16 / 39
『水辺』の談話室
しおりを挟む
クレデリア・ヴェルデ公爵令嬢は、優雅に迷いなく廊下を進んでいく。
目指す先は、中等部の総会構成員が集まる、『水辺』の絵画がかけられた談話室だ。
開いたままの戸口から、足を踏み入れる。
「クレデリア様!」
早速クレデリアを見つけてくれたのは、中等部総会の補佐を務めるリリベル・ウェリタスであった。彼女は顔をほころばせ、嬉しくてたまらないような表情で駆け寄ってきた。
「まあ!今日も朝露をたっぷりあびた白百合のようにお美しいですわ。あんなに離れていてもすぐにクレデリア様のお姿が飛び込んでまいりました。昨日に続いてお会いできてうれしいです」
「うれしすぎて、つい走ってしまいました」とはにかむリリベル。クレデリアは鷹揚に微笑み、可愛らしい後輩をまっすぐ見つめた。「ごきげんよう、リリベル」
「今日はどうなさったんですか?ご用があるなら、わたくしが参りましたのに」
「ええ、実はね」と言いかけ、クレデリアは談話室を見渡した。
「あら、めずらしい。今日はあなただけ?」
「はい、クラージュ殿下はまだ学院に来ていらっしゃらないですが、ノイマン様とジェネラル様は新しく入学される方をご案内するとおっしゃってました」
秀才の側近ノイマン・インテリゲントと、クレデリアの兄ジェネラル・ヴェルデ。
ジェネラルはクレデリアよりひとつ上の19歳だが、わざわざ入学時期をずらし、17歳のクラージュ殿下と同じ中等部3回生に所属している。高等部にいるクレデリアは兄の方が下級生になるので、なんだか変な気分だ。
「そういえばお兄様がそんな話をしていたわ……ねえリリベル、入学者というのは例の」
リリベルは気まずそうに視線を下す。
「あ、そうです。昨日おねえさまと、その」
「なるほどね、今日はそれについてお話したかったの」
リリベルはこてんと首をかしげる。
「昨日あなたからご相談されたでしょう。ライラ・ウェリタスの素行について。私もね、一度はあなたの言うように見過ごそうと思っていたのだけど我慢できなかったの」
「え……」
「ごめんなさいね、リリベル。ライラ嬢には私からお話させていただきましたわ」
息をのむリリベルの肩をクレデリアは優しく撫で、近くのソファに腰掛けさせた。
「……謝るのはわたくしの方ですわ、クレデリア様。わたくしがもっとおねえさまを気にしてあげていればあんなことには」
「なにを言うの!あなたは悪くないでしょう!」
菫色の瞳に、じんわりと涙が浮かぶ。
「だって……わたくしが先に魔法を見せたせいで、おねえさまはすごくやりづらかったと思うんです。クレデリア様にだけお話しますと、わたくしは先生に褒められていい気になってたんです。『お手本になる』って言っていただけて舞い上がって……いつもはおねえさまのお手伝いばかりだけど『自分にもできることがある』ってうれしくなってしまったんです。立場も弁えずに」
クレデリアは、リリベルに寄り添うように隣へ座った。「そんな……」
「立場だなんて、そんなの……あなたはとても素晴らしい子よ。ライラ嬢なんかよりずっと。何度も言うけど、あなたがあんな方の犠牲になることないの。本来なら総会の仕事だって、殿下のお相手だって、あの方が自分からしなくてはいけないことなのだから」
「いいえ、わたくしにはこれくらいしかできませんもの。だからこそ、もっとわたくしが頑張らないと……おねえさまにはできない分、わたくしがウェリタス家の娘としてしっかりしないと……」
リリベルの頬を一筋、涙が滑り落ちた。
目指す先は、中等部の総会構成員が集まる、『水辺』の絵画がかけられた談話室だ。
開いたままの戸口から、足を踏み入れる。
「クレデリア様!」
早速クレデリアを見つけてくれたのは、中等部総会の補佐を務めるリリベル・ウェリタスであった。彼女は顔をほころばせ、嬉しくてたまらないような表情で駆け寄ってきた。
「まあ!今日も朝露をたっぷりあびた白百合のようにお美しいですわ。あんなに離れていてもすぐにクレデリア様のお姿が飛び込んでまいりました。昨日に続いてお会いできてうれしいです」
「うれしすぎて、つい走ってしまいました」とはにかむリリベル。クレデリアは鷹揚に微笑み、可愛らしい後輩をまっすぐ見つめた。「ごきげんよう、リリベル」
「今日はどうなさったんですか?ご用があるなら、わたくしが参りましたのに」
「ええ、実はね」と言いかけ、クレデリアは談話室を見渡した。
