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怪物たちの集う夜2
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『怠惰』は、淡々と続ける。
「この国では、夏の初めに成人の儀式がある。王太子の成人に合わせ、ライラ・ウェリタスは次期王太子妃として正式に表明され、遠からず王宮に召し上げられる。さすがに接触が容易でなくなるだろう。できれば、それまでに『憤怒』かどうか見極め、必要があれば説得、我が国に招聘したい」
「なあなあ」と、『強欲』が彼女らしくもなく甘えた声を出す。黒曜石の双眸がうかがうような上目使いになった。
「もしもライラが『憤怒』じゃなくってもよォ、ココに置いとかなくていいよな?どうせしょっぺェ扱いだし、アタシが子分にして連れて帰っていいか?」
『怠惰』は眉をひそめる。
「意味が分からん。言葉は正しく使え。しょっぺえ、とはどういうことだ」
「つまりね」と、割って入ったのは『暴食』。
「ライラ・ウェリタスは侯爵令嬢らしからぬ冷遇を受けてるってこと。だから、アバリシアはライラ嬢をボクらの国に連れて帰りたいわけ」
「あいつフニャフニャしてっからナメられてンだよ!着てるもんもヨレヨレだし、部屋も小さいし……ケーキ食ったのガキの頃以来だってよ。そんな侯爵令嬢いねェだろ。なァ、連れて帰っていいよな?」
『暴食』まで「ボクも拉致に賛成」とふざけた調子で手を上げる。
「あとさ、付かず離れず監視ってムリだから。こんなに近くにいるのに静観なんて出来っこない。さっきも困ってるの助けちゃったもん。『憤怒かどーか分かんないので聖フォーリッシュごと見捨てます』ってなったら、ボクとアバリシアで拉致するからね」
軽い調子のわりに、反論を許さない態度だった。
「へえ、ふたりともやけに肩入れするな」と、『淫欲』は意外そうだ。彼からすれば、ライラ・ウェリタスはそれなりに可愛らしいけれど、取り立ててどうということもない娘に見えた。
もしも『憤怒』でなかったら、と『怠惰』は心中でひとりごちる。
おそらく部屋付きになったふたりは、ライラ・ウェリタスが怪物を持っていない、と感じているのだろう。『憤怒』という名前を冠する怪物を有するには、あまりにも『怒り』と無縁そうな、理性的で控えめな少女だ。とはいえ、これまでの人生で一度も怒ったことがないわけでもあるまい。今まで不当な扱いを受けていたのなら尚更。怪物が発露しそうな『怒り』を覚える経験くらいあったはず。なのに、その片鱗もない。
ただ報告を聞いた、実技授業での魔力暴発は気になった。
それになにより、自分たちの主君ははじめから知っているように言うのだ。
「ライラという赤い魔女が『憤怒』だ」と。
何年も前から。
「心配いらねえよ」
『嫉妬』がおどけるように両手を大きく広げた。
「ライラ・ウェリタスは、我らが君主様のお気に入りだ。本名を教えるくらいな。だから、例え『憤怒』じゃなくたって連れて帰るに決まってる。な、旦那」
そう、昼間の様子では、『憤怒』でなくとも主君は対象を連れて帰るだろう。
「かもしれん」と言葉少なに頷けば、『暴食』と『強欲』は顔を見合わせた。
「へーえ!まあ、あの贈り物を見れば察しはついたけど!そうなんだ、そんなに気に入ったんだ!」
「あのハッピー野郎、人間のオスメスの区別はできたンだなァ」
「おや、噂をすれば」と上を見た『淫欲』の視線を追えば、金色の小鳥が浮かれたような羽ばたきで、舞い降りてくるところだった。一見ただの金糸雀に見えるが、連絡用の簡易魔術だ。
ほとんどの場合、怪物たちに指示は出ない。計画は枠組みのみ、詳細な擦り合わせもない。そもそも組んで動くことが少ないうえ、過程がどうであれ最終的な目的が一致しているからだ。シンプルな目的。
ソフトに言えば対象国の開放、ストレートに言えば破壊と殺戮をともなう 皆殺し である。
「全員に連絡を飛ばすなんて珍しいね」
5匹の金糸雀はそれぞれの相手に留まると、全員同じ言葉をさえずった。頂点にたつ『傲慢』な君主から、5人に与えられた指示は同じ内容。しかもたったひとつだけだったのだ。
怪物たちは、呆気にとられた。自分たちに全く似合わない命令だった。
「おもしれェ」と『強欲』は笑い、「苦手分野だな」と『嫉妬』は頭を掻き、「これってノロケ?」と『暴食』は肩を竦め、「恋とは素晴らしい!」と『淫欲』は拍手して、『怠惰』はほんの少し表情を和らげた。
「仰せのままに。あらゆる害意から、あらゆる災難から、あらゆる敵から、彼女の行く先を遮るものすべてから」
指示は、たったひとつ。
『ライラ・ウェリタスを守れ』
これだけだった。
「この国では、夏の初めに成人の儀式がある。王太子の成人に合わせ、ライラ・ウェリタスは次期王太子妃として正式に表明され、遠からず王宮に召し上げられる。さすがに接触が容易でなくなるだろう。できれば、それまでに『憤怒』かどうか見極め、必要があれば説得、我が国に招聘したい」
「なあなあ」と、『強欲』が彼女らしくもなく甘えた声を出す。黒曜石の双眸がうかがうような上目使いになった。
「もしもライラが『憤怒』じゃなくってもよォ、ココに置いとかなくていいよな?どうせしょっぺェ扱いだし、アタシが子分にして連れて帰っていいか?」
『怠惰』は眉をひそめる。
「意味が分からん。言葉は正しく使え。しょっぺえ、とはどういうことだ」
「つまりね」と、割って入ったのは『暴食』。
「ライラ・ウェリタスは侯爵令嬢らしからぬ冷遇を受けてるってこと。だから、アバリシアはライラ嬢をボクらの国に連れて帰りたいわけ」
「あいつフニャフニャしてっからナメられてンだよ!着てるもんもヨレヨレだし、部屋も小さいし……ケーキ食ったのガキの頃以来だってよ。そんな侯爵令嬢いねェだろ。なァ、連れて帰っていいよな?」
『暴食』まで「ボクも拉致に賛成」とふざけた調子で手を上げる。
「あとさ、付かず離れず監視ってムリだから。こんなに近くにいるのに静観なんて出来っこない。さっきも困ってるの助けちゃったもん。『憤怒かどーか分かんないので聖フォーリッシュごと見捨てます』ってなったら、ボクとアバリシアで拉致するからね」
軽い調子のわりに、反論を許さない態度だった。
「へえ、ふたりともやけに肩入れするな」と、『淫欲』は意外そうだ。彼からすれば、ライラ・ウェリタスはそれなりに可愛らしいけれど、取り立ててどうということもない娘に見えた。
もしも『憤怒』でなかったら、と『怠惰』は心中でひとりごちる。
おそらく部屋付きになったふたりは、ライラ・ウェリタスが怪物を持っていない、と感じているのだろう。『憤怒』という名前を冠する怪物を有するには、あまりにも『怒り』と無縁そうな、理性的で控えめな少女だ。とはいえ、これまでの人生で一度も怒ったことがないわけでもあるまい。今まで不当な扱いを受けていたのなら尚更。怪物が発露しそうな『怒り』を覚える経験くらいあったはず。なのに、その片鱗もない。
ただ報告を聞いた、実技授業での魔力暴発は気になった。
それになにより、自分たちの主君ははじめから知っているように言うのだ。
「ライラという赤い魔女が『憤怒』だ」と。
何年も前から。
「心配いらねえよ」
『嫉妬』がおどけるように両手を大きく広げた。
「ライラ・ウェリタスは、我らが君主様のお気に入りだ。本名を教えるくらいな。だから、例え『憤怒』じゃなくたって連れて帰るに決まってる。な、旦那」
そう、昼間の様子では、『憤怒』でなくとも主君は対象を連れて帰るだろう。
「かもしれん」と言葉少なに頷けば、『暴食』と『強欲』は顔を見合わせた。
「へーえ!まあ、あの贈り物を見れば察しはついたけど!そうなんだ、そんなに気に入ったんだ!」
「あのハッピー野郎、人間のオスメスの区別はできたンだなァ」
「おや、噂をすれば」と上を見た『淫欲』の視線を追えば、金色の小鳥が浮かれたような羽ばたきで、舞い降りてくるところだった。一見ただの金糸雀に見えるが、連絡用の簡易魔術だ。
ほとんどの場合、怪物たちに指示は出ない。計画は枠組みのみ、詳細な擦り合わせもない。そもそも組んで動くことが少ないうえ、過程がどうであれ最終的な目的が一致しているからだ。シンプルな目的。
ソフトに言えば対象国の開放、ストレートに言えば破壊と殺戮をともなう 皆殺し である。
「全員に連絡を飛ばすなんて珍しいね」
5匹の金糸雀はそれぞれの相手に留まると、全員同じ言葉をさえずった。頂点にたつ『傲慢』な君主から、5人に与えられた指示は同じ内容。しかもたったひとつだけだったのだ。
怪物たちは、呆気にとられた。自分たちに全く似合わない命令だった。
「おもしれェ」と『強欲』は笑い、「苦手分野だな」と『嫉妬』は頭を掻き、「これってノロケ?」と『暴食』は肩を竦め、「恋とは素晴らしい!」と『淫欲』は拍手して、『怠惰』はほんの少し表情を和らげた。
「仰せのままに。あらゆる害意から、あらゆる災難から、あらゆる敵から、彼女の行く先を遮るものすべてから」
指示は、たったひとつ。
『ライラ・ウェリタスを守れ』
これだけだった。
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