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49.いざゆかん!
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「ねえ、知ってる?服や下着を送るのは脱がせたいからなんだって」
自宅に帰ってくるときに義隆が買ってくれた服を着た貴文に、姉が階段の上から言ってきた。
「義隆くんはまだ高校生だよ」
「でもアルファじゃない」
トントントンと、階段を下りながら姉が言う。
「アルファだからなんなの?」
久しぶりに通勤用に買ったコートを着込み、電子決済カードの残高を確認して、貴文は玄関にむかった。
「アルファは全部の性別抱けるのよ」
寝起きの髪をかき上げながらそんな飛んでも発言をする姉を軽くにらみつけた。一之瀬様を崇拝しているのではなかったのだろうか。
「だから、義隆くんは高校生。しかも受験生なんだからさ」
買ってもらった靴は大変履き心地が良かった。
「私はね、姉として忠告してんのよ。あんたうかつすぎなの。油断してたらアルファに食べられちゃうわよ」
そう言って片目をつぶって姉はリビングに消えていった。
「行ってきます」
いつも通りにそう口にして、貴文は玄関に鍵をかけた。久しぶりに駅まで歩く。正月の三が日だけあって、住宅街の人はまばらだ。しいて言えば年賀状を配達するバイクと、出前を配達する自転車が行きかう程度だった。
数か月ぶりにくぐる地元の駅の改札は、とても閑散としていた。全国的に正月休みで、まして住宅街にある駅ともなれば利用者が極端に減るのはしかたがないことだろう。晴れてはいるが乾燥した冬独特の風がホームを抜けていく。
「さすがに空いてる」
上り電車とはいえ、さすがは正月休みなだけあって、車内はガラガラだった。貴文は適当に空いている席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めた。この間まで通勤電車の窓から眺めていた景色とはずいぶんと変わっていた。木々はすっかり葉を落としているし、何より自分も含めて誰もがコートやダウンを着込んでいることだ。いつの間にかに季節が一つ変わっていた。
乗り継ぎの駅で降りれば、人はだいぶ増えていた。いろいろなところから人が集まってきているのだろう。その人波が少し心地いいと感じながら貴文は目的のホームへと移動した。
「何とかついた」
約束の駅についてスマホで時刻を確認すれば、12分前だった。目指す出口を捜し歩き始めてからふと気が付いた。最寄り駅で待ち合わせをしたけれど、果たして義隆は電車で来るのだろうか。ということだ。
それとなく改札の辺りを見てみるが、義隆らしい人物は見当たらなかった。
「どうしよう、改札はでたほうがいいかな」
もう一度スマホで現在時刻を確認する。約束の10分前になっていた。貴文はうっかり忘れていたのだ。義隆が日本が誇る五大名家のお坊ちゃまだということを。
「そもそも電車になんか乗ったことないかもしれないしな」
スマホを握りしめ、改札を出ようと歩き始めた時、貴文は背後から羽交い絞めにされた。
「貴文さん」
頭の上から聞こえたのは、今ではすっかり聞きなれた義隆の声だった。
「ああ、義隆くん。義隆くんも今着いたところ?」
「はい。久しぶりに電車に乗ったので……それに、貴文さんなら10分前には来てるだろうな。って思ったんです」
義隆も電車で来たことに貴文は驚いたが、それよりも自分の行動が読まれていたことにもっと驚いた。とはいっても、貴文の自宅からこの最寄り駅までのルートをスマホのアプリで検索すればこの時間か、15分後になってしまう結果が出るので、義隆でなくとも行動を知ることは容易なのである。自分も使っておきながら、そういう使われ方をされる。と言うことに気が付かない貴文は、姉のいうとおりうかつな性格なのだろう。
「義隆くんは俺のことなんでもお見通しなんだね」
義隆と連れ立って改札を出れば、駅前には何となく似たような雰囲気を醸し出す若者しかいなかった。なぜならこれから行くのはこの最寄駅から徒歩7分の学問の神様がまつられた神社なのだから。
「ほとんどダッフルコートだなぁ」
回りにいるのはほとんど学生、つまりは受験生なわけで、これからが本番な中学生と高校生がほとんどのようだった。
「結構混んでいるんですね」
参道に並ぶ大勢の人を見て、義隆が驚いていた。
「そりゃあまだ三が日だし、この近辺の受験生が集まっているんだからしょうがないよ」
何となくできている感じの列に二人で並び、少しそわそわした気持ちになる。周りが割と静かなので、それに倣って二人も無言で過ごした。そうして順番が回ってきたとき、何となく二人で鈴を鳴らし、賽銭を入れたのだが、義隆の手から放たれたそれを見て、貴文は息を飲んだ。
(万札……入れたよ)
自分が入れたのは100円だ。これでも奮発したつもりであったのだが、やはり格が違うということなのだろう。当然だが、周りにいた人たちが気が付いて小声で話し始めてしまった。感染対策でマスクを着けているとはいえ、義隆はよく目立っていた。だから、人ごみの中から義隆の名前が聞こえてきて、貴文は慌てて義隆の手を引いた。
「え?貴文さん?」
回りの声が聞こえていなかったのか、義隆が不思議そうな顔をした。
(ああ、そうか。慣れているんだ)
平凡一般小市民な自称ベータの貴文と違って、義隆は周りから注目されることも噂されることも慣れていた。そのため、自分の名前が聞こえてきてもなんとも思わなかったのだった。
「ええと、終わったら次の人に譲らないと」
「ああ、そうですね」
貴文の言い訳を信じたかどうかはわからないが、義隆は素直に頷いてくれた。
「じゃあ、次は絵馬を買って願い事を書こう」
絵馬に願い事を書くためのテーブルは人でごった返していて、立ったまま書いている人までいた。
「すごいですね」
義隆はまるで珍しいものを見るかのようにきょろきょろしていた。大勢の人がいて、みんなバラバラなところからきているのに、絵馬に書く願い事が一緒なのだ。
「ちゃんと志望校を書かないと伝わらないのではないのでしょうか?」
かけられた絵馬を見て義隆が言った。
「うん、そうなんだけど……人によってはほら、ね?」
貴文がそう言うと、義隆は何となく察したらしい。が、絵馬には堂々と志望校を書き、しかも主席合格とまで書いていた。おまけに名前もしっかりと書いたものだから、願掛けで結びつけるとものすごい注目を浴びたのだった。もちろん誰もが納得をしてしまったため、今度は遠巻きに熱い視線がやってきたのだった。
「あの、私も同じ大学受験するんです」
唐突に背後から声をかけてきたのは女子二人組だった。見た感じベータというよりはアルファよりではあった。
「それがなにか?俺は経済学部だから、学部が違ければ接点はないと思うんだが」
「一年次は一般教養で一緒になると思うんです。それに、私たちアルファですから……」
そう言って目線が貴文に向けられた。その目線の意味するところぐらい貴文はわかっていた。だが、義隆の返事は予想とは違うものだった。
「だからなんだ?取り巻きなら間に合っている」
取り巻きと言われた彼女たちは驚きのあまり目を白黒させていた。今までアルファとして地元でちやほやされてきたのだろう。だが、相手は五大名家の一角一之瀬本家の長男である。この程度のアルファでは、興味を持たれることはないのである。
「と、取り巻きって……そ、そんなおっさんじみたベータなんかが私より優れているとでもいうの?」
小ばかにされたことに腹を立て、自称アルファの彼女は貴文を攻撃する言葉を口にした。取り巻きにそんなさえないベータを連れ歩いているのか、と。だがそれが悪手だと気が付いていないから、あからさまに侮蔑の笑みまで浮かべてしまったのだ。
「一之瀬さまともあろう方が、取り巻きにそんな冴えないベータなんかを連れ歩くんですか?私たちみたいな優れたアルファを……ひっ」
言い終わらないうちに自称アルファな彼女たちは腰を抜かしてしまった。そのまま砂利の上に座り込み青ざめた顔を貴文に向けてきた。要は助けを求めているのだ。この場にいる大人らしき人物は貴文しかいないからだ。
(どっちも子どもなんだよなぁ)
貴文は頭をかきながら小さくため息をつくと、そっと義隆の腕を引いた。
