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31.平凡ベータの幸せとは
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一目惚れだと聞かされた割には、別段アクションはなかった。ただ、連絡先を交換したからか、毎朝おはようのメッセージが届き、夜はおやすみなさいのメッセージで締めくくられた。一度、どんな食事か興味があるからと写真を送って貰ったら、驚くほど完璧な和食だった。
「ほんと、寒くなってきたよねぇ」
そんなことを呟きながら、貴文が自動販売機で購入したのはペットボトルのミルクティーだ。食堂から仕事場まで歩いている間に随分と冷めるが、飲み頃になるので特に気にはならなかった。
「社内の自販機の安さに慣れると、外では買えないよなぁ」
真也はそう相槌を打って自分の飲み物を買う。特にどの飲み物が好きというのはないから、その時目に付いたものを買っていた。街中の自動販売機で買えばペットボトルは160円はするご時世だ。それなのに、社内に設置されている自動販売機は100円だ。福利厚生の一つらしいので有難く享受するまでだ。
「ねぇ、独身でクリスマス会やらない?」
デスクに戻ると向かいの席の女子社員が声をかけてきた。忘年会はずい分と開催されていない。年末の忙しい時期に、同じ部署の人間が一度に定時退社するなんてどう考えても無理なのだ。だが、手軽にコミュニケーションを取ろうとすれば、結局は退社後に酒の入った食事会となるわけで、個別に小さな飲み会を開くことになる。
「週末?」
「いやいや、平日よ。水曜日はノー残業デーじゃない?」
「ああ、そうだね」
ノー残業デーの水曜日で、まだクリスマスより早い。今年も週末にクリスマスが被っているから、週末に飲み会なんて開けるわけがない。
「20代最後のクリスマスかぁ」
卓上カレンダーを見ながら真也がボヤいた。
「20代最後のクリスマス、なにか予定でも入りましたか?」
「なんもねーよ」
すかさず応えて真也は遠い目をした。
「で?どうなの杉山は?」
温かいペットボトルを手のひらで挟んで転がしていた貴文は、驚いた顔で真也を見た。
「え?なにが?飲み会?」
貴文が反応すると、向かいの席の女子社員が驚いた顔をして慌てて否定してきた。
「あ、あ、あ、ダメ、ダメです。杉山さんはごめんなさい。誘ってません」
そんなことを言われて貴文が驚いた顔をすると、今度は拝むような仕草をして頭を何度も下げてきた。
「ほんと、ごめんなさい。杉山さんは、ほら……」
意味が分からず何度も瞬きをする貴文の肩を、真也がそっと叩いた。
「お前はほら、お迎えが来るじゃないか」
言われて貴文はようやく思い出した。だが、毎日確かに送迎されてはいるが、周りは関係を知らないはずだ。こんな平凡顔をしたベータに一目惚れしているだなんて、一体誰が信じるというのだろう。
「お迎え、一回ぐらい断っても大丈夫だよ」
貴文だってクリスマス会に参加したっていいはずだ。何しろ独身だし、今年は二十代最後だし、口説かれているとは言っても相手はアルファで、しかも男で未成年だ。名家一之瀬家の跡取りだと言うのだから、いい加減目を覚ましてくれてもいい頃合いだと思うのだ。
「いやいや、何言ってるんですか杉山さん。相手はあの一之瀬家ですよ。断るとか、ありえないです」
そんなふうに否定されても、貴文にはイマイチピンと来ない。確かに貴文の送迎のために車を買い換えたとは言われたけれど、ほんの少し経済が回ったのだからいいじゃないかと思うのだ。
「そうかなぁ、だって受験生だよ?そろそろ受験に本腰入れた方がいいと思うんだけどなぁ。そりゃ、俺としてはホームの寒さは辛いけどさぁ」
車で送迎されないということは、すなわち風の吹き込む寒いホームに立たなくてはならないと言うことで、三十路目前の体には辛いところだ。
「ほらほら、冬のホームは寒いじゃないですか。ね?だったら春まで頑張りましょうよ」
なんだかよく分からない応援?をされてしまい、貴文はそれ以上なんと答えたらいいのか分からなくなってしまった。
「ほらほら仕事しろー」
始業の合図に合わせてやってきた課長に促され、話はそのまま終わってしまった。
一目惚れだと聞かされた割には、別段アクションはなかった。ただ、連絡先を交換したからか、毎朝おはようのメッセージが届き、夜はおやすみなさいのメッセージで締めくくられた。一度、どんな食事か興味があるからと写真を送って貰ったら、驚くほど完璧な和食だった。
「ほんと、寒くなってきたよねぇ」
そんなことを呟きながら、貴文が自動販売機で購入したのはペットボトルのミルクティーだ。食堂から仕事場まで歩いている間に随分と冷めるが、飲み頃になるので特に気にはならなかった。
「社内の自販機の安さに慣れると、外では買えないよなぁ」
真也はそう相槌を打って自分の飲み物を買う。特にどの飲み物が好きというのはないから、その時目に付いたものを買っていた。街中の自動販売機で買えばペットボトルは160円はするご時世だ。それなのに、社内に設置されている自動販売機は100円だ。福利厚生の一つらしいので有難く享受するまでだ。
「ねぇ、独身でクリスマス会やらない?」
デスクに戻ると向かいの席の女子社員が声をかけてきた。忘年会はずい分と開催されていない。年末の忙しい時期に、同じ部署の人間が一度に定時退社するなんてどう考えても無理なのだ。だが、手軽にコミュニケーションを取ろうとすれば、結局は退社後に酒の入った食事会となるわけで、個別に小さな飲み会を開くことになる。
「週末?」
「いやいや、平日よ。水曜日はノー残業デーじゃない?」
「ああ、そうだね」
ノー残業デーの水曜日で、まだクリスマスより早い。今年も週末にクリスマスが被っているから、週末に飲み会なんて開けるわけがない。
「20代最後のクリスマスかぁ」
卓上カレンダーを見ながら真也がボヤいた。
「20代最後のクリスマス、なにか予定でも入りましたか?」
「なんもねーよ」
すかさず応えて真也は遠い目をした。
「で?どうなの杉山は?」
温かいペットボトルを手のひらで挟んで転がしていた貴文は、驚いた顔で真也を見た。
「え?なにが?飲み会?」
貴文が反応すると、向かいの席の女子社員が驚いた顔をして慌てて否定してきた。
「あ、あ、あ、ダメ、ダメです。杉山さんはごめんなさい。誘ってません」
そんなことを言われて貴文が驚いた顔をすると、今度は拝むような仕草をして頭を何度も下げてきた。
「ほんと、ごめんなさい。杉山さんは、ほら……」
意味が分からず何度も瞬きをする貴文の肩を、真也がそっと叩いた。
「お前はほら、お迎えが来るじゃないか」
言われて貴文はようやく思い出した。だが、毎日確かに送迎されてはいるが、周りは関係を知らないはずだ。こんな平凡顔をしたベータに一目惚れしているだなんて、一体誰が信じるというのだろう。
「お迎え、一回ぐらい断っても大丈夫だよ」
貴文だってクリスマス会に参加したっていいはずだ。何しろ独身だし、今年は二十代最後だし、口説かれているとは言っても相手はアルファで、しかも男で未成年だ。名家一之瀬家の跡取りだと言うのだから、いい加減目を覚ましてくれてもいい頃合いだと思うのだ。
「いやいや、何言ってるんですか杉山さん。相手はあの一之瀬家ですよ。断るとか、ありえないです」
そんなふうに否定されても、貴文にはイマイチピンと来ない。確かに貴文の送迎のために車を買い換えたとは言われたけれど、ほんの少し経済が回ったのだからいいじゃないかと思うのだ。
「そうかなぁ、だって受験生だよ?そろそろ受験に本腰入れた方がいいと思うんだけどなぁ。そりゃ、俺としてはホームの寒さは辛いけどさぁ」
車で送迎されないということは、すなわち風の吹き込む寒いホームに立たなくてはならないと言うことで、三十路目前の体には辛いところだ。
「ほらほら、冬のホームは寒いじゃないですか。ね?だったら春まで頑張りましょうよ」
なんだかよく分からない応援?をされてしまい、貴文はそれ以上なんと答えたらいいのか分からなくなってしまった。
「ほらほら仕事しろー」
始業の合図に合わせてやってきた課長に促され、話はそのまま終わってしまった。
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