「あら、めずらしい。今日はあなただけ?」
「はい、クラージュ殿下はまだ学院に来ていらっしゃらないですが、ノイマン様とジェネラル様は新しく入学される方をご案内するとおっしゃってました」
秀才の側近ノイマン・インテリゲントと、クレデリアの兄ジェネラル・ヴェルデ。
ジェネラルはクレデリアよりひとつ上の19歳だが、わざわざ入学時期をずらし、17歳のクラージュ殿下と同じ中等部3回生に所属している。高等部にいるクレデリアは兄の方が下級生になるので、なんだか変な気分だ。
「そういえばお兄様がそんな話をしていたわ……ねえリリベル、入学者というのは例の」
リリベルは気まずそうに視線を下す。
「あ、そうです。昨日おねえさまと、その」
「なるほどね、今日はそれについてお話したかったの」
リリベルはこてんと首をかしげる。
「昨日あなたからご相談されたでしょう。ライラ・ウェリタスの素行について。私もね、一度はあなたの言うように見過ごそうと思っていたのだけど我慢できなかったの」
「え……」
「ごめんなさいね、リリベル。ライラ嬢には私からお話させていただきましたわ」
息をのむリリベルの肩をクレデリアは優しく撫で、近くのソファに腰掛けさせた。
「……謝るのはわたくしの方ですわ、クレデリア様。わたくしがもっとおねえさまを気にしてあげていればあんなことには」
「なにを言うの!あなたは悪くないでしょう!」
菫色の瞳に、じんわりと涙が浮かぶ。
「だって……わたくしが先に魔法を見せたせいで、おねえさまはすごくやりづらかったと思うんです。クレデリア様にだけお話しますと、わたくしは先生に褒められていい気になってたんです。『お手本になる』って言っていただけて舞い上がって……いつもはおねえさまのお手伝いばかりだけど『自分にもできることがある』ってうれしくなってしまったんです。立場も弁えずに」
クレデリアは、リリベルに寄り添うように隣へ座った。「そんな……」
「立場だなんて、そんなの……あなたはとても素晴らしい子よ。ライラ嬢なんかよりずっと。何度も言うけど、あなたがあんな方の犠牲になることないの。本来なら総会の仕事だって、殿下のお相手だって、あの方が自分からしなくてはいけないことなのだから」
「いいえ、わたくしにはこれくらいしかできませんもの。だからこそ、もっとわたくしが頑張らないと……おねえさまにはできない分、わたくしがウェリタス家の娘としてしっかりしないと……」
リリベルの頬を一筋、涙が滑り落ちた。
10
お気に入りに追加
2,559
あなたにおすすめの小説
わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。
拝啓、王太子殿下さま 聞き入れなかったのは貴方です
LinK.
恋愛
「クリスティーナ、君との婚約は無かった事にしようと思うんだ」と、婚約者である第一王子ウィルフレッドに婚約白紙を言い渡されたクリスティーナ。
用意された書類には国王とウィルフレッドの署名が既に成されていて、これは覆せないものだった。
クリスティーナは書類に自分の名前を書き、ウィルフレッドに一つの願いを叶えてもらう。
違うと言ったのに、聞き入れなかったのは貴方でしょう?私はそれを利用させて貰っただけ。
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?
りこりー
恋愛
公爵令嬢であるオリヴィア・ブリ―ゲルには幼い頃からずっと慕っていた婚約者がいた。
彼の名はジークヴァルト・ハイノ・ヴィルフェルト。
この国の第一王子であり、王太子。
二人は幼い頃から仲が良かった。
しかしオリヴィアは体調を崩してしまう。
過保護な両親に説得され、オリヴィアは暫くの間領地で休養を取ることになった。
ジークと会えなくなり寂しい思いをしてしまうが我慢した。
二か月後、オリヴィアは王都にあるタウンハウスに戻って来る。
学園に復帰すると、大好きだったジークの傍には男爵令嬢の姿があって……。
***** *****
短編の練習作品です。
上手く纏められるか不安ですが、読んで下さりありがとうございます!
エールありがとうございます。励みになります!
hot入り、ありがとうございます!
***** *****
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる