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正義の公爵令嬢クレデリア・ヴェルデ
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ヒソヒソヒソヒソ
こそこそこそこそ
(……はあ)
なんだか注目度がすごい。
教材を胸に抱き、足早に視線を振り切る。
(なんだろう。なんだかいつもと違う感じ。昨日の実技のせいで馬鹿にされてるのかと思ったけど悪口って雰囲気じゃないし、今日は誰にも足を引っ掛けられてない……プレゼントのうわさ話かなあ)
昨夜届いた大量の贈り物は、封を開けないまま空いた部屋にしまわせてもらった。送り主には完全に心当たりがあるけれど、このまま受け取るわけにはいかない。
(だってドレスや宝飾品まであるんだもの!そんな高級品もらえるわけない!あー……あの花輪はどうしよう。入るだけ自分の部屋に並べたけど、あれは返すのが申し訳ないなあ。せっかくわたしの名前を書いてくれてるし)
おかげさまで今のわたしの部屋は開店したてのパチンコホール(行ったことはないけど成人向けの遊技場)みたいになっている。寝ても覚めても非常に落ち着かない。
(とにかくキンピカさんを見つけ次第、贈り主かどうか確認して、プレゼントを返そう!食べ物もあるから急がなくちゃ!)
なのに、今日はちっとも彼の姿を見つけられない。入学希望とは言っていたが、いつから来るのか、学年もクラスも名前も分からないから探しようがない。教員に尋ねるには、実技の失敗が尾を引きすぎている。また問題を起こそうとしていると、勘違いされたら大変だ。
(お昼には東の庭園へ行ってみよう!会えるかもしれないもんね!)
俯いたままだった視界に、突然深い緑色の靴が入り込んだ。
「あ、ごめんなさい……!」
ぶつかる前にあわてて脇に避けたが、通り過ぎ様に「お待ちなさい」。
振り向けば、キリリとした美女が利発そうな眼差しで見つめていた。
「ライラ・ウェリタス侯爵令嬢、すこしだけお時間いただけないかしら?」
クレデリア・ヴェルデ公爵令嬢だ。とても優秀で溌剌としていて、高等部の1回生でありながら高等部総会副長を務めているという女傑である。ほとんど話もしたことがないけれど、以前弁論会で完璧なデベルト語のスピーチを聞いてから密かなファンだ。
「あ、こ、これは失礼致しました!ごきげんよう、クレデリア様!一体なにが」
どもりながら膝を折って挨拶すると、遮るようにクレデリア様が大きくため息をついた。
「あなたって……本当にマナーがなってないのね。ああ、でもリリベル嬢はそんなことないから、あなたの社交術がとっても拙いだけね。相手のことや季節のお話もせずに、いきなり本題に入るだなんて。商人じゃあるまいし」
あわてて口を押さえて「申し訳ございません」とかすれ声を絞り出す。でも、気の利いた前置きの話を思い出す前にクレデリア様が口火を切った。
「まあよくってよ。それで、昨日の騒動についてなにか釈明はないのかしら」
「釈明、ですか……?」
「白々しいこと。あんな品のない火魔法で授業を妨害して、申し訳ないとも思わないのね」
血の気が引いた。
あの事故は、わたしやリリベルの所属する17歳までの中等部だけでなく、敷地の離れた高等部にまで広まっているようだ。
「高等部総会でも、もちろん事態は把握しているけれど、あんなにも大きな被害を出したのだから説明にくらいいらっしゃるべきではなくて?前後関係から察するに、大方リリベル嬢が注目されていたのが気に入らなくて、苦し紛れにあんな真似したんでしょう?あなたの考えそうなことなんて分かってるのよ」
クレデリア様は周囲にもよく聞こえるように、朗々と言い放つ。
「それに婚約者がある身で、どこの馬の骨とも知らない男と身を寄せ合って魔法を暴走させたなんて、婚約者を持つ女としても、聖フォーリッシュ王国の侯爵令嬢としても、我が学術院の生徒としても最低な行いだと思わなくて?まさかその男と結託して、今回の騒ぎを起こしたのではないでしょうね?」
思わず声がこぼれた。「ご、誤解です!彼はただ」
「彼!?彼ですって!?」と声を裏返らせたクレデリア様は、自身の手のひらに羽根扇子をバチンと打ち付ける。白い頬が怒りで赤く染まっていた。
「恥を知りなさいッ!あなたがしたことは軽率で身勝手で愚かだわッ!折に触れてあなたを案じていたリリベル嬢の身になりなさい!あなたに心を砕く価値なんてないと何度言っても聞き入れてくださらないのだから……」
扇子を、こちらにまっすぐ向けられる。
「あなたは王太子妃になるのよ!たとえその器でなくともね!ふらふらと浮かれている場合ではないの!もっと国を背負い、あらゆる人間の見本になる自覚をお持ちなさい!」
クレデリア様は「みなさまも思い違いのないように!」と周囲にも言い捨て、学友を伴い去っていく。
遠巻きに事態を見ていた学生たちは、言葉少なにその場から散っていった。誰もが少しだけ背を丸め、正論に打ちのめされているようだ。
まっすぐ伸びた背が完全に見えなくなると、わたしはその場にへたりこんでしまった。
(消えてなくなりたい)
クレデリア様に言われて、はじめて気が付いた。
(本当だわ。わたし)
(わたしは)
(わたしは、なにを浮かれてたんだろう)
だってうれしかったんだもの。
あんな目で見てもらえて、話しかけてもらえて、とってもうれしかったんだもの。
ただ、それだけ。
でも、それはダメなことなのだ。
「…………ごめんなさい」
こそこそこそこそ
(……はあ)
なんだか注目度がすごい。
教材を胸に抱き、足早に視線を振り切る。
(なんだろう。なんだかいつもと違う感じ。昨日の実技のせいで馬鹿にされてるのかと思ったけど悪口って雰囲気じゃないし、今日は誰にも足を引っ掛けられてない……プレゼントのうわさ話かなあ)
昨夜届いた大量の贈り物は、封を開けないまま空いた部屋にしまわせてもらった。送り主には完全に心当たりがあるけれど、このまま受け取るわけにはいかない。
(だってドレスや宝飾品まであるんだもの!そんな高級品もらえるわけない!あー……あの花輪はどうしよう。入るだけ自分の部屋に並べたけど、あれは返すのが申し訳ないなあ。せっかくわたしの名前を書いてくれてるし)
おかげさまで今のわたしの部屋は開店したてのパチンコホール(行ったことはないけど成人向けの遊技場)みたいになっている。寝ても覚めても非常に落ち着かない。
(とにかくキンピカさんを見つけ次第、贈り主かどうか確認して、プレゼントを返そう!食べ物もあるから急がなくちゃ!)
