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危険な庭師のアドバイス
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すぐそばで、正午を告げる鐘が鳴った。
わたしは文字通り飛び上がり、一瞬だけローグさんから目を離した。
ズボッ!!
(……なに?今の音)
ローグさんを再び見ると、頭に『肥料』と書かれた大きな茶色い布袋をかぶっていた。わたしは目をこすり、もう一度彼を見る。ローグさんは頭に、植物用肥料の袋をかぶっている。いや、かぶせられているのか。どっちにしても意味がわからない。なにが起こった。この数秒でなにが起こった。
混乱するわたしの背後で、大きな日陰が動いた。
「…………おまたせしました。ご指定時間となりましたので、お品物をお届けにあがりました」
「ひゃああああ!!??」
(ムキムキデリバリイイイイ!!び、び、びっくりしたあああ!!!)
まさかの再登場に、わたしは心のなかで謎の喝采を送る。
外で見てもやはり巨大なムキムキデリバリーさんは、樫の木のような太い腕に様々な物を抱えている。蔓草模様の鉄製ガーデンテーブル、椅子、日よけ、木々にぶら下げる豆ランプ、そのほかにも人がひとりでは運べないような量のガーデンパーティーグッズたち。
「ご、ご注文の、サンドイッチ一式と、お飲み物と……ええと、あとなんだったかな」
言いながら地面に座り込んでいるのは、大きな包みを背負った例のセクシーポストマン。遠くから走ってきたように息を切らしているが、そもそも足音を聞いた覚えもない。ここは庭園のすみっこなのに一体どこから来たんだろう。
「あーすんませーん、手がすべりました」
そして、ローグさんに肥料袋をかぶせてしまった(らしい)人の正体は、なんのことはない庭師さんだった。……庭師さん、なんだよね?
イガグリのようにツンツン跳ねた頭、前髪で半分隠れた顔色は悪くて、クマの浮かぶ目は胡乱げ。春の陽射しや若草色のガーデニングエプロンがまったくもって似合わず、かわいいスコップより割れた酒瓶を右手に持たせたくなる若い男の人――火気厳禁にも関わらず、彼は堂々と煙草をくわえている。
わたしが見つめているのに気付いたのか、庭師さんはぺこりと頭を下げた。
「どーも、疑う余地もない庭師ッス。好きな花はパラディゾとニライカナ」
ヤケクソ気味の自己紹介よりも気になるのは、好きな花が第一級の有毒植物だということ。有毒植物ばかり愛するガーデナーはちょっぴり危険ではないだろうか。ヤバいお花たちがワサワサとあふれる庭を想像し、背筋が寒くなった。
(ムキムキデリバリーさんたちといい……最近の聖フォーリッシュ王国って職業選択がとっても自由なのかな。求人が余ってるのか、足りてないのかわからない……)
なお、この間ローグさんは無言だ。めちゃくちゃこわい。袋をかぶったまま、せまい箱に入れられた猫ちゃんみたいにシンとしている。
「そろそろ落ち着いたと思うんで外してみる」と、庭師さんが肥料袋をさっと取り、すぐさま離れる。噛み付かれると思っているんだろうか。その動きもおかしいし、そもそも「落ち着いたから外す」ってなに?聞きたいことだらけだけど、ひとまずローグさんだ。
肥料袋から解放されたローグさんは、目をぱちくりと瞬かせた。
「だ、だいじょうぶですか……?」
おそるおそる呼びかけると、こっちを見てパッと顔が輝いた。よかった、元気そうだ。
「問題ない!だが、たった今から別の問題が発生する!」
「?」
首をかしげるわたしのうしろで、ぎくりと身体をこわばらせる3人の男。
「……我々は言われた通りの時間に、言われた通りのものをお持ちしただけです」
ムキムキデリバリーさんが無表情で言うと、その背中に隠れたふたりがウンウン頷く。
「そうそう、他意はないからね!」「肥料袋は事故ッスよマジで」
ローグさんは笑顔のままひとりひとりの顔を見つめ、温度の低い声で「ふーん」と言うだけ。きな臭い雰囲気のなか、だんだん学舎がざわつきはじめた。お昼を食べに学生たちが動き出したみたいだ。
「昼か、お前たち命拾いしたな」
「ま、また魔王みたいなこと言ってる……あの、郵便屋さんすみません!生ものをこんなところまで運んでくださってありがとうございます!あと庭師さん、勝手に入ってごめんなさい!す、すぐ出ますんで!」
庭師さんが一瞬きょとんとし、「いや別にそんなんいいけどさ」とこころもち身体を寄せてきた。
「アイツ、なんかややこしくなりそうだったら首のうしろをガッ!て掴んだら静かになるから」
「はい?」
配達員ズも続ける。
「目を覆い隠すのも効果的だと思う。一時的におとなしくなる」
「霧吹きをシュッてするとか、物を遠くに投げて注意を逸らすのも悪くないよね」
(な、なにそのアドバイス、ローグさんへの対処法!?知り合いなの!!??)
謎の助言は「なにか余計な話をしているな!もう帰って!早く帰って!」と、授業参観に来た両親が照れくさくてついぶっきらぼうになってしまう小3男子(長い)みたいなローグさんが割って入ったことで終了となった。ムキムキデリバリーさんは会釈をして、セクシーポストマンさんは手を振って、庭師さんは振り返りもせずに去っていく。その背中を見ながら、違和感を覚えた。
(あれ?部外者のお知らせがあったのに、もう外の人が入れるんだ。前だったら伯爵位以上には護衛が付くくらい警戒して、外部の人は全面立入禁止だったのに)
学術院もゆるくなったなあと思いながら隣を見れば、またもローグさんはウメボシペンギンになっていた。ようやく元通りふたりだけになった庭園で、彼はしきりに首をひねっている。
「……いかん、全部忘れた。なんの話だったか」
(…………あ)
顔が熱くなるのを感じた。さっきの助言を思い出したが、どれもすぐには実行できない。ローグさんは何を言うつもりだったか思い出そうとしている。ダメダメ!思い出さないで!
わたしは美しく設置されたガーデンテーブルセットに、わざと大きな音をたてて座った。
「ロ、ローグさん!サンドイッチを食べましょう!!」
ローグさんの目がキラリと光る。もう一押し。
「それからアリ塚を見に行きましょう!!!」
結論から言うと、作戦は成功した。
キンピカマント、セクシーポストマン、ムキムキデリバリー……ジャンキーガーデナー ←new!
わたしは文字通り飛び上がり、一瞬だけローグさんから目を離した。
ズボッ!!
(……なに?今の音)
ローグさんを再び見ると、頭に『肥料』と書かれた大きな茶色い布袋をかぶっていた。わたしは目をこすり、もう一度彼を見る。ローグさんは頭に、植物用肥料の袋をかぶっている。いや、かぶせられているのか。どっちにしても意味がわからない。なにが起こった。この数秒でなにが起こった。
混乱するわたしの背後で、大きな日陰が動いた。
「…………おまたせしました。ご指定時間となりましたので、お品物をお届けにあがりました」
「ひゃああああ!!??」
(ムキムキデリバリイイイイ!!び、び、びっくりしたあああ!!!)
まさかの再登場に、わたしは心のなかで謎の喝采を送る。
外で見てもやはり巨大なムキムキデリバリーさんは、樫の木のような太い腕に様々な物を抱えている。蔓草模様の鉄製ガーデンテーブル、椅子、日よけ、木々にぶら下げる豆ランプ、そのほかにも人がひとりでは運べないような量のガーデンパーティーグッズたち。
「ご、ご注文の、サンドイッチ一式と、お飲み物と……ええと、あとなんだったかな」
言いながら地面に座り込んでいるのは、大きな包みを背負った例のセクシーポストマン。遠くから走ってきたように息を切らしているが、そもそも足音を聞いた覚えもない。ここは庭園のすみっこなのに一体どこから来たんだろう。
「あーすんませーん、手がすべりました」
そして、ローグさんに肥料袋をかぶせてしまった(らしい)人の正体は、なんのことはない庭師さんだった。……庭師さん、なんだよね?
