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第一幕 人形令嬢の一人舞台

ドロシーに似合う色

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ドロシーは口を閉ざし、深紅の瞳が再び自分の方へ向くのを待つ。

人を見下すような表情さえ浮かべなければ、凛々しく整った顔立ちだと思う。彫りが深いせいで俯くと濃い影が表情を隠し、遠くの明かりに反射して、褐色の肌の上で銀色の睫毛だけがうっすら光っている。

ふいに笑い声が聞こえ、クロッドが弾かれたように顔を上げた。数名のご婦人方が連れ立って、ドロシー達のいる陰のそばを通り過ぎて行った。

「殿下、そろそろ中に入った方がいいかもしれません」

「ああ……そうか。そうだな」

しかし、クロッドはそこから動かない。

「聖餐を……欠席するのは難しいか」

いきなり問われ、ドロシーは零れ落ちそうなほど目を見開く。

「今からですか?」

クロッドは「ああ」やら「いや」などといった曖昧な相槌を打ち、何故だかその声には焦燥が滲んでいる。頑強そうな眉を寄せ、事情を知らない者が見れば怒っているような顔で、彼はひどく狼狽し、それを押し殺そうとしているようだった。

「体調を崩したことにすれば、側妃殿下にもご納得頂けるとは思いますが……」

しかし、さっきルナールとはいつも通り言葉を交わしたばかりだ。不自然かもしれない。

「……いや、やっぱり今のは忘れてくれ。多分なんとかなるだろう」

そう呟くと、クロッドは自らを奮い立たせるように深く息を吐いて、背筋を伸ばす。見慣れた意地悪そうな笑みを顔に張り付けて。

「お世辞のひとつも言えないお前がいたんじゃ、せっかくのもてなしが台無しになるから、とっとと帰ってほしかったんだがなあ。義母上たっての希望じゃ仕方ないか。ぼんやりして私に恥をかかせてくれるなよ。さっきだってルナールがせっかく――」

しかし、それ以上は続けず、クロッドは「……さっさと行くぞ」と促した。

「お待ちください」

先ほどからずっと気になっていたのだ。ドロシーは見上げるほど大きな婚約者の前に回り、開きっぱなしの上着に手を掛ける。

「おい、よせ。なんだ」

まさか寝起きというわけではないだろうが、今日もクロッドは服を着崩している。飾り気のない立襟シャツはちゃんとボタンを留めてあるが、灰銀色の上着は羽織っただけ。ルナールの恰好を見たあとだと余計だらしなく見える。
さすがに式典ではよくないだろうと、クロッドの文句を聞き流し、無言のままボタンを閉めていく。そこでやっと気付いた。

「……殿下、このお召し物は上まで閉まらないようです。なぜ他のものになさらなかったのですか?」

「別にいいだろ。きれいなのがコレしかなかったんだから」

ドロシーは眉をひそめた。それをどう捉えたか、クロッドはふてくされて顔を逸らす。

「お前こそ、いつもいつも黒づくめじゃないか。だから、低俗な読み物に『葬式』だとか書かれるんだ。ドレスはともかく肩掛けや宝飾品くらいまともな色にしたらどうなんだ」

「これでかまいません。黒は、黒髪によく合いますので」

だめだ。上着のボタンはどうしても閉まらない。
仕方なくジャラジャラした首飾りを隠すように襟元とチーフだけせっせと整えて、なにげなく見上げるとクロッドもこちらを見下ろしていた。
柘榴石の双眸が眩しいものを見たときのように細められ、ニヤついていた口元が奇妙に歪んでいる。泣き出しそうな、笑みを浮かべそこなったような道化師の表情。

「……君は、変わらないなあ」

まだボタンにかかったままだったドロシーの指が、クロッドの手によって外される。両手で包まれ、温かさを移すように柔らかく握り締められた。……ような気がしたけれど、ほんの一瞬だけだった。

ドロシーを押すように突き放し、クロッドはさっさと正面口の方へ歩き出してしまう。慌てて追うと、ぶっきらぼうな声がかかった。

「次はもっと明るい色を着てこい。……婚約者とか臣下としてな」

ドロシーは、きょとんとした。そんなことは初めて言われた。

「では、赤や銀などを」

「いや」

クロッドはこちらに目もくれず、前を見たまま続けた。

「もっと――――君に似合う色だ」

どういう意味かと問う前に、手を取られて入場が始まってしまう。今夜の聖餐でお尋ねしてみよう。お時間を頂こう。ドロシーはそう期待したのだが。





予定されていた王家での聖餐は中止となった。

なぜなら、王子にエスコートされた初めての夜が、

「ドロシー・ドロフォノス、今日限りでお前との婚約を破棄する!」

同時に、最後の夜となってしまったから。








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