なのに、今日はちっとも彼の姿を見つけられない。入学希望とは言っていたが、いつから来るのか、学年もクラスも名前も分からないから探しようがない。教員に尋ねるには、実技の失敗が尾を引きすぎている。また問題を起こそうとしていると、勘違いされたら大変だ。
(お昼には東の庭園へ行ってみよう!会えるかもしれないもんね!)
俯いたままだった視界に、突然深い緑色の靴が入り込んだ。
「あ、ごめんなさい……!」
ぶつかる前にあわてて脇に避けたが、通り過ぎ様に「お待ちなさい」。
振り向けば、キリリとした美女が利発そうな眼差しで見つめていた。
「ライラ・ウェリタス侯爵令嬢、すこしだけお時間いただけないかしら?」
クレデリア・ヴェルデ公爵令嬢だ。とても優秀で溌剌としていて、高等部の1回生でありながら高等部総会副長を務めているという女傑である。ほとんど話もしたことがないけれど、以前弁論会で完璧なデベルト語のスピーチを聞いてから密かなファンだ。
「あ、こ、これは失礼致しました!ごきげんよう、クレデリア様!一体なにが」
どもりながら膝を折って挨拶すると、遮るようにクレデリア様が大きくため息をついた。
「あなたって……本当にマナーがなってないのね。ああ、でもリリベル嬢はそんなことないから、あなたの社交術がとっても拙いだけね。相手のことや季節のお話もせずに、いきなり本題に入るだなんて。商人じゃあるまいし」
あわてて口を押さえて「申し訳ございません」とかすれ声を絞り出す。でも、気の利いた前置きの話を思い出す前にクレデリア様が口火を切った。
「まあよくってよ。それで、昨日の騒動についてなにか釈明はないのかしら」
「釈明、ですか……?」
「白々しいこと。あんな品のない火魔法で授業を妨害して、申し訳ないとも思わないのね」
血の気が引いた。
あの事故は、わたしやリリベルの所属する17歳までの中等部だけでなく、敷地の離れた高等部にまで広まっているようだ。
「高等部総会でも、もちろん事態は把握しているけれど、あんなにも大きな被害を出したのだから説明にくらいいらっしゃるべきではなくて?前後関係から察するに、大方リリベル嬢が注目されていたのが気に入らなくて、苦し紛れにあんな真似したんでしょう?あなたの考えそうなことなんて分かってるのよ」
クレデリア様は周囲にもよく聞こえるように、朗々と言い放つ。
「それに婚約者がある身で、どこの馬の骨とも知らない男と身を寄せ合って魔法を暴走させたなんて、婚約者を持つ女としても、聖フォーリッシュ王国の侯爵令嬢としても、我が学術院の生徒としても最低な行いだと思わなくて?まさかその男と結託して、今回の騒ぎを起こしたのではないでしょうね?」
思わず声がこぼれた。「ご、誤解です!彼はただ」
「彼!?彼ですって!?」と声を裏返らせたクレデリア様は、自身の手のひらに羽根扇子をバチンと打ち付ける。白い頬が怒りで赤く染まっていた。
「恥を知りなさいッ!あなたがしたことは軽率で身勝手で愚かだわッ!折に触れてあなたを案じていたリリベル嬢の身になりなさい!あなたに心を砕く価値なんてないと何度言っても聞き入れてくださらないのだから……」
扇子を、こちらにまっすぐ向けられる。
「あなたは王太子妃になるのよ!たとえその器でなくともね!ふらふらと浮かれている場合ではないの!もっと国を背負い、あらゆる人間の見本になる自覚をお持ちなさい!」
クレデリア様は「みなさまも思い違いのないように!」と周囲にも言い捨て、学友を伴い去っていく。
遠巻きに事態を見ていた学生たちは、言葉少なにその場から散っていった。誰もが少しだけ背を丸め、正論に打ちのめされているようだ。
まっすぐ伸びた背が完全に見えなくなると、わたしはその場にへたりこんでしまった。
(消えてなくなりたい)
クレデリア様に言われて、はじめて気が付いた。
(本当だわ。わたし)
(わたしは)
(わたしは、なにを浮かれてたんだろう)
だってうれしかったんだもの。
あんな目で見てもらえて、話しかけてもらえて、とってもうれしかったんだもの。
ただ、それだけ。
でも、それはダメなことなのだ。
「…………ごめんなさい」
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