イガグリのようにツンツン跳ねた頭、前髪で半分隠れた顔色は悪くて、クマの浮かぶ目は胡乱げ。春の陽射しや若草色のガーデニングエプロンがまったくもって似合わず、かわいいスコップより割れた酒瓶を右手に持たせたくなる若い男の人――火気厳禁にも関わらず、彼は堂々と煙草をくわえている。
わたしが見つめているのに気付いたのか、庭師さんはぺこりと頭を下げた。
「どーも、疑う余地もない庭師ッス。好きな花はパラディゾとニライカナ」
ヤケクソ気味の自己紹介よりも気になるのは、好きな花が第一級の有毒植物だということ。有毒植物ばかり愛するガーデナーはちょっぴり危険ではないだろうか。ヤバいお花たちがワサワサとあふれる庭を想像し、背筋が寒くなった。
(ムキムキデリバリーさんたちといい……最近の聖フォーリッシュ王国って職業選択がとっても自由なのかな。求人が余ってるのか、足りてないのかわからない……)
なお、この間ローグさんは無言だ。めちゃくちゃこわい。袋をかぶったまま、せまい箱に入れられた猫ちゃんみたいにシンとしている。
「そろそろ落ち着いたと思うんで外してみる」と、庭師さんが肥料袋をさっと取り、すぐさま離れる。噛み付かれると思っているんだろうか。その動きもおかしいし、そもそも「落ち着いたから外す」ってなに?聞きたいことだらけだけど、ひとまずローグさんだ。
肥料袋から解放されたローグさんは、目をぱちくりと瞬かせた。
「だ、だいじょうぶですか……?」
おそるおそる呼びかけると、こっちを見てパッと顔が輝いた。よかった、元気そうだ。
「問題ない!だが、たった今から別の問題が発生する!」
「?」
首をかしげるわたしのうしろで、ぎくりと身体をこわばらせる3人の男。
「……我々は言われた通りの時間に、言われた通りのものをお持ちしただけです」
ムキムキデリバリーさんが無表情で言うと、その背中に隠れたふたりがウンウン頷く。
「そうそう、他意はないからね!」「肥料袋は事故ッスよマジで」
ローグさんは笑顔のままひとりひとりの顔を見つめ、温度の低い声で「ふーん」と言うだけ。きな臭い雰囲気のなか、だんだん学舎がざわつきはじめた。お昼を食べに学生たちが動き出したみたいだ。
「昼か、お前たち命拾いしたな」
「ま、また魔王みたいなこと言ってる……あの、郵便屋さんすみません!生ものをこんなところまで運んでくださってありがとうございます!あと庭師さん、勝手に入ってごめんなさい!す、すぐ出ますんで!」
庭師さんが一瞬きょとんとし、「いや別にそんなんいいけどさ」とこころもち身体を寄せてきた。
「アイツ、なんかややこしくなりそうだったら首のうしろをガッ!て掴んだら静かになるから」
「はい?」
配達員ズも続ける。
「目を覆い隠すのも効果的だと思う。一時的におとなしくなる」
「霧吹きをシュッてするとか、物を遠くに投げて注意を逸らすのも悪くないよね」
(な、なにそのアドバイス、ローグさんへの対処法!?知り合いなの!!??)
謎の助言は「なにか余計な話をしているな!もう帰って!早く帰って!」と、授業参観に来た両親が照れくさくてついぶっきらぼうになってしまう小3男子(長い)みたいなローグさんが割って入ったことで終了となった。ムキムキデリバリーさんは会釈をして、セクシーポストマンさんは手を振って、庭師さんは振り返りもせずに去っていく。その背中を見ながら、違和感を覚えた。
(あれ?部外者のお知らせがあったのに、もう外の人が入れるんだ。前だったら伯爵位以上には護衛が付くくらい警戒して、外部の人は全面立入禁止だったのに)
学術院もゆるくなったなあと思いながら隣を見れば、またもローグさんはウメボシペンギンになっていた。ようやく元通りふたりだけになった庭園で、彼はしきりに首をひねっている。
「……いかん、全部忘れた。なんの話だったか」
(…………あ)
顔が熱くなるのを感じた。さっきの助言を思い出したが、どれもすぐには実行できない。ローグさんは何を言うつもりだったか思い出そうとしている。ダメダメ!思い出さないで!
わたしは美しく設置されたガーデンテーブルセットに、わざと大きな音をたてて座った。
「ロ、ローグさん!サンドイッチを食べましょう!!」
ローグさんの目がキラリと光る。もう一押し。
「それからアリ塚を見に行きましょう!!!」
結論から言うと、作戦は成功した。
キンピカマント、セクシーポストマン、ムキムキデリバリー……ジャンキーガーデナー ←new!
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