猫被りも程々に。

ぬい

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December

02

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冬休みまでの数週間、試験が終わってから落ち着くかと思いきや委員会の引き継ぎで息をつく暇もないくらい忙しかった。

(全然話す時間ねー…)

俺は来期も引き継ぎ委員長をやる予定なのでまだマシだったが、生徒会は死ぬほど忙しい様子で会長と会う時間は当然ながら減ってここ一週間はたまに数分電話する程度。

でもお互い忙しかったので文句言っている暇もなく、いつの間にか冬休み直前。
終業式は明日に迫っていた。

「冴木くん、大丈夫?分かりそう?」
「なんとか」

3年生は三学期から自由登校になるので学校に来る機会が減るということで、図書室では要先輩が来期副委員長になる1年生の冴木壮真さえきそうまに詰め込むように仕事内容教えている。

冴木は相変わらず無表情で何を考えているかわからない
。でも飲み込みは早く、言われたことをテキパキのこなしていき、三学期には完璧に仕事をこなしてくれそうだった。噂によると頭も運動もできる部類の人間らしい。

「橘委員長、これ出来ました」
「あ、ありがとう…」

ただ無口で無愛想、しかも男前な顔立ちからわかる通り親衛隊持ち。要先輩の親衛隊からは今まで優しくしてもらえていたが、冴木の親衛隊はわからないから怖い。なんでこの学園無駄に顔が良い奴多いんだよ。
それでも図書委員の中で一番有能なのは冴木だったので副委員長に選んだ訳だがそこが若干不安だった。

距離感に悩みながら、引き継ぎの書類を記入すると提出しに生徒会室へと向かう。
会長の顔でも見れるかなと期待して入ったのだが姿は久石副会長と久我と櫻木の3人だけ。部屋に入るなり、櫻木に声を掛けられた。

「あ、それ引き継ぎの書類?」
「ああ、うん」
「今日、会長風邪引いてお休みなのよ~。だから机の上に置いといてくれる?」
「…へ?」

眉を下げて言った櫻木の言葉に俺は思わず固まる。今までどんなハードスケジュールこなしても体調だけは滅多に崩さなかったのに珍しい。

困惑しながらも指示された通り机の上に置いて帰ろうと思ったが、久我と櫻木から視線を感じて立ち止まった。何かしたかと自分の過去の行動を思い返して、すぐに視線の理由に気が付く。

何か言われる前に出ていこうと扉に手をかけると先に動いたのは久我だった。

「なぁ、あの時なんで会長と一緒におったん?」
「…あの時は忘れ物して…」
「手ぇ繋いで取りに行ったってこと?」
「…急いでたもんで…」

2人に何も説明してなかったのかよ。
今の状況から多分会長に聞きたくても聞くなオーラを滲み出していて聞けなかったというところだろうか。

純粋に尋ねる久我に自分でも意味のわからない言い訳をすれば、疑う様子もなく「なんや!忘れ物かぁ~!」と元気よく笑って納得していた。この人が阿呆で助かった。逆に隣の櫻木は別の意味で納得したような笑みを浮かべていて、作り笑いを浮かべた頬が引き攣る。

「そろそろ仕事の邪魔だと思うんで…俺は戻ります…」
「ばいば~い。今度色々またお話聞かせてね~!」

相変わらず久石副会長の声を聞くことがないまま、櫻木の満面の笑みに見送られながら地獄のような生徒会室を後にする。

図書室に戻ると先程と変わらず要先輩は冴木に一生懸命仕事を教えていて平和だった。
それから下校時間になり、図書室の鍵を閉めると真っ直ぐ寮には帰らず、校門を出て少し歩いたところのコンビニに寄った。

(風邪で休んだなら連絡くらいしてくれても良いのに…)

言わないのが会長らしいけど。
適当に飲み物やゼリー等を買って、そのまま非常階段で会長の部屋へと向かう。

寝ていたら悪いのでチャイムは鳴らさずに部屋に入ると真っ暗。リビングの電気を付けても会長の姿はなかったので、恐らく寝室で寝ているのだろう。

適当にコンビニで買ってきた袋を机に置いて整理していると不意に扉が開く音がして、何やら背中に重いものが乗っかる。

「…幻覚?」
「本物ですよ」
「ほんとだ」

振り返る前に会長の声がして後ろから抱き締めているのだと気付く。触れた感触で幻覚ではないと確認したのかあっさりと腕は離れた。

寝ていたのかいつも綺麗にセットされている髪は乱れていて部屋着姿。額にはこの前俺が熱出した時に買っておいたであろう冷えピタが貼ってある。

「まだ体調悪いですか」
「大分良くなった」

会長はそのままソファーに座るとスマホを取り出す。少ししんどそうだがいつものよく分からない携帯ゲームをする余裕くらいはあるらしい。

「珍しいですね、体調崩すの」
「文化祭あたりからずっと忙しかったからかな。熱出すのほんと久々」

受験勉強に加え、あれだけ忙しかったら体調も悪くなるだろう。今まで元気だったのが可笑しいくらいだ。

「キッチン借りてもいいですか?」
「…なにか作ってくれるの?」
「一応。うどんくらいしか作れませんけど」
「へえ、熱出した甲斐があったな」

鍋と冷蔵庫の中のものも適当に使っていいと言われ、一応最低限の材料は買ってきたが栄養が足りない気がしたので野菜は拝借することにした。適当に野菜を切り、鍋に入れて柔らかくなるまで煮立たせるとあっという間に完成する。
自分の分も作って晩御飯はそれで済ませることにした。

