上 下
29 / 39

リリベル・ウェリタスの敗走

しおりを挟む
(うーむ、落ち着かない……)

新しいお部屋は、どこにいても場違いな気がする。

前転が10回くらいできそうな広々した空間。なにもかもが高価そうでうかつにさわれず、足首まで沈む絨毯ではすでに2回転んでいる。乙女チックな調度類はすべて白で統一されているから、汚さないか心配だ。続きの部屋には天蓋付きのベッドが(わたしより堂々と)横たわり、顔を映すのが申し訳ないほど磨き上げられた鏡台や、壁一面のクローゼットも備えられている。

(本当にわたしなんかがこの部屋を使っていいのかな……でも、花輪がぜんぶ入ったのはよかった。ここなら壁に立てかけられるし、花輪があると逆に『自分の部屋だ!』って感じる)

わたしは、大きな窓の前に設置されたティーテーブルに腰掛け、テーブルクロスにこぼさないよう細心の注意をはらってお茶を飲んでいる。

テーブルの上には「腐るから食っちまえ」とアバリシアさんに引っ張り出された、例の誕生日ケーキやお菓子、サンドイッチの残りがどっさり。今日の夕飯は必要なさそうだ。

「うめェこれ!」「せめてフォーク使いなよ。猿だって木の棒くらい使えるよ」「なあ、お嬢さんも食ってみ!すげェうまい!」「ライラお嬢様、アバリシアが手づかみにしたやつじゃなくてコッチを食べてね」


こんこん


ノックの音で、わたしはまだ手を付けていないケーキから顔を上げた。

「お、誰か来たんじゃね」

「アバリシア出て」

「やだよ、めんどくせェ」

「……忘れてるかもしれないけど、今の君はメイドさんでしょ」

「わーったよ、すぐ追っ払ってやる」

「追っ払っちゃダメですよ!わ、わたし出ますね!」

扉を開けると、ふんわりと花の香りが流れ込んできた。

「こんばんは、おねえさま」

廊下の暗がりで、リリベルが微笑んでいた。「今すこしだけいいかしら?」
思わぬ来訪者に固まっていたわたしは、部屋のなかに彼女を招こうとあわてて身体をかたむける。

「も、もちろんいいよ。どうぞ入って」

リリベルは微笑んだまま、皮肉っぽく眉をひそめた。

「いやだ、もう女主人気取りなの?おねえさまって本当に単純ね。ここでけっこうよ、そんなに長居するつもりないから」

わたしが言葉を返す前に、「今日の舞踏技術のことなんだけど」とリリベルは切り出した。

「どうして授業にいらっしゃらなかったの?先生が心配されてたわ」

「あ、うん……ちょっと具合が悪くて」

真意を探るように「あらそう」と目を細めるリリベル。

「先生に伝言を頼まれたの。授業を勝手に休んだ代わりに『今夜の週末舞踏会には必ず出席するように』ですって。パートナーがいるダンススタイルに早く慣れてほしいのね、きっと。夏の社交シーズンまで時間もないから」

「え!?今夜なんて、そんな急には」

「なあに、また言い訳?おねえさまがズル休みしたのがいけないんでしょう?とにかく伝えた以上は絶対に出席してもらうから。あと3時間もあるんだから用意できるでしょ。ウェリタス侯爵家の名に恥じないようにお願いね」

言いたいことだけ言ってリリベルは踵を返す。一歩踏み出す前にクスリと笑った。

「ああ、ごめんなさい。3時間じゃ足りないかしら。だって、おねえさまには部屋付きの使用人がいな――」「ピーチクパーチクうるせェな」

リリベルは宙づりになっていた。

首根っこを掴んだアバリシアさんが、うさんくさそうにリリベルを眺める。一瞬あっけにとられていたリリベルは、自分の状況に気付くと猛然と暴れ始めた。

「な!なんなのあなた!離しなさい!わたくしを誰だと思ってるの!!」

「コイツ窓から外に放り出していいか」

「アバリシアさん!一回床に降ろしてください!わたしの妹なんです!」

「おねえさま!なんなのこの品のない女は!」

「リリベル、暴れたらあぶないよ!この人はわたしの侍女なの」

「侍女!!??」声が完全に裏返っている。「おねえさまに!!??」

ポイッと廊下に降ろされたリリベルは、顔を真っ赤にしながらアバリシアさんを睨む。「アァ?」と、アバリシアさんは泣く子がよけい泣きそうなガンをつける。リリベルは負けまいと睨み返していたがアバリシアさんに舌打ちされると、さりげなく目を逸らした。

