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舞踏会へ!4
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「私は君のことが好きだ」
ワタシワ キミノコトガ スキダ?
しばし、見つめ合う。
完全に脳みそが考えることを放棄し、変換が追いつかない。が、次の瞬間ピシャーン!と稲妻が頭に直撃した。
(おおッ!!コレ予習したやつ!昼間イメージトレーニングしたやつだ!あぶない、あぶない!また自分に都合よく捉えるところだった!『王太子妃だから好き』なんだってば!『光栄です、これからも国同士の架け橋となっていきましょう(営業スマイル)』!よっしゃ、これでいこう!)
わたしは深く息を吸い、思い描いたセリフを噛まないように――「ちょっと待った!!」。ローグさんがものすごい速さで立ち上がり、手のひらをこちらに突き出した。
「つけくわえる!発言の付加補足を許可願いたい!」
勢いにのまれ、わたしもビシッと姿勢を正した。
「どッ、どうぞッ!許可しますッ!!」
「うむ、つまり!」と、ローグさんは彼らしくもなく言い淀む。それから覚悟を決めたような面持ちで、一息に言い切った。
「好き!というのは『特別好き!』ということだ!」
「ほほう!」
わたしは身を乗り出す。なるほど、『他の国の王太子妃よりも特別に』ということだろう。なんとありがたい申し出――「そうじゃない!!」と叫ばれ、再びわたしの思考は中断される。
「な、なんですか!?」
「そうじゃないんだ!君の考えそうなことは分かる!君は大体いつも困り顔だが、たった2日間でも何を考えてるかなんとなく分かるんだぞ!いや、私がいけなかった!さっきリリベル・ウェリタスに『王太子妃と交流を持ちたい』だとか口走ったから、そちらに気を取られているんだろう!」
ローグさんは凛々しい眉を下げ、おなかでも痛いような表情だ。今度は身ぶり手ぶりまで交えて熱心に話し始めた。
「訂正させてくれ!聖フォーリッシュ王国の!王太子妃だから好き!というわけではなく!」
「ではなく」
「君自身が!好きなんだ!」
「……ほほう!」
「ほら!」と、ローグさんは悲鳴のような声を上げる。
「またその顔をする!!」
「その顔ってなんですか!?」
「『わたし分かってますよ』っていう全然分かってない顔!!」
「し、失礼なッ!分かってますもん!ちゃんと分かってますもん!!」
騒がしいポルネツア舞曲と大広間のにぎやかな喧噪を背景に、わたしとローグさんの駄々っ子みたいな言い合いは終わらない。様々な発言の追加・修正・例文などを経て、ローグさんは再び「つまり!」と繰り返す。大きな声を出し続けているからか、彼の顔は真っ赤だ。
「王太子妃だからとか!カタツムリが好きだからとか!赤い髪や赤い目だからとか!憤怒だからとか!アリ塚観察に付き合ってくれるからとか!そーゆー理由ではなく!」
わけわかんないけど、とりあえず元気よく返事をする。
「はい!」
「ただ、ライラ・ウェリタスが好きなんだッ!!」
はじめは変な人だと驚いた。それから優しい目の人だと気になった。わたしがかわいげのない態度でも気にしないし、なぜだか褒めてくれる不思議な人。その人がなにかを一生懸命伝えようとしてくれている。
「私は飾った言葉を知らない!気の利いたセリフひとつ言えない!いま広間でやってる曲も分からないし、本当のことを言うと舞踏はひとつも踊れない!洒落た詩のひとつでも贈りたいのに学がないからできない!だから、私が考えうる限りの言葉で伝えるしかない!」
彼が伝えてくれていることが、どういう類のものか。わたしは気付きかけている。
この人が、次期王太子妃としてのわたしを大事にしてくれるなら、それだけで十分だと思った。優しい言葉をかけてくれて、贈り物まで用意してくれて、困ったときには手を差し伸べてくれて。
「私は好きなものがたくさんある!アリもカタツムリも好きだ!毛の生えた動物も好きだ!靴墨の匂いも、携帯用乾パンのはじっこも、使い慣れた毛布も、静かで退屈な夜も好きだ!でも、君がいるなら全部なくてもかまわない!そのくらい――」
これ以上なにを望むことがあるだろう、『いらない子』のわたしに。
「――ライラ・ウェリタスが必要だ」
「必要」
声がもれた。
「わたし、必要なんですか。ローグさんには」
ローグさんは息を切らしながら、「うん」と頷いた。
「必要だ。好きだからな」
どうして、そんなに。
聞きたかったのに、声が出ない。代わりに嗚咽がこぼれた。胸のあたりから温かいものがこみ上げて留めようもなく頬を伝う。
いつも冷たい雨のなかを、ひとりで歩いているような気持ちだった。ところが、彼が現れると雨はみるみる弱まり、声を聞けば灰色雲は消え失せ、触れられると陽の光が降り注いだ。暖かく、柔らかく、優しく、甘く、世界は色を取り戻す。
だから、こんなふうに言われなくても、きっと、もう。
(とっくに好きです、わたしだって)
「どうしたんだライラ!?なに花粉が原因だッ!!??」
(はじめて会ったときから、ずっと――え……なに花粉……?)
「なに花粉……?」
心の声がそのまま出た。ローグさんは強く引っ張りすぎて包装紙が破けたお菓子を前にしたような慌てぶりだ。
「免疫機能の過剰反応だろう!気付いていないかもしれないが、さっきから異常に涙液が分泌されているぞ!!」
気付いてますけど。
ちょっとだけ涙が引っ込んだ。
ローグさんは自分の衣服を引っ張り回していたが、目当てのものが見つからなかったのか「イーズの助言通りハンカチを持ってくるべきだった!」と言いながら、肩にかけたマントをつかみ「まあ、代わりにコレを引きちぎるか!」と――「ちょちょちょちょっと待ってください!!」
「どうした?鼻水が出てるからコレでふけばいい!ちぎるからちょっと待って」「ちぎらないでくださいッ!そんな国宝みたいなキンピカマントで鼻かめないです!花粉で泣いてるわけじゃないんですよ!」
ローグさんは心配そうにマントから手を離す。
「そうなのか。だって変なタイミングで泣くから」
「いや、ベストタイミングですけど」
「だって私が『好きだ』って言ったら泣いた」
「感激して泣いたんですよ」
「そうなのか」
「そうですよ」
「ということは」と言いながら、ローグさんはマントの代わりにネックチーフをほどいて、わたしに手渡した(だから鼻はかまないってば)。満足気なキラッキラスマイルで。
「ということはだ!私の一世一代の告白は成功をおさめたということだな!首尾よくいってよかった!伝えておきたいことは以上だ、ライラ!」
以上だ……って。
(わ、わたしの返事は……?)
「あの、ローグさ――うぷ!?」
いつのまにかネックチーフで顔を覆われていた。小さい子供のように、わしわしと鼻をぬぐわれる。柔らかな絹地の向こうから、もっと柔らかな声がする。「ライラ」
「私にとって大切なのは、私の拙い言葉で、わずかでも君の心が安らいだことだ。今はそれだけでいい。私が勝手に熾した火に、地位も立場もある君が身を削って薪をくべる必要はない。ほんの一時、この火で君をあたためることができたなら十分――どうした、なんで布を離さない?」
詩の勉強なんか必要ないだろう。こんなに乙女に対して殺傷能力の高いセリフをさらさら話せるんだから。わたしは、熱くてしょうがない顔をネックチーフで隠したまま、弱々しくうめく。
「ローグさんは……ローグさんは……ちょっとわたしに優しすぎやしませんか」
笑い声が弾けた。「それはゆるしてくれ!」
「だって、私は君のことが大好きなんだからなッ!!」
「うぐうう……あ、ありがとうございまふ……」
今日だけで、きっと一生分『好き』だと言ってもらえている。
わたしはネックチーフに埋もれたまま、もう一度だけ泣いた。『必ず洗って返さねば』と心に決めながら。
ワタシワ キミノコトガ スキダ?
