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世界で一番好きな色
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「いってきまーすッ!!」
「ロ、ローガンさん!声大きいですよ!」
「い、いってらっしゃい、ライラ様」「お気をつけて!」「ご無事でしたら、また次の授業でお会いしましょうね……!」
見送ってくれる人たちのセリフが、なんだか不穏。気の毒そうな眼差しを一身に浴びながら、わたしは「こころよく送り出されてよかったな、ライラ!」とご機嫌なローガンさんを東の庭園へ引きずっていった。みんないい人でよかった。今度改めてお礼をしようと思う。
まだお昼には少しだけ早い時間。
廊下には人がおらず、無事誰にも見つかることなく庭園に潜り込むことができた。一番すみっこのベンチにローガンさんを待機させて「右よし!左よし!人影なし!」と声に出して確認する。公爵令嬢から注意をうけた当日にまたも一緒にいるところを見られたら、今度こそ吊し上げられてしまう。
「ずいぶん念入りだな!敵襲に備えているのか!」
木陰からあたりを見張るわたしの頭に顎をのせ、ローガンさんが楽しげに騒ぐ。この異常に近い距離感と、異常に高いテンションに慣れてきている自分が悲しい。わたしは脱力しそうなのをこらえて、ずりずりと彼の下から抜け出し、ようやく落ち着いて『ローガン・ルーザー』王子を見返した。
今日の彼は、王立学術院の制服姿だ。
白いシャツに、艶のある黒いベストとジャケット。男性はローブの代わりに、襟のついた釣鐘型マントを引っ掛けているのだが、細身のズボンと相まってシルエットが洒落ている。
当然(黙ってさえいれば)完全無欠の美青年と呼んで差し支えないローガンさんが着ると、恐ろしく似合っている。均整のとれた体型、広い肩幅にシャツが張った胸元、そこからベルトで絞った腰への高低差がものすごい。しかも卑怯なくらい足が長い。世の中の不公平を感じる。
(わたしが着るとぜったい野暮ったくなるのに……やっぱり着る人でカッコよくも可愛くもなるんだなあ)
しかし王族というのなら、この外見内面におけるキンピカっぷりは納得だ。
「ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございません、ルーザー国王子殿下」
「なんだ?なにが始まる?一騎打ち?」
「い、いえ、なにも始まらないですよ。今までわたしは敬称も付けずにお話させていただいてたので、改めてご挨拶してるんです」
ローガンさんはまたウメボシペンギンのように口をとがらせている。不満なようだ。
「きわめて他人行儀だ!私とライラとアリ塚の仲なのに!」
「……では、なんとお呼び致しましょう」
ローガンさんは「そうだな」と、いやに真面目くさった顔をした。
ちょっと眉毛を引き締めただけで、凛々しさメーターが跳ね上がる。わたしが再び世の中の不公平さを噛み締めている間、ローガンさんは無言で考え込んでいる。
たっぷり時間がたったころ、ようやく「では」と切り出した。
「『ローグ』と」
あんなに悩んでいたのに、普通のお名前だった。愛称だろうか。軽々しく呼ぶのが恐れ多い。
「ローグ殿下」
「殿下やだ」
「ローグ様」
「様やだ。もう一声」
「もう一声ッ!?バナナのたたき売りじゃないんですから!じゃあローグさん!これ以上はまけられないです!」
ローグさんは「仕方があるまい!譲歩しよう!」と深く頷いた。
「ところで、その名前に聞き覚えはないか?」
ルーザー自体は地理学や政治経済基礎学で取り上げられたことがあり、本で読んだこともある。ただ大陸の南側については、情勢が不安定でよく政権が変わることと、バベルニア帝国が間にあることで、関わりが少なく情報も入ってきにくい。また一夫多妻制の王家であれば、ものすごい数の王子様がいるから全員は網羅できない。せっかく遠方から来てくれたのに、知っていることの方が少なくて申し訳なくなった。
