上 下
24 / 39

危険な庭師のアドバイス

しおりを挟む
すぐそばで、正午を告げる鐘が鳴った。

わたしは文字通り飛び上がり、一瞬だけローグさんから目を離した。

ズボッ!!

(……なに?今の音)

ローグさんを再び見ると、頭に『肥料』と書かれた大きな茶色い布袋をかぶっていた。わたしは目をこすり、もう一度彼を見る。ローグさんは頭に、植物用肥料の袋をかぶっている。いや、かぶせられているのか。どっちにしても意味がわからない。なにが起こった。この数秒でなにが起こった。

混乱するわたしの背後で、大きな日陰が動いた。

「…………おまたせしました。ご指定時間となりましたので、お品物をお届けにあがりました」

「ひゃああああ!!??」

(ムキムキデリバリイイイイ!!び、び、びっくりしたあああ!!!)

まさかの再登場に、わたしは心のなかで謎の喝采を送る。

外で見てもやはり巨大なムキムキデリバリーさんは、樫の木のような太い腕に様々な物を抱えている。蔓草模様の鉄製ガーデンテーブル、椅子、日よけ、木々にぶら下げる豆ランプ、そのほかにも人がひとりでは運べないような量のガーデンパーティーグッズたち。

「ご、ご注文の、サンドイッチ一式と、お飲み物と……ええと、あとなんだったかな」

言いながら地面に座り込んでいるのは、大きな包みを背負った例のセクシーポストマン。遠くから走ってきたように息を切らしているが、そもそも足音を聞いた覚えもない。ここは庭園のすみっこなのに一体どこから来たんだろう。

「あーすんませーん、手がすべりました」

そして、ローグさんに肥料袋をかぶせてしまった(らしい)人の正体は、なんのことはない庭師さんだった。……庭師さん、なんだよね?

イガグリのようにツンツン跳ねた頭、前髪で半分隠れた顔色は悪くて、クマの浮かぶ目は胡乱うろんげ。春の陽射しや若草色のガーデニングエプロンがまったくもって似合わず、かわいいスコップより割れた酒瓶を右手に持たせたくなる若い男の人――火気厳禁にも関わらず、彼は堂々と煙草をくわえている。

わたしが見つめているのに気付いたのか、庭師さんはぺこりと頭を下げた。

「どーも、疑う余地もない庭師ッス。好きな花はパラディゾとニライカナ」

ヤケクソ気味の自己紹介よりも気になるのは、好きな花が第一級の有毒植物だということ。有毒植物ばかり愛するガーデナーはちょっぴり危険ではないだろうか。ヤバいお花たちがワサワサとあふれる庭を想像し、背筋が寒くなった。

(ムキムキデリバリーさんたちといい……最近の聖フォーリッシュ王国って職業選択がとっても自由なのかな。求人が余ってるのか、足りてないのかわからない……)

なお、この間ローグさんは無言だ。めちゃくちゃこわい。袋をかぶったまま、せまい箱に入れられた猫ちゃんみたいにシンとしている。

「そろそろ落ち着いたと思うんで外してみる」と、庭師さんが肥料袋をさっと取り、すぐさま離れる。噛み付かれると思っているんだろうか。その動きもおかしいし、そもそも「落ち着いたから外す」ってなに?聞きたいことだらけだけど、ひとまずローグさんだ。

肥料袋から解放されたローグさんは、目をぱちくりと瞬かせた。

「だ、だいじょうぶですか……?」

おそるおそる呼びかけると、こっちを見てパッと顔が輝いた。よかった、元気そうだ。

「問題ない!だが、たった今から別の問題が発生する!」

「?」

首をかしげるわたしのうしろで、ぎくりと身体をこわばらせる3人の男。

「……我々は言われた通りの時間に、言われた通りのものをお持ちしただけです」

ムキムキデリバリーさんが無表情で言うと、その背中に隠れたふたりがウンウン頷く。

「そうそう、他意はないからね!」「肥料袋は事故ッスよマジで」

ローグさんは笑顔のままひとりひとりの顔を見つめ、温度の低い声で「ふーん」と言うだけ。きな臭い雰囲気のなか、だんだん学舎がざわつきはじめた。お昼を食べに学生たちが動き出したみたいだ。

「昼か、お前たち命拾いしたな」

「ま、また魔王みたいなこと言ってる……あの、郵便屋さんすみません!生ものをこんなところまで運んでくださってありがとうございます!あと庭師さん、勝手に入ってごめんなさい!す、すぐ出ますんで!」

庭師さんが一瞬きょとんとし、「いや別にそんなんいいけどさ」とこころもち身体を寄せてきた。

「アイツ、なんかややこしくなりそうだったら首のうしろをガッ!て掴んだら静かになるから」

「はい?」

配達員ズも続ける。

「目を覆い隠すのも効果的だと思う。一時的におとなしくなる」

「霧吹きをシュッてするとか、物を遠くに投げて注意を逸らすのも悪くないよね」

(な、なにそのアドバイス、ローグさんへの対処法!?知り合いなの!!??)

