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第6話 身内も敵もそこにある

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 ロイはいつもより早起きをして、うんざりした。
 全く爽やかでは無いし、気分が重い。
 部屋に差し込む朝日が眩しいけれど、気分は晴れない。

「なんで、俺が……」

 理不尽だと思うし、納得もしていない。
 けれど、そうしないと襲われる。
 ロイはベッドから下りると、洗面所へ行き、軽くシャワーを浴びて体をスッキリさせた。

 だからといって、頭の中がスッキリした訳では無い。食堂で朝食をとる(『食べる』)気分ではなかったから、魔法でお茶を出して、ベッドに腰かけて飲む。
 考えたって始まらないし、どうにもならない。
 ロイは前世でプレイしてなかったから知らないけれど、ロイもこのゲームの世界の主人公だったらしい。
 だから、プレイサイドを変えなくてはいけないそうだ。納得してないけど。

「はぁ、行こう」

 飲み終わったお茶を片付けて、ロイは立ち上がった。同室者は静かで、まだ寝ているようだった。
 ロイは静かに扉を開けて、そーっと閉めた。週末の朝だからか、廊下はひっそりとしている。他の部屋の人にも、迷惑をかけないように、ロイは静かに廊下を歩いた。

 守衛に見送られて、ロイは学園の敷地から出た。馬車を拾ってもいいけれど、目立つといけないので徒歩で行くことにした。
 手土産を買おうにも、まだ、どこの店もやっていなかった。開いている市場も、そんなに活気はない。週末だから、人出はまだ、これからだ。

 ロイは市場の入口近くにあった花屋によって、小さな花束を用意した。タウンハウスには母親が住んでる。伯爵家の三女だったから、ロイの家のような格下の子爵の家に嫁いできたのだ。だから、領地の田舎には引っ込みたくはないらしい。小さいけれどタウンハウスがいいようだ。恐らく、それなりに、実家からなにかしてもらっているのだろう。母親が着ているドレスは、いつも流行のものばかりだ。

「おや、ぼっちゃま」

 玄関で出迎えてくれた執事は、ロイのことを見てだいぶ驚いた。週末の朝だけに、やはり母親は寝ているそうだ。メイドに母への土産だと言って花束を渡すと、執事と一緒に執務室へと入った。

「いかがなされましたか?」

 学園に入学してから初めて、タウンハウスにやってきた。しかも、何の連絡もなく。それは執事としては気が気ではないだろう。学園でなにか揉め事でも起こしたか、それとも学園が嫌になってしまったか。

「あのさ、俺………騎士科に行きたい」

 ロイが意を決してそう言うと、執事は両目を大きく見開いて、しばらく動かなかった。
 ロイが心配して、執事の呼吸を確認したくなった頃、執事はゆっくりと瞬きをした。

「何事かありましたか?」

 執事はゆっくりとロイに問うた。

「えっと、あの………聖女が、その」

 口を開いてから、ロイは気がついた。アーシアに言われたことをそのまま言えるわけが無い。

「聖女?」

 執事の眉がぴくりと動いた。
 これはまずい。

「あ、あのさ……絶対に父上と母上には内緒にして」

 ロイは執事に拝むように縋った。

「なんでございましょうか?」

 執事は深いため息をついて聞いてくれた。

「聖女に、怖いことをされた。貴族の子息としては不名誉だから、公にしたくない。でも、聖女の顔を見たくない。だから、騎士科に行きたいんだ」

 執事だって、分かっている。たとえ平民の出だと分かっていても、聖女は聖女だ。何も出来ない。問題を解決するには、こちらから撤退して、顔を合わせないようにするしかない。それが得策なのだ。

「かしこまりました。坊っちゃま。では、わたくし手続きをしに学園へ赴きますので、こちらでお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「うん、わかった。母上が起きてきたら、一緒に食事をして、母上が喜ぶように話をするよ」

 ロイがそう言うと、執事は嬉しそうに頷き、なにやら支度をして部屋を後にした。
 週末だからか、本当に母親は起きてくるのが遅かった。寮を出るときにお茶しか飲んでこなかったから、ロイは久しぶりの母親との食事に期待していたのだけれど、随分と待たされる結果となった。

「いやだ、連絡をくれればちゃんと起きたのに」

 少女のような可憐なドレスを着て、そんなことを言う母親は、髪型まで可愛らしい。どうせ週末はパーティー三昧なのだから、連絡をしたって夜更かしはやめないだろう。それこそ、寝不足で不機嫌な母親と対面など、したくない。

「このお茶、お気に入りなのよ」

 食事の前に出されたのは、ガラスのポットに大量のフルーツが入ったお茶だった。

「なかなか、複雑な味ですね」

 ロイはこの手のものが苦手だ。頑張ってレモンティーまでだと思っている。記憶が確定してから、余計にそんな味覚になったのは、前世の記憶のせいかもしれない。

「朝から、随分と贅沢なんですね」

 出てきたパンケーキにも、たっぷりの生クリームと果物が添えられていた。ロイが寄ってきた市場で買ってきたのだろうか?果物はものすごくみずみすしくて、生クリームにまみれているのが残念な程だった。

「ところで、学園で何かあったのかしら?」

 パンケーキを口に運びながら、サラリと言われて、ロイの心臓が小刻みにはねた。
 母親は、何かを聞いたのだろうか?それとも知っているのだろうか?社交好きな母親だ、噂話を掴むのはとても早い。もしかすると、もう、昨夜のうちに耳にしている可能性もある。

「思うところがありまして、騎士科に行く所存です」

 ロイが動揺を隠しながら答えると、母親は美しい所作でお茶を一口飲んでから、口を開いた。

「あら、そう。ブロッサム家のご子息とは気が合わなかったのかしら?」

 その名前を聞いて、ロイの体の中をものすごい勢いで血が廻る。酸素が足りなくなる気がして、ゆっくり大きく息を吸った。

「いえ、よくしていただき、て、ます」

 危うくおかしなことを口走るところだった。テオドールとの事だって、ある意味黒歴史だ。こんなこと、母親に知られるわけにはいかない。

「ロイ、あなた騎士に興味があったの?」

「え、あの、俺、貧弱すぎるし……それに、回復魔法が使えるから」

 ポロリと口から出てきた。

「ああ、そうだったわね。騎士科で回復魔法が使えるのなら重宝して貰えそうね」

 母親は満足そうに微笑んだ。

(重宝?そうなの?思わず口から出てきただけなんだけど)

 自分で言っておきながら、ロイはイマイチ分かっていない。

「騎士と言えば、ロイエンタール家の自慢の息子がいたわねぇ」

 母親がなにやら考えこむ。
 たしか、ロイエンタール家は公爵だったと記憶している。英雄と呼ばれる先代が凄腕の騎士だった。
 英雄の称号は、聖女の称号より貴重だ。得ることが出来れば、三代先まで約束される程の貴重な肩書きになる。

「…………」

 ロイが、母親の顔を見つめていると、母親は目が合った途端に微笑んだ。

「大丈夫よ、ロイ。あなたには婚約者なんて居ないのだから。ね?あちらからアプローチして下さるのなら、何も問題は無いのよ」

 母親の、言っていることがちょと分からないロイは、小首を傾げた。
 その仕草を何故か了承ととった母親は、微笑んだ。
 執事が戻ってきたのは昼過ぎだったが、遅い朝食をとった親子には、なんら問題はなかった。
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