猫被りも程々に。

ぬい

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November

03

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下校時間の過ぎた図書室は静かで人一人いる様子もなかった。目的地に着いても会長は俺の腕を掴んだまま、立ち止まって動かない。

暫く何も話さない状態が続いたが、俺から口を開く気はなく、ただその場に立ち尽くした状態で会長の背中を眺める。

「…どういうつもり…?」 
「何が…ですか」
「親衛隊の件」

ようやく何か発した会長の問い掛けに驚くことも無く、「なんとなく…会長もうすぐ卒業だし、いいかなって」とだけ答えると掴まれていた手が離れる。

この言葉に嘘はない。
本当に深い意味は無くて、ただなんとなく入っただけ。
好きだからなんとなく入った。どうせこのまま卒業してしまうなら親衛隊にでも入って思い出の一つや二つ作れないかなとも思った。
言ってしまえばそこらへんの親衛隊の子たちと理由は同じだ。

「…そういうの困る」
「どうしてですか」

わざとそう尋ねると会長は1度口を閉じて暫く黙った後、小さな声で呟く。

「我慢、できなくなるから」

ただ微かに震えて発したその言葉だけで自分の予想は当たっていたのだと確信した。

ずっと考えていた会長の行動の理由。
文化祭が終わって落ち着いた頭で導き出した答えを本人に確認するべきか迷っていたが、ここまできたら言わずにはいられなかった。

「やっぱり…紫さんのこと気にしてるんですね」
「…当たり前だろ」

母さん程度で済むわけないのに、と会長は淡々と言った。
男同士なんて子供産めないどころか世間体だって悪い。関係を隠し通してもいつかは必ず結婚の話が出てくる。たとえその話を誤魔化せたとしても限度があって。

「別れるって分かってるのに、付き合うなんて馬鹿らしい」

遅かれ早かれきっといつか関係は終わる。
吐き捨てるように言った会長の言葉は静かな部屋でやけに響いて聞こえた。

それならいっそ何も知らないまま卒業した方がいい。熱がもっと大きくなる前にお互い忘れてしまった方がいい。
理由に気がついた時、俺も同じことを思って、だから会長の気持ちを確信しても何も言えなくてこの先どうしたらいいのかずっと考えていた。

「支倉の家の事だけじゃない。橘にとっても一時的な気の迷い俺なんかと付き合うより、卒業まで我慢して普通に暮らした方がいいに決まってる」

振り向いた会長の表情はいつも通りでこんな時でも笑みを浮かべている。でも声は少し掠れていて、そんな彼から目を逸らすように俯いた。震える手を抑えるように丸めた掌は爪がくい込んで痛い。

「…会長は、いいんですか…それで…」
「勿論」
「じゃあなんで…」

平然と間を開けることなく答えた会長に俺は思わず俯いていた顔を上げる。

「なんで、あんなことしたんですか…」

そう思ってるのなら。
本当にこのまま卒業すべきだと思っているのなら、あの日生徒会室で俺を引き止めるべきじゃなかった。
要先輩への返事だってたとえ気になっていたとしても聞くべきじゃなかった。
振ったなら振ったなりの態度とり続けるべきだった。

そしたら今頃すんなり諦められていたのに。

「…ごめん」

責め立てるように込めた問い掛けに会長は言い訳するわけでもなくただその一言だけ。
目を伏せて俺から視線を逸らしたまま動かない。

「…許さねえ…」

その姿に思わずそんな言葉が口から出た。
だって謝って済む問題じゃない。もう今更誤魔化したって我慢できる訳が無い。俺が気付いた時点で、今こうして話している時点でもう状況は手遅れでなかったことになんて出来ない。

「こんな風にした責任、取ってくださいよ」

大体会長がキスなんてしてこなければ、何も知らないまま平穏に過ごせた。気持ちを自覚しないまま卒業出来た。

きっと過ごした学園生活はいい思い出となって、普通に暮らせていたに違いない。

「…橘…」
「好きなんでしょう、俺の事」

逃がさないために握った手は熱を持っていた自分の手とは違い、冷たくひんやりとしている。
会長は一瞬目を見開いて俺を見たが、すぐにまた視線を逸らす。否定する気も手を振りほどく気もない様だった。

「俺に好意を向けられると我慢出来なくなるくらい、好きなんでしょう」
「それ、は…」

会長は肯定しない代わりに顔を俯けて、言いかけた言葉を飲み込む。

観覧車の時、俺が何か言い出す前に先手を打つように振ったのは直接言葉で聞いてしまえば気持ちを抑えられなくなると分かっていたからなのだろう。
白木と付き合ったのだって俺を諦めさせるためで。親衛隊に入ったら困る理由も好意が形になってしまうのが嫌だったからだと、今ならわかる。

「…そもそも俺、女の子にもここまでの感情抱いたことないです。
可愛いなと思う子は勿論いましたけど、こんな風に誰かに嫉妬したり、悩んだりするのは本当に初めてで…」

だから絶対気の迷いじゃない。
こんな感情が気の迷いな訳が無い。

今から言おうとしていることは会長にとって聞きたくない言葉かもしれない。でも絶対に言う。今言わないと絶対この先後悔する。
 
「会長が言ってることも理解してます。
このまま卒業した方がいいって言うのも分かってます」

支倉の家の事は簡単に解決できる問題ではなくて。

互いのためにもこのまま卒業して普通に恋愛して普通に暮らした方がいいくらい痛いほど分かっている。


「でもそれでも…会長のこと好きなんですよ、俺」


はっきりと口にすれば会長は俯いた顔を上げて、俺の顔を見つめた。

頭ではそう理解していても我慢出来ない。それは目の前のこの人だって同じだろう。

「だから、死ぬまで責任取ってくれませんか」

これは最後の問い掛けだった。
もしここまで言っても駄目なら会長の言う通り、今日の出来事も全部無かったことにして卒業するまで我慢する。

緊張で自然と握り締めた手に力がこもり、掌に汗が滲む。
逃げ出したくなるくらい静かな時間が続いたが俺は誤魔化すこともせず、ひたすら会長が何か反応するのを待った。

「…帰ろうか」

暫くの沈黙の後、やっと会長が発した言葉は「はい」でも「いいえ」でもない。

でも一方的に握り締めていたはずの手は応えるように強く握り返されていて、俺がこめた力を抜いても離れる気配はない。冷たかった手はすっかり熱帯びていた。

(…手、あつい…)

先程の緊張はなくなっても、まだ心臓はうるさいまま。
会長に繋がれた手とは逆の手で図書室の鍵と鞄を手に持って時計を確認すれば、すっかり7時を過ぎていた。


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