10 / 66
10.日常とはつかの間のもの
しおりを挟む
10
「どうもありがとうございました」
田中に深々と頭を下げて、車が見えなくなるまでは玄関の外にいた。営業ではないけれど、一応送ってもらったのだからそのくらいは礼儀だろう。
貴文はカバンの中から家に鍵を取り出して、久しぶりの我が家に帰宅した。家の中は、いつもと何ら変わりはなかった。そもそも貴文が不在だっただけで、他の家族は普通に生活していたのだから。
「とりあえず部屋に行くか」
なんとなく呟いて、階段を慣れた足取りで登っていく。特に足に違和感はなく、いつも通りに上って、そうして自分の部屋のドアに手をかけた。もうずいぶん涼しくなってきたから、部屋に入った途端にこもったような空気は感じなかった。だが、ついつい習慣で窓を開けてしまう。秋とはいえ、晴れていれば暖かい。ただ、風が少し冷たいだけだ。
「ああ、買った下着を水通ししなくちゃ」
まだ日は高い。冬物とは言えど、下着ぐらいなら乾燥したこの陽気で乾くだろう。
貴文は紙袋から下着を取り出し、丁寧にタグなんかを外すと、また一階におりて洗濯機の前に立った。
「おしゃれ着洗いかな?」
ちょっと考えたのち、洗濯機のモードを決定して蓋を閉めた。水が注がれる音を聞きながらリビングへと移動した。
すっかり充電が無くなったスマホに充電ケーブルをさした。少し間をおいてスマホが揺れると、起動画面が現れた。この画面はめったに見ないからなかなか新鮮だ。画面にアンテナが表示されると同時にものすごい勢いで通知音が連続でなりだした。貴文が驚いて画面をのぞけば、同期の島野からだった。日付を見れば五日前に大量に送り付けている。会社ではいったいどのような説明がされたのだろうか。そもそも、倒れて入院した同僚にこんな勢いで連絡を入れてくるのはどうなんだろうか。と考えてしまうところだ。
ゆっくりと画面をスクロールさせながら、島野のメッセージを一つ一つ読んでいく。相当心配をしてくれていたようだった。まあ、来年30になる独身ベータ男子同士ということで、いろいろな面で心配なのだろう。
「あ、会社に連絡しなくちゃ」
入院の連絡は田中がしてくれて、うまいこと何とかしてくれたらしいが、退院の連絡はやはり自分でしなくてはならないだろう。道中の車内でそんな話はなかったわけだし。
電話のアプリを使うのなんて、そうそうあるわけではないから、電話帳から職場の番号を探すのに少々手間取った。昼休み前だから、もしかすると外線は出てもらえないかもしれない。なんて思ったものの、あっさり出たので拍子抜けしてしまった。
「杉山です」
そう名乗ればすぐに課長にかわってきたので、貴文は内心ほっとしつつ退院の挨拶をした。
「どうもありがとうございました」
田中に深々と頭を下げて、車が見えなくなるまでは玄関の外にいた。営業ではないけれど、一応送ってもらったのだからそのくらいは礼儀だろう。
貴文はカバンの中から家に鍵を取り出して、久しぶりの我が家に帰宅した。家の中は、いつもと何ら変わりはなかった。そもそも貴文が不在だっただけで、他の家族は普通に生活していたのだから。
「とりあえず部屋に行くか」
なんとなく呟いて、階段を慣れた足取りで登っていく。特に足に違和感はなく、いつも通りに上って、そうして自分の部屋のドアに手をかけた。もうずいぶん涼しくなってきたから、部屋に入った途端にこもったような空気は感じなかった。だが、ついつい習慣で窓を開けてしまう。秋とはいえ、晴れていれば暖かい。ただ、風が少し冷たいだけだ。
「ああ、買った下着を水通ししなくちゃ」
まだ日は高い。冬物とは言えど、下着ぐらいなら乾燥したこの陽気で乾くだろう。
貴文は紙袋から下着を取り出し、丁寧にタグなんかを外すと、また一階におりて洗濯機の前に立った。
「おしゃれ着洗いかな?」
ちょっと考えたのち、洗濯機のモードを決定して蓋を閉めた。水が注がれる音を聞きながらリビングへと移動した。
すっかり充電が無くなったスマホに充電ケーブルをさした。少し間をおいてスマホが揺れると、起動画面が現れた。この画面はめったに見ないからなかなか新鮮だ。画面にアンテナが表示されると同時にものすごい勢いで通知音が連続でなりだした。貴文が驚いて画面をのぞけば、同期の島野からだった。日付を見れば五日前に大量に送り付けている。会社ではいったいどのような説明がされたのだろうか。そもそも、倒れて入院した同僚にこんな勢いで連絡を入れてくるのはどうなんだろうか。と考えてしまうところだ。
ゆっくりと画面をスクロールさせながら、島野のメッセージを一つ一つ読んでいく。相当心配をしてくれていたようだった。まあ、来年30になる独身ベータ男子同士ということで、いろいろな面で心配なのだろう。
「あ、会社に連絡しなくちゃ」
入院の連絡は田中がしてくれて、うまいこと何とかしてくれたらしいが、退院の連絡はやはり自分でしなくてはならないだろう。道中の車内でそんな話はなかったわけだし。
電話のアプリを使うのなんて、そうそうあるわけではないから、電話帳から職場の番号を探すのに少々手間取った。昼休み前だから、もしかすると外線は出てもらえないかもしれない。なんて思ったものの、あっさり出たので拍子抜けしてしまった。
「杉山です」
そう名乗ればすぐに課長にかわってきたので、貴文は内心ほっとしつつ退院の挨拶をした。
18
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる