猫被りも程々に。

ぬい

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October

中間試験後

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「テストの順位どうだったー?やっぱり1位?」
「おー…1位…」
「なんでそんな暗いんだよ…って、全教科満点じゃん」

テストが終わり、その結果が返ってきた放課後。
いつも通りの平穏な日常かと思いきやそうはいかなかった。

全部忘れるために勉強に明け暮れた俺は全教科満点という成績をたたき出したにも関わらず気分はなんだか憂鬱のままで。
窓の外を見るとその原因の本人はいつも通り爽やかな笑みで生徒達に囲まれている。

「うわ、相変わらず人気だな、会長」
「…ほんとにな」

昨日の放課後、テストが終わったということで会長と紫さんのお見舞いに行った。
どっちから誘った訳でもなく自然と成り行きで。前回のように公園で待ち合わせして、互いにテストの出来について話しながら病院に向かい、紫さんの具合を聞く。そして適当な時間に解散。

(…いつも通りだったな)

あんなことをされた後で少し緊張していた俺に比べて会長は拍子抜けするくらい普通。
結局特に何の変化もなければ、キスについて触れることさえもない。いつもの通り。緊張していた俺が馬鹿だったと思えるくらい。

何も変わらない日常。
でも少しだけ自分の心だけが騒がしくて、それ以外は何の変わりもない。理久はいつものように授業中寝てるし、白木だって体育祭から相変わらず会長に猛烈アタック中で、ここまでくるとあの時のことが夢だったような気さえしてくる。

そんな日常に俺は心の底から安堵した。
出来ることならこのまま全部忘れてしまいたい。
心が騒々しい理由なんて気付かないまま、誤魔化しが効くうちに。

「…早く卒業してくれたらいいのに」
「え?」
「いや…こっちの話」

思わず呟いた言葉は隣にいた理久にも届かず、賑やかな室内で消えてなくなる。
校内はテストも終わり文化祭一色で、周りと同じように理久も文化祭で頭がいっぱいの様だった。

「そいや、お前文化祭どうすんの?やっぱ裏方希望?」
「ああ、うん。てか裏方以外選択肢なくね?」
「えーなんで?楽しそうじゃん。女装」

うちのクラスはテスト前の話し合いで女装喫茶で決定しており、今日の放課後から準備が本格的にスタート。
委員会もあるから手伝わなくても文句は言われないだろうが、それは気が引けるので1時間程度は顔を出そうとは思っている。正直面倒臭いけど。

「もしかして橘と宮前今暇?」
「おー、なにか手伝うことある?」
「職員室から板とペンキ貰ってきてんね?足りなくてさー」
「わかった」

何を手伝おうかと考えていると文化祭委員の沢田が丁度よく仕事をくれた。どうやら暇そうにしていたのは俺たちくらいで周りのみんなは衣装やらメニューやら考えていて忙しいらしい。

立ち上がって言われたとおり職員室へ向かい、板とペンキを手に入れたその帰り。
不幸にもすごく見覚えのある茶色い髪の毛が目に入る。

「重そうやな、それ」
「…久我先輩も重そうですね」
「もーめっちゃ重いで。肩おかしなりそうやわ~」

同じように板を抱えた久我先輩はわざとらしく眉を下げた。それに対して周りの生徒が「手伝いましょうか?」なんて頬を染めながら言っていたが久我先輩はへらりと笑いながら断る。

「あ、ミヤマエくんや」
「え、あ…どーも」

そう言えば前会った時、理久のこと気にしてたな。
何が気になるのかは知らないが、この前図書室でわざわざ名前を尋ねられたことを思い出して隣の理久を見ると少し戸惑った表情で浮かべていた笑顔は引き攣っていた。

そんな理久の様子に久我先輩は気付いているのかいないのか「いや~、昔の知り合いと同じ名前やから名前覚えてもうたわ」とわざとらしく言ってみせる。
二人の間に何かあったのは明白だが、今のやり取りだけでは何があったのかまでは分からない。

「昔な、俺が向こう住んでた時に矢嶋理久って子がいて…」
「あの…!」

半分に色々考えている最中、理久の珍しく声を荒らげた声が廊下に響き渡った。
吃驚して隣に視線を向けると俯きがちにペンキの入ったバケツを握りしめて、その手は微かに震えている。

「…準備あるから、先戻る」
「え、、ちょ、理久」
「ごめん、板持っていっとくから」

俺の手から板を強引に奪うとかなり重いだろうにその重さを感じさせないほどのスピードで廊下から理久の姿が消えた。
暫く沈黙が続き、久我先輩の様子を確認するといつものような調子のいい笑みではなく、口角は下がり気味。なにやら不穏な空気に俺もつい逃げ出したくなる。

