上 下
46 / 55

ユースレス王子の懺悔

しおりを挟む
捕縛から数日後。

護送用の馬車に乗せられ、ユースレスは中央広場へ向かっていた。

檻の向こうに広がる王都は、すっかりかつての美しさが失われている。

煤で黒く汚れた家々、骨組みを残して燃え尽きた邸宅。店はどこも閉め切って出入り口に板を打ち付けてあり、道路にはガラス片が散乱していた。噴水の水は止まって、毎朝市場が開かれていた空き地もがらんとしている。

教会が見えてきた。
門の前に礼拝室の椅子が積まれ、引き裂かれたカーテンや壊された聖像などがある。教会の中の物をすべて引っ張り出して、ぐちゃぐちゃに積み上げたような有様だった。だが、中には人が大勢いるようだ。開け放たれた扉の向こうから、ひっきりなしにお祈りの声がしている。

祭主と聖団の関係者は、先月斬首された。

同じ断頭台で、ユースレスも今日死ぬ。

内務卿がいつかの祭主の役割を務め、ユースレスは杖をつきながらよろよろと処刑台に上がり、断頭台に首をのせた。隣国の指定か、目隠し布も被せられないし、お祈りの時間もくれないようだ。

どんな罵詈雑言が飛んでくるかと身構えていたのに、処刑台の前に集まった群衆はなにも言わない。

喉が嗄れるほど祈り、貴族を殺し、教会を壊し、町に火を放っても女神が戻ってこないことを思い知らされた彼らは、最後の希望のようにユースレスを見守っている。

ひょっとしたら、ユースレスを処刑したら、女神が帰ってくるかも。そう思って、祈るように手を組んでいる。

断頭台は、だった。

薄汚れていたが、虹色にカラーリングされている。ユースレスは小さく呟いた。

「はは、確かに……ちょっと楽しい気分になれるかも、な」



――ディア。



ユースレスは何度も助けを求めた名前を、心の中で呼んだ。もう彼女が戻ってこないことも、自分を救わないことも分かっている。

ディア。君は女神だった。

でも、もし君が普通の女の子だったら、処刑のときどれほど怖くて辛かったろう。

同じようにされないと、きっと私は分からなかった。

誰の気持ちも一生分からなかった。

こんなにも多くの人の気持ちを裏切ったことに気付けなかった。

あんな馬鹿なことしなければよかった。

せっかくこの国に、私のところに来てくれたのに。
マナーなんかどうでもいいから、きれいなドレスを着せて舞踏会に連れて行ってあげたらよかった。人間の世界の美味しい物を食べさせてあげたらよかった。朝から晩まで働いているのを止めさせればよかった。もっと話し合えばよかった。もっと尊重すればよかった。もっと味方になればよかった。好きだったのになあ。

そうすれば、私と、ディアと、イルミテラで笑い合う未来だって、あったかもしれないのに。

「…………ごめんよ」

ユースレスは、ようやく謝った。ディアだけでなく、自分が未来を壊してしまったすべての人間に。

「執行ッ!」

内務卿の声が響き、身体に衝撃が走って――

ユースレス王子は短い生涯を終えた。





あるところに、豊かな小国があった。

しかし、さる女神の怒りに触れ、疫病が蔓延し、飢餓と雪嵐に蹂躙され、魔獣に喰い尽くされ、他国に攻め込まれ、国はあっというまに滅んだという。

不幸な聖女は暴徒の手にかかり、勇敢な王子は断頭台の露と消えた。

残された民は、枯れ果てた土地を捨て他国に移住しようとしたものの、どこにも受け入れてもらえず、多くが飢えと寒さのなか死んでいった。

かつて国であった場所は、今は荒れ地が広がっている。

もはや誰も知らない国の名を、崩れた教会で微笑む女神像だけが知っている。










おしまい










-----------
おつかれさまでした!ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!
登録&ハート&ラッパのマーク、すべて美味しく頂いております!

こちらの最終話をもちまして、当初想定していた本編はおしまいです!が!
今からこの後味悪~いお話を、力技でハッピーエンドにします!!(`・ω・´)

5話くらいで終わると思うのですが、わたしの体感は全くあてにならないので適当ですみません!

ざまあフルコースの最後にご用意したデザート『救済』!
お口に合うかどうかは分かりませんが、もしご興味があればお楽しみくださいませ~!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能とされた双子の姉は、妹から逃げようと思う~追放はこれまでで一番素敵な贈り物

ゆうぎり
ファンタジー
私リディアーヌの不幸は双子の姉として生まれてしまった事だろう。 妹のマリアーヌは王太子の婚約者。 我が公爵家は妹を中心に回る。 何をするにも妹優先。 勿論淑女教育も勉強も魔術もだ。 そして、面倒事は全て私に回ってくる。 勉強も魔術も課題の提出は全て代わりに私が片付けた。 両親に訴えても、将来公爵家を継ぎ妹を支える立場だと聞き入れて貰えない。 気がつけば私は勉強に関してだけは、王太子妃教育も次期公爵家教育も修了していた。 そう勉強だけは…… 魔術の実技に関しては無能扱い。 この魔術に頼っている国では私は何をしても無能扱いだった。 だから突然罪を着せられ国を追放された時には喜んで従った。 さあ、どこに行こうか。 ※ゆるゆる設定です。 ※2021.9.9 HOTランキング入りしました。ありがとうございます。

理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします

水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。 わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。 お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。 ***** ざまぁ要素はないです

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜

和歌
ファンタジー
「アリシア・フィルハーリス、君の犯した罪はあまりに醜い。今日この場をもって私レオン・ウル・ゴルドとアリシア・フィルハーリスの婚約破棄を宣言する──」  王宮の夜会で王太子が声高に告げた直後に、凄まじい地響きと揺れが広間を襲った。 ※恋愛要素が薄すぎる気がするので、恋愛→ファンタジーにカテゴリを変更しました(11/27) ※感想コメントありがとうございます。ネタバレせずに返信するのが難しい為、返信しておりませんが、色々予想しながら読んでいただけるのを励みにしております。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...