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第5章

14 カシム

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 父からカシム様との婚約の解消が、明日、貴族院から発表されると知らされた夜、王宮からお客様がやって来た。

「起き上がって大丈夫なのか」
「はい、大丈夫です。薬師の方にも少しずつ動くように言われているだけですから」

「、、、すまなかったな」
「カシム様、それはやめましょう。私は生きていますし、それに私も知りませんでしたもの」

「知らなかった?」
「ええ、人を恋しいと思う気持ちがどんなものか」

「今は知っているのか?」
「知っている。と言えるのか分かりませんが、今なら、父の提案を安易に了承したりしません」

「そういう事か。ラウルの娘が王宮に来ることになった。お前は知っていたのだな?」
「はい、少しだけ」

「どうする予定だったんだ」
「そうですね、カシム様が私を良く思っていないのは知られていましたし、王都に来なければ、別の相手をと世間も考えますから」

「全く、勝手に決めてくれる」
「カシム様もその程度の興味しか持って無かったでしょう?」

 確かに自分の結婚に興味を持った事は無い。
 いずれ適当な相手が決められると思っていたし、それは世継ぎを儲ける相手であって、対等に話をする人では無かった。

「何もしなくても、お前は后妃になるつもりは無かったのだな」
「はい、今回の事が大事おおごとになってしまったのは、あまりに予想していなかった事が重なったからです」

「さすがにお前の父親も、二十年以上前のことを未だに根に持たれているとは思って無かったようだしな」
「覚えていても、今を犠牲にするとは考えていなかったのでしょうね」

「これからどうするつもりだ」
「何がですか?」
「ここ数日、屋敷に来ていないと聞いているぞ」

「ええ、困った人なんです。しばらくそっとしておきます、私も自由に動く事が出来ませんし、彼にも時間が必要でしょうから」

「好きなのか」
「ええ」

「苦労するぞ」
「そうかも知れませんけれど、仕方ありませんわ、恋とはそう言うものなのでしょう?」

 相変わらず真っ直ぐな瞳を向けて話す。
 これがロクサーヌなら、恋と生活は別々だと言えるだろうが、そんな言葉など彼女に意味はない。

 悔しいので、少しだけ意地悪をしておく、

「后妃は二人しか持たん。席を開けておくから、いつでも帰って来て良いからな」
「まぁ、カシム様。それは私のためでは無いでしょう? いけませんよ、言葉は正しく伝えなくてわ」
「気を付けるさ」

 確かにロクサーヌの為でもあったが、リディアを諦めたく無いのも本当だった。
 それにその空席の意味を、誰のためとあの男が考えるかは、私の知った事ではない。

「カシム様、何を考えていらっしゃるのですか?」
「お前が気にするような事ではない」

「余り困らせないで下さいね。それでなくても、一番面倒な人がすぐ近くにいるのですから」

 こちらの考えている事にも気付いているのだろう、困った人達と言うように頭を左右に振っているが、特に咎める様子も見せない。

 初めて会った園遊会で、素直になれていたら、違った結果になっていただろうか。
 同じ場所で初めて会った相手が、彼女を手に入れようとしている。

 まだ体調も戻っていないようなので、最後に聞いてみる。

「リディア、一つだけ聞いてもいいか」
「何でしょう」
「后妃になる事を、私と結婚することを一度でも考えた事があるか?」
「いいえ、カシム様。私は王宮での生活を望んだ事はありません」

「少しは気を使え」
「申し訳ありません。私の父は母を愛していますが、二人目の妻を持ちました。それが悪いと言っている訳ではありませんが、母や弟が傷ついたのも事実です。
 最初から私の望みは単純で、私だけと言ってくれる人の妻になりたいというものでしたから」

「確かにその心配は無さそうだが、お前がいなくなれば別の相手と番うだろう?」

「私がいなくなった後、長い時間を一人でいて欲しいと思うほど傲慢ではありませんが、私が側にいる間は、私だけを見て欲しいです」

「確かに后妃には、向いていないな」
「私もそう思います」

「まぁ、私が即位するとは限らないがな」
「なぜですか?」

「婚約者一人、扱えなかったのだから仕方ないだろう」
「これからは間違えないでしょう? ですから大丈夫です」

「お前にとって、その方が良いのか?」
「そうですね、ハリム様の事は良く知りませんから、カシム様が即位して下さる方が嬉しいです」

「お前は、ウエストリア伯の娘だったな。これからガルスとの交渉が面倒になりそうだ」
「その方が面白いでしょう?」

「面白くなると思うか」
「はい、カシム様が即位される頃にはきっと」

 確かにそれは楽しそうだ。
 彼女はきっと変わらず笑っているに違いない。

 初めて感じたこの気持ちを、決して口にする事は出来ないけれど、その地位にあれば困った時に手を貸す事も出来るだろう。

 今はそれだけでいい。

『大丈夫』

 その言葉を思い出すと、皇太子という煩わしさも、即位と言う責任も、何とかなる様な気がして来るのだから可笑しなものだ。

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