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第50話 踊る芸術サロン①
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新しく我が家に来たばかりのクモ娘、タヌキ娘、アンデッド娘、パペット娘ら四人は、家事やら接客やら機材操作やらと覚えることがたくさんあって、大変そうにしていた。ゾーヤを筆頭に優しい先輩たちがあれこれと教えているが、『メモを取る』という文化がないので、まだまだ時間がかかりそうである。文字の読み書きができないと、こういうところで支障が出る。何度もやって身体で覚えるしかない。仕方がないことだ。
賑やかな皆を傍目に、俺は黙々と自分の作業を進めていた。
城伯令嬢の夜会の準備。
工芸品の仕入れ、良し悪しの選別、夜会内でのプレゼンテーション案の検討――明確な終わりがないだけに、こだわり始めたらあれもこれも気になってしまう。工芸品をたくさん並べる傍ら、ゾーヤがもう十分なのではと声をかけてくれたが、俺は入念に準備を整えていた。
(……絶対にあの令嬢に、強烈なやつをお見舞いしてやらないといけない。舐めてかかったらだめだ。この程度でいいだろうと思いあがった態度で臨んだら、たちまち見透かされてしまうに違いない)
この件に関しては、自分自身でも少々やり過ぎているような気もしている。
ちょっと艶やかで綺麗な陶磁器を持っていったらそれだけで認めてもらえるんじゃないかとか、綺麗なガラス工芸品を持っていくだけで十分だろうとか、そんな邪念が頭をよぎる。
実際のところ、それでもいいのかもしれない。現代における陶磁器やガラス製品の品質の高さは尋常ではない。この世界イルミンスールの基準で考えれば、相当な値打ちの代物になるだろう。
だが――ここで、あの令嬢の心を一発撃ち抜いてしまえたら、後で得られるものは計り知れない。ここで大きく関心を引くことが出来れば、今後何をするにしても便宜を図ってもらえるはずなのだ。
妥協するのはまだ早い。
いわばこれは、勝負所というやつである。
厳選したグラスを布で包み。
厳選した食器皿を布で包み。
厳選した花瓶を布で包み。
「……本気なのだな、主殿。たった一つでも十分だと思うが、全部持っていくのだな」
「ああ」
何度もゾーヤに止められたものの、俺はここで一気に踏み切るべきだと判断した。
一つで十分すぎるとゾーヤには言われたが、俺はここで複数の品物を畳みかけるつもりであった。
(細々と小出しにしてもいいが、それで見くびられたり、安く見られたら困る。この程度かと失望されたら目も当てられない。ここは多少やり過ぎてもいいから、押し切るべきだ)
せっかく夜会というクローズドな場に参加できるのだ。次に繋がる知己を得るために、そこで最善を尽くすのが礼儀というものだ。
それに、たとえやり過ぎてしまったとしても、それはそれで切り札の一つになる。相手が俺の有用性を無視できない限り、俺の裁量は認められる。
別に、スマホやパソコンのような極端なオーバーテクノロジーを持ち込むわけではないのだ。今回俺が持ち込むのは、食器類や調度品に過ぎない。ただ、圧倒的に優れた品質であるだけ。それ以上の何物でもない。
少々悪目立ちする分にも問題はない。
いくら貴族であるからといって、いきなり事実無根の罪をでっちあげて俺を投獄したり処刑したりすることはできないのだ。
領主たるミュノス城伯本人ならともかく、単なる令嬢が行使できる権限はそれほど大きくない。長子の兄がいるともなればなおのことである。
いざとなればお詫びの金品を包めばよい、という打算もある。むしろ出し惜しみの方が不興を買う可能性があった。
隣でゾーヤがため息をついていたが、俺はむしろ楽観的であった。
◇◇◇
交易都市ミュノス・アノールは、古い城塞都市がそのまま発展してしまった街である。川の近くにある街なので、水利はそれなりに良好で、古くからこの地は商業で発展してきた。
城壁で囲まれた都市。人口増加に伴って城壁を増築したり街を拡張・整理したりしている。街の中に区画があるのはそうした背景があるためであり、歴史が長い分、街の全体像はとても奇妙な構造になっている。
街壁の外では、農民たちが作物を作って暮らしている。
街壁の中に入れば、都市内迷宮“ミュノスの巣”へ挑む冒険者たちや遠くからやってきた行商人たちで活気だった一般区画がある。俺達の家がある場所はこの一般区画のうち、比較的治安が良い場所である。
さらに内側に進むと、またもや街壁(旧街壁)があり、その中は上級市民たちが暮らしている上級区画に入る。
さらにさらに中心に進むと、小高い丘の上に堀に囲まれた城が出てくるのだが――領主であるミュノス城伯閣下は、普段はそばの領主邸宅で暮らしているらしい。
