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怪物たちの集う夜

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コンラード守衛班長は、小さな目をすがめて夜空を見上げた。

月は出ていない。風が強い。星々を遮りながら、薄い雲が千切れ飛んでいく。

学術院の中央棟には、まだ煌々と明かりが灯っているし、人の気配も色濃く感じられる。

にも関わらず、蔓薔薇の茂みや噴水の影、広大な学術院の道標となる彫刻像の裏などに、常よりも深い闇が凝っている気がするのは何故なのか。

「気味の悪い夜だ」

部外者の出入りがあったと学術院から警戒を呼び掛けられているが、コンラードは早々に巡回を終え守衛棟に戻ることにした。今日はただでさえ妙なことが立て続けに起こって、半地下ポーチで酒をひっかける間もなかった。あとの仕事は下っ端に押し付けて、馴染みの娼館でお楽しみといこう。

コンラードは足を速める。彼の向かうその先に、異変の元凶があるとも知らず――。


------------

闇に沈んだ大庭園に、水の音が響く。

アーチ橋が架かった池には夜咲きの睡蓮が浮かび、大理石の噴水は硝子細工のように水流を纏わせている。――今、その大噴水の水流はなんの前触れもなく止まった。

あとに残ったのは、深い静寂。


「いい夜だ」

靴音を鳴らし、すらりとした影が大庭園に降り立った。

天鵞絨ビロードのような紫紺の髪に、アメシストの瞳。酷薄そうな甘い顔立ち。
今夜の彼は、いつもの郵便配達員・・・・・・・・・の恰好ではなく、教師のような出で立ちだ。ただし野暮ったい眼鏡と地味な装いでも、彼の退廃的な雰囲気や毒々しい色気は隠し切れていなかった。

「水は息を潜め、花は頭を垂れ、風は足早に通り過ぎる。おそろしいものに見つかる前に」

歌うようにそう言った『淫欲』の元郵便配達員は、悠然とした足取りで噴水のそばまで歩み寄る。彼が軽く指を鳴らすと、幻惑の魔術がカーテンのように展開し、大庭園を包み込んだ。

「愉しい悪巧わるだくみといこう、『怪物』諸君」

その瞬間、空気が変わった。池の水面は怯えたようにさざなみをたて、花々は葉を震わせ、風は立ち竦んだ。


無人であった大庭園に、音もなく立ち現れたのは――『怪物』たち。


本来聖フォーリッシュ王国にいるはずのない、原初の災い。血と争いを好み、欲望を司る異形の獣。その『怪物』たちの権能けんのうを有する、至上の5人が一堂に会した。



「オレはどうにも信じがたい」

口火を切ったのは、噴水に腰掛けた『嫉妬』の庭師。ガーデニングエプロン姿で、くわえ煙草のまま気だるげにつぶやく。

「あの子が最後の怪物――『憤怒』とは」

ふうと煙を吐き出す。煙にふれた草花が一瞬で枯れ果てるのを横目に、『暴食』の少年執事が肩を竦めた。

「ヤク中エプロンに同意するわけじゃないけど、正直ボクも分かんない。一緒にいても怪物の気配が感じ取れないもん。それに彼女は『憤怒』から連想するような人間とはかけ離れてるよ。お花畑殿下は一体なにをもって、ライラ嬢を怪物だと思ったのかな」

「今オレのことヤク中エプロンっつった?」

「あーあ!『憤怒』が見つかったら一番にケンカふっかけてやろォと思ったのになァ!あてが外れちまった!」

庭師の問いを無視し、『強欲』な侍女がどこから失敬したのか酒瓶をグビグビあおった。「まァ、これはこれでおもしれェからイイけどよ!」

「我らが君主の権能は、なにか感知したんだろう。わざわざ今回のような作戦にしたくらいだし。うち・・としてもいい切っ掛けではあった。ただこれからどうするかって話をイーズ君と詳しく詰めてないんだよね。サンドイッチ作るのに忙しそうだったから」と、『淫欲』は悪びれもせず笑う。

「アァ?なンだそれ」

「アバリシア鈍いなあ。ほら、ライラの部屋にあったサンドイッチだよ」

話題の脱線を感じながら、『嫉妬』はうんざりと5人めの影を振り返る。

「とりあえず現状維持、打ち合わせどおり付かず離れず監視ってことでいいんじゃね?なあ、『怠惰』の旦那」

『怠惰』――見上げるような巨躯の男は腕を組んだまま、伏せていた目を上げた。その薄青い瞳がゆらりと動けば、『強欲』たちの喧噪が静まり、夜が一層深くなる。

「いずれにせよ、期限は夏までだ」
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