上 下
30 / 39

舞踏会へ!

しおりを挟む
「あーおもしろかった!ユニークな義妹さんだね!」

「ユニーク……たぶん、あれは本気で怒ってると思うけど……」

「大したことねェな、リリベル・ウェリタス。まあワンパンだな」

「うぅ……妹にワンパンはやめて……」

再びテーブルについたけれど座ったまま失神しそう。リリベルがあんなに怒ったところ見たことない。またベッドにもぐりたくなってきた。でもそんなことしてる時間はなさそうだ。

「で、舞踏会に行くんだって?」と、ホロウくんがワクワク身を乗り出す。

「……うん、授業を休んだからその代わりに」

「へえ、変なの!」

たしかに変な伝言だ。先生が、膨大な生徒の出席状況にまで目を配っていたとは知らなかった。それに舞踏会へ出席することと、舞踏技術で学ぶことはまったく違う。週末舞踏会はあくまで遊びのようなものだ。

「いいじゃねェか、楽しそうだし行ってこいよ!」

あまり乗り気でなさそうなわたしを見て、ホロウくんはキュルルンと首をかしげる。

「行きたくないの?毎週末してるなら行ったことあるでしょ?」

「……実は、1回しか行ったことなくて」

「どうして?」

「……着ていくものが、その」

「ああー」と、アバリシアさんもホロウくんも声をもらす。スカスカなクローゼットを見たばかりのふたりは察したみたい。

「それに同伴者が必要なの。男性パートナーとか女性のお友達とか。でも、わたしどっちも……」

入学したての頃、1回だけ行った舞踏会。あのときはつらかった。

ドレスなんて持っていなかったわたしは、唯一手元にある正装礼服で行ってしまったのだ。おまけに同伴者が必要なんて知らなくて、のこのこひとりで参加してしまい、入場のとき侍従にずいぶん嫌な顔をされた。

クラージュ殿下には「おまえはひとりだけ葬式に来たのか?」と叱られ、お洒落したご令嬢たちには化粧すらしてないことを笑われた。ひときわ華やかなドレスをまとったリリベルが「わたくしが気を付けてあげればよかったわね」とかばってくれて、そのすきに逃げ帰ったという有様だ。

(クラージュ殿下は……お誘いしても断られるだろうなあ。元々相手にされてないし、こんなに急な話じゃダメだよね。でも先生がせっかく言ってくださってるんだから参加しないと)

「……お嬢様、だいじょうぶ?」

ホロウくんが不安そうな声を出す。わたしはおなかに力を入れて、大きく頷いた。

立派な女主人として心配なんかかけられない。さっきのやりとりで、はっきりした。ホロウくんたちは、わたしの部屋付きになることを『選んで』くれたのだ。リリベルじゃなくて、わたしを。

「だ、大丈夫!パートナーはなんとかする!服は、授業で使う舞踏用のワンピースがあるからそれを着て――」

「いや待てよ、ドレスならあんじゃん!」

アバリシアさんが犬歯を剥きだして笑った。それを見てホロウくんもパチンと指を鳴らす。

「そうだった!ならパートナーも」

「ハッピー野郎で決まりだろォ!!」

「へ?どういうこと?クラージュ殿下は無理だと思うんだけど……」

「じゃなくてさ!」

ホロウくんは悪戯っぽい笑顔で、部屋の隅を示した。そこにあるのはたくさんの花輪と――未開封の贈り物たち。

「あーんなに贈り物くれる、熱烈なパートナーがいるじゃない!」

(え……)

「えええええええッ!!??いや、それはちょっとダメっていうか、あの」

「よっしゃあ!そうと決まれば、とっととコレ食っちまおう!面白くなってきたな!」

「とびきり華やかなドレスを選んで、どっさり宝石を飾って、一番キレイにしてあげる!手伝い代わりに、ヒマそうなメイドのオネエさんを何人かたらしこんでくるよ!」

「あのクソアマの鼻っ柱へし折ってやろうぜ!殴り込みだ!」

武闘・・会じゃなくて舞踏・・会ですうッ!!」


---------


「リリベル様、おかえりなさいませ」

リリベルは部屋付き侍女に返事もせず、荒々しく化粧台の前に腰をおろした。

「ちょっと!モタモタしてないでさっさとドレスを整えてよ!」

まったく今日は散々だ。ローガン・ルーザーには相手にされず、小汚い使用人には見くびられて。

突き刺すような怒りがぶり返し、リリベルはひじ掛けに拳を打ち付ける。

「舞踏会では、おもいっきり恥をかかせてあげなくちゃね」

本来ライラが出る必要などない舞踏会にわざわざ呼び寄せたのは、ただの嫌がらせにすぎない。

だって昨日から気に入らないことばっかり。その原因はぜんぶ姉だ。今夜はせいぜいさらし者にしてやろう。前みたいに礼服を着てきたら傑作なのに。

「自分の立場を分からせるのも、妹の大切なつとめだわ」

今夜のリリベルは、ふんわりとシフォン生地が広がるクリーム色のドレスを選んだ。小粒の真珠が縫い取られ、動くたびにキラキラ輝く。胸元を飾るのは幾重にも連なった真珠の首飾り、薔薇色の髪にも真珠をちりばめて悪くない仕上がりだ。部屋付きに昨日何時間もマッサージさせたから、足首もほっそりと締まっている。