「悪かったな、ヒンがなくてよォ。今度からは、ヒンがあるアンタを参考にさせてもらうぜ。夜中に人の部屋の前で、発情期のネコみてェに騒げばいいんだよなァ」

「はあ!?なんですって!?」

「……アバリシア、『目があう人みんなにケンカを売るな』ってボアさんに言われてるでしょ」

呆れた様子でホロウくんも顔を出した。

「な、え?その子もおねえさまの部屋付きなの?」

「リリベル・ウェリタス侯爵令嬢様だよね?こんばんは!ボクはライラお嬢様のためだけに派遣されてきた執事だよ!これからヨロシクね!」

リリベルは、陶器製のお人形みたいなキュルルンホロウくんに釘付けだ。

「な、なによ。ちゃんとした使用人も雇ってるのね。でも、おねえさまには必要ないんじゃない?会食とか観劇とか他の方と予定もないんだし。よかったら、わたくしが」

「えーやだあ」

ホロウくんはクスクス笑った。

「リリベル様の部屋付きはごめんだな。下心アリアリって感じでボクこわーい」

「な」

「男に自分の下着とか手洗いさせるタイプでしょ。やだよ、そんな女主人」

わたしはあわててアバリシアさんとホロウくんを背後に隠した。

「ごめんなさい、リリベル!あの、さっきのはちょっとした冗談で」

「じ、じ、冗談ですって!!?こ、こんな、使用人風情が、このわたくしに!!」

頭に血が昇りすぎて言葉が出てこないのか、リリベルはぱくぱくと口を動かすだけ。ダメ押しのようにホロウくんが悲鳴をあげた。

「だれかたすけてえー!襲われるうー!」

騒ぎを聞きつけて、他の部屋から何人か侍女が顔を出す。リリベルがそちらを睨むと、侍女たちは怯えたように引っ込んだ。普段の可憐さを知っている人なら相当驚いただろう。

「お、おねえさまッ!使用人のしつけくらいちゃんとしてちょうだい!伝言はしましたからね!約束を破ったらお母様に言いつけてやる!」

キッとまなじりを吊り上げたリリベルは、悔しさのにじむ声でそう吐き捨てると、足音も荒く帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

悪役令嬢に転生していたことに気が付きましたが、手遅れだったのでおとなしく追放に従ったのですが……?

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 公爵家令嬢であるフィオディーナは、自身の妹をいじめていた瞬間に前世の記憶を思い出す。状況が呑み込めず混乱する中、その光景を婚約者である王子に見られ、あっという間に婚約破棄を言い渡されてしまい、国土追放の島流しになった。  島流しにされた小舟から転落するものの、冒険者・アルベルトに助けられ、命からがら冒険者の島・ランスベルヒへとたどり着く。  ランスベルヒで自身の技術を生かし、術具の修理屋を開き、細々と生きていくことに。  しかしそんな日々の中、前世と今世の記憶が入り交じったり主軸が入れ替わったり、記憶があやふやなことが続く。アルベルトや、かつて帝国にいた頃に仲の良かった術士のウィルエールからアプローチを受けながらも、違和感のある記憶の謎に迫っていく。 【この小説は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

つまらない女と言われたため、婚約者をぶん殴りました〜婚約破棄して武闘家になろうと思います〜

Mee.
恋愛
 虐げられて育ったメリッサは、妹のラファエラが拒否した縁談を受けることになった。  相手は悪名高い「悪魔辺境伯」のフリードヘルム。フリードヘルムは屈強で美しい男だったが、無表情で冷たい男でもあった。メリッサは必死に彼と仲良くなろうと話しかけるが、彼に「つまらない女」と言われてしまう。  とうとう怒りを爆発させたメリッサは、フリードヘルムを殴り飛ばした。そして、婚約破棄を決意し、好き勝手に生きることにした。  フリードヘルムは、自由気ままに振る舞うメリッサが気になって仕方がない。次第に彼はメリッサに執着し、甘い言葉を吐くようになる。メリッサはそんな彼に惚れないよう、必死で耐えるのだった。

私との婚約を破棄して問題ばかり起こす妹と婚約するみたいなので、私は家から出ていきます

天宮有
恋愛
 私ルーシー・ルラックの妹ルーミスは、問題ばかり起こす妹だ。  ルラック伯爵家の評判を落とさないよう、私は常に妹の傍で被害を抑えようとしていた。  そんなことを知らない婚約者のランドンが、私に婚約破棄を言い渡してくる。  理由が妹ルーミスを新しい婚約者にするようなので、私は家から出ていきます。

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

あなたが落としたのはイケメンに「溺愛される人生」それとも「執着される人生」ですか?(正直に答えたら異世界で毎日キスする運命が待っていました)

にけみ柚寿
恋愛
私、唯花。足をすべらして、公園の池に落ちたら、なんと精霊があらわれた! 「あなたが落としたのはイケメンに『溺愛される人生』それとも『執着される人生』ですか?」 精霊の質問に「金の斧」的返答(どっちもちがうよと素直に申告)した私。 トリップ先の館では、不思議なうさぎからアイテムを授与される。 謎の集団にかこまれたところを、館の主ロエルに救われるものの、 ロエルから婚約者のフリを持ちかけられ――。 当然のようにキスされてしまったけど、私、これからどうなっちゃうの! 私がもらったアイテムが引き起こす作用をロエルは心配しているみたい。 それってロエルに何度もキスしてもらわなきゃならないって、こと? (※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています)

処理中です...