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第69話 実戦訓練で暴れちゃう?

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 春休みが始まるより早く、全校集会が開かれて、学園の生徒が講堂に集められた。
 ゲームをクリアしているアーシアは、これが何を意味するのか知っていた。だから、隣にテオドールはいない。

「諸君、重大な話がある」

 入学式でしか見たことがない学園長が、舞台の上に立っていた。全校生徒が集ったせいで、椅子はなく全員がたっている。
 そんな中で、舞台の方を見てみるけれど、アーシアの身長ではなんとも見にくい。

「ブロッサム領でスタンピードが、確認された。既に騎士団と現地の冒険者たちが対応に当たっている。当然、国のための人材を育成する学園であるから、生徒諸君も現地で対応をすることになる」

 貴族の矜持と言うやつだ。国のため、すなわち国民のため。力のあるものは、無いもののために尽くす。まぁ、平民の生徒もいるけれど、あるものは無いもののためにという理念であるからには、総動員するのだろうか?

「実戦経験のある三年、四年は速やかに出動。演習同様に隊を作り現地で活動すること」

 これを聞いて、生徒たちが動き出した。演習同様の隊を作っているだろう。一年、二年は、その邪魔にならないように壁際に下がっていく。

「さらに」

 学園長が、話を続けた。

「騎士科一年、テリー・アクアチア、セドリック・ロイエンタール、ロイ・ウォーエント」

 名前を呼ばれて、ロイは驚いてセドリックの制服を掴んだ。セドリックはやけに落ち着いている。そんなロイの頭を、ミシェルが優しく撫でた。

「大丈夫よ、ロイ。セドリックも一緒だもの」

「うん」

 それでもロイのドキドキは止まらない。スタンピードなんて、ロイは見たことがない。魔物はダンジョンに現れるものだ。

「魔術学科一年、テオドール・ブロッサム、聖女アーシア」

 さらに呼ばれた名前でロイの背筋は真っ直ぐになった。やってはいないけれど、これは、イベントだ。しかも、失敗の出来ないやつだ。

「以上のものたちは、一年ではあるが現地にて対応に当たること。なお、テオドール・ブロッサムは既に現地に向かっている」

 テオドールの領地なのだとようやく理解すると、ロイはセドリックの袖を引いた。

「大丈夫だ。現地へは学園の転移魔法陣を使う」

 ロイがドキドキしたままでいると、セドリックはそのまま自分の制服を掴んでいるロイの手を引いて、指定された魔法陣へと向かった。

「ミシェル、その…」

「大丈夫よ。騎士科なんだから」

 ミシェルが小さく手を振るけれど、ドキドキしてしまっているロイには振り返す余裕はない。
 そんなミシェルを見て、セドリックは安心したように笑った。そうして、ロイの腰に手を回すようにして、魔法陣の方へと進んだ。
 既にアーシアとテリーが待っている。

「ふふ、初出陣ね」

 アーシアはなんだか、随分と余裕だ。

「お前たち、剣は持ってきたか?」

 テリーは既に腰にさげる剣が自前に変わっていた。

「ああ、空間収納に…」

 セドリックがそう答えると、ロイも黙って頷いた。
 学園の転移魔法陣には、一年のロイたちが最後に乗った。着いた先のブロッサム領は緑豊かだった。こんなに綺麗な場所で、スタンピードなんて魔物の大群が現れているなんて、ロイには信じられなかった。

「やはり、森も大きすぎると魔障がたまるか…」

 セドリックがゆっくりと辺りを見ながらそんなことを言うと、テリーが頷く。ダンジョンのある領地で生まれ育ったロイにはそこのところが分からない。

「森があると、ダメなの?なんで?」

 セドリックの袖を引きながらロイが聞く。
 そうすると、セドリックが簡潔に説明してくれた。

「森の木が茂りすぎると、そこに濃い影ができる。風の通りも悪くなる。そういうところに瘴気が溜まるんだ」

「ロイの領地はダンジョンが生まれるだろう?」

 テリーが付け加えると、ロイは頷いた。

「うん」

 そんな光景をアーシアはじっくりと眺めていた。

「やる気が起きましたか?」

「ええ、とっても」

 相手の顔など見ないでアーシアは返事をする。
 三年四年は演習通りに隊を組み、地図を確認して出陣していく。それを横目に見ながら、テオドールはわちゃわちゃしている三人に近づいた。

「準備はよろしいですか?」

「俺はできている」

 テリーがそう答えると、ロイは慌てて空間収納に手を突っ込んだ。

「俺もっ」

 ロイは自分の剣を高くかがげた。

「アーシア、頼む」

 セドリックが言うと、アーシアが三人に光魔法で加護をかけた。聖女の加護は何より尊い。

「過信はしないでね。キメラが確認されてるの。スタンピードが発生して時間がだいぶ経過してる」

「そういうことですよ、ロイ」

 テオドールが付け加えるけれど、ロイは意味がわからなくて目を瞬かせた。

「ロイ、ダンジョンと同じぐらい暴れていいということだ」

 セドリックがそう言って、英雄の剣を手にした。

「え?そうなの!」

 途端にロイの目が輝き、足踏みを始めた。

「キメラの第一目撃地点はあの方角です。魔物たちの気配は格段に増えています」

 テオドールが指し示す方角に目をやれば、その辺は森の木々が消えていた。

「ねぇ、行ってもいい?」

「どうぞ」

 テオドールが微笑んで返事をすれば、ロイは剣を片手に飛び出した。身体強化と風魔法を織り交ぜたのだろう。ほとんど空中を走るように移動していく。

「追うぞ」

 テリーがそう短くいえば、セドリックは頷き、身体強化の魔法を展開する。ダンジョンとは違うから、風魔法で宙に浮くのはやめておいた。いまいる魔物は、ほとんど地を移動するタイプなのだろう。
 テリーとセドリックは剣を片手に走り出した。

「身体強化ってすごいのね」

 アーシアは感心して、二人を見送った。

「あそこまで使いこなせる騎士はそうそういませんよ。冒険者でも、Aランク相当になるでしょうね」

 テオドールはそう言いながら、三人が消えていった森を眺めた。
 もちろん、そんなに時間がかからずに、森の方からは盛大な音がする。

「火柱が上がったけど」

 アーシアは半分呆れた。ダンジョン内なら目立たないけれど、外でやられるとなかなか派手なものだ。

「セドリックですね」

 テオドールは至って冷静に答えた。ロイより先にセドリックがぶちかますとは思ってなどいなかった。けれど、それを顔には出さない。

「ねぇ、森が揺れてる」

 地震でもないのに、森の木々が激しく揺れた。しかも一部だけ。目の錯覚でなければ、その一部の森が低くなったように見える。それなのに、地鳴りも何も聞こえなかった。

「テリーの仕業ですね。自然破壊はしないよう頼んではいますので、約束は守っているようですね」

 テオドールは一部高低差がおかしくなった森を見て、そんなことを言っている。たしかに、木々が燃えたりはしていないから、自然破壊はされていないのだろう。けれど、これが正解なのかは甚だ疑問だ。

「ね、ねぇ」

 アーシアは、おかしなものを目にした。本当に、ゲームの世界に来てしまったのだと実感せざるを得ない。だが、ここは恋愛シュミレーションゲームの世界ではなかっただろうか?

「ねぇ、ロイが豆粒ほどなんだけど、ハムスターぐらいのライオンと戦ってるように見えるの」

「アーシア、あれはライオンではなくキメラですよ」

 テオドールが訂正するけれど、アーシアが言いたいのはそこじゃない。

「もしかして、スタンピードの発生源、2つある?」

「ああ、そうかもしれませんね」

 呑気に返事をしつつも、テオドールは周辺の気配を読みといていく。街に近い箇所に、冒険者や騎士団が集まっていて、学園の生徒たちは、街の周りの守りを固めている。
 だがしかし、ロイが戦っている下の方に、瘴気が集まっている気配がある。

「アーシア、どうしましょうか」

 こんなに離れてしまっては、伝えようが無い。戦闘中に魔用紙で手紙を送っても、読みようがない。

「テリーと、セドリックに、伝えればいいのよね?」

 アーシアは確認するようにゆっくりと言葉にした。

「ええ、そうです、が…」

 テオドールは、アーシアが手にしたものを見て額に手を当てた。この聖女は、本当に面白い。

「セドリックもねぇ、身だしなみを気にする男子だったのよ」

 アーシアの手にはふたつの鏡。ひとつは、以前テリーの懐にしまわれていた鏡と繋がっているのを見た。もうひとつ、新しい鏡がセドリックの鏡と繋がっていると言うことらしい。

「テリー、セドリック、聞こえる?」

 アーシアが呼びかけると、鏡が光った。
 テオドールはその変化を黙って見ている。

「…アーシア?」

 少し間があって、聞こえてきたのはテリーの声だった。さすがに声からは戸惑いが感じられる。

「そう、アーシアよ。ねぇ、聞いて、スタンピードの発生源が二箇所あったの」

「何だって!」

 素早く反応したのはセドリックだった。どうやら、自分の服の中からアーシアの声がしたので不審に思っていたようだ。

「ロイがいま空中でキメラと応戦中なのですが、少し大きすぎるんですよ」

 テオドールが見たままを口にすると、二人の反応が消えた。

「あっ」

 アーシアが短い悲鳴を上げた。
 森の中から火柱と風柱が上がったのだ。不意打ちのように上がったふたつの柱はキメラを直撃した。
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