上 下
20 / 58
第2章

13 旅の途中(13) -アレスside

しおりを挟む
「ありがとうございます」

 カリーナの声が少し固くなる。

 “親友の大切な妹”

 そうでも言わなければ、自分が全く信用できない。

 彼女は賊に攫われた記憶が残っているらしく、仕事に戻ってみても何となく顔色が悪いし、落ち着きが無いように見えた。

 ゆっくり安心させてやろうとミュール行きを決めたが、その話をしていると少しずつカリーナの表情が戻って楽しそうになって来る。

 今の時期、サウストリアは花に埋もれるが、ミュール周辺は特に鮮やかな花も多く賑やかになる。
 彼女は公爵家に来るまで数年、サウストリアのイスレイン家にいたはずだし、懐かしい気持ちもあるはずで、怖い思いをしたのだからゆっくり休ませてやればいい。

 そう思ってミュール行きの話をすると、申し訳なさそうにするが、安心した様子もみえるので少し話をしていると自分の昔話を知らなかったと顔を膨らます。

 自分の側にいて、昔の話をしながら知らなかったと話す様子は可愛らしく、兄にする様に甘えてくるのは愛おしい。

 腕の中にいる事も、髪を撫ぜられる事にも安心しているのを見ると、どうにも我慢が出来なくなりそうで困る。

 いくら商隊の天幕だと言っても、密室には違いなく、組み伏せて身体を重ね、自分のものにするくらいわけもない。

 薄っぺらい使用人の服などその気になれば着ていないも同然だし、カリーナが何をされているか分からない間に奪ってしまう事も出来るだろう。

 彼女の保護者達やロアンからは文句の一つも言われるだろうが、彼女をずっと大切に出来るなら気にする必要も無い。
 
 だが、これが単なる一時的な欲情で無いと言えるだろうか?
 
 数年前、惹かれた人にこんな感情を持った覚えは無い。
 彼女の緑色の瞳に自分を写して欲しいと望んだが、無理矢理こちらを向かそうとは思いもしなかった。

「食事を運んでくれてありがとう、カナ」

 そう言うと、カリーナがスッと離れ頭を下げて戻っていく。

 彼女は妹だ。
 ずっとそう思い可愛がって来た小さな女の子だ。

 今回ミュール行きを考えたのも、大切な妹が辛い目に合い、落ち込んでいる様なのでゆっくり出来る様にと道を変えただけだ。

 それにあそこにはレオーナがいる。
 四年前、申し込まれた時はその気になれず、そのままにしてあるが、今なら彼女を愛しいと思えるかもしれない。

 それがダメならミュールの街で適当な相手を見つければいい。
 何年か前までは、そうした相手と楽しくやってきたはずだ。

 ずっと可愛がってきた妹に手を出して嫌われるより、確かにその方がずっといい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

処理中です...