しばし、見つめ合う。
完全に脳みそが考えることを放棄し、変換が追いつかない。が、次の瞬間ピシャーン!と稲妻が頭に直撃した。
(おおッ!!コレ予習したやつ!昼間イメージトレーニングしたやつだ!あぶない、あぶない!また自分に都合よく捉えるところだった!『王太子妃だから好き』なんだってば!『光栄です、これからも国同士の架け橋となっていきましょう(営業スマイル)』!よっしゃ、これでいこう!)
わたしは深く息を吸い、思い描いたセリフを噛まないように――「ちょっと待った!!」。ローグさんがものすごい速さで立ち上がり、手のひらをこちらに突き出した。
「つけくわえる!発言の付加補足を許可願いたい!」
勢いにのまれ、わたしもビシッと姿勢を正した。
「どッ、どうぞッ!許可しますッ!!」
「うむ、つまり!」と、ローグさんは彼らしくもなく言い淀む。それから覚悟を決めたような面持ちで、一息に言い切った。
「好き!というのは『特別好き!』ということだ!」
「ほほう!」
わたしは身を乗り出す。なるほど、『他の国の王太子妃よりも特別に』ということだろう。なんとありがたい申し出――「そうじゃない!!」と叫ばれ、再びわたしの思考は中断される。
「な、なんですか!?」
「そうじゃないんだ!君の考えそうなことは分かる!君は大体いつも困り顔だが、たった2日間でも何を考えてるかなんとなく分かるんだぞ!いや、私がいけなかった!さっきリリベル・ウェリタスに『王太子妃と交流を持ちたい』だとか口走ったから、そちらに気を取られているんだろう!」
ローグさんは凛々しい眉を下げ、おなかでも痛いような表情だ。今度は身ぶり手ぶりまで交えて熱心に話し始めた。
「訂正させてくれ!聖フォーリッシュ王国の!王太子妃だから好き!というわけではなく!」
「ではなく」
「君自身が!好きなんだ!」
「……ほほう!」
「ほら!」と、ローグさんは悲鳴のような声を上げる。
「またその顔をする!!」
「その顔ってなんですか!?」
「『わたし分かってますよ』っていう全然分かってない顔!!」
「し、失礼なッ!分かってますもん!ちゃんと分かってますもん!!」
騒がしいポルネツア舞曲と大広間のにぎやかな喧噪を背景に、わたしとローグさんの駄々っ子みたいな言い合いは終わらない。様々な発言の追加・修正・例文などを経て、ローグさんは再び「つまり!」と繰り返す。大きな声を出し続けているからか、彼の顔は真っ赤だ。
「王太子妃だからとか!カタツムリが好きだからとか!赤い髪や赤い目だからとか!憤怒だからとか!アリ塚観察に付き合ってくれるからとか!そーゆー理由ではなく!」
わけわかんないけど、とりあえず元気よく返事をする。
「はい!」
「ただ、ライラ・ウェリタスが好きなんだッ!!」
はじめは変な人だと驚いた。それから優しい目の人だと気になった。わたしがかわいげのない態度でも気にしないし、なぜだか褒めてくれる不思議な人。その人がなにかを一生懸命伝えようとしてくれている。
「私は飾った言葉を知らない!気の利いたセリフひとつ言えない!いま広間でやってる曲も分からないし、本当のことを言うと舞踏はひとつも踊れない!洒落た詩のひとつでも贈りたいのに学がないからできない!だから、私が考えうる限りの言葉で伝えるしかない!」
彼が伝えてくれていることが、どういう類のものか。わたしは気付きかけている。
この人が、次期王太子妃としてのわたしを大事にしてくれるなら、それだけで十分だと思った。優しい言葉をかけてくれて、贈り物まで用意してくれて、困ったときには手を差し伸べてくれて。
「私は好きなものがたくさんある!アリもカタツムリも好きだ!毛の生えた動物も好きだ!靴墨の匂いも、携帯用乾パンのはじっこも、使い慣れた毛布も、静かで退屈な夜も好きだ!でも、君がいるなら全部なくてもかまわない!そのくらい――」
これ以上なにを望むことがあるだろう、『いらない子』のわたしに。
「――ライラ・ウェリタスが必要だ」
「必要」
声がもれた。
「わたし、必要なんですか。ローグさんには」
ローグさんは息を切らしながら、「うん」と頷いた。
「必要だ。好きだからな」
どうして、そんなに。
聞きたかったのに、声が出ない。代わりに嗚咽がこぼれた。胸のあたりから温かいものがこみ上げて留めようもなく頬を伝う。
いつも冷たい雨のなかを、ひとりで歩いているような気持ちだった。ところが、彼が現れると雨はみるみる弱まり、声を聞けば灰色雲は消え失せ、触れられると陽の光が降り注いだ。暖かく、柔らかく、優しく、甘く、世界は色を取り戻す。
だから、こんなふうに言われなくても、きっと、もう。
(とっくに好きです、わたしだって)
「どうしたんだライラ!?なに花粉が原因だッ!!??」
(はじめて会ったときから、ずっと――え……なに花粉……?)
