70 / 82
第5章
14 カシム
しおりを挟む
父からカシム様との婚約の解消が、明日、貴族院から発表されると知らされた夜、王宮からお客様がやって来た。
「起き上がって大丈夫なのか」
「はい、大丈夫です。薬師の方にも少しずつ動くように言われているだけですから」
「、、、すまなかったな」
「カシム様、それはやめましょう。私は生きていますし、それに私も知りませんでしたもの」
「知らなかった?」
「ええ、人を恋しいと思う気持ちがどんなものか」
「今は知っているのか?」
「知っている。と言えるのか分かりませんが、今なら、父の提案を安易に了承したりしません」
「そういう事か。ラウルの娘が王宮に来ることになった。お前は知っていたのだな?」
「はい、少しだけ」
「どうする予定だったんだ」
「そうですね、カシム様が私を良く思っていないのは知られていましたし、王都に来なければ、別の相手をと世間も考えますから」
「全く、勝手に決めてくれる」
「カシム様もその程度の興味しか持って無かったでしょう?」
確かに自分の結婚に興味を持った事は無い。
いずれ適当な相手が決められると思っていたし、それは世継ぎを儲ける相手であって、対等に話をする人では無かった。
「何もしなくても、お前は后妃になるつもりは無かったのだな」
「はい、今回の事が大事になってしまったのは、あまりに予想していなかった事が重なったからです」
「さすがにお前の父親も、二十年以上前のことを未だに根に持たれているとは思って無かったようだしな」
「覚えていても、今を犠牲にするとは考えていなかったのでしょうね」
「これからどうするつもりだ」
「何がですか?」
「ここ数日、屋敷に来ていないと聞いているぞ」
「ええ、困った人なんです。しばらくそっとしておきます、私も自由に動く事が出来ませんし、彼にも時間が必要でしょうから」
「好きなのか」
「ええ」
「苦労するぞ」
「そうかも知れませんけれど、仕方ありませんわ、恋とはそう言うものなのでしょう?」
相変わらず真っ直ぐな瞳を向けて話す。
これがロクサーヌなら、恋と生活は別々だと言えるだろうが、そんな言葉など彼女に意味はない。
悔しいので、少しだけ意地悪をしておく、
「后妃は二人しか持たん。席を開けておくから、いつでも帰って来て良いからな」
「まぁ、カシム様。それは私のためでは無いでしょう? いけませんよ、言葉は正しく伝えなくてわ」
「気を付けるさ」
確かにロクサーヌの為でもあったが、リディアを諦めたく無いのも本当だった。
それにその空席の意味を、誰のためとあの男が考えるかは、私の知った事ではない。
「カシム様、何を考えていらっしゃるのですか?」
「お前が気にするような事ではない」
「余り困らせないで下さいね。それでなくても、一番面倒な人がすぐ近くにいるのですから」
こちらの考えている事にも気付いているのだろう、困った人達と言うように頭を左右に振っているが、特に咎める様子も見せない。
初めて会った園遊会で、素直になれていたら、違った結果になっていただろうか。
同じ場所で初めて会った相手が、彼女を手に入れようとしている。
まだ体調も戻っていないようなので、最後に聞いてみる。
「リディア、一つだけ聞いてもいいか」
「何でしょう」
「后妃になる事を、私と結婚することを一度でも考えた事があるか?」
「いいえ、カシム様。私は王宮での生活を望んだ事はありません」
「少しは気を使え」
「申し訳ありません。私の父は母を愛していますが、二人目の妻を持ちました。それが悪いと言っている訳ではありませんが、母や弟が傷ついたのも事実です。
最初から私の望みは単純で、私だけと言ってくれる人の妻になりたいというものでしたから」
「確かにその心配は無さそうだが、お前がいなくなれば別の相手と番うだろう?」
「私がいなくなった後、長い時間を一人でいて欲しいと思うほど傲慢ではありませんが、私が側にいる間は、私だけを見て欲しいです」
「確かに后妃には、向いていないな」
「私もそう思います」
「まぁ、私が即位するとは限らないがな」
「なぜですか?」
「婚約者一人、扱えなかったのだから仕方ないだろう」
「これからは間違えないでしょう? ですから大丈夫です」
「お前にとって、その方が良いのか?」
「そうですね、ハリム様の事は良く知りませんから、カシム様が即位して下さる方が嬉しいです」
「お前は、ウエストリア伯の娘だったな。これからガルスとの交渉が面倒になりそうだ」
「その方が面白いでしょう?」
「面白くなると思うか」
「はい、カシム様が即位される頃にはきっと」
確かにそれは楽しそうだ。
彼女はきっと変わらず笑っているに違いない。
初めて感じたこの気持ちを、決して口にする事は出来ないけれど、その地位にあれば困った時に手を貸す事も出来るだろう。
今はそれだけでいい。
『大丈夫』
その言葉を思い出すと、皇太子という煩わしさも、即位と言う責任も、何とかなる様な気がして来るのだから可笑しなものだ。
「起き上がって大丈夫なのか」
「はい、大丈夫です。薬師の方にも少しずつ動くように言われているだけですから」
「、、、すまなかったな」
「カシム様、それはやめましょう。私は生きていますし、それに私も知りませんでしたもの」
「知らなかった?」
「ええ、人を恋しいと思う気持ちがどんなものか」
「今は知っているのか?」
「知っている。と言えるのか分かりませんが、今なら、父の提案を安易に了承したりしません」
「そういう事か。ラウルの娘が王宮に来ることになった。お前は知っていたのだな?」
「はい、少しだけ」
「どうする予定だったんだ」
「そうですね、カシム様が私を良く思っていないのは知られていましたし、王都に来なければ、別の相手をと世間も考えますから」
「全く、勝手に決めてくれる」
「カシム様もその程度の興味しか持って無かったでしょう?」
確かに自分の結婚に興味を持った事は無い。
いずれ適当な相手が決められると思っていたし、それは世継ぎを儲ける相手であって、対等に話をする人では無かった。
「何もしなくても、お前は后妃になるつもりは無かったのだな」
「はい、今回の事が大事になってしまったのは、あまりに予想していなかった事が重なったからです」
「さすがにお前の父親も、二十年以上前のことを未だに根に持たれているとは思って無かったようだしな」
「覚えていても、今を犠牲にするとは考えていなかったのでしょうね」
「これからどうするつもりだ」
「何がですか?」
「ここ数日、屋敷に来ていないと聞いているぞ」
「ええ、困った人なんです。しばらくそっとしておきます、私も自由に動く事が出来ませんし、彼にも時間が必要でしょうから」
「好きなのか」
「ええ」
「苦労するぞ」
「そうかも知れませんけれど、仕方ありませんわ、恋とはそう言うものなのでしょう?」
相変わらず真っ直ぐな瞳を向けて話す。
これがロクサーヌなら、恋と生活は別々だと言えるだろうが、そんな言葉など彼女に意味はない。
悔しいので、少しだけ意地悪をしておく、
「后妃は二人しか持たん。席を開けておくから、いつでも帰って来て良いからな」
「まぁ、カシム様。それは私のためでは無いでしょう? いけませんよ、言葉は正しく伝えなくてわ」
「気を付けるさ」
確かにロクサーヌの為でもあったが、リディアを諦めたく無いのも本当だった。
それにその空席の意味を、誰のためとあの男が考えるかは、私の知った事ではない。
「カシム様、何を考えていらっしゃるのですか?」
「お前が気にするような事ではない」
「余り困らせないで下さいね。それでなくても、一番面倒な人がすぐ近くにいるのですから」
こちらの考えている事にも気付いているのだろう、困った人達と言うように頭を左右に振っているが、特に咎める様子も見せない。
初めて会った園遊会で、素直になれていたら、違った結果になっていただろうか。
同じ場所で初めて会った相手が、彼女を手に入れようとしている。
まだ体調も戻っていないようなので、最後に聞いてみる。
「リディア、一つだけ聞いてもいいか」
「何でしょう」
「后妃になる事を、私と結婚することを一度でも考えた事があるか?」
「いいえ、カシム様。私は王宮での生活を望んだ事はありません」
「少しは気を使え」
「申し訳ありません。私の父は母を愛していますが、二人目の妻を持ちました。それが悪いと言っている訳ではありませんが、母や弟が傷ついたのも事実です。
最初から私の望みは単純で、私だけと言ってくれる人の妻になりたいというものでしたから」
「確かにその心配は無さそうだが、お前がいなくなれば別の相手と番うだろう?」
「私がいなくなった後、長い時間を一人でいて欲しいと思うほど傲慢ではありませんが、私が側にいる間は、私だけを見て欲しいです」
「確かに后妃には、向いていないな」
「私もそう思います」
「まぁ、私が即位するとは限らないがな」
「なぜですか?」
「婚約者一人、扱えなかったのだから仕方ないだろう」
「これからは間違えないでしょう? ですから大丈夫です」
「お前にとって、その方が良いのか?」
「そうですね、ハリム様の事は良く知りませんから、カシム様が即位して下さる方が嬉しいです」
「お前は、ウエストリア伯の娘だったな。これからガルスとの交渉が面倒になりそうだ」
「その方が面白いでしょう?」
「面白くなると思うか」
「はい、カシム様が即位される頃にはきっと」
確かにそれは楽しそうだ。
彼女はきっと変わらず笑っているに違いない。
初めて感じたこの気持ちを、決して口にする事は出来ないけれど、その地位にあれば困った時に手を貸す事も出来るだろう。
今はそれだけでいい。
『大丈夫』
その言葉を思い出すと、皇太子という煩わしさも、即位と言う責任も、何とかなる様な気がして来るのだから可笑しなものだ。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話
ルジェ*
ファンタジー
婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが───
「は?ふざけんなよ。」
これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。
********
「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください!
*2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる