猫被りも程々に。

ぬい

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November

02

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中に入る少し狭いロビーになっており、そこは色んな部屋の写真のパネルが並んでいた。

「これでほんまに止めてこんかったらどないする?」
「その時は普通に帰ればいいんじゃないですか」
「えー金勿体な」

計画は2人でホテルに入るふりでもして2人を吃驚させてやろうという単純な作戦。
騙されるかは分からないが、止めてこなかったら止めてこなかったでその時考えればいいやくらいの気持ちでここまで来たのはいいのだが、いざ入ってみると戸惑った。

恐らく入りたい部屋のパネルの下のボタンを押せば入室可能になるのだろう。こういう場所にしたことがないから勝手が分からないがなんとなく話くらいは聞いたことある。

「色んな部屋あるんですね」
「うわ、こことかめっちゃいい!ちっさいメリーゴーランド!」
「ええ…1番安い部屋にしましょうよ…」

和風テイストな部屋から電車の内装になっている部屋まで取り揃えられており、最早理解不能。その中でメリーゴーランドのある部屋を選ぶ久我先輩はもっと理解不能だった。

個人的には入ってどうこうする気も特になかったので金銭的な意味でも1番安い部屋が良かったのだが、久我先輩はもう普通にこの状況を楽しんでいる様でメリーゴーランドのある部屋を選ぼうとしている。

先に1番安い部屋を押してやろうと思った瞬間、久我先輩と俺の中を割って入るように誰かに肩を掴まれた。

「…何やってんの」

入ってきたのは会長でいつも綺麗にセットされた髪の毛は少し乱れている。その後ろで白木が「…久我委員長…まさか橘にまで…」とドン引きした顔で見ていた。

「ちゃう!!!白木、これはお前らを騙すためにやな…」
「最近やっと落ち着いたと思ってたのに……残念です…」
「ちゃうんやって!!!橘!!お前もなんか言うてや!!」
「…朝から散々振り回された恨み、忘れてませんから」

わざと何も言わないでやると久我先輩は白木に必死に説明して誤解を解く。ヘラヘラといつも笑っている久我先輩が焦っている姿は見てるだけで気分爽快だった。

誤解が解けた後、とりあえずここにいるのはまずいということで4人で一緒に駅に向かう。

「どっちが考えたの?この作戦」
「え、ああ…橘やけど…」
「そうなんだ」

駅に向かう途中でそんな会話をしながら、この後のことを考えていた。少しは焦った様子も見れてスッキリしたが、この後1000倍くらいで返されそう。いや絶対返される。想像するだけで胃が痛んだ。

駅に着くと自分たちが乗る予定の電車が来るのは15分後。
まだ改札に入っても暇なので電車が来るまで適当に近くのお店で暇を潰しながら待つことにした。

「白木、今日は楽しかった。色々ありがとね」
「いえ、こちらこそ」
「一緒に帰らへんの?」
「俺まだ駅に用事あるから」

待っている最中にその言葉を聞いて、俺は折角街まで出たので久我先輩と別れてから駅の本屋にでも寄ろうかなと考えていたがすぐにやめた。怒った会長と二人きりにはなりたくなかったので大人しく久我先輩達と一緒の電車に乗ろうと心に誓う。

そして電車が来るの5分前。
いよいよ改札に入ろうと思っていたその時だった。

「会長!」

本格的に別れる前に白木が少し大きめな声で呼ぶとそこからはもう流れるように一瞬。
瞬きをする間に会長の手を引っ張って、自分の唇を軽く頬に重ねていた。

「…白木…」
「せめてこれくらいは許してください」

そう言って照れるように笑ってみせた白木は本当に可憐で可愛くて。思わず見とれてしまう。
会長は珍しく戸惑った様子で久我先輩も吃驚した顔で俺の体をまた揺すった。

「な、なな、な、ななな、な、橘、ええんか!??!」
「よ…」
「よ?」

良くない。全然良くない。いや、でも仕方ないのか。分からない。さっき揺すられたときはめちゃくちゃ冷静だったのに呆然と立ち尽すだけで思考がまとまらない。

「じゃあ、また!学校でね、会長!」
「振られたのにえらい元気やな」
「はい!久我委員長のデリカシーない発言を聞き流せるくらいには元気です!」

セリフ通り元気の良く手を振る白木は久我先輩を引っ張りながら走ってホームへと消えた。回らない頭でただ俺はそれを眺めていたが、会長の一言で引き戻される。

「いいの?ついて行かなくて」
「あ」

時刻を見るともう発車1分前でホームまで全力で走って間に合うか、間に合わないか。いやきっともう自分の脚力じゃ間に合わない。もう諦める他なかった。

「…白木と何か話したんですか」
「まあ…謝罪その他諸々」

先程のどこか吹っ切れたような白木の様子が気になって尋ねると会長は改札の方面を見たまま答える。カフェで随分長く話していたのは映画の話だけではなく親衛隊の件や文化祭の話を色々していたのだろう。

別れた話を聞いて以来、会長は白木関連の話に全く触れてこなかったので俺も何も聞かなかったが、本当は一つだけどうしても気になっていたことはあった。

「白木と付き合ってる時…どこまでしました…?」

人混みの中でそう小さく尋ねると会長は真っ直ぐ前を見たまま答える。

「特に何も。一緒に帰ったりどこか出かけたりしたくらいかな」
「…迫られたりしなかったんですか?」
「全く」

顔色ひとつ変えずに答える姿は嘘を言ってる様子もない。白木が頬にキスした時に言ったこれくらいは許してというセリフからも事実だということが伺える。
やってはないにしろキスくらいは覚悟していたので少し安堵した。

「…鋭い子だから気付いてたんじゃないかな、色々」

俺が知らないところで二人の間でも色々あったのだろうが、聞いたところで詳しくは答えてくれない気がした。気になるといえば気になるが、しつこく聞くほどでもない。正直言うともう1番聞きたいことが聞けたので少し満足していた。

「で、駅になんの用事だったんです?」
「ああ、あれね」

やっと改札の前から歩き出した会長の後を俺は黙って追った。折角だしその用事に付き合って帰ろうと思っていたのだが、用事があるはずの駅を出て不審に思い、思わず問い掛ける。

「…どこ行くんですか…?」
「さっきの道戻る」
「…はぁ?」

手を掴まれて着いた先は先程久我先輩と通った細い路地。そこまで来たら今から何が起きるのか分かる。もう嫌な予感しかしなかった。

(しまった…)

逃げる手段もなく、俺はただひたすら実家に帰省した時に仕返しされたことを思い出していた。
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