猫被りも程々に。

ぬい

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2nd:Spring

誕生日

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「来週の木曜日って何か予定あります?」

4月が半分が過ぎた週末。
ダラダラと部屋で過ごしていた俺は本のページを捲りながら隣にいた会長にそう尋ねた。

「木曜日は確かバイトだったと思うけど…」
「え、バイト入れたんですか!?」
「え?」

今の反応で全てを察する。この人は完全に自分の誕生日を忘れていると。
そりゃあ晃さんや紫さんと予定があるからと断られるなら全然納得できた。というかむしろ歓迎した。でも流石にバイトはない。全然納得出来ない。かと言って休めとも言えない。そんな心の内の不満が顔に出てしまっていたのか会長は俺の顔を暫く見つめてから「あ」と小さく声を上げた。

「…忘れてたんですね」
「忘れてた」

会長は立ちあがり、急いで手帳を確認し始めるもすぐにソファーに座り込む。読んでいた本を閉じて、手帳を覗くと普通に家庭教師のバイトが入っていた。しかも7時から9時の2時間。次の日休みだったらバイトから帰ってきてから祝うことも出来たが、運悪く木曜日。時間的に厳しい気がする。

「祝ってくれる気だった?」
「まあ、予定がなければそのつもりでしたけど…次の日になりそうですね」
「ごめん、来年は絶対覚えとく」
「ぜひそうしてください」

結局誕生日問題は次の日の金曜日に会って祝うということで解決した、筈だった。その筈だったのだが。

(やってしまったかもしれん……)

現在19日木曜日の夜9時。何故か俺は今会長の家で寛いでいた。我ながらやってしまったと思う。アポ無しは流石に迷惑だったかもしれない。しかもこの前リクエストされた通り、カレーまで作り、晃さんから好みを聞いてケーキまで買った。連絡を入れようと迷ったが、バイト中だからやめておいた方がいいかなと悩んでいる間にもう9時。いくらなんでも時間が経つのが早すぎる。

(そうだ、全部置いて帰ろう…)

悩んでいる間に携帯で「誕生日 アポ無し」と検索し、出てきたサイトや記事を見たせいで俺は今めちゃくちゃ弱気になっていた。

このまま手紙と一緒にカレーとケーキを置いて帰る。もし会長が晩御飯食べて帰ってもカレーなら冷蔵庫に入れとけば次の日いける。ケーキもチーズケーキなので多分いける。やってしまったかもしれないという現実から逃げるために、そう決めてソファーから立ち上がるとすでに時遅し。玄関からガチャリと鍵が回る音がした。

「……おかえりなさい」
「…ただいま…」

急いだ様子の足音が聞こえてすぐ、目を見開いてこちらを見る会長がいた。正直非常に気まずい。ソファーに立ったまま動けない俺は荷物を置く会長の姿を見つめる。

「会うの明日じゃなかったっけ」
「ちゃんと当日にお祝いしたくて……つい………」

迷惑でしたかと続けて聞くつもりだったが、先に会長に強く抱き締められたことで開きかけた口を閉じる。

「…そんなに嬉しかったですか」
「うん」

髪の毛が首筋に当たって擽ったい。背中に回された腕は思ったより強く離れそうもなかった。あの悩んでいた数時間はなんだったんだと言いたくなるくらい一瞬で不安は吹き飛び、腕を解いてからは軽く唇を重ねられる。1回目は嬉々として受け入れたものの、2回目で舌を入れられた瞬間は流石に拒否して突っ込んだ。

「待ってください」
「なに?」
「先にご飯食べましょうよ」
「…それもそうか」

多少ごねるかと思ったが、会長はあっさりと離れて台所に向かう。手を洗ってから食事の準備を始め、カレーとサラダを並べると「いただきます」と早速口に運んだ。

「ちゃんと辛い」
「好みも紫さんから聞いたんですよ」
「今まで食べてきたカレーの中で一番美味しい」
「…それは良かったです」

市販のカレールーなので美味しいのは当たり前とは思いながらもどこかで万が一口に合わなかったらどうしようと思っていたのでその一言で安心する。いつもより喜び方が素直なのが若干怖いが。
黙々と食事を進めている最中、ふとカウンターの上に置いてある小さな紙袋が目に入った。

「もしかしてあれ晃さんからですか?」
「うん、今年は海外出張でお祝い出来ないからって送られてきた」

海外出張から帰ってきてから紫さんを含めた3人で食事に行くという約束は耳にしていた。うちの親だったら確実にその時誕生日プレゼント渡していると思うが、わざわざ当日に宅配で送ってきてくるあたり本当に晃さんはマメなんだろう。本当に感心する。というかあの紙袋のロゴめっちゃ見たことある。俺の予想だと中身は絶対時計だ。

「…ちなみに中身なんだったんですか」
「時計」
「……ですよね」

予想通りの中身に大体の値段まで把握してしまった。ブランドから察する通り、ん百万は余裕でする。お金持ちって怖い。恐怖を誤魔化すように手を動かしているといつの間にか目の前のカレーは全て食べ終わっていた。

それからは会長がお風呂に入っている間、適当に洗い物を済ませ、買ってきたケーキを広げる。晃さんから聞いていた通り、チーズケーキは好きな様ですぐに完食してしまい、あっという間に誕生日プレゼントを渡すところまで進んだ。

「ほんとに圧力鍋だ」
「よく分からないんで母と買いに行きました」
「ありがとう。大事に使う」

母からの誕生日プレゼントと一緒に渡せば、早速どっち中身を取り出し、説明書と一緒についていたレシピの冊子を眺めていた。ちなみに母からはプレゼントは包丁である。母曰く、包丁の贈り物は魔除けの役割があるとかなんとかで縁起がいいらしい。

どっちも気に入ったのか会長は暫く付属の説明書やらメーカーの製品紹介の冊子を眺めて「これでラーメンが作れるな」と呟いた。ラーメンを作る姿が似合わないとかそんなことはとりあえず置いておき、俺は会長の目の前に身体を移動させる。

「俺、今日はめっちゃ寝る予定です」
「……そうなんだ」

突然すぎる意味のわからない台詞に会長は急にどうしたとでも言いたげな視線で冊子から顔を上げた。意味がわからないのは自分が1番わかっているので、構わずそのまま言葉を続ける。

「明日は体育もないですし、特に予定もないです」
「うん」
「なので明日は、いつもより体力が温存できるかと…思います…」
「…なるほど」
「だから、その……」

ここまで言えば俺が今から何を言うのか目の前の人物は大体の予想がついているだろう。恥ずかしさで俺は現在手汗が物凄いことになっていた。

「明日は、凌さんの好きにしていいですよ…」

勇気を振り絞り、全てを言い終えてから会長の様子を確認すると目を見開いて瞬きを数回。手で口元を抑えたかと思うとすぐに俺の肩に手を置いて眉を顰めた。

「……今それ言う?」
「明日だと誕生日終わってるじゃないですか」
「…まあ、そうなんだけど…」

俺も今言うべきか、明日言うべきか迷った。本音を言えば今すぐキスしたいし、めちゃくちゃセックスしたい。でも明日は金曜日。お互い普通に学校があるとなると時間と体力が限られる。だから俺は全てを会長に委ねた。

金曜まで体力温存して好き放題するか、今盛り上がった気持ちを発散させるか。まさに俺にとっても会長にとっても究極の選択だった。

暫く物凄く悩んでいた様子の会長は伏せていたまつ毛を上げて、覚悟を決めたように視線を正面に向ける。

「…今日は別々に寝よっか」
「……俺もそれがいいと思います」

今やらないつもりなら、絶対一緒に寝ない方がいい。お互いの意見が合致し、引っ越してから利用の機会がなかった敷布団をまさかの誕生日に引っ張り出す羽目になったのだった。
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