猫被りも程々に。

ぬい

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August

02

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夏休み。ボーリング場。平日のお昼。
その3つが揃っているせいか、場内は夏休み中のほぼ学生で賑わっていた。

「お前相変わらず勉強以外は苦手なんだな」
「うっせーよ」
「つか、支倉先輩うめー…」

俺の悲惨なスコアは今のところ下から2番目。最下位の女子と僅差で争っていると言った感じだった。
ちなみに上手いと言われた会長のスコアは当然1位、ではなく2位。

来る前はぶっちぎりの1位だと予想していたが、トータルスコアは170いかないくらい。てっきり200超えると思ってたのに。

「俺、ちょっとトイレ」
「おーいってら」

久々の環境とボーリングに疲れを感じ、自分の順番が終わった後にトイレに向かうフリをすると近くにあったベンチを座り込む。

(…疲れた。)

肉体的にも、精神的にも。
重いボールを持った腕は痛いし、男友達は問題ないのだが学園では聞かないであろう甲高い声と独特なテンションに少し生気が吸い取られていた。中学時代は自分がどうやって過ごしてたのか思い出せない。

「何やってんの」
「…会長」

暫くぼーっとしていると会長がやって来て、隣に座った。トイレに来た訳ではなく、この人もあの雰囲気から避難してきたらしい。

「随分とモテモテじゃないですか」
「…嫉妬?」
「そうですね。少し」

女の子にモテてて少し羨ましい。
あのテンションについていけないながらもそんなことを思うのは完全にモテない男の僻みである。

「ボーリング、意外でした」
「何が?」
「スコア200は超えると思ってたんで」
「あー…うん」

返される妙に歯切れの悪い言葉。
てっきりなんでも出来るわけじゃないからとかそんな感じで返されると思ったのでつい違和感しかない返答の意味を探してしまう。

自分が思っていたスコアが出せなかったから触れて欲しくなかったか、もしくは思ったより上手じゃないと言われて落ち込んでいるか。

(…いや、違うな)

どっちもしっくり来ない。
それならまだーーーー。

「もしかして、手加減しました?」
「少しだけ」

やっぱり。
どうせ目立ちたくないとかそんな理由に違いない。
もう少しゆっくりしていたかったが「もうすぐ順番くるんじゃない?」と会長に言われてその場を後にした。

席に戻るとゲームはかなり進んでおり、全員ラスト1回。
当然ストライクなんて出せるわけもないので、俺の番は2投目で終了。

「やー、惜しかったな」
「惜しくねーだろ…」
「あと1本倒しときゃ最下位免れたのに」

そんな低レベルな次元で戦って買っても嬉しくない。
結果は俺が最下位で鈴木が1位で会長が2位。順位下位はほぼ女の子で普通に死にたかった。

「カラオケ満室だってー」
「えー、じゃあ、どうする?」

その後はカラオケにでも行く話が出ていたが部屋が空いておらず、結局ファーストフード店に行くことになった。

(なんでこんな元気なんだよ、こいつら)

俺なんかボーリングで腕が死んでるのに。
正直もう帰りたかったが、和を乱したくないので黙ってついて行く。

とにかく会長と話したい女の子たちはあれだけボーリング場で話しても話し足りないのか、プライベートな話メインでドンドン質問していて、傍から見ているともはや記者会見かと突っ込みたくなるレベル。
でも勝手に話が回るので楽だからいい。もし会長がいなかったら久々に会った俺が餌食になってただろうし。

すっかり油断してポテトをつまむ俺にインタビュワーたちは何故か急に話を振ってきた。

「支倉先輩ってなんの先輩なの?部活?」
「…勉強教えてもらってる」
「え!橘に勉強教えてんの!?」

食い付きがすごい。
中学時代は俺が学年で1番頭が良かったのを知っていた人達は驚きで目を見開く。

「ってことはすっげー偉いんだ」
「しかもあの学校通ってるってことはお金持ちなんだろ?」
「まあ…」
「橘くん、すごい人と知り合いなんだね」

皆がすごいすごいと感動する中、隣に座っていた女の子が微笑みなから顔を覗き込んできた。名前は水島結衣みずしまゆい。一応同じ中学あんまり話したことがないので少し気まずい。

「いつまでこっちいるの?」
「お盆まではいる予定」

久しぶりに対面で女の子と話すので少し素っ気ない返事で返してしまう。水島はあんまり気にしていない様でそのまま話を続けた。

「じゃ、じゃあさ…来週、私と遊びに行かない?」
「…へ?」

なんで俺?なんてそんなこと聞ける訳もなく。
少し赤らんでいる頬を見るともしかしたら好意を持って話し掛けてくれているのかと思ったが話したことが無いので分からない。
会長目当てで俺と仲良くしようとしてるのかと疑ってみたものの、それならこの貴重な時間に俺に話し掛けたりしない筈。いや、でもあえて他の女の子とは自分は違うんですっていうアピールの可能性あるのか。

「…嫌かな…?」
「あ、いや…予定わかんねーから後で連絡していい?」
「うん!」

結局思考はまとまらず。
逃げるように水島とは連絡先だけ交換して会話は終了した。

「…疲れた」
「…ですね」

ファーストフード店から出てようやく解散。

同じ中学の奴らばかりだったので最寄り駅まで同じ人が多く、この静かな状態になるまでかなり時間がかかった。

蝉の鳴き声しか聞こえない帰り道でお互い大きな溜め息を吐く。静かな道では会長の携帯から通知音が休む間もなく鳴り響いている。

「これちゃんと返信しないとまずい?」
「聞かれたら適当に誤魔化しとくんで面倒なら無視していいですよ」
「…一応こっちにいるまでは返しとくか」

偶然どこかで会うかもしれないし。
そう言って会長はとりあえず通知だけ確認した携帯をポケットに収めた。モテる人間も大変なんだなと他人事のように思っていたが、今度は俺の携帯が震える。
携帯画面には相手は水島結衣の文字。

軽くメッセージ内容だけ確認して、なんて返そうかと悩みながら携帯を仕舞うと会長が「行くの?デート」と尋ねてきた。

「…なんで知ってるんですか?」
「他の子から聞いた。水島さん、だっけ?中学時代から橘のこと好きだったとかなんとか」
「マジか…」

ますます返事に困る情報に眉を顰める。

別に水島が嫌とかじゃない。嬉しいのは嬉しい。
だが今は俺は勉強で手一杯で、誰かに気を遣いながら特待生をキープする程の器用さは持ち合わせていないので悩んでいる。どうせならそういうことは中学時代に言って欲しかった。

「なに?迷ってんの?」
「その気ないのに行くの微妙かなって」
「…携帯貸して」

ここはあしらいの上手そうな会長に渡した方が懸命かもしれない。素直に差し出された手に画面ロック解除したスマホを置く。

受け取るなり会長の指が軽やかに動き、リアルタイムで相手も見ているのか何度も通知が鳴った。それに考える暇もなく会長が返し、俺は黙ってただその姿を眺める。

そして再びスマホを返された時、ようやくトーク画面を確認してみれば事は丸く解決している筈ーーー。

「なんで行くことになってるんですか…」
「案外楽しいかもよ」

上手く断ってくれると思っていた俺の予想とはまったくの正反対。
何故か1週間後に水島と遊びに行く約束になっていた。
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