猫被りも程々に。

ぬい

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November

03

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「要先輩、たこ焼き食べます?」
「ありがと」
「花火もうすぐですね」

一般開放時間も終わり、ほとんどの生徒がキャンプファイヤーのあるグラウンドで過ごしている今の時間。

静寂に包まれている図書室で要先輩と俺は理久から貰ったたこ焼きを机に広げて花火が上がるのを待つ。窓の外から小さく見えるキャンプファイヤーの光は真っ暗の中光り輝いてすごく綺麗だった。

「本当に俺とで良かったんですか?色んな人に誘われたでしょう」
「むしろ湊とが良かった」
「そう、ですか…」

さらっとそう言ってみせる要先輩の笑顔に少し居た堪れない気持ちで目を伏せる。

きっと沢山の人に誘われただろうに。
他の人の誘いを断わってまで今俺と過ごしているのだと思うと申し訳ない気持ちになった。

(…最低だな、ほんと)

誘われた時からこんな気持ちになることは分かっていた。
でも断らなかったのは去年一緒に過ごした理久は久我先輩に取られるだろうと予想していたから。後夜祭を1人で過ごしたくなかったからだ。

誰かと一緒に過ごすことで気が紛らわしたかった。
そんな自己中極まりない考えのために今こうして要先輩と過ごしている。

「答え、あの時から変わりそうにない?」
「…え…」

花火が上がる予定時間の数分前。
暫く黙って時間が来るのを待っていたが時計の秒針だけが響く部屋で突然要先輩は小さく尋ねた。唐突に振られた問い掛けにすぐ答えることは出来ず少し目線をさ迷わせた後、俺は正直に口を開く。

「…はい…」
「…そっか」

小さく呟くように言った言葉は静かな部屋ではよく聞こえ、要先輩はそれ以上は何も言うこと無くただ黙ったまま窓の外を眺めていた。

「…卒業まで考えてもらおうと思ったんだけどもう無理かな」

その後ぼそりと消えるように発した言葉はすぐ理解出来ずに消える。俺が何か言う前に要先輩は眉を下げて微笑むとそのまま言葉を続けた。

「聞かせてよ、答え」
「…いい、んですか…」
「うん。このまま伸ばしても意味ないと思うし」 

独り言のように呟いた言葉の意味を俺はここでやっと理解する。見つめる要先輩の視線から逃れるように顔を少し俯かせ、汗ばんだ手を誤魔化す様に制服のズボンを握り締めた。
 
「俺、要先輩のこと、そういう風に見たことなくて…」
「…うん」

掠れて上手く声が出せない。 
こういう場面に慣れていないからどんな言葉を選べばいいのか分からない。頭の中で整理しながら伝えようとすると途切れ途切れになる。

そんな俺の言葉を要先輩は安心させるように相槌だけを打った。

「気持ちは嬉しいんですけど、その…やっぱり…」

最後まで言おうとした言葉は大人しく相槌を打っていた要先輩に手を握られたことで遮られて止まる。

微かに震えている手にこの先の台詞を言葉にすることを躊躇してしまう。ただ唇は音もなく震えるだけ。
 
「要、先輩…」
「…そのまま続けて」

ようやく出せた声で名前を呼ぶと要先輩は遮るように強く握っていた手に力を込めた。

いつもと違う珍しく震えた声。
表情は俯いているせいで確認出来ない。

(言いたく、ない…)

初めて要先輩の好意を確信した時はすんなり言葉にすることが出来たのに。

ここ1ヶ月で随分と状況が変わった。
要先輩からの好意を受け取る度、変わらない答えを早く伝えなきゃと思っていたけど言ってしまうのが怖くて、答えを出さなくていいという彼の言葉に甘え切って、現在まで逃げ続けていた。

でもそれも今日で終わり。

急かすように込められた力に俺は一度固く口を閉じると消えるように言葉を放つ。


「…俺、会長のことが好きなんです」


2人しか居ない部屋で静かに響き渡る。
俺の言葉に反応する様に要先輩は俯いていた顔を上げると「実際聞くときついなぁ…」と切れ切れに言った。その表情は笑みを浮かべてはいたが力なく取って付けたような笑顔で俺は見ていることが出来ず目を逸らす。

そんな空気を紛らわすように空にはようやく花火が上がり、薄暗い部屋は一瞬明るくなると同時に引き寄せられるように腕を引っ張られ、要先輩に抱きしめられた。

「…ごめん、少しだけ」

肩口に感じる少し濡れた感触で今要先輩がどういう表情をしているのか分かる。
顔を見られたくないとでも言うように力のこもった腕を俺は振りほどこうとはせず黙って受け入れた。

大きく空に打ち上がった花火にも構うことなく、俺たちは暫くそのままの状態でひたすら時間が経つのを待つ。

「花火終わったし、帰ろっか」
「…はい」

花火が終わった後。
要先輩は少し目を赤くして相変わらずの笑顔で言った。
俺はそんな要先輩に何も言わず、鞄を握り締めると文化祭で少し散らかった部屋を後にして図書室の鍵を閉める。

ーーそうして長かったようで短かった文化祭が終了した。
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