「行こう義隆くん。あっちで甘酒でも飲もうよ」
「ねえ、知ってる?服や下着を送るのは脱がせたいからなんだって」
自宅に帰ってくるときに義隆が買ってくれた服を着た貴文に、姉が階段の上から言ってきた。
「義隆くんはまだ高校生だよ」
「でもアルファじゃない」
トントントンと、階段を下りながら姉が言う。
「アルファだからなんなの?」
久しぶりに通勤用に買ったコートを着込み、電子決済カードの残高を確認して、貴文は玄関にむかった。
「アルファは全部の性別抱けるのよ」
寝起きの髪をかき上げながらそんな飛んでも発言をする姉を軽くにらみつけた。一之瀬様を崇拝しているのではなかったのだろうか。
「だから、義隆くんは高校生。しかも受験生なんだからさ」
買ってもらった靴は大変履き心地が良かった。
「私はね、姉として忠告してんのよ。あんたうかつすぎなの。油断してたらアルファに食べられちゃうわよ」
そう言って片目をつぶって姉はリビングに消えていった。
「行ってきます」
いつも通りにそう口にして、貴文は玄関に鍵をかけた。久しぶりに駅まで歩く。正月の三が日だけあって、住宅街の人はまばらだ。しいて言えば年賀状を配達するバイクと、出前を配達する自転車が行きかう程度だった。
数か月ぶりにくぐる地元の駅の改札は、とても閑散としていた。全国的に正月休みで、まして住宅街にある駅ともなれば利用者が極端に減るのはしかたがないことだろう。晴れてはいるが乾燥した冬独特の風がホームを抜けていく。
「さすがに空いてる」
上り電車とはいえ、さすがは正月休みなだけあって、車内はガラガラだった。貴文は適当に空いている席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めた。この間まで通勤電車の窓から眺めていた景色とはずいぶんと変わっていた。木々はすっかり葉を落としているし、何より自分も含めて誰もがコートやダウンを着込んでいることだ。いつの間にかに季節が一つ変わっていた。
乗り継ぎの駅で降りれば、人はだいぶ増えていた。いろいろなところから人が集まってきているのだろう。その人波が少し心地いいと感じながら貴文は目的のホームへと移動した。
「何とかついた」
約束の駅についてスマホで時刻を確認すれば、12分前だった。目指す出口を捜し歩き始めてからふと気が付いた。最寄り駅で待ち合わせをしたけれど、果たして義隆は電車で来るのだろうか。ということだ。
それとなく改札の辺りを見てみるが、義隆らしい人物は見当たらなかった。
「どうしよう、改札はでたほうがいいかな」
もう一度スマホで現在時刻を確認する。約束の10分前になっていた。貴文はうっかり忘れていたのだ。義隆が日本が誇る五大名家のお坊ちゃまだということを。
「そもそも電車になんか乗ったことないかもしれないしな」
スマホを握りしめ、改札を出ようと歩き始めた時、貴文は背後から羽交い絞めにされた。
「貴文さん」
頭の上から聞こえたのは、今ではすっかり聞きなれた義隆の声だった。
「ああ、義隆くん。義隆くんも今着いたところ?」
「はい。久しぶりに電車に乗ったので……それに、貴文さんなら10分前には来てるだろうな。って思ったんです」
義隆も電車で来たことに貴文は驚いたが、それよりも自分の行動が読まれていたことにもっと驚いた。とはいっても、貴文の自宅からこの最寄り駅までのルートをスマホのアプリで検索すればこの時間か、15分後になってしまう結果が出るので、義隆でなくとも行動を知ることは容易なのである。自分も使っておきながら、そういう使われ方をされる。と言うことに気が付かない貴文は、姉のいうとおりうかつな性格なのだろう。
「義隆くんは俺のことなんでもお見通しなんだね」
義隆と連れ立って改札を出れば、駅前には何となく似たような雰囲気を醸し出す若者しかいなかった。なぜならこれから行くのはこの最寄駅から徒歩7分の学問の神様がまつられた神社なのだから。
「ほとんどダッフルコートだなぁ」
回りにいるのはほとんど学生、つまりは受験生なわけで、これからが本番な中学生と高校生がほとんどのようだった。
