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『水辺』の談話室2
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クレデリアは、ふつふつと怒りがこみあげてきた。
何故この子がこんなに苦労しなくてはいけないのだろう。本来であれば次期聖女として、王太子妃に選ばれてもおかしくない素晴らしい子が。ウェリタス侯爵家は何故さっさとあの姉をなんとかしないのだろう。
「昨日のこと、ウェリタス侯爵家にはもう知らせが届いたのかしら。なにかご存じ?」
「いえ……お義父様もお母様も、ライラおねえさまには口出ししませんから。お洋服だってマナーだっておねえさまは自由です。もし同じことをわたくしがやったら、すぐ叱られてしまいますわ」
涙をぬぐい健気に微笑むリリベルを見て、クレデリアは胸が痛くなった。理不尽な目にあっているのに彼女は姉のことを心から思いやっているのだ。
「おかわいそうな、おねえさま。光の精霊がおねえさまに加護を与えてくれればよかったのに。そうすればおねえさまも……わたくしに対して嫌な気持ちにならなかったはずなのに。どうしてわたくしなんかに」
「リリベル、私には分かるわ。あなたが光の精霊に選ばれたわけが」
羽根扇子をテーブルに置き、両手でリリベルの手を握る。
「リリベル、あなたは特別な人だわ。外見が美しいだけじゃない。心も美しい。だから精霊に選ばれたのよ。みんな気が付いているわ。私も他の方々もね。殿下もそう。あなたに惹かれてらっしゃるのよ。あなたのその美しくて清らかな心に」
「殿下が……わたくしに……?」
みるみるリリベルの顔が赤くなる。
「そ、そんな……ありえませんわ。殿下にはおねえさまが」
「ライラ嬢と一緒にいらっしゃるところなんて見たことないわ。殿下が好んであなたとばかりいらっしゃる。殿下はあのとおり奔放な方だけど人を見る目はあるのよ。聖女である王妃様の血が流れているんですもの。あるいは、その血があなたたちを引き寄せるのかもしれないわね。もしも……もしも、今後あなたと殿下が……」
そこで言葉を切ったクレデリアは、逡巡したのち柔らかく微笑んだ。
「……とにかくなにがあっても、私はあなたの味方よ。ヴェルデ公爵家はリリベル・ウェリタスを支えるわ」
リリベルの瞳が潤み、次いで満面の笑みが花咲く。
「……わたくし幸せですわ。こんなにお優しくて、頼もしい味方がいるなんて」
「あらあら、今頃気が付いたの?私はずっと味方のつもりだったわよ?」
クレデリアがおどけたように言うので、リリベルは笑ってしまう。
「笑顔が見れてよかったわ。さて、私はそろそろ古巣にもどらなくてはね」
「古巣だなんて」と笑い、クレデリアにならって一緒に立ち上がったリリベルは、ふとテーブルに目を止めた。
「あ、扇子をお忘れですわ。おねえさ」
両手で口元を隠すリリベル。恥ずかしそうな表情が可愛らしくて、クレデリアはふきだしてしまった。
「も、申し訳ございません、クレデリア様!わたくしったらなんてことを!」
「あら、いいのよ。クレデリアおねえさまと呼んでくださっても。リリベルなら大歓迎だわ」
「……クレデリア様が、本当のおねえさまだったら……とっても素敵でしょうね」
リリベルは悲しげに目を伏せた。この清らかな少女を守らなくてはと、クレデリアは強く思う。
「ライラ嬢のことは気にしなくていいわ。高等部からでは大したことができないけど、お兄様も今回のことは知っているし、『一部の生徒に対して処罰が手緩い』ということを総会でも取り上げるつもりよ」
学術院長は王族の血縁者。未来の王太子妃へ対応が甘くなるのは仕方がない。しかし本人が平気な顔で登校しているのはゆるせなかった。
「いいこと、リリベル。あなたはなにも気に病まずにね」
リリベルは深く頷き、クレデリアを切なそうな表情で見送る。
やがて、静かになった『水辺』の談話室にはリリベルだけが残った。
「……やれやれ」
もとの椅子に座った彼女は、途中まで整えた議事録に再び目を落とした。
「いつもいつも暑苦しい女」
ひとりごとは、紙の束に吸い込まれて消える。
「恋愛物語の見過ぎね。でもお仕事が早くて助かるわ。まあわたくしほどじゃないけど」
クスクスと忍び笑いがもれた。
クレデリア様に釘を刺されたなら、ライラおねえさまはしばらく立ち直れないことだろう。いい気味だ。
「これからも仲良くしなくちゃ。クレデリアおねえさまとはね」
キャビネットに資料をおさめ、代わりに別の引き出しから色硝子と純銀で飾られた手鏡を取り出す。クラージュ殿下に贈られたものだ。「姉に見つかると申し訳ないから」と談話室に置かせてもらっているリリベルの私物である。
「さて、そろそろお客様がお見えだわ」
髪をさっと整え、襟元のリボンをゆるめておく。背の高い相手なら、白い胸元がわずかに見えるように。最後に薔薇の香水を吹きかけ、鼻先で笑った。
