上 下
10 / 15

邪竜の血①

しおりを挟む
 神官たちが荒れ果てた図書室を前に呆然と立ち尽くしている中、一人の騎士がエルスの元へ走ってきた。

「怪我はないか!」
 近衛隊の制服を着たセノだった。

「さっきまでここに人がいたんだ。爆発音が聞こえて、そしたら彼が消え去ってて……」

 要領を得ない説明をするエルスの手が血に染まっていることに気付いて、セノは顔を青くした。

「説明はいい。事情はだいたい把握している。誰か治療魔術を扱えるものはいるか!」

 セノは入り口でおろおろしている神官たちを振り返った。すると、一人の年老いた神官が手を挙げた。

「私が治療いたしましょう」
「彼のことは任せた」

 そう言ってセノは神官にエルスを押し付けると、忙しなくまたどこかへ走っていった。

「待ってセノ! ……痛っ!」

 エルスは彼を引き留めようとしたが、手のひらの傷が開いて慌てて抑え込んだ。
  老いた神官はエルスの手を取って彼の手の上に魔術陣を描いた。
  するとたちまち傷が閉じていき、痛みが引いていく。

「表面だけ傷を直しました。ですがまだ中は傷ついていますから、無理はなさらないように」
「ありがとう!」

 神官に一言礼を告げ、エルスはセノを追いかけるように図書室を飛び出していった。



 エルスは当てもなく神殿の中を走り回ってセノの姿を探した。
  すると、図書室のある建物の裏側で誰かが言い争う声が聞こえてきた。
  おそるおそる様子を伺うと、そこにはセノや王子、近衛隊員たちが一人の男を取り囲んでいた。
  よく見ると、囲われている男はあの鼻持ちならない男・ヤイルだった。

「お前のせいでエルスが怪我をしたじゃないか! いい加減にチカの居場所を吐け」

 セノはヤイルの腹を思いっきり蹴り上げた。
  ヤイルは腹を抑えて地面にうずくまっている。

「セノ、乱暴はよくない。ここは私が尋問をしよう」

 王子がセノを止めて前へ出る。
  ヤイルの前にひざまずくと、彼の頭をつかんで懐からひとつの小瓶を取り出した。

「これは邪竜の血を混ぜて作られた王家秘伝の毒薬だ。飲んだらもう二度と君は魔術を使うことができなくなる。いつか魔術騎士団に移籍することを望んでる君にとっては、最高の拷問だろうね」

 王子はにっこりと笑って小瓶の口を開けた。

「さあお飲み」

 近衛隊たちがヤイルの顎を押さえて開かせる。
  必死に抵抗しているヤイルの口元に小瓶を押し付けた時、ようやく彼は口を開いた。

「言う! 言うからやめてくれ! チカとかいう少年はある邪竜教徒のねぐらに連れて行かれた。そいつのねぐらの場所を教えるから放してくれ!」
「最初からそういえばいいのさ。地図を出してくれ」

 王子の命令で、セノは市街地の地図を取り出した。

「酒場の裏にある厩舎の中に地下への出入り口が隠されている。そこを降りてまっすぐ進めばやつのねぐらにつながっているはずだ」

 ヤイルは城下町の中でも治安が悪い北部を指差して言った。
  セノはその場所を確認して王子を見た。

「では王子、約束のとおりに」
「ああ。だが本当に一人で行くのか?」
「そうしなければ間に合わない」

 セノはヤイルや王子たちを置いて、こちらに走ってきた。
  エルスは慌てて近くに積まれている木箱の影に隠れた。
 どうやらセノは一人でチカとかいう少年を助けに行くらしい。
  王子たちはヤイルを拘束して「我々も早急に準備を整えて出発するぞ」と言っている。
 エルスはどうにか目の前を走っていくセノをやりすごすと、距離を開けて彼の後を追いかけた。




  城下町北部にある酒場の裏についたセノは、厩舎に敷かれた藁をはらった。
  するとそこには地下へつながる木の扉が現れた。
  セノは躊躇せずその扉を開け、中に潜り込む。
  慌ててエルスもその後に続いて地下へ降りていった。
  しばらく薄暗い地下道を歩いていると、前のほうから何者かが戦っている音がした。
 やがて彼らの決着がついたのか、地下道は再び静まり返る。
  するとセノが誰かと喋り始めた。
  
『おい相棒~、なんだか様子が変じゃないか』
「シルドヘッドもそう思うか? 原作通りの展開のはずなんだが」

 シルドヘッド――古の邪竜を滅ぼしたという伝説の聖剣・シルドヘッドと同じ名前か。
  エルスは誰がそんな名前をつけたのかと思いながら、前を歩くセノに近づこうとした。
  すると突然、誰かがエルスを背後から拘束して口に布を噛ませた。
  
「んん!?」
「おとなしくしてな」

 エルスは口元の布に怪しい粉が含まれていることに気がついた。
  慌てて呼吸を止めようとしたが、もう遅い。
  怪しい粉がエルスの体内に侵入し、やがて目の前は真っ暗になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

BLが蔓延る異世界に転生したので大人しく僕もボーイズラブを楽しみます~愛されチートボーイは冒険者に溺愛される~

はるはう
BL
『童貞のまま死ぬかも』 気が付くと異世界へと転生してしまった大学生、奏人(かなと)。 目を開けるとそこは、男だらけのBL世界だった。 巨根の友人から夜這い未遂の年上医師まで、僕は今日もみんなと元気にS〇Xでこの世の窮地を救います! 果たして奏人は、この世界でなりたかったヒーローになれるのか? ※エロありの話には★マークがついています

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

福引きで当てた魔獣王の愛し子

れく高速横歩き犬
BL
魔獣王✕見習い騎士 魔導帝国ミスラの誇る魔導騎士団に所属する見習い騎士のユト。 ある日怪しい露店の福引きで当たったのは魔獣の卵。半信半疑で持ち帰る途中、山賊に襲われてしまう。ユトを助けたのは、孵化した小さな魔獣だった。 だが次の日には、立派な人型の男に成長していた! 実は500年前の厄災の魔獣王ロギアで、勇者に倒され卵の中で力を蓄え復活したという。 気に入られてしまったユトは、ロギアが魔族だとバレないように匿うが迎えに来た配下の魔族からロギアは帝国四星花の伯爵家当主だと言われる。 さらに護衛騎士として屋敷で働く事になるが。 ✼••┈┈⚠┈┈••✼ ・R18オリジナルBL (R18は※表記あり) ・固定CP ・本作は【Lv1だけど魔王に挑んでいいですか?】【転生したら溺愛騎士の魔剣】と同じ世界観で時間軸は、Lv1魔王から5年後。一応シリーズですが、単体でも読めます。文章は書き終えているので途中で更新止まる事はないです。周2〜3でアップ予定。 ・本編終了後は番外編とか入れたいです。 ・訪問、閲覧、ブクマありがとうございます (*´ω`*)暖かく見守って下さると嬉しいです。 ・こちらの作品は、ムーンライトノベルズでも掲載しております

処理中です...