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ライラ・ウェリタスはいらない子
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わたしは悪い子。いけない子。
わたしはダメな子。いらない子。
「リリベル・ウェリタス侯爵令嬢は素晴らしい方だ。まさしく大聖女の生まれ変わり」
「女神のようなリリベル様。どんな者にもお優しく、愛情深く接してくださる」
「リリベル嬢は妖精の姫君。薔薇色の髪、澄んだ菫色の瞳。見つめられたらどんな鏡も恥じらうよ」
大聖女、女神、妖精の姫。
そんな義妹リリベルは、愛らしい微笑みを浮かべて言う。
「ライラおねえさま、そのきれいな髪飾りはおねえさまにあんまり似合ってないみたい。わたくしがもらってあげるわ」
「で、でも、これはクラージュ殿下に頂いたものだから……」
「まあ、わたくしなんかにはもったいないってこと?どうしてそんなこと言うの?わたくしはただ親切でもらってあげようとしただけなのに」
目を潤ませるリリベルの背後から、ドロシアお義母さまが吐き捨てる。
「なんて意地の悪い子、たったひとりの妹に髪飾りも譲ってあげられないの?」
「そんな……だって、この間も別の髪飾りをあげたのに」
バシッと音がして、わたしはいつのまにか床に倒れていた。ぶたれた右の頬がじんじんと熱い。
「口答えするんじゃない!家においてやってるだけありがたいと思いなさい!」
お義母様の後ろで、リリベルがクスクス笑っている。
「みっともない赤毛のくせに髪飾りなんて不相応よ!まったく忌々しい……王太子殿下との婚約が決まってさえいなければ、お前なんてすぐ追い出せたのに」
(追い出すって、わたしを?ここはわたしのおうちなのに?)
驚いて目をみはると、もう一度ぶたれた。使用人たちは誰もこない。呆然としている間に髪飾りは取り上げられ、もう二度と戻ってこなかった。
おつとめから戻ってきたお父様は、この事件を聞いて「やれやれ」と笑った。
「リリベルはお前に甘えてるんだ。今まで姉妹がいなかったからな。可愛い妹が欲しがるなら姉として譲ってやりなさい。髪飾りくらい殿下はまたくださるよ」
それからお義母様のことだが、とお父様は続けた。
「ライラはお義母様のことが嫌いなのかい?」
何故そんな話になるんだろうと、わたしはお父様を見つめた。
「お母様が亡くなって、ひとりぼっちになったライラがさびしくないよう新しい家族を連れてきたのに、なぜお義母様を悪く言うんだい?もしも彼女が本当に『ライラを追い出す』なんて言ってしまったのなら、そういうことを言わせてしまったライラにも問題があると思うがどうだろう」
「え……?」
「例えば『前のお母様の方がよかった』とか『お母様に会いたい』なんて、今のお義母様が聞けば悲しくなるようなことを考えてないかい?そういう気持ちを察して、お義母様がちょっとしたいじわるを言ったのかもしれないよ?」
わたしはハッとしてうつむいた。そう思ったことが何度もあったからだ。
だれも子守唄を歌ってくれないベッドの中、ひとりぼっちで遊ぶお庭のブランコ、お母様の刺繍してくれたハンカチを見るたび、お母様に読んでもらった絵本を開くときにも。
(お母様に会いたい)
「心当たりがあるんだね。いけないな。しっかり反省してもうこんなことがないようにするんだよ。せっかくの新しい家族だ。うまくやっておくれ」
お父様の言葉に「わたしがいけなかったのか」と納得できた。
お義母様はもともと公爵家のお嬢様で、きれいで堂々としていて立派な方だ。そんな人がなんの理由もなくわたしにひどいことを言うわけがない。わたしがダメだったんだ。
髪飾りの件からほどなくお父様はあんまりお屋敷に戻ってこなくなり、お話をする機会も減っていった。
ひと月ぶりに家族全員がそろった夕食では、お父様の元気な姿にうれしくなって一言でもおしゃべりしたくて、わたしはお父様のお顔をずっと見つめていた。でも、まったくこちらを見てくれない。
リリベルが、お父様とお義母様の間からこちらを見た。
ふたりの目に入らないよう、口だけで言葉を紡ぐ。