「『ローガン・ルーザー』王子様。おねえさまとどういう関係なのか、しっかり聞き出さなくてはね」
何故この子がこんなに苦労しなくてはいけないのだろう。本来であれば次期聖女として、王太子妃に選ばれてもおかしくない素晴らしい子が。ウェリタス侯爵家は何故さっさとあの姉をなんとかしないのだろう。
「昨日のこと、ウェリタス侯爵家にはもう知らせが届いたのかしら。なにかご存じ?」
「いえ……お義父様もお母様も、ライラおねえさまには口出ししませんから。お洋服だってマナーだっておねえさまは自由です。もし同じことをわたくしがやったら、すぐ叱られてしまいますわ」
涙をぬぐい健気に微笑むリリベルを見て、クレデリアは胸が痛くなった。理不尽な目にあっているのに彼女は姉のことを心から思いやっているのだ。
「おかわいそうな、おねえさま。光の精霊がおねえさまに加護を与えてくれればよかったのに。そうすればおねえさまも……わたくしに対して嫌な気持ちにならなかったはずなのに。どうしてわたくしなんかに」
「リリベル、私には分かるわ。あなたが光の精霊に選ばれたわけが」
羽根扇子をテーブルに置き、両手でリリベルの手を握る。
「リリベル、あなたは特別な人だわ。外見が美しいだけじゃない。心も美しい。だから精霊に選ばれたのよ。みんな気が付いているわ。私も他の方々もね。殿下もそう。あなたに惹かれてらっしゃるのよ。あなたのその美しくて清らかな心に」
「殿下が……わたくしに……?」
みるみるリリベルの顔が赤くなる。
「そ、そんな……ありえませんわ。殿下にはおねえさまが」
「ライラ嬢と一緒にいらっしゃるところなんて見たことないわ。殿下が好んであなたとばかりいらっしゃる。殿下はあのとおり奔放な方だけど人を見る目はあるのよ。聖女である王妃様の血が流れているんですもの。あるいは、その血があなたたちを引き寄せるのかもしれないわね。もしも……もしも、今後あなたと殿下が……」
そこで言葉を切ったクレデリアは、逡巡したのち柔らかく微笑んだ。
「……とにかくなにがあっても、私はあなたの味方よ。ヴェルデ公爵家はリリベル・ウェリタスを支えるわ」
リリベルの瞳が潤み、次いで満面の笑みが花咲く。
「……わたくし幸せですわ。こんなにお優しくて、頼もしい味方がいるなんて」
「あらあら、今頃気が付いたの?私はずっと味方のつもりだったわよ?」
クレデリアがおどけたように言うので、リリベルは笑ってしまう。
「笑顔が見れてよかったわ。さて、私はそろそろ古巣にもどらなくてはね」
「古巣だなんて」と笑い、クレデリアにならって一緒に立ち上がったリリベルは、ふとテーブルに目を止めた。
「あ、扇子をお忘れですわ。おねえさ」
両手で口元を隠すリリベル。恥ずかしそうな表情が可愛らしくて、クレデリアはふきだしてしまった。
「も、申し訳ございません、クレデリア様!わたくしったらなんてことを!」
「あら、いいのよ。クレデリアおねえさまと呼んでくださっても。リリベルなら大歓迎だわ」
「……クレデリア様が、本当のおねえさまだったら……とっても素敵でしょうね」
リリベルは悲しげに目を伏せた。この清らかな少女を守らなくてはと、クレデリアは強く思う。
「ライラ嬢のことは気にしなくていいわ。高等部からでは大したことができないけど、お兄様も今回のことは知っているし、『一部の生徒に対して処罰が手緩い』ということを総会でも取り上げるつもりよ」
学術院長は王族の血縁者。未来の王太子妃へ対応が甘くなるのは仕方がない。しかし本人が平気な顔で登校しているのはゆるせなかった。
「いいこと、リリベル。あなたはなにも気に病まずにね」
リリベルは深く頷き、クレデリアを切なそうな表情で見送る。
やがて、静かになった『水辺』の談話室にはリリベルだけが残った。
「……やれやれ」
もとの椅子に座った彼女は、途中まで整えた議事録に再び目を落とした。
「いつもいつも暑苦しい女」
ひとりごとは、紙の束に吸い込まれて消える。
「恋愛物語の見過ぎね。でもお仕事が早くて助かるわ。まあわたくしほどじゃないけど」
クスクスと忍び笑いがもれた。
クレデリア様に釘を刺されたなら、ライラおねえさまはしばらく立ち直れないことだろう。いい気味だ。
「これからも仲良くしなくちゃ。クレデリアおねえさまとはね」
キャビネットに資料をおさめ、代わりに別の引き出しから色硝子と純銀で飾られた手鏡を取り出す。クラージュ殿下に贈られたものだ。「姉に見つかると申し訳ないから」と談話室に置かせてもらっているリリベルの私物である。
「さて、そろそろお客様がお見えだわ」
髪をさっと整え、襟元のリボンをゆるめておく。背の高い相手なら、白い胸元がわずかに見えるように。最後に薔薇の香水を吹きかけ、鼻先で笑った。
「『ローガン・ルーザー』王子様。おねえさまとどういう関係なのか、しっかり聞き出さなくてはね」
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