猫被りも程々に。

ぬい

文字の大きさ
上 下
36 / 127
August

02

しおりを挟む
それから1週間。
俺が病院に行く時間と相手の散歩の時間と合うのか、お見舞いに足を運ぶ度に紫さんと偶然会い、休憩室で話をするようになっていた。

話す内容は基本は最近の出来事や本の話、最近のニュース等様々。
年代は違うが本の趣味は結構合うのでなんだか年の離れた友達が出来たような不思議な気分だ。

「そういえば最近、病院で綺麗な女の人と仲良くなったんです」
「へえ、ドラマみたいじゃん」
「女の人って言っても30後半くらいの人で。特に約束してないんですけど、毎回お見舞い行く度に会うんですよね」

会長の部屋で勉強を教えてもらった休憩中、暇潰しがてら最近あった出来事を話せば会長は興味なさそうな顔で携帯から顔をあげることも無く答えた。

「それ本当に人間なの?」
「…どういう意味ですか」

返答の意味が分からず、眉を顰めるも会長は1度もこちらに視線を寄越さない。軽快な音楽が微かに聞こえるのでどうせいつもの暇潰しのパズルゲームでもしているんだろう。

「湊が病院行く度にタイミングよく会うんでしょ?しかも毎回」
「そうですけど…」
「その人が誰かと話してるところ見た事ある?」
「…ないですけど…」

そこまで質問されてようやく言葉の意味に気が付く。
やっと言いたいことに気がついた俺に対して、ようやく携帯画面から視線を外した会長が笑った。

「幽霊って本当にいたんだ」
「なわけねーだろ。そういうこと言うのやめてください」

結構本気で言ってるのに、と再び画面に視線を戻す会長を横目に氷が溶けて薄くなったコーヒーを少し渦巻き始めた不安と共に流し込む。

会長が言っていることは分かる。
確かに毎回偶然会うなんておかしいし、他の誰かと話す姿も見たことない。幽霊なんて馬鹿げた話だがそう言われたら妙に信憑性があるというか、なんというか。

部屋に帰る準備をしながら色々考えてしまったせいで、少し明日の病院が憂鬱になっていくのを感じた。

そして次の日。
それでも行かない訳にはいかない俺は気持ちが落ち着かないまま病院へと足を運んだ。

(いや、今日は会わないかもしれねーし…)

そうであって欲しい。
この幽霊疑惑を打ち消すためにも今日だけは会わないでくれ。

そんな俺の願いも虚しく、いつものように要先輩の病室へ向かうと「湊くん」と透き通った声で話しかけられた。

「…紫さん、こんばんは」
「こんばんは。今日もお見舞い?」

いつも通り綺麗な顔で目を細める紫さんだったが俺は内心少し怯えていた。
透けてないかとチラチラと足元を気にしてみたりしたのがいけなかったのかもしれない。

紫さんはすぐ俺の不審な態度に気が付いたようで不思議そうな顔で尋ねた。

「どうかした?」
「え!いや、…なんでもないですよ」
「嘘おっしゃい。様子変よ…?調子でも悪い?」

俺の疚しい心とは裏腹に純粋に心配してくる紫さんを見ていると酷い罪悪感に襲われる。全部あんなことを言い出した会長のせいだ。

特に上手い言い訳も思い浮かばず、恐る恐る「実は…」と昨日言われたことを相手の気に障らない程度にオブラートに包みながら説明すると紫さんは大きく瞬きをした後、少し考えたような素振りで黙った。

少し長い沈黙。
2人しかいない休憩室は冷房が効いているのか少し寒い気すらしてくる。

何も話そうとしない紫さんに冷や汗が止まらなかった。いっそ失礼だと罵られた方がどれだけマシか。

「…もうバレたのね」
「え゛」
「その人の言う通り実は私ね…三年前に死んでるの」

目を伏せて有り得ないことを真顔で話す彼女に言葉が出ない。嘘ですよね?と聞き返したかったのにそんなこと言える雰囲気でもなく、ただただ唇を震わせていると紫さんはクスクスと肩を震わせて笑った。

「なーんて冗談よ」
「な、…っ、びっくりしたじゃないですか!」
「まさかそんなに信じると思わなくて。ごめんなさい」

お茶目に笑う紫さんに心の底から安堵し、買ったお茶を口に含む。あんな話を信じてしまった自分が馬鹿らしい。

「湊くん大体14時くらいにここ通るから、毎回待ち伏せしてたの」

言われてみたらいつも午前中に図書室に顔を出し、仕事を終わらせてから寮に帰って昼ご飯。そして、着替えて病院へ。というルーティンでココ最近は生活していた。言われてみると自然と大体14時くらいに病院につくようになっていた気がする。 
ようやく偶然会う理由が分かって、スッキリした。

「湊くんと話してると息子と話してるみたいで楽しくてねぇ」
「息子さんいたんですね」
「そうなのよ。湊くんと同い年くらいのね」

同い年くらいの息子ということはやはり年齢は母とそんなに変わらないのかもしれない。きっとその息子はいい子でイケメンなんだろうな。

「息子さんどんな人なんですか?」
「湊くんと似ててとっても真面目で優しい子よ。あと小さい頃からよく女の子にモテてたわね」
「それは羨ましいですね」

思った通りの息子像に特に驚きもなく、嬉しそうに息子の話をする紫さんを微笑ましく思った。
暫く紫さんの息子さんの話を聞いた後、今度は俺の交友関係の話に変わり「湊くんはその先輩と仲がいいのね」と微笑ましそうな顔で言われた。

「仲良いっていうか…生徒会の仕事手伝う代わりに勉強教えてもらってるっていうか…」
「生徒会?」
「えっと、その先輩、生徒会長なので…」
「へえ、すごい!」

いや、本当にスペックはすごい人なんですよ。ただその分性格悪いんですけど。
楽しそうに笑う紫さんの言葉に心の中でそう呟くとこの後は俺の学校生活の話で一頻り盛り上がった後、その日は解散となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛理の場合 〜レズビアンサークルの掟〜

本庄こだま
恋愛
 美貌と妖艶。倒錯した性欲の覚醒。汚れた世界で信じられるものは、自分自身の“肉体”のみ……。  ウリ専レズビアンの「愛理」は、今宵も女を求めてホテル街に立ち、女に買われ、そして女に抱かれる。  ある夜、一人のレズナンパ師「恭子」に出会い「レズサークル」の乱交パーティーへと誘われた事から、愛理の運命の歯車が歪な音を立てて動き出すーー。  ※この作品は過度な性描写があります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。  ※この作品には同性愛描写、ふたなりの登場人物等、アブノーマルな設定が登場します。苦手な方はご注意ください。

【SF短編集】機械娘たちの憂鬱

ジャン・幸田
SF
 何らかの事情で人間の姿を捨て、ロボットのようにされた女の子の運命を描く作品集。  過去の作品のアーカイブになりますが、新作も追加していきます。

処刑された女子少年死刑囚はガイノイドとして冤罪をはらすように命じられた

ジャン・幸田
ミステリー
 身に覚えのない大量殺人によって女子少年死刑囚になった少女・・・  彼女は裁判確定後、強硬な世論の圧力に屈した法務官僚によって死刑が執行された。はずだった・・・  あの世に逝ったと思い目を覚ました彼女は自分の姿に絶句した! ロボットに改造されていた!?  この物語は、謎の組織によって嵌められた少女の冒険談である。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...