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波乱の三学期

第2話 チワワは懐きません

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次の日、佐藤はマスクをして登校していた。
 成績上位者であるので、高等部入学から寮は最上階の個室だ。部屋で朝食を済ませ、作った弁当を持って一人で登校する。入学式からずっとそうしている。
 教室に入るのも、ある程度人が集まってからなので、変に誰かに絡まれるとかは全くなかった。
 休み時間は一人でスマホを、いじっているため誰とも話なんてしていない。
 昼休みは、弁当を持ってどこかに行ってしまうため、クラスメイトも佐藤の行動を把握はしていなかった。
 そのせいで、現会長は二回も佐藤のクラスを訪問する羽目になった。
 メアドか番号でも、知っていればこんなことにはならなかったのだが、初日に聞き忘れたせいだ。

「佐藤」

 弁当箱を、手に教室に戻ってきた佐藤を現会長が呼び止めた。

(なんでマスク?)

 佐藤の顔を見て、現会長は内心舌打ちをしたくなった。一瞬でマスクをしている理由を理解した。

「何か、御用ですか?」
 佐藤は立ち止まって聞き返す。
「今日は…」
「ああ、もう少しわけないですが、風邪をひいてしまったようです。役員の皆さんは受験を控えていらっしゃるでしょうから、うつすといけないので今日は控えさせていただきます」

 スラスラと言ってのけるが、とても風邪を引いているようには感じない声だった。

「俺はもう推薦で決まっているから、寮の俺の部屋に来い」
「御遠慮します」
 即答だった。
「引き継ぎしないつもりか?」

 少し苛立った声で現会長がいうと、周りにいる生徒たちの視線が集まった。

「べつに、そんなに急いでしなくてもいいでしょう?総会で承認されなかったら俺は会長にはならないんですから」

 佐藤の言い方に、周りの空気が固まった。

「どういう意味だ」
「そのままですよ」

 しっかりと現会長を見据えて佐藤は答えた。

「承認される自信がないのか?」
「逆ですよ。承認されない自信がある」

 佐藤の言い方に、現会長は一瞬頭に血が登った。が、これでは昨日と同じだと思い直して軽い舌打ちにとどまった。
 けれど、その舌打ちは確実に周りの生徒の耳に入った。

「もう、予鈴なってますよ」

 佐藤は自分の置かれている状況が分かっていないのか、そんなことを言った。

「……分かった」

 現会長はそのまま立ち去った。それを見届けると、佐藤も教室に入っていった。予鈴がなってしまった以上、佐藤に何かをしたいと思った生徒も自分の教室に戻るしかない。
 教室で、自分の席に着いた佐藤に向かって、前の席の生徒が口を開いた。

「お前、会長の親衛隊に粛清されるぞ」
「それは面白いね」

 表情を全く変えずに佐藤は答えると、五時間目の授業の用意を机に出した。


 放課後、本当に佐藤は生徒会室に顔を出さず、寮に向かって歩いていた。しかも一人で。昼休みの突発事項であったがために、風紀委員の手配が間に合わなかったのだ。
 佐藤はあえて人気のない道を選んで歩いていた。
 自分の身に粛清が、来るならそれはそれで面白いと思っていたからだ。だからあえてそういう風にしてあげた。
 昼休みのやり取りを知って、親衛隊でも血の気の多い連中が上への確認もせずに動いたのだろう。
 佐藤は周りに誰かがいることをしっかりと把握していた。
 風邪を引いた割に、佐藤は軽装だった。そもそもコートを着ていない。マフラーも手袋も身につけていないで、風邪を引いているとはなんとも無防備だ。

(七人、いや八人かな?)

 前後の人数を数えながら歩いていたが、相手も急いだ割には数が揃ったものだと感心する。
 呼び出しには応じないだろうから、帰宅時を狙う。
 突然前に二人現れたが、佐藤は別段驚いた風もなかった。
 道を塞がれた感じもしないので、そのまま無視して通り過ぎるのもありだな。と思ったのか、佐藤は立ち止まらずにそのまま進む。

「待てよ」

 在り来りのセリフを言って、佐藤の肩を掴んできた。

「何か、御用で?」

 恐らく先輩と推測してそれなりの言葉を返す。

「用があるから呼び止めたんだよ」

 それが合図かのように、他の生徒が姿を表した。

(やっぱり八人か)

 間違っていなかったと安堵して、この先の展開を素早く考える。

「お前、会長に向かって随分な態度をとっていたな」

 後ろからそう言われたけれど、佐藤は振り返らなかった。

「どういう態度をとるかは、俺の自由だ」

 面倒臭いな。というのが本音なのだが、分からせないと長引くのはわかっている。
 仕方なく、佐藤はカバンを置くと行動を開始した。
 目の前の二人はすぐに沈めた。
 相手がこれに反応する前に次に近いヤツを一撃で沈める。

(これで三人)

 困った事に、武器を持ったのが二人いた。佐藤は軽く舌打ちをしながらも、それらを躱して重い一撃を確実に当てていく。

(あと三人か…)