「なに花粉……?」
心の声がそのまま出た。ローグさんは強く引っ張りすぎて包装紙が破けたお菓子を前にしたような慌てぶりだ。
「免疫機能の過剰反応だろう!気付いていないかもしれないが、さっきから異常に涙液が分泌されているぞ!!」
気付いてますけど。
ちょっとだけ涙が引っ込んだ。
ローグさんは自分の衣服を引っ張り回していたが、目当てのものが見つからなかったのか「イーズの助言通りハンカチを持ってくるべきだった!」と言いながら、肩にかけたマントをつかみ「まあ、代わりにコレを引きちぎるか!」と――「ちょちょちょちょっと待ってください!!」
「どうした?鼻水が出てるからコレでふけばいい!ちぎるからちょっと待って」「ちぎらないでくださいッ!そんな国宝みたいなキンピカマントで鼻かめないです!花粉で泣いてるわけじゃないんですよ!」
ローグさんは心配そうにマントから手を離す。
「そうなのか。だって変なタイミングで泣くから」
「いや、ベストタイミングですけど」
「だって私が『好きだ』って言ったら泣いた」
「感激して泣いたんですよ」
「そうなのか」
「そうですよ」
「ということは」と言いながら、ローグさんはマントの代わりにネックチーフをほどいて、わたしに手渡した(だから鼻はかまないってば)。満足気なキラッキラスマイルで。
「ということはだ!私の一世一代の告白は成功をおさめたということだな!首尾よくいってよかった!伝えておきたいことは以上だ、ライラ!」
以上だ……って。
(わ、わたしの返事は……?)
「あの、ローグさ――うぷ!?」
いつのまにかネックチーフで顔を覆われていた。小さい子供のように、わしわしと鼻をぬぐわれる。柔らかな絹地の向こうから、もっと柔らかな声がする。「ライラ」
「私にとって大切なのは、私の拙い言葉で、わずかでも君の心が安らいだことだ。今はそれだけでいい。私が勝手に熾した火に、地位も立場もある君が身を削って薪をくべる必要はない。ほんの一時、この火で君をあたためることができたなら十分――どうした、なんで布を離さない?」
詩の勉強なんか必要ないだろう。こんなに乙女に対して殺傷能力の高いセリフをさらさら話せるんだから。わたしは、熱くてしょうがない顔をネックチーフで隠したまま、弱々しくうめく。
「ローグさんは……ローグさんは……ちょっとわたしに優しすぎやしませんか」
笑い声が弾けた。「それはゆるしてくれ!」
「だって、私は君のことが大好きなんだからなッ!!」
「うぐうう……あ、ありがとうございまふ……」
今日だけで、きっと一生分『好き』だと言ってもらえている。
わたしはネックチーフに埋もれたまま、もう一度だけ泣いた。『必ず洗って返さねば』と心に決めながら。
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