上 下
3 / 39

王太子殿下との婚約

しおりを挟む
クラージュ王太子殿下との婚約は、わたしが5歳のときに決まった。

聖フォーリッシュ王国では、5歳になると精霊の加護を受けることができる。寄付がたくさん必要になるため志願するのは貴族ばかりだ。

婚約が決まったのはちょうどその頃らしく、わたしはあんまり覚えていない。たぶん身分や年齢の合うわたしに、たまたま白羽の矢が立ったんだろう。だから「名ばかり」と思われるのも無理はない。

クラージュ殿下は、淡い金髪に緑色の瞳が神秘的な美しい王太子様。側近の方々も見惚れるような端正な顔立ちぞろいで、学術院みんなの――もちろん、わたしも――憧れだ。そんな聖フォーリッシュの宝石たちに、わたしが肩を並べられるかというと、残念ながら容姿も魔力も釣り合っていない。

(……加護もあんまりだしね)

加護が影響する魔法。魔力に左右される魔術。似て非なるもの。

『魔法』は精霊の力を借りるもので、加護と論術の心得があればだれでも使える。ただし精霊に愛されている者ほど強く広い範囲で『魔法』を行使できるため、同じ精霊からの加護でも人によって差ができる。

『魔術』は人間が生まれつき持つ魔力を、任意の術式に代入し行使する。

わたしの魔力はごく平均値。加護は火の妖精らしいが、加護の力が弱すぎて詳しく分からなかった。論述でなんとか手のひらに炎をともせる程度でしかなく、加護の強さが精霊からの寵愛に比例することを鑑みるに、好奇心旺盛で協力的な火の精霊でさえわたしのことはあんまり好きじゃないということだ。

学問なら一生懸命勉強しているから少しは自信がある。でも、そんなの王太子妃になるなら、できて当たり前。天性の力はどうしようもない。

(リリベルの方が、わたしなんかより王太子妃にずっとずっと向いてる。美人で次期聖女で、みんなに好かれてて。わたしより先にリリベルの加護が分かってたら、絶対リリベルがクラージュ殿下の婚約者だったはずよ。わたしも……せめて、もっと勉強頑張らなくちゃ。将来、殿下やみんなの役に立てるように)

そうしたら、いつかリリベルに「おねえさまが誇らしい」と思ってもらえるかもしれない。お父様やお義母様にも「いらない子じゃなかった」と認めてもらえるかも。陛下や王妃様、もちろん殿下にも「ライラ・ウェリクスが王太子妃でよかった」と思ってもらいたいし、聖フォーリッシュ王国をもっといい国にしたいもの。

そうすれば、きっと亡くなったお母様も喜んでくれるだろう。

(よーし、午後の実技も頑張ろう)


----------


午前の座学を終え、今日もひとりでランチを食べる。

(どこで食べよう。東の庭に行ってみようかな。あそこならあんまり人も来ないし)

せっかくのお誕生日だから少し奮発したお昼ごはん。いつもはパンとチーズだけど、今日はパンに木苺のジャムをたっぷり挟んである。

学術院には専用の大食堂があり、いつでも利用できるよう開放されている。
朝ごはんや夜ごはんもここで作られていて、伯爵位以上の子息令嬢には寄宿舎まで特別に届けにきてくれるそうだ。でも、何故かわたしのところには配達が一度もきていない。だから、わたしは誰にも見つからない時間にこっそり自分で取りに行き、朝ごはんをちょこっとだけ残してお昼がわりにしている。

教室棟から一番遠い東の庭は、色とりどりの春の花があふれていた。鮮やかなピンククレマチス、たっぷりとした橙色のマリーゴールド、ラベンダーは妖精の鈴楽器みたい。

「わあ、いいお天気!ピクニックにぴったり」

うれしくなって、足取りが軽くなる。
小道を抜けて大好きなマロニエの木陰へ向かう。

途端に、楽しかった気分はしぼんだ。

フリルのような白い花が咲き誇る下、わたしの婚約者――クラージュ王太子殿下とリリベルが寄り添って座っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

最後に笑うのは

りのりん
恋愛
『だって、姉妹でしょ お姉様〰︎』 ずるい 私の方が可愛いでしょ 性格も良いし 高貴だし お姉様に負ける所なんて ありませんわ 『妹?私に妹なんていませんよ』

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...