以上のように、この街ミュノス・アノールは
・街壁の外(農地)
・新街壁の中(一般区域、都市迷宮の入り口)
・旧街壁の中(上級区域)
……という三層構造になっているため、貴族とお目通りが叶う機会が滅多にない。
上級区域に住んでいる貴族らは、一般区域に足を踏み入れることがあまりなく、あったとしても機会が限られる。また、一般区域から上級区域に入るには身元保証金なるお金を結構な額取られてしまう。
そういった背景もあってか、貴族の御用商人になれる商人はほんの一握りなのであった。
(ここで気に入ってもらえたら、ご令嬢の御用商人になれる絶好のチャンス……なんだろうな、普通に考えたら)
ゾーヤと一緒に馬車に揺られながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
今回用意してもらった馬車はソファが備え付けてあり、しかも吊り下げ式のゴンドラ型なので振動が伝わらない上等なものである。ミュノス家に用事のある客人が利用するための良質な馬車。しかし、今回献上する品物が割れ物で、俺とゾーヤで直絶抱えて運ぶしかないため、馬車の上でもゆったりくつろいだりすることはできない。せっかくいい馬車に乗っているというのに、少々勿体ない。
どうせなので外を眺める。
上級区域は、まさに古い城下町といった雰囲気の街並みであった。
石畳が敷き詰められた道。通り沿いにある、石造りと煉瓦造りの似たような形の家々。
人が賑わう一般区域と違って、馬車が頻繁に行き来するためか、違う街に訪れたような印象を受ける。
時間の流れがどことなくのどかな、そんな佇まいの景観である。
夕焼けに照らされた石畳が、赤く映えている。
(いい街だな)
どこか他人事のようにそんなことを思っていると、馬車から見える景色が少しずつ変わってきた。
より人の少ない、閑静で、歴史の重みを随所に感じるような古い町並みへ。
中央に進めば進むほどそうなるのか、と思っていると、馬車はようやく令嬢の住む離れの邸宅に到着した。
「いよいよだな、主殿」
「そうだな。よろしく頼むよ」
今晩俺たちは、この邸宅で夜会までゆっくり過ごすことになる。
この世界に来て初めての大勝負。だが――ついにこの日が来たかと期待が膨らむ気持ちはあっても、不思議と緊張はなかった。
―――――
一旦作者の中では下記のイメージで書いています。
文字の読み書き、計算ができる
ゾーヤ、狸娘
文字の読み書き、計算がちょっとできる
パルカ、アルル、ハユ
文字の読み書き、計算を勉強中
カトレア、クモ娘、アンデッド娘、パペット娘
賑やかな皆を傍目に、俺は黙々と自分の作業を進めていた。
城伯令嬢の夜会の準備。
工芸品の仕入れ、良し悪しの選別、夜会内でのプレゼンテーション案の検討――明確な終わりがないだけに、こだわり始めたらあれもこれも気になってしまう。工芸品をたくさん並べる傍ら、ゾーヤがもう十分なのではと声をかけてくれたが、俺は入念に準備を整えていた。
(……絶対にあの令嬢に、強烈なやつをお見舞いしてやらないといけない。舐めてかかったらだめだ。この程度でいいだろうと思いあがった態度で臨んだら、たちまち見透かされてしまうに違いない)
この件に関しては、自分自身でも少々やり過ぎているような気もしている。
ちょっと艶やかで綺麗な陶磁器を持っていったらそれだけで認めてもらえるんじゃないかとか、綺麗なガラス工芸品を持っていくだけで十分だろうとか、そんな邪念が頭をよぎる。
実際のところ、それでもいいのかもしれない。現代における陶磁器やガラス製品の品質の高さは尋常ではない。この世界イルミンスールの基準で考えれば、相当な値打ちの代物になるだろう。
だが――ここで、あの令嬢の心を一発撃ち抜いてしまえたら、後で得られるものは計り知れない。ここで大きく関心を引くことが出来れば、今後何をするにしても便宜を図ってもらえるはずなのだ。
妥協するのはまだ早い。
いわばこれは、勝負所というやつである。
厳選したグラスを布で包み。
厳選した食器皿を布で包み。
厳選した花瓶を布で包み。
「……本気なのだな、主殿。たった一つでも十分だと思うが、全部持っていくのだな」
「ああ」
何度もゾーヤに止められたものの、俺はここで一気に踏み切るべきだと判断した。
一つで十分すぎるとゾーヤには言われたが、俺はここで複数の品物を畳みかけるつもりであった。
(細々と小出しにしてもいいが、それで見くびられたり、安く見られたら困る。この程度かと失望されたら目も当てられない。ここは多少やり過ぎてもいいから、押し切るべきだ)
せっかく夜会というクローズドな場に参加できるのだ。次に繋がる知己を得るために、そこで最善を尽くすのが礼儀というものだ。
