上 下
14 / 39

傲慢な独白とジャムサンドイッチ2

しおりを挟む
「ああ、王太子の側近ということは」

イーズは、王子の背後にある壁を眺めた。

美しい壁紙がズタズタに引き裂かれたそこには、様々なものがピンで貼り付けられている。巨大な大陸地図、聖フォーリッシュ王国の地形図、主要都市の写真、三大筆頭貴族の直近家系図のほか、どう考えても部外者が手に入れられないような資料もあった。

王子は、椅子に背を預けて家系図に目をやる。「この3名だろうな」

「ノイマン・インテリゲント公爵令息。先んじて学術院を最高等部まで進み、すでに上級学位を取得している。木の精霊の加護を体現したように、あらゆる知識を吸収して各方面に生かしているようだな。実に優秀だ。

同じく次期公爵位からフォールス・オブスティナ。ほう、聖騎士団所属か。将来有望で、学生の身分ながらちょっとした小隊くらいなら指揮を任されてるみたいだぞ。立派なものだ。風の精霊がいい相性なんだろう。

それからヴェルデ公の長子ジェネラル・ヴェルデ。国庫の管理、内政の大半を王家より預かって運営している、もっとも発言権のある一族だ。本人は敬虔な聖女の使徒、加護は秘密を守る土の精霊ね。素晴らしい。

それから、言わずと知れた王太子クラージュ・グラン・フォーリッシュ。彼は水の加護だから、この4人は実にバランスのいい組み合わせだな。お互いの欠点を補いあえる見本のような人間配置だ」

王子はゆったりと足を組み替え、笑い声をあげる。

「まあ、私は遠くて小さな国の王子だから、この大層なお歴々には相手にされないだろう。ひょっとしたら側近の側近の側近が案内してくれるかもな」

イーズは「それは」といったん言葉を選び、「楽しみですね」と結んだ。

「そうだ、リリベル・ウェリタスの能力が確認できたぞ。確かに光の精霊の加護を持っていた」

「ほう、噂通りでしたか。いかがなさいますか」

「いらん。必要ない」

「しかし、リリベル・ウェリタスは次期聖女と名高いそうですが」

ペンを弄ぶ指先が止まる。
傲慢な王子は、はっきりと断言した。

「『ライラ・ウェリタス』以外はいらない」

それから明日の天気でも話すように、気安く、柔らかく、どうでもよさそうに。「だから」

「別になくなっていいだろう、この国は」


ガラーン……ガラーン……


ふいに部屋に響いたのは大聖堂の鐘だった。物悲しい音色がゆっくり刻限を打つ。街は水底のように静かで、平穏な夜が人々を優しく包んでいた。

「むむッ!?」

王子が突然立ち上がった。勢いがよすぎて椅子が派手に吹っ飛ぶ。

「まずい!今何時だ!!??」

「23時になったばかりですが」

「イーズ!大至急サンドイッチを作ってくれないか!」

「は?」

「明日の昼飯だ!ライラはいつも持参しているようだから、私も用意して一緒に食べようと思っていたんだ!野良猫のように警戒心が強いから、豪華なサンドイッチを持って行って分けてやったら懐くんじゃないかと思うんだッ!!」

こぶしを握り力説する王子。イーズはたじたじと身を引いた。

「な、なるほど」

「えーと、えーと具はなにがいいか……カタツムリが好きだと言ってたが」

つい突っ込む。
「それ絶対ちがいますよ」

「絶対ちがうか……そうだ!アリにジャムのサンドイッチを与えてるみたいだったから、それにしよう!あとは適当に見繕ってくれ!」

「アリの件はちょっと意味不明ですけど、すぐにご用意します」

「女子力高いやつを頼む!」

「善処します」

深夜にとんでもない無茶ぶりをされたが、全く問題ない。ずっと以前、殺した敵対国の諜報員から耳を切り取り、数を数えて帳簿に書きつける命令を受けたが、それに比べれば可愛いものだ。

「さあ、それで?いかがでしたか?」

王子はきょとんとイーズを見つめる。

「さっきからなんなんだ?『いかが』『いかが』と。タコもビックリするぞ」

「なに言ってるのかちょっと分からないですけど、ライラ・ウェリタスですよ。具体的にはどのような少女なんですか?ちっとも教えてくださらない」

「どんなって」と首をひねる。

「赤くて、ビクビクしている!」

「死にかけの金魚みたいな言い方はやめてください」

「あと手が冷たい!」

王子は――自分で口にしたくせに、驚いたようにもう一度繰り返した。

「――彼女の手は、小さくて、とても冷たいんだ」

自分に言い聞かせるような調子だった。そのまま手のひらをじっと見下ろしている。イーズは、黙り込んだ王子に静かに同調した。

「そうなんですね」

その返事で、再び王子はいつもの調子を取り戻し、声高に話し始める。

「あ、そうだ!あったかいものを持っていったら喜ぶかもな!あと血がギュンギュン増えるやつ!血が足りてないから、あんなに冷たいんだろうからな!栄養剤や筋肉増強のアンプル剤も贈ればよかった!サンドイッチに混ぜるのはどう思う?」

「最悪ですね」

「そっか、じゃあやめとこう」

王子はなんだかんだとまだ喋り倒していたが、イーズは早々に部屋を辞した。

イーズの主人の状況は、とっても重症・・・・・・だと言って差し支えなかった。側に仕えるようになって十数年、常識外れで冷酷な傲慢きわまりないあの王子が『あったかいものを持っていったら喜ぶかも』ときた。本人はちっとも自身の異変に気付いていないようだが。

「気の毒に」

まだ見たこともないライラ・ウェリタスに心から同情した。

「めちゃくちゃ気に入られているようだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

最後に笑うのは

りのりん
恋愛
『だって、姉妹でしょ お姉様〰︎』 ずるい 私の方が可愛いでしょ 性格も良いし 高貴だし お姉様に負ける所なんて ありませんわ 『妹?私に妹なんていませんよ』

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...