「…理久と知り合いなんですか」
「うん。めっちゃ知り合い」

そのままスルーして教室に帰ろうかとも思ったが、気になるので聞いてみたら案の定。
大分前に離婚して金持ちになった的な話は聞いたことがある。その話と先程の話を踏まえるともしかしたら久我先輩が言っていた矢嶋理久と理久は同一人物なのかもしれない。

どんな知り合いなのか気にはなるが、それよりも久我先輩の声がいつもより少し低かったのが気になった。
戸惑っているというか怒っているような、そんな声色。

「もしかして怒ってます?」
「めーーーーちゃくちゃ怒ってる」

恐る恐るそう尋ねてみると久我先輩が笑みひとつ浮かべず即答した。

「中1の頃付き合ってたんよ、理久とは」
「…え?」
「俺が引っ越したからほんの数ヶ月くらいやけど」

急な展開に上手く言葉が出てこない。
理久と久我先輩が、何で?そもそも理久って女の子が好きじゃなかったっけ。
よく考えたら理久の昔のことについて知っているのは親が再婚してこの学園に入ったということくらいで他の昔の話を聞いたことがない。

というか久我先輩も久我先輩で元彼が同じ学校にいてほぼ2年間気づかなかったとかそんな話有り得るのか。

「同じ学校なのに何で今まで気付かんかったやーって思ってるやろ?」
「え、あ…はい」

そんな俺の心を見透かすように久我先輩は自分の胸ポケットに入っていた生徒手帳を取り出す。手帳の中から出てきたのは一枚の写真だった。

3人仲良く映っている姿の両脇はどこからどう見ても久我兄弟。格好や背景的におそらく小学校の卒業式の写真だろう。 2人に挟まれた真ん中の男の子はいかにも真面目そうな風貌で黒髪に黒縁眼鏡を掛けていた。

「これ誰やと思う?」
「…まさか、理久ですか」
「そ」

そう言われてもう一度見るが今の理久からは想像出来ない。それくらい正反対の見た目で、表情だって違う。
いつもの彼は常に笑顔なイメージだが写真の中では笑顔とは程遠い、不機嫌そうな顔。

「見た目だけやったらまだしも性格も喋り方も変わってるんやもん。すれ違うくらいじゃなかなか気付かんわな」

確かに俺だったら少し喋ったくらいじゃ気が付かないかもしれない。現に合同授業で同じ空間で過ごすことがある久我弟は一切気付いている様子もない。

暫くして久我先輩はそっと写真を手帳の中にしまうと少し考えたように俯きながら「橘さ、今週の日曜予定ある?」と聞いてきた。

急に変わってしまった話題に嫌な予感がする。
今の流れと過去の自分の行動を照らし合わせてみれば久我先輩が今から何を言い出すかおおよそ予想はついた。

「…もしかして貸しの件、理久絡みの頼み事しようとしてます?」
「あ、バレた?」

嬉しくないが見事予想は的中。
甘えたように「遊園地のチケット余ってんねん。お願いやから理久連れてきてや~」と腕を組んでくる久我先輩の行動は明らかに目立ちたくない俺に対しての嫌がらせで周りの生徒がチラチラとこちらに視線を向けてくるのがわかる。

「誘っても絶対来ないと思いますよ、理久」
「俺がいるってこと言わんかったら絶対来るから!頼む!」

このままだと訳の分からん噂を立てられそうなので軽く腕を払えば、今度は両手で手を握ってきた。めちゃくちゃ鬱陶しい。

「つまり俺に嘘つけと…?」
「それ以外何があるん?」

この男は自分の過去の発言を忘れたのか。
保健室で嘘つくの下手だの弟に似てるだの言ってきたくせに。あのせいで会長と付き合ってるとかいう設定に振り回されたんだぞ、こっちは。

「俺が嘘下手なの知ってますよね?」
「そうやっけ?」
「初めて話した時!久我先輩が!そう言ってたでしょう!」
「あ、あ~…あれ嘘嘘。軽い冗談や」

本当に忘れてやがったな、こいつ。
普段の俺なら絶対協力してやらんと言っているところだが、久我先輩に対しての借りはかなり大きいのでそうは言えない。すげー言いたいけど。ここは我慢しよう。

せめてOKの返事はしてやらんというばかりの沈黙を貫いて有耶無耶するつもりだったが、強引すぎる久我先輩には通用しなかった。

「とりあえずミヤマエくん連れて日曜日9時駅前!」
「え、ちょ、ま…」
「適当な嘘ついてもええから絶対連れてきてな~」

黙っている俺に有無言わせる隙も与えず、足早に去っていく姿を見て敗北を知る。だって明日は土曜日だし、久我先輩の連絡先も知らない。借りがある手前、わざわざ追い掛けて断れない。

色々考えたが誘う以外の道はなく、仕方なく諦めた俺は理久の待つ教室へと大人しく帰ることにした。
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