人なのは間違いなかった。
涼もこれには驚いた。この大きな黒い眼鏡がいかに沙耶の美貌を隠していたかを改めて認識したのだ。
驚いた涼と店員の視線に居心地が悪そうにしている沙耶を見て、はっと気を取り直した涼が店員に向かって言った。
「ああ、ごめんごめん。えーと洋服に合わせて、靴とバッグやアクセサリーなんかを2階から見繕ってきてくれるかな?」
また眼鏡を掛けた沙耶は店員が戻るまでソファに腰かけていた。(ふぅ~服を着替えたりするのも結構体力が必要なのね)
今度は店員は3人がかりで品物を抱え2階から降りてきた。その後ろに中年の女性が付いて来た。
「あら涼だったのね。大口らしいお客様がいらしてるって聞いたから降りて来てみたら・・」
「母さん、いつ台湾から帰ってきたの?」
二人のやり取りに店員も目を丸くしている。
「あ、石井さん、こちら僕の母です」
「どうもはじめまして、涼の母です」
沙耶にニッコリ微笑みかけてすぐ涼に向き直った響子は「あなたにこんな女性がいるなんて聞いてなかったわよ、もっと早く紹介しなさいよ」と涼を小突いた。
「違う違う、残念ながらこの人は馨君のパートナーだよ」
「あらそうでしたか。それでは金額に糸目は付けなくて平気ね。ここからは私が見立てて差し上げますわ」
「母はここの経営者兼デザイナーなんだ。後は母に任せて僕はゆっくりコーヒーでも頂いてるねえ」
それから軽く2時間程かけて洋服選びは終わった。多少お直しを必要とする服もあったのでそれは五瀬家へ配送して貰う事になった。
「流石にこれ全部を持って帰るのは2人でも無理だね。対面時に必要な物といくつかを石井さんが持ち帰って後は五瀬の家に送っていいかな?」
「はい、それでお願いします。あと、あの・・支払いはローンでお願いできますか?」
「へ? やだなあ石井さん、ちゃんと馨君からカードを預かって来てるからそんな心配しないで」
「えっ、でもいくら何でも金額が・・」
この買い物の総額は沙耶の年収より多かった。
「謙虚な方なのね。私が言うのも何だけど、心配しなくても大丈夫よ。涼の雇い主はこのビル全体を買い取れる位お金持ちだから」
響子は安心させるように優しく微笑んで見せた。
「そういう事だから。・・石井さん、メイクは得意だよね? 当日は軽くメイクして眼鏡を外して五瀬家に行くといいと思う。最寄り駅まで迎えに行くからね」
「分かりました。色々とありがとうございました」
こんな風に女性らしい洋服を買ったのは何年ぶりだろう? 洋服に合わせて靴やバッグ、アクセサリーを選ぶのは本当に楽しかった。パーティー用のドレスなんて初めて着たわ。池田さんのお母様もとてもいい方だった・・。
帰宅する沙耶の足取りは軽かった。
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