上 下
18 / 39

ノイマン・インテリゲントの憂鬱

しおりを挟む
なんなんだろう、この人……。

銀縁眼鏡を食堂のナプキンでぬぐいながら、ノイマン・インテリゲントはさっきから頭痛がして仕方がなかった。

結論から言うと、『ローガン・ルーザー』は、完全に変人である。

うちのクラージュ殿下もかなりワガママな人間だと思うが、それを凌ぐかもしれない。はっきり言って話がほとんど通じない。

「それで、この『季節のオムレツ』とやらは一体なにが入ってるんだ?」

彼がさっきから熱心に見て、職員に確認しているのは、ここ――学術院大食堂のメニュー表だ。

国一番の蔵書を誇る学術院の図書館にも、魔法魔術の研究棟にも、何十とある見事な庭園にも、荘厳な王立学術院の建築様式にも、聖フォーリッシュ王国の歴史にも、彼は一切興味を示さない。

なんのために留学しに来たのか、と思わず聞きそうになったが相手は外国人。しかも小国とはいえ王族である。下手なことは言えない。ルーザーという国は、遠く離れた南の地にあると聞き及ぶが、聖フォーリッシュ王国と表立った交易はなく、逆に争いもない国だ。つまりどうでもいい弱小国だが、これがなにかの縁になることもあろうと、ノイマンは一生懸命コミュニケーションをとろうとしているのである。

「ええと、それでローガン王子殿下。ルーザーの教育機関はどのような形で運営されているのですか?我が国では裕福な者はこの学術院に通うなり、家庭教師を雇うなりできますが、国民教育は教区にまかせきりなので」

「ルーザー……?」

「…………あなたの国ですよね?」

「ああ!そうそう!私の国ね!」などとローガン王子は明後日の方向を見ている。

自分の国なのに一瞬知らない単語聞いた、みたいな顔したぞこの人。ものすごくうさんくさいけれど、入学書類は不備がなく、ルーザー国からの各種証明書も完璧だった。

「教育ねえ……教育したって馬鹿もいるからな。文字が読めても物を盗む。算術ができても人を騙す。話せるくせに人の話は聞かず、欲望のまま他者を思いやらない。ああいう『頭がいい馬鹿』はどうすればいいものやら。羽虫のように潰しても潰しても沸くから」

言いながら、ローガン王子は給仕されたオムレツにざっくりとナイフを入れる。

「まず原因を消す必要がある」

白い歯を見せた彼は「教育はそのあとでいい」と続けた。

ノイマンは、なんとなくうすら寒いものを感じた。
よく分からないが過激な考え方だ。やはり聖フォーリッシュ王国のように穏やかで品性を尊ぶ感性とは相容れないところがある。住む場所が違えば、人間はこうも違うのか。

頼んだオムレツを食べもせずいじくり回し、また別の料理を注文しているローガンを横目に、ノイマンはうんざりと息をつく。

こんな野生動物のような生き方をしているからライラ嬢に手を出そうとしたのだろう、と改めて納得できた。

あの実技授業の話は、心底呆れた。留学先である国の王太子婚約者にいきなり抱き着くなんて、知らなかったとは言え軽率すぎる。ライラ嬢もあのとおりぼんやりした人間だから、急なことに対応できず魔法を暴走させたという。聖フォーリッシュのとんだ恥さらしだ。

やはりリリベルとは宝石と石ころほど差がある、とノイマンはつくづく思う。

リリベルもまれに失敗することはあるが、なにもないところで転んだり、うっかり紅茶をこぼしたりと可愛いものだ。総会の補佐はしっかりこなしてくれるし、彼女がいるだけで場が華やぐ。

本当に、何故王太子妃がリリベルではダメなのか。

聞けば、姉の苦手な分野を彼女がなにからなにまで手助けしているらしい。毎週末には王都の侯爵邸に戻るリリベルだが、王太子妃教育に役立ちそうな特別講師をつけ、勉強を進めているときく。王太子妃になる姉を支えるためだという。あんな姉のために。

リリベルは優しすぎる。

いつだったか彼女に貸した本にメモが挟まっていた。それは有名な学術誌に掲載された、ライラ嬢の論文の書き損じ。最初は知らないふりをしていたリリベルだったが、ついに「本当は自分が書いた論文を姉の名義にした」と白状した。そんなことだろうと思った。あの姉が論理的に物事を組み立てられるはずがない。いいのは成績だけで、基本的な頭は悪いのだ。

不愉快だったので、ライラ嬢への表彰は取り止めにし、総会誌にも掲載せず完全に無視をした。全く話題にのぼらず、殿下に「あれくらい誰でもできる。リリベルならもっといい物を出す」と言われ、涙ぐんでいた顔で溜飲が下がった。

リリベルになら仕えてもいい。
でも、あの姉に将来頭を下げるなんてごめんだ。

「まったく……」

「どうかしたか?」

しまった、と顔を上げれば、たくさんの料理に囲まれてご満悦のローガンがいる。思わず苦い顔になった。

この馬鹿の相手もごめんだ。
ジェネラルが戻ってきたら、『水辺』には行かず、さっさと解散しよう。
こいつにリリベルを――総会メンバーを紹介する必要は感じない。

「いえ、同行の者が戻ってこないもので、どうしたのかと……あ、いかがでしたか?王立学術院の食堂は元王宮務めの料理人が腕をふるっているんです。なかなかでしょう?」

ローガンは「へー王宮務めか」と気のない返事をして、一言だけ感想をくれた。

「ぜんぶ、いまいち」

ノイマンの額に、新しい青筋が浮かんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

辺境にいる婚約者が浮気をしているという噂を聞きました。それならば確かめに行くまでです!

四折 柊
恋愛
 公爵令嬢ディアンヌの婚約者はジラール辺境伯子息ケヴィンだ。もうすぐ結婚するはずだったが隣国の挙兵で結婚を延期にすることになってしまった。戦争も終わり近々彼が王都に来るはずだったのに来ない。連絡も途絶えた挙句に、彼が子爵令嬢と恋仲になっているという浮気疑惑が耳に入る。信じている、信じているけど……会いに行って確かめることにした。そして辺境伯邸で目にしたのはケヴィンが自分とは真逆の可憐な子爵令嬢を抱き上げている所だった。「ケヴィンの馬鹿ーー!!」ショックを受けたディアンヌはその場から逃げ出した。気が強そうで本当は弱い女の子のお話。全3話。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい

香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」 王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。 リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。 『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』 そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。 真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。 ——私はこの二人を利用する。 ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。 ——それこそが真実の愛の証明になるから。 これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。 ※6/15 20:37に一部改稿しました。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

処理中です...