猫被りも程々に。

ぬい

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January

お見舞い

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あれよあれよと1月も終盤。
会長は試験結果は言うまでもなく、もう志望校に願書を出して今度は2月下旬の二次試験に向けて勉強していた。何度も言うが勉強しなくても受かるだろうに相変わらず真面目な人である。

そんな会長は誘わず、今日は1人で紫さんのお見舞い来ていた。12月はバタバタしていてなかなか来れなかったので久々だ。

ノックをして病室の扉を開けると紫さんがいつもの笑顔で「湊くん、いらっしゃい」と迎えてくれたが、珍しく先客の姿を発見し、思わず静止してしまう。

「あ、先客いるならまた出直して……」
「大丈夫だよ、もうそろそろ帰ろうと思っていたからね」

年は紫さんと同じくらいだろうか。
高そうなスーツに身を包み綺麗に髪の毛を整えられていて、後ろ姿だけで格好良いオーラが滲み出ている。ぼーっと見つめているとその男の人が振り向いた。
顔を見た瞬間、自然と声が出る。

「…え…」
「あ、そっか。初対面よねぇ。この人は支倉晃はせくらあきらさん。凌のお父さんなの」
「どうも、初めまして」

名前を聞く前に会長の顔にそっくりすぎて、すぐに父親なのだと分かった。まさかこんなところで会うとは思わなかったので冷や汗が流れる。あまりに突然のこと過ぎて上手く反応出来ない。

「あ、…えっと、挨拶遅れてすいません。橘湊です。凌さんとは同じ学校の後輩で……」
「紫からよく話聞いてるよ。特待生なんだってね」
「は、はい…一応…」

ぎこちなく挨拶する俺ににっこりと優しい笑みを浮かべる姿は本当に似ていた。きっと会長が歳をとったらこんな感じになるに違いない。

歳とっても綺麗な人は綺麗なんだなと痛感し、軽い挨拶程度の会話を交わすと会長のお父さんは本当に病室を出ていってしまった。
その背中を見送り扉が閉まっても暫くは放心状態だったが、紫さんの優しい声で引き戻される。

「…びっくりした?」
「あ、はい…」
「入院してること最近凌から聞いたみたい。仕事の合間を縫ってしょっちゅう来てくれるの」

最近聞いたということは会長のお父さんも紫さんが病気だということは知らなかったんだろう。
目の前の彼女は楽しそうに会長のお父さんの話をしていて、すぐに仲が良いことが分かった。会長から聞いた昔の話からお互い相当好きなんだろうなとは思っていたが、それは離婚した現在も変わっていないらしい。離婚理由はもしかしたら病気になったことが原因なのかもしれない。

「凌、受験勉強で忙しいんだってね」
「はい。最近はずっと机に向かってます」
「ほんと真面目な子ねぇ。これ以上何を学ぶ気なのかしら…」

模試の結果を知っている紫さんは不思議そうな顔でそう言って笑った。
俺も本当にそう思う。生徒会がなくなってからはずっと勉強していて、ご飯中も単語帳を眺めているし、寝る前もギリギリまで受験対策の本を読んでいる。この前の試験の採点結果はとんでもない点数で2度見したくらいだ。

それからは紫さんと会長の話で一頻り盛り上がって、あっという間に夜になった。

「じゃあ俺そろそろ帰ります」
「今日は楽しかったわー。また気が向いたら来てちょうだいね」
「俺も楽しかったです。今度は会長も連れて来ますね」

気をつけてね~と手を振る紫さんに礼をして病室を後する。

帰って晩御飯とお風呂済ませたら会長の部屋でも行くかなんて考えながら、エレベーターを待っている間、後ろから聞いたことある声が俺の名前を呼んだ。

「湊くん」
「あ…さっきはどうも」

先程見た姿に驚きながらも綺麗な笑みに軽くお辞儀をしてエレベーターに乗り込む。会長のお父さん、改め晃さんも一緒に乗り込むと静かに扉が閉まり、ゆっくりと降下していく。

「良かった。待ってたんだよ」
「へ?」
「湊くんと話してみたくてね。これから暇かい?」

暇なら食事でもという急な誘いに目を見開いたが、長い間俺を待っていた相手に対して勿論断れる筈もなく。
首を縦に振ると晃さんは嬉しそうな顔をしてエレベーターを降り、病院を出た。黙って目の前の背中を追い掛ける。

「ごめんね、内緒で来たから車なくて。少し歩くけどいいかな」
「あ、歩くの好きなんで大丈夫です…」

別に好きでもないことを流れで好きと言ってしまう程度に俺は緊張していた。鞄を持つ手が汗で滲む。緊張を誤魔化すように駅とは逆方向に歩き進める姿を見つめながら必死に足を動かすしかなかった。

そうして歩き出してから数分。
晃さんは何か思いついたように「そうだ」と声を上げて歩みを止める。

「凌にも電話してみるか」
「え、かいちょ…じゃなくて、凌さんも呼ぶんですか?」
「二人きりだと流石に気まずいだろう?」

どっちにしろ気まずい。いや、むしろ会長が来た方が気まずいかもしれない。
そんな俺の心境を知らない晃さんは携帯を取り出して素早く画面を操作し耳に当てた。すぐに話し始める姿にすんなり繋がったことが分かる。

(会長、今から来るんだ…)

相手の声は聞こえないがなんとなくの会話の内容で誘いをOKしたのだと察した。今頃大急ぎで支度しているところだろう。

電話切った後、晃さんは「凌も来るって」と言うとまた歩みを再開した。でもそれはすぐ止まってまた何か考えたように立ち止まる。

次は一体何を言い出す気だ。
この数分間で何度も止まりかけた心臓を必死に落ち着かせて目の前の相手が口を開くのを待つ。

「……駅ってどっちだったかな?」
「駅なら反対方向ですね」
「すまない、昔から方向音痴で…」

眉間に皺を寄せて言われた言葉に思わず拍子抜け。
案外天然というか抜けている人なのかもしれない。会長の顔に似てはいるが少し話して性格は全く似てないと感じた。見たところ裏がなくていい人そうな印象。会長のお父さんなので猫被ってる可能性はあるが。

そんなことを考えながら駅に向かってただひたすら目の前の人を追い掛けているといつの間にかお店に着いていた。

「ここ私の知り合いがやっているお店でね、すごく美味しいんだよ」
「そ、そうなんですか…」

慣れた様子でシンプルで綺麗な洋風の建物に入る晃さんに俺は思わず躊躇う。だってこんな高そうなお店来たことないし、絶対俺なんかが入っていい店じゃない。

鞄を握り締める手は震えていたが、もう入らない訳にはいかない。
決死の覚悟で中に入ると予想通り豪華な内装が目の前に広がり、黒と白の制服に身を包んだ男の人が丁寧に迎えてくれた。

テーブルが沢山ある場所を抜けて少し廊下を歩いた先の個室に案内され、緊張しながら引かれた椅子に座る。

「湊くん、食べられないものはあるかい?」
「特にないです」
「そうか。じゃあいつものコースで」

メニューも見ずに頼む姿にかなり行き慣れていることが分かった。 
晃さんがウェイターと話している間に俺はどうしても値段が気になって目の前のメニューを開いてみるも広がるのは呪文のような料理名ばかりで数字は書いていない。こういう所ってメニューに値段書いてないのか。ていうかフォン・ド・ヴォライユってなんだよ。ウエリントン風ってなに。

聞き馴染みのないカタカナばかりで自然と眉間に皺が寄る。見ても理解できないと諦めて顔を上げるといつの間にか目の前の人から申し訳無さそうな視線が向けられていた。今度はなんだ、怖い。

「……お酒頼んでもいいかな」
「ど、どうぞ…」
「ありがとう。ちょっと緊張してしまって…」

この人全然会長似てない。いや顔はめちゃくちゃ似てるけど、性格は全然違う。
猫被りの可能性も考えたが、これがもしそうだったら本当に人間不信になる。眉を下げてワインを頼む姿は明らかに会長がしない表情で違和感しかなかった。

注文して少し経ってからノックが鳴って、入ってきたのは前菜らしきものを運んできたウェイターと随分と見慣れた姿の人物。

「凌、久しぶり」
「…いくらなんでも急すぎない?」

少し息を切らした会長は入るなり眉を顰めて案内されるがまま俺の隣の席に着く。そんな二人の会話に耳を傾けながら俺は先程からテーブルマナーのことで頭がいっぱいだった。

「そんなに急がなくても良かったのに」
「急ぐだろ、こんなの」

とりあえずナイフとフォークは外側から使っていけばいいというのは聞いたことあったので一番端のものを手に持つ。そしてまた静止して綺麗に盛り付けられた前菜を見つめた。

(…マジでどうしたらいいかわからん…)

ナイフとフォークなんてファミレスくらいでしか使ったことない。
助けを求めてちらりと隣の会長を見ると慣れた手つきでナイフとフォークを動かしていた。数週間前にそこら辺の定食屋で鯖の味噌煮を食べていた人とは思えない上品な所作に震える。何だこいつ。

「で、なんでこんなことになったの?」
「え、あ……たまたま紫さんのお見舞いに行ったら会いまして…」
「なるほどね」

見よう見まねで魚か野菜かよく分からないものを口に運んでいると急に俺に話を振られた。驚きながら答えると特に所作については突っ込むことなく会長は食べるのを再開し、心の底から安堵する。

「…口に合わなかったかな」
「あ、いえ。すごく美味しいです」
「良かった」

マナーへの不安が顔に出ていたのか今度は眉を下げた晃さんに話掛けられ、すかさず笑顔で返した。自分が何を食べているのかすら分からないが味はすごく美味しい。食べたことない味がする。これがきっと高い味ってやつなんだろう。

前菜を全て食べ終え、今度運ばれてきたスープだった。
先程同様隣の人をカンニングして飲み進めながら、前菜よりはまだ馴染みのある味に安心する。多分じゃがいもかなにかのスープだと思う。これまた美味い。

「凌の学校の後輩なんだってね。紫から仲良いって聞いてつい話してみたくて…」
「友達っていうか付き合ってるから」

親子の会話を聞きつつ、スープを全て飲み終える頃、何気なく放った会長の言葉に思わずスプーンで掬う手が止まった。
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