「素敵ですわ、春の妖精のよう」「今夜もみんなリリベル様に夢中になりますよ」

そんなこと言われなくたって分かってる。みんなが自分に寄ってくる。花に集まる蝶みたいに。一番気に入っている蝶がクラージュ・グラン・フォーリッシュだ。

舞踏会の行われる中央棟まで、馬車を使ってものの数分で到着する。護衛に見守られながら大理石の階段を上がれば、着飾った侍従が恭しく最上の礼をとった。なにも言わなくても、上級貴族だけが入れる非公開な談話室へと通され、そこではクラージュ殿下やノイマンが待っていた。今夜はフォールスとジェネラルがいない。残念だ。ふたりもお気に入りの蝶なのに。

クラージュ殿下はさわやかな若草色の装いだった。淡いクリーム色のネックチーフを、リリベルの瞳と同じ――菫色の留め具で飾っている。

果実酒を片手にとりとめのない話をするが、リリベルはローガン・ルーザーの話題を避けた。ノイマンも昼間の話を持ち出さない。あの変人は腐っても王族だ。

いよいよ会場入りがはじまったけれど、リリベルたちはまだ入らない。人が十分集まってからのほうが目立てて気持ちがいい。今夜もたっぷり時間がたってから、クラージュ殿下といっしょに堂々と入場した。入口の階段から会場の女たちを見下ろし、リリベルはうっそり微笑む。

――今夜も、わたくしが一番ね。



そのはずだった。最後の入場者が現れるまでは。

「どうして」

リリベルは目を離せない。リリベルだけでなく会場の誰もが、たったいま入場した男女を呆然と見つめている。

開かれた大扉、ゆるやかな階段の先にあったのは――美しい炎。

目も眩む鮮やかな金と、滴り落ちるような極上の深紅が、一対の炎のごとく寄り添っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

王子様は王妃の出産後すぐ離縁するつもりです~貴方が欲しいのは私の魔力を受け継ぐ世継ぎだけですよね?~

五月ふう
恋愛
ここはロマリア国の大神殿。ロマリア歴417年。雪が降りしきる冬の夜。 「最初から……子供を奪って……離縁するつもりだったのでしょう?」  ロマリア国王子エドワーズの妃、セラ・スチュワートは無表情で言った。セラは両手両足を拘束され、王子エドワーズの前に跪いている。 「……子供をどこに隠した?!」  質問には答えず、エドワーズはセラを怒鳴りつけた。背が高く黒い髪を持つ美しい王子エドワードの顔が、醜く歪んでいる。  「教えてあげない。」  その目には何の感情も浮かんでいない。セラは魔導士達が作る魔法陣の中央に座っていた。魔法陣は少しずつセラから魔力を奪っていく。 (もう……限界ね)  セラは生まれたときから誰よりも強い魔力を持っていた。その強い魔力は彼女から大切なものを奪い、不幸をもたらすものだった。魔力が人並み外れて強くなければ、セラはエドワーズの妃に望まれることも、大切な人と引き離されることもなかったはずだ。  「ちくしょう!もういいっ!セラの魔力を奪え!」    「良いのかしら?魔力がすべて失われたら、私は死んでしまうわよ?貴方の探し物は、きっと見つからないままになるでしょう。」    「魔力を失い、死にたくなかったら、子供の居場所を教えろ!」  「嫌よ。貴方には……絶対見つけられない場所に……隠しておいたから……。」  セラの体は白く光っている。魔力は彼女の生命力を維持するものだ。魔力がなくなれば、セラは空っぽの動かない人形になってしまう。  「もういいっ!母親がいなくなれば、赤子はすぐに見つかるっ。さあ、この死にぞこないから全ての魔力を奪え!」  広い神殿にエドワーズのわめき声が響いた。耳を澄ませば、ゴゴオオオという、吹雪の音が聞こえてくる。  (ねえ、もう一度だけ……貴方に会いたかったわ。)  セラは目を閉じて、大切な元婚約者の顔を思い浮かべる。彼はセラが残したものを見つけて、幸せになってくれるだろうか。  「セラの魔力をすべて奪うまで、あと少しです!」  魔法陣は目を開けていられないほどのまばゆい光を放っている。セラに残された魔力が根こそぎ奪われていく。もはや抵抗は無意味だった。  (ああ……ついに終わるのね……。)  ついにセラは力を失い、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。  「ねえ、***…………。ずっと貴方を……愛していたわ……。」  彼の傍にいる間、一度も伝えたことのなかった想いをセラは最後にそっと呟いた。  

最後に笑うのは

りのりん
恋愛
『だって、姉妹でしょ お姉様〰︎』 ずるい 私の方が可愛いでしょ 性格も良いし 高貴だし お姉様に負ける所なんて ありませんわ 『妹?私に妹なんていませんよ』

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

処理中です...