「結構混んでいるんですね」
参道に並ぶ大勢の人を見て、義隆が驚いていた。
「そりゃあまだ三が日だし、この近辺の受験生が集まっているんだからしょうがないよ」
何となくできている感じの列に二人で並び、少しそわそわした気持ちになる。周りが割と静かなので、それに倣って二人も無言で過ごした。そうして順番が回ってきたとき、何となく二人で鈴を鳴らし、賽銭を入れたのだが、義隆の手から放たれたそれを見て、貴文は息を飲んだ。
(万札……入れたよ)
自分が入れたのは100円だ。これでも奮発したつもりであったのだが、やはり格が違うということなのだろう。当然だが、周りにいた人たちが気が付いて小声で話し始めてしまった。感染対策でマスクを着けているとはいえ、義隆はよく目立っていた。だから、人ごみの中から義隆の名前が聞こえてきて、貴文は慌てて義隆の手を引いた。
「え?貴文さん?」
回りの声が聞こえていなかったのか、義隆が不思議そうな顔をした。
(ああ、そうか。慣れているんだ)
平凡一般小市民な自称ベータの貴文と違って、義隆は周りから注目されることも噂されることも慣れていた。そのため、自分の名前が聞こえてきてもなんとも思わなかったのだった。
「ええと、終わったら次の人に譲らないと」
「ああ、そうですね」
貴文の言い訳を信じたかどうかはわからないが、義隆は素直に頷いてくれた。
「じゃあ、次は絵馬を買って願い事を書こう」
絵馬に願い事を書くためのテーブルは人でごった返していて、立ったまま書いている人までいた。
「すごいですね」
義隆はまるで珍しいものを見るかのようにきょろきょろしていた。大勢の人がいて、みんなバラバラなところからきているのに、絵馬に書く願い事が一緒なのだ。
「ちゃんと志望校を書かないと伝わらないのではないのでしょうか?」
かけられた絵馬を見て義隆が言った。
「うん、そうなんだけど……人によってはほら、ね?」
貴文がそう言うと、義隆は何となく察したらしい。が、絵馬には堂々と志望校を書き、しかも主席合格とまで書いていた。おまけに名前もしっかりと書いたものだから、願掛けで結びつけるとものすごい注目を浴びたのだった。もちろん誰もが納得をしてしまったため、今度は遠巻きに熱い視線がやってきたのだった。
「あの、私も同じ大学受験するんです」
唐突に背後から声をかけてきたのは女子二人組だった。見た感じベータというよりはアルファよりではあった。
「それがなにか?俺は経済学部だから、学部が違ければ接点はないと思うんだが」
「一年次は一般教養で一緒になると思うんです。それに、私たちアルファですから……」
そう言って目線が貴文に向けられた。その目線の意味するところぐらい貴文はわかっていた。だが、義隆の返事は予想とは違うものだった。
「だからなんだ?取り巻きなら間に合っている」
取り巻きと言われた彼女たちは驚きのあまり目を白黒させていた。今までアルファとして地元でちやほやされてきたのだろう。だが、相手は五大名家の一角一之瀬本家の長男である。この程度のアルファでは、興味を持たれることはないのである。
「と、取り巻きって……そ、そんなおっさんじみたベータなんかが私より優れているとでもいうの?」
小ばかにされたことに腹を立て、自称アルファの彼女は貴文を攻撃する言葉を口にした。取り巻きにそんなさえないベータを連れ歩いているのか、と。だがそれが悪手だと気が付いていないから、あからさまに侮蔑の笑みまで浮かべてしまったのだ。
「一之瀬さまともあろう方が、取り巻きにそんな冴えないベータなんかを連れ歩くんですか?私たちみたいな優れたアルファを……ひっ」
言い終わらないうちに自称アルファな彼女たちは腰を抜かしてしまった。そのまま砂利の上に座り込み青ざめた顔を貴文に向けてきた。要は助けを求めているのだ。この場にいる大人らしき人物は貴文しかいないからだ。
(どっちも子どもなんだよなぁ)
貴文は頭をかきながら小さくため息をつくと、そっと義隆の腕を引いた。
「行こう義隆くん。あっちで甘酒でも飲もうよ」
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