『いらないこ』
どこか遠くで、三人の楽しそうな笑い声が聞こえる。
わたしはダメな子。いらない子。
「リリベル・ウェリタス侯爵令嬢は素晴らしい方だ。まさしく大聖女の生まれ変わり」
「女神のようなリリベル様。どんな者にもお優しく、愛情深く接してくださる」
「リリベル嬢は妖精の姫君。薔薇色の髪、澄んだ菫色の瞳。見つめられたらどんな鏡も恥じらうよ」
大聖女、女神、妖精の姫。
そんな義妹リリベルは、愛らしい微笑みを浮かべて言う。
「ライラおねえさま、そのきれいな髪飾りはおねえさまにあんまり似合ってないみたい。わたくしがもらってあげるわ」
「で、でも、これはクラージュ殿下に頂いたものだから……」
「まあ、わたくしなんかにはもったいないってこと?どうしてそんなこと言うの?わたくしはただ親切でもらってあげようとしただけなのに」
目を潤ませるリリベルの背後から、ドロシアお義母さまが吐き捨てる。
「なんて意地の悪い子、たったひとりの妹に髪飾りも譲ってあげられないの?」
「そんな……だって、この間も別の髪飾りをあげたのに」
バシッと音がして、わたしはいつのまにか床に倒れていた。ぶたれた右の頬がじんじんと熱い。
「口答えするんじゃない!家においてやってるだけありがたいと思いなさい!」
お義母様の後ろで、リリベルがクスクス笑っている。
「みっともない赤毛のくせに髪飾りなんて不相応よ!まったく忌々しい……王太子殿下との婚約が決まってさえいなければ、お前なんてすぐ追い出せたのに」
(追い出すって、わたしを?ここはわたしのおうちなのに?)
驚いて目をみはると、もう一度ぶたれた。使用人たちは誰もこない。呆然としている間に髪飾りは取り上げられ、もう二度と戻ってこなかった。
おつとめから戻ってきたお父様は、この事件を聞いて「やれやれ」と笑った。
「リリベルはお前に甘えてるんだ。今まで姉妹がいなかったからな。可愛い妹が欲しがるなら姉として譲ってやりなさい。髪飾りくらい殿下はまたくださるよ」
それからお義母様のことだが、とお父様は続けた。
「ライラはお義母様のことが嫌いなのかい?」
何故そんな話になるんだろうと、わたしはお父様を見つめた。
「お母様が亡くなって、ひとりぼっちになったライラがさびしくないよう新しい家族を連れてきたのに、なぜお義母様を悪く言うんだい?もしも彼女が本当に『ライラを追い出す』なんて言ってしまったのなら、そういうことを言わせてしまったライラにも問題があると思うがどうだろう」
「え……?」
「例えば『前のお母様の方がよかった』とか『お母様に会いたい』なんて、今のお義母様が聞けば悲しくなるようなことを考えてないかい?そういう気持ちを察して、お義母様がちょっとしたいじわるを言ったのかもしれないよ?」
わたしはハッとしてうつむいた。そう思ったことが何度もあったからだ。
だれも子守唄を歌ってくれないベッドの中、ひとりぼっちで遊ぶお庭のブランコ、お母様の刺繍してくれたハンカチを見るたび、お母様に読んでもらった絵本を開くときにも。
(お母様に会いたい)
「心当たりがあるんだね。いけないな。しっかり反省してもうこんなことがないようにするんだよ。せっかくの新しい家族だ。うまくやっておくれ」
お父様の言葉に「わたしがいけなかったのか」と納得できた。
お義母様はもともと公爵家のお嬢様で、きれいで堂々としていて立派な方だ。そんな人がなんの理由もなくわたしにひどいことを言うわけがない。わたしがダメだったんだ。
髪飾りの件からほどなくお父様はあんまりお屋敷に戻ってこなくなり、お話をする機会も減っていった。
ひと月ぶりに家族全員がそろった夕食では、お父様の元気な姿にうれしくなって一言でもおしゃべりしたくて、わたしはお父様のお顔をずっと見つめていた。でも、まったくこちらを見てくれない。
リリベルが、お父様とお義母様の間からこちらを見た。
ふたりの目に入らないよう、口だけで言葉を紡ぐ。
『いらないこ』
どこか遠くで、三人の楽しそうな笑い声が聞こえる。
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