「あの、ごめんなさい。勉強不足で……」
正直に謝ると、ローグさんは「知らないならかまわない」と笑う。
「なんなら『キンピカさん』のままでもよかったんだが」
「うっ、忘れてください……」
「その談でいくと、君は『マッカッカさん』になるな」
「あはは……髪も眼もこんなですもんね。悪目立ちする色でお恥ずかしいです」
「そんなことはない。いい色だ」
しみじみと言われ、わたしは「ありがとうございます」と愛想笑いを浮かべた。
「本当だぞ。世界で、一番いい色だと思う」
わたしは、金色のほうがいい色だと思うけれど。
「赤がお好きなんですね」
「赤が好きなんじゃない。君の髪の色と、瞳の色が好きなんだ」
「は……」
わたしは明日死ぬのかもしれない。
一瞬意識が飛びかけた。
気のせいでなく、とても褒めてもらっている。ような気がする。
血圧が上がってきて、わたしは「ははあ、それはそれは」と悪徳商人のような間抜けな返事しかできない。リリベルだったら可愛く茶目っ気たっぷりに返せるだろうに。
「というか、君が発色元であれば、髪の色や瞳の色は何色でも好きだ」
発色元。
わたしは明日じゃなくて、今日死ぬのかもしれない。
ローグさんは、なにかに気付いたように押し黙った。自分の発言をよく噛んで、飲み込むような顔で。
わたしはといえば『もし今死ぬとしたら死因は何になるのか』とか『話題を変えなければ』とか『サンドイッチはどこにあるんだろう』とかめまぐるしく考えているのに、なにひとつ言動にうつせず、突っ立ったままボーッとしていた。
ローグさんも立ったままだ。庭はぽかぽかと暖かくて、眠くなるような陽気で、太陽は頭のてっぺんで光り輝いている。それをうけて、より一層眩しく彼の金髪が煌めく。
(きれい。やっぱり金色のほうが、世界で一番――)
「なるほどな!わかったぞ!」
ローグさんが、いつかのようにわたしの肩をガシッと掴んだ。
「つまり!私は君のことが――」
「ロ、ローガンさん!声大きいですよ!」
「い、いってらっしゃい、ライラ様」「お気をつけて!」「ご無事でしたら、また次の授業でお会いしましょうね……!」
見送ってくれる人たちのセリフが、なんだか不穏。気の毒そうな眼差しを一身に浴びながら、わたしは「こころよく送り出されてよかったな、ライラ!」とご機嫌なローガンさんを東の庭園へ引きずっていった。みんないい人でよかった。今度改めてお礼をしようと思う。
まだお昼には少しだけ早い時間。
廊下には人がおらず、無事誰にも見つかることなく庭園に潜り込むことができた。一番すみっこのベンチにローガンさんを待機させて「右よし!左よし!人影なし!」と声に出して確認する。公爵令嬢から注意をうけた当日にまたも一緒にいるところを見られたら、今度こそ吊し上げられてしまう。
「ずいぶん念入りだな!敵襲に備えているのか!」
木陰からあたりを見張るわたしの頭に顎をのせ、ローガンさんが楽しげに騒ぐ。この異常に近い距離感と、異常に高いテンションに慣れてきている自分が悲しい。わたしは脱力しそうなのをこらえて、ずりずりと彼の下から抜け出し、ようやく落ち着いて『ローガン・ルーザー』王子を見返した。
今日の彼は、王立学術院の制服姿だ。
白いシャツに、艶のある黒いベストとジャケット。男性はローブの代わりに、襟のついた釣鐘型マントを引っ掛けているのだが、細身のズボンと相まってシルエットが洒落ている。
当然(黙ってさえいれば)完全無欠の美青年と呼んで差し支えないローガンさんが着ると、恐ろしく似合っている。均整のとれた体型、広い肩幅にシャツが張った胸元、そこからベルトで絞った腰への高低差がものすごい。しかも卑怯なくらい足が長い。世の中の不公平を感じる。
(わたしが着るとぜったい野暮ったくなるのに……やっぱり着る人でカッコよくも可愛くもなるんだなあ)
