上 下
10 / 39

火柱事件

しおりを挟む
気圧されたように黙り込んだマルス先生を放って、キンピカさんはわたしに笑いかけた。

「やれやれ!どうもマルマル先生の教え方じゃあ君には合わないみたいだな!もっとも教え方と呼べるほど意味のある時間ではなかっただろうが」

拒否する間もなく「よいしょー」と言いながら、キンピカさんはわたしの背後に回り込み、手に触れてきた。右手同士はわたしの肩で、左手は前に出したまま指を絡められる。ちょうどフォークダンスの一節でも再現したような恰好だ。

「ほげえ!?え?なんですか!?」

「正面だと火が出た時に、私が丸焦げになるかもしれないだろう!だから後ろから」

「そうじゃなくて、て、手を握る意味ってなんかあるんでしょうか?わ、わたし一応婚約者がいて、その」

「ああ、あの緑豆モヤシ?」

「緑豆モヤシ!!??」

「魔法が安定しないときに、同系統の外部補助を入れるのは一般的だろう。指先しか触れてないから問題ない。ほら、左手の手のひらを上にして」

(すごいちゃんとしたこと言ってるのに、緑豆モヤシのせいで頭に入ってこない!!)

もはや周りの様子を見る勇気は、わたしにはない。あとでどんな噂が飛び交うか想像もできないが、この体勢から逃れたい一心で精霊に呼びかける。

『火の精霊様』 

「ライラ」とキンピカさんが遮った。

「君は精霊が分からないんだろう。だったら呼びかける必要はない。君が望めば向こうが応えるはずだ」

そんなこと初めて言われた。わたしは目を見開いて、キンピカさんを仰ぎ見る。これ以上ないくらい楽しそうにきらめいている琥珀色の瞳とぶつかった。

「やってごらん。君ならできる」

顔が近い。頭に一気に血が昇る。
わたしはぎゅうっと目を閉じて、必死で呼吸を整えた。

「大丈夫か?なんか他のこと考えてない?」

「だ、だいじょう、いや、大丈夫ではないですけど!」

キンピカさんは、わたしより頭ひとつ分以上背が高い。ちょうどわたしの耳あたりに、彼の胸元がくる。
顔も近い。身体も近い。なにもかも近い。なんだかいい匂いがする。さっきから自分の鼓動がやかましい。
わたしの手は汗ばんでいるのに、彼の手は乾いている。大きくて硬くて節くれ立っていて、ところどころに水膨れができたような跡が感じられる。指先が、さらりと動いた。

「ほら、集中」

耳元で低く囁かれ、全身から汗が噴き出す。

(あわ、あわわわダメだ!!ダメだダメだ!目をつぶったら余計ダメ!のぼせそう!!)

「し、集中できないですッ!や、やっぱり燃え移ったらあぶないので離れてくださいッ!」

バチッ!と火花が弾けた。恥ずかしさで気絶しそうなわたしは気付かない。

「集中できないか!では、逆にリラックスしてみるといい!」

いきなり脇腹をくすぐられ、わたしは悲鳴をあげて飛び上がった。

「あぶないって言ってるでしょう!!怒りますよッ!!!」


ドッパーン


と、間抜けな音がして、気が付けば目の前が真っ赤になっていた。わたしを包むように、巨大な火柱が噴き上がっている。

「ひゃああああああああ!!??」

「おお!よく燃えてるな!そうだ、ライラは焼き芋好きか?」

「そんなこと言ってる場合ですかッ!!」

「ひえええ!ライラ・ウェリタス!!?生きているのか!?この炎をコントロールしなさいぃ!!」


マルス先生が火柱の外から叫んでいるが、残念ながらその業火はちっとも言うことを聞かず、実技の授業が終わるまで燃え続けたのであった。


----------


「さっきのすごかったな!!」「ライラ・ウェリタスだろ?」

ライラ・ウェリタスが、火を噴いた。その事件はあっというまに広まった。

なにせとんでもない火力だった。円形教室から離れても熱風が届き、眼球が一瞬で乾くほど。天に届く火柱は激しくうねり、狼の遠吠えにも似た轟音を上げて燃え続けた。教室棟ではどんな大事故が起きたのかと大騒ぎだったのだ。

「案外すごい加護を持ってるのかもしれないぜ」「魔力もな。あんなに燃えまくったのに、ライラ嬢はなんともなさそうだったからな」「ひょっとしたらリリベル嬢よりも珍しい加護かもしれない」「おい、めったなこと言うなよ。あの金髪のサポートがよかっただけさ」

男子学生の話題は、マルス先生を「ハゲ」呼ばわりした金髪男に移っていった。
賑やかな声のあとには、日の当たらない回廊の角に少女がひとり。

「ありえない。あのおねえさまが……ありえないわ……ッ!」

リリベルは憎々しげに、薔薇色の唇をかみしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

辺境にいる婚約者が浮気をしているという噂を聞きました。それならば確かめに行くまでです!

四折 柊
恋愛
 公爵令嬢ディアンヌの婚約者はジラール辺境伯子息ケヴィンだ。もうすぐ結婚するはずだったが隣国の挙兵で結婚を延期にすることになってしまった。戦争も終わり近々彼が王都に来るはずだったのに来ない。連絡も途絶えた挙句に、彼が子爵令嬢と恋仲になっているという浮気疑惑が耳に入る。信じている、信じているけど……会いに行って確かめることにした。そして辺境伯邸で目にしたのはケヴィンが自分とは真逆の可憐な子爵令嬢を抱き上げている所だった。「ケヴィンの馬鹿ーー!!」ショックを受けたディアンヌはその場から逃げ出した。気が強そうで本当は弱い女の子のお話。全3話。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい

香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」 王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。 リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。 『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』 そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。 真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。 ——私はこの二人を利用する。 ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。 ——それこそが真実の愛の証明になるから。 これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。 ※6/15 20:37に一部改稿しました。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

処理中です...