それに、たとえやり過ぎてしまったとしても、それはそれで切り札の一つになる。相手が俺の有用性を無視できない限り、俺の裁量は認められる。
別に、スマホやパソコンのような極端なオーバーテクノロジーを持ち込むわけではないのだ。今回俺が持ち込むのは、食器類や調度品に過ぎない。ただ、圧倒的に優れた品質であるだけ。それ以上の何物でもない。
少々悪目立ちする分にも問題はない。
いくら貴族であるからといって、いきなり事実無根の罪をでっちあげて俺を投獄したり処刑したりすることはできないのだ。
領主たるミュノス城伯本人ならともかく、単なる令嬢が行使できる権限はそれほど大きくない。長子の兄がいるともなればなおのことである。
いざとなればお詫びの金品を包めばよい、という打算もある。むしろ出し惜しみの方が不興を買う可能性があった。
隣でゾーヤがため息をついていたが、俺はむしろ楽観的であった。
◇◇◇
交易都市ミュノス・アノールは、古い城塞都市がそのまま発展してしまった街である。川の近くにある街なので、水利はそれなりに良好で、古くからこの地は商業で発展してきた。
城壁で囲まれた都市。人口増加に伴って城壁を増築したり街を拡張・整理したりしている。街の中に区画があるのはそうした背景があるためであり、歴史が長い分、街の全体像はとても奇妙な構造になっている。
街壁の外では、農民たちが作物を作って暮らしている。
街壁の中に入れば、都市内迷宮“ミュノスの巣”へ挑む冒険者たちや遠くからやってきた行商人たちで活気だった一般区画がある。俺達の家がある場所はこの一般区画のうち、比較的治安が良い場所である。
さらに内側に進むと、またもや街壁(旧街壁)があり、その中は上級市民たちが暮らしている上級区画に入る。
さらにさらに中心に進むと、小高い丘の上に堀に囲まれた城が出てくるのだが――領主であるミュノス城伯閣下は、普段はそばの領主邸宅で暮らしているらしい。
以上のように、この街ミュノス・アノールは
・街壁の外(農地)
・新街壁の中(一般区域、都市迷宮の入り口)
・旧街壁の中(上級区域)
……という三層構造になっているため、貴族とお目通りが叶う機会が滅多にない。
上級区域に住んでいる貴族らは、一般区域に足を踏み入れることがあまりなく、あったとしても機会が限られる。また、一般区域から上級区域に入るには身元保証金なるお金を結構な額取られてしまう。
そういった背景もあってか、貴族の御用商人になれる商人はほんの一握りなのであった。
(ここで気に入ってもらえたら、ご令嬢の御用商人になれる絶好のチャンス……なんだろうな、普通に考えたら)
ゾーヤと一緒に馬車に揺られながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
今回用意してもらった馬車はソファが備え付けてあり、しかも吊り下げ式のゴンドラ型なので振動が伝わらない上等なものである。ミュノス家に用事のある客人が利用するための良質な馬車。しかし、今回献上する品物が割れ物で、俺とゾーヤで直絶抱えて運ぶしかないため、馬車の上でもゆったりくつろいだりすることはできない。せっかくいい馬車に乗っているというのに、少々勿体ない。
どうせなので外を眺める。
上級区域は、まさに古い城下町といった雰囲気の街並みであった。
石畳が敷き詰められた道。通り沿いにある、石造りと煉瓦造りの似たような形の家々。
人が賑わう一般区域と違って、馬車が頻繁に行き来するためか、違う街に訪れたような印象を受ける。
時間の流れがどことなくのどかな、そんな佇まいの景観である。
夕焼けに照らされた石畳が、赤く映えている。
(いい街だな)
どこか他人事のようにそんなことを思っていると、馬車から見える景色が少しずつ変わってきた。
より人の少ない、閑静で、歴史の重みを随所に感じるような古い町並みへ。
中央に進めば進むほどそうなるのか、と思っていると、馬車はようやく令嬢の住む離れの邸宅に到着した。
「いよいよだな、主殿」
「そうだな。よろしく頼むよ」
今晩俺たちは、この邸宅で夜会までゆっくり過ごすことになる。
この世界に来て初めての大勝負。だが――ついにこの日が来たかと期待が膨らむ気持ちはあっても、不思議と緊張はなかった。
―――――
一旦作者の中では下記のイメージで書いています。
文字の読み書き、計算ができる
ゾーヤ、狸娘
文字の読み書き、計算がちょっとできる
パルカ、アルル、ハユ
文字の読み書き、計算を勉強中
カトレア、クモ娘、アンデッド娘、パペット娘
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