しかし王族というのなら、この外見内面におけるキンピカっぷりは納得だ。
「ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございません、ルーザー国王子殿下」
「なんだ?なにが始まる?一騎打ち?」
「い、いえ、なにも始まらないですよ。今までわたしは敬称も付けずにお話させていただいてたので、改めてご挨拶してるんです」
ローガンさんはまたウメボシペンギンのように口をとがらせている。不満なようだ。
「きわめて他人行儀だ!私とライラとアリ塚の仲なのに!」
「……では、なんとお呼び致しましょう」
ローガンさんは「そうだな」と、いやに真面目くさった顔をした。
ちょっと眉毛を引き締めただけで、凛々しさメーターが跳ね上がる。わたしが再び世の中の不公平さを噛み締めている間、ローガンさんは無言で考え込んでいる。
たっぷり時間がたったころ、ようやく「では」と切り出した。
「『ローグ』と」
あんなに悩んでいたのに、普通のお名前だった。愛称だろうか。軽々しく呼ぶのが恐れ多い。
「ローグ殿下」
「殿下やだ」
「ローグ様」
「様やだ。もう一声」
「もう一声ッ!?バナナのたたき売りじゃないんですから!じゃあローグさん!これ以上はまけられないです!」
ローグさんは「仕方があるまい!譲歩しよう!」と深く頷いた。
「ところで、その名前に聞き覚えはないか?」
ルーザー自体は地理学や政治経済基礎学で取り上げられたことがあり、本で読んだこともある。ただ大陸の南側については、情勢が不安定でよく政権が変わることと、バベルニア帝国が間にあることで、関わりが少なく情報も入ってきにくい。また一夫多妻制の王家であれば、ものすごい数の王子様がいるから全員は網羅できない。せっかく遠方から来てくれたのに、知っていることの方が少なくて申し訳なくなった。
「あの、ごめんなさい。勉強不足で……」
正直に謝ると、ローグさんは「知らないならかまわない」と笑う。
「なんなら『キンピカさん』のままでもよかったんだが」
「うっ、忘れてください……」
「その談でいくと、君は『マッカッカさん』になるな」
「あはは……髪も眼もこんなですもんね。悪目立ちする色でお恥ずかしいです」
「そんなことはない。いい色だ」
しみじみと言われ、わたしは「ありがとうございます」と愛想笑いを浮かべた。
「本当だぞ。世界で、一番いい色だと思う」
わたしは、金色のほうがいい色だと思うけれど。
「赤がお好きなんですね」
「赤が好きなんじゃない。君の髪の色と、瞳の色が好きなんだ」
「は……」
わたしは明日死ぬのかもしれない。
一瞬意識が飛びかけた。
気のせいでなく、とても褒めてもらっている。ような気がする。
血圧が上がってきて、わたしは「ははあ、それはそれは」と悪徳商人のような間抜けな返事しかできない。リリベルだったら可愛く茶目っ気たっぷりに返せるだろうに。
「というか、君が発色元であれば、髪の色や瞳の色は何色でも好きだ」
発色元。
わたしは明日じゃなくて、今日死ぬのかもしれない。
ローグさんは、なにかに気付いたように押し黙った。自分の発言をよく噛んで、飲み込むような顔で。
わたしはといえば『もし今死ぬとしたら死因は何になるのか』とか『話題を変えなければ』とか『サンドイッチはどこにあるんだろう』とかめまぐるしく考えているのに、なにひとつ言動にうつせず、突っ立ったままボーッとしていた。
ローグさんも立ったままだ。庭はぽかぽかと暖かくて、眠くなるような陽気で、太陽は頭のてっぺんで光り輝いている。それをうけて、より一層眩しく彼の金髪が煌めく。
(きれい。やっぱり金色のほうが、世界で一番――)
「なるほどな!わかったぞ!」
ローグさんが、いつかのようにわたしの肩をガシッと掴んだ。
「つまり!私は君のことが――」
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