謎の助言は「なにか余計な話をしているな!もう帰って!早く帰って!」と、授業参観に来た両親が照れくさくてついぶっきらぼうになってしまう小3男子(長い)みたいなローグさんが割って入ったことで終了となった。ムキムキデリバリーさんは会釈をして、セクシーポストマンさんは手を振って、庭師さんは振り返りもせずに去っていく。その背中を見ながら、違和感を覚えた。

(あれ?部外者のお知らせがあったのに、もう外の人がはいれるんだ。前だったら伯爵位以上には護衛が付くくらい警戒して、外部の人は全面立入禁止だったのに)

学術院もゆるくなったなあと思いながら隣を見れば、またもローグさんはウメボシペンギンになっていた。ようやく元通りふたりだけになった庭園で、彼はしきりに首をひねっている。

「……いかん、全部忘れた。なんの話だったか」

(…………あ)

顔が熱くなるのを感じた。さっきの助言を思い出したが、どれもすぐには実行できない。ローグさんは何を言うつもりだったか思い出そうとしている。ダメダメ!思い出さないで!

わたしは美しく設置されたガーデンテーブルセットに、わざと大きな音をたてて座った。

「ロ、ローグさん!サンドイッチを食べましょう!!」

ローグさんの目がキラリと光る。もう一押し。

「それからアリ塚を見に行きましょう!!!」

結論から言うと、作戦は成功した。



キンピカマント、セクシーポストマン、ムキムキデリバリー……ジャンキーガーデナー ←new!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

悪役令嬢に転生していたことに気が付きましたが、手遅れだったのでおとなしく追放に従ったのですが……?

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 公爵家令嬢であるフィオディーナは、自身の妹をいじめていた瞬間に前世の記憶を思い出す。状況が呑み込めず混乱する中、その光景を婚約者である王子に見られ、あっという間に婚約破棄を言い渡されてしまい、国土追放の島流しになった。  島流しにされた小舟から転落するものの、冒険者・アルベルトに助けられ、命からがら冒険者の島・ランスベルヒへとたどり着く。  ランスベルヒで自身の技術を生かし、術具の修理屋を開き、細々と生きていくことに。  しかしそんな日々の中、前世と今世の記憶が入り交じったり主軸が入れ替わったり、記憶があやふやなことが続く。アルベルトや、かつて帝国にいた頃に仲の良かった術士のウィルエールからアプローチを受けながらも、違和感のある記憶の謎に迫っていく。 【この小説は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
 前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら

Rohdea
恋愛
婚期を逃し、没落寸前の貧乏男爵令嬢のアリスは、 ある日、父親から結婚相手を紹介される。 そのお相手は、この国の王女殿下の護衛騎士だったギルバート。 彼は最近、とある事情で王女の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継いでいた。 そんな彼が何故、借金の肩代わりをしてまで私と結婚を……? と思ったら、 どうやら、彼は“お飾りの妻”を求めていたらしい。 (なるほど……そういう事だったのね) 彼の事情を理解した(つもり)のアリスは、その結婚を受け入れる事にした。 そうして始まった二人の“白い結婚”生活……これは思っていたよりうまくいっている? と、思ったものの、 何故かギルバートの元、主人でもあり、 彼の想い人である(はずの)王女殿下が妙な動きをし始めて……

あなたが落としたのはイケメンに「溺愛される人生」それとも「執着される人生」ですか?(正直に答えたら異世界で毎日キスする運命が待っていました)

にけみ柚寿
恋愛
私、唯花。足をすべらして、公園の池に落ちたら、なんと精霊があらわれた! 「あなたが落としたのはイケメンに『溺愛される人生』それとも『執着される人生』ですか?」 精霊の質問に「金の斧」的返答(どっちもちがうよと素直に申告)した私。 トリップ先の館では、不思議なうさぎからアイテムを授与される。 謎の集団にかこまれたところを、館の主ロエルに救われるものの、 ロエルから婚約者のフリを持ちかけられ――。 当然のようにキスされてしまったけど、私、これからどうなっちゃうの! 私がもらったアイテムが引き起こす作用をロエルは心配しているみたい。 それってロエルに何度もキスしてもらわなきゃならないって、こと? (※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています)

処理中です...