 少し離れたところにいた残りの三人との距離が縮んでいた。相手も本気なら走っては来るわけなのだが。
 三人同時に殴りかかってきたのをこれ幸いと、狙いを一人に定めれば、中心から抜け出すのは簡単だった。倒れた一人に躊躇もした残りの動きが一瞬止まれば、そこに躊躇なく蹴りを入れればそれで終わりだ。

(見つかる前に退散だな)

 置いたカバンを手に取ると、向こうから複数の足音が聞こえてきた。
 駆け寄る彼らがたどり着く前に、佐藤はカバンを持ってその場を去っていた。

「あ、ああっ」

 現場に着いたのは風紀委員の三人だった。

「佐藤は、いないな」

 倒れた八人を見て、ひとりが呟く。
 顔を一通り確認するが、風紀のラインできたターゲットの顔はなかった。

「こいつらどうします?」
「風紀のお仕置部屋に連行」

 倒れている八人は、襟首を掴まれて無理矢理立たされ、そのまま風紀委員に連れていかれた。



「会長いるか?」

 生徒会室の扉がたたかれ、外からでかい声がした。

「風紀委員長の声ですね」

 神山が作業中の現会長の顔を見る。

「特に連絡は来ていないが」

 現会長はスマホをみて、メールが来ていないこと確認する。

「開けろ、風紀の桜木だ」
「はーい、今開けますよ」

 目配せをしながら神山が扉を開けた。

「連絡無しで悪かったな」

 開けられた扉から、全くそうは感じさせない顔で桜木が入ってきた。

「どんな用件だ?」

 現会長がそう言うと、桜木は片眉を上げて怪訝な顔をした。

「おいおい、会長様よ、自分で着火剤投げといて随分な言い様だな」

 桜木の言い方に、今度は現会長が片眉を上げる。

「お前、まさかとは思うけど今日の昼休みの一件は、どうでもいいことだとでも?」

 桜木の一言で、下総が顔を上げた。

「え?何があったの?」

 昼休みの一件は一年の廊下で起きたため、三年生と二年生はまだ噂も届いていなかった。

「会長様よぉ、一年の廊下であれだけの騒ぎを起こしておいて、俺ら風紀に何も連絡なしとは随分なんじゃねーの?」

 桜木の言い分だと、今日の昼休みに一年の廊下で現会長がなにか騒ぎを起こした。という事しか分からない。

「会長、何がありましたか?」

 珍しく副会長が口を開いた。

「佐藤と」

 現会長が口を開いた途端、神山が詰め寄る。

「そうだ、佐藤くんなんで来てないの?」

『「俺はもう推薦で決まっているから、寮の俺の部屋に来い」

「御遠慮します」

「引き継ぎしないつもりか?」

「べつに、そんなに急いでしなくてもいいでしょう?総会で承認されなかったら俺は会長にはならないんですから」

「どういう意味だ」

「そのままですよ」

「承認される自信がないのか?」

「逆ですよ。承認されない自信がある」

「チッ」』

 桜木がスマホから音声だけを流した。

「こんなやり取りを堂々としておきながら、何も起こらないと思っていたのか?会長様は」

 桜木に詰め寄られて、現会長は眉根を寄せて桜木をみた。

「佐藤君は風邪をひいたと聞きましたけど?」

 下総が先ほど再生された会話の前の部分を補足する。

「え、ちょっと待ってよ。何あの会話」

 神山が慌てるのを他の役員がなだめた。

「会長、こんなことを我々に報告しないのは何故ですか?それに、佐藤くんは親衛隊がいません。会長であるあなたと、こんなやり取りをしたのがあなたの親衛隊にバレたら、佐藤くんの身に危険が及ぶとは、考えませんでしたか?」

 副会長が冷静に問うと、さすがに現会長の顔が曇った。

「すでに事は起こったんだよ」

 桜木が、苛立ちながら言うと、生徒会役員の視線が集まった。

「え、じゃあ、佐藤くん、は?」

 神山の顔から血の気が引いていく。
 無表情で無気力そうに見える外見で、少々小柄な彼は、本人が否定してもこの学園ではチワワ属性だ。

「会長の親衛隊に、粛清された?」

 副会長が決定的な一言を言うが、桜木は首を横に振った。

「素晴らしいことに、佐藤は無傷だ」
「え?」
「現場に駆けつけた風紀によると、会長の親衛隊八名が倒れていた。との報告が今、上がった」

 桜木がスマホを見ながら話した。

「じゃあ、佐藤くんは?」
「現場には佐藤の姿はなかったらしい。ただ、走り去る生徒が一名いたそうだ」

 桜木の話を聞いて、生徒会役員に安堵が広がったが、神山だけが会長の胸ぐらを掴んでいた。

「ねぇ、ちょっと説明してよ」

 慌てて副会長が神山を諌めてソファーに座らせた。

「会長様よ、ちゃんと自分の親衛隊に説明しておくんだな。でないと、佐藤は風紀がもらうことになるぜ」

 桜木は不敵に笑って生徒会室を後にした。
 桜木が立ち去ったあと、役員の視線が現会長に集まった。

「会長、説明を求めます」
 副会長が静かに告げた。
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