「食べさせてはくれないんだ」
「そこまでのサービスは期待しないでください」

椅子に座るなり冗談か本気か分からないことを言われて箸とレンゲを持って口に運ぶ。別に不味いものは入れてないので味は普通に美味しかった。市販の出汁の力はすごい。目の前の会長も同じことを思ったようで口に運ぶなり「美味しい」と言って食べ進めている。
話によると動く気力もなく朝から何も食べていなかったらしい。

「ご馳走様。うどん美味しかった。ありがとう」
「それは良かったです」
「まさか作ってくれると思わなかったな。他に何作れるの?」
「あとはカレーとか…簡単なものしか無理ですよ」

帰省した時に母が仕事に行っている間、たまに愛梨のご飯の面倒を見ていた際に覚えただけなので特にできるという訳でもない。謙遜ではなく本心でそう言って、食べ終わった食器を洗い終えると薬を飲んでいる会長の隣に座った。

「それだけ作れたら十分じゃない?世の中にはトーストすらまともに焼けない人もいるし」
「そんな人いるんですか?」
「今度要に何か作ってもらいなよ。殺意沸くから」

そういえばチラッと母親は塩と砂糖間違えた話は聞いたな。遺伝なのかもしれない。しかも要先輩相手だといくら不味そうでも断りにくそうだ。相手に失敗したから捨てるねとしょぼくれた顔で言われたとしても無理矢理食べてしまいそうではある。

有益な情報を手に入れ、今度から要先輩が料理を作るシチュエーションにならないよう気をつけようと心に刻んだ。

時計を見るとそろそろ8時過ぎ。
風邪を引いている人の部屋にこれ以上長居するのも悪いので鞄を手に取り立ち上がれば会長は俺の顔を見つめて問い掛けた。

「帰るの?」
「俺がいたら寝にくいでしょう」
「…そう」

なんだその反応は。
こっちは気遣ったつもりなのにいかにもな反応をされると困る。帰って欲しくないなら欲しくないと言えばいいのに。

「…別にいて欲しいならいますけど」
「いいよ。俺の風邪移したら湊死にそう」
「どういう意味だよ」

会長の可愛くない発言を最後に俺は部屋を後にし、自分の部屋に戻った。

理久は部屋に籠っているのか共有のリビングにはいない。自室に入るなり、適当な鞄に着替えと勉強道具や暇潰しの本などを詰めるとすぐに自分の部屋から出て、本日二回目の非常階段を駆け上がる。

数分前見た部屋はもう真っ暗で、今度はリビングではなく寝室に入る。扉を開けると電気は付いていて明るい。

「…忘れ物?」
「やっぱり泊まろうと思って。最近お互い忙しくてゆっくり話せてなかったですし」

一日中寝ていたのですぐには眠れなかったのだろう。受験対策の本を読みながらベッドに寝転がっていた。ベッドのすぐ近くの床に座れば、本を閉じて近くのサイドテーブルに置く。

「…寂しかった?」
「会長でしょ、寂しかったのは」

額に張り付いた髪の毛を撫でながらそう言えば、会長は長い睫毛が目を伏せて笑った。その表情に自然と顔が近付き、軽く触れるだけのキスをする。

「…伝染るから我慢してたのに」
「伝染ったら看病してくださいね」

ゆっくりと離すと今度は会長から重ねられ、何回かその行為を繰り返した後、これ以上はお互いやばいと考えて寝室から出た。それからはいつもの通りお風呂に入って、勉強したり本を読んだりして過ごす。

そして次の日の朝。
会長も元気になっていて学校に登校して、何事もなく終業式も迎えた。

いよいよ冬休みということで気分も良く、その日も当然のように会長の部屋に泊まったが、一応病み上がりということで行為はしなかった。でもその時色々他愛ない話をして夜遅くに寝てしまったのが良くなかったのかもしれない。

「頭痛い、喉痛い、関節痛い…」
「だからあの時帰った方がいいって言ったのに」

冬休み1日目。
物凄い身体のだるさに襲われてベッドに蹲る。この前風邪引いた時とは比べ物にならない程のしんどさ。会長はそんな俺を呆れた顔で見ていた。

あの時はあんな反応するからだと言い返してやりたかったが、このパターンは1回学んだ。今それ言ったら仕返しされそうなので心に秘めておく。

魘されながら布団を被っていると、額に冷たい感触が走る。それからはお粥食べさせられ、薬を飲んだ後、会長は立ち上がった。

「どこ行くんですか」
「引き継ぎの仕事まだ残ってるから片付けようかなと」
「…やだ、いてください」

せめて寝るまでと熱で火照った頭で手を掴めば、会長は少し瞬きを繰り返してまた先程の位置に座り直した。
汗で張り付いた髪の毛掬うように撫でられる。相変わらずこの人の手は冷たい。

ふわふわした意識の中でそんなことを考えていれば、いつの間にか瞼は下がって、次目を覚ました時には夕方になり、熱は大分下がっていた。
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