猫被りも程々に。

ぬい

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October

03

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放課後の図書室。
一般生徒の下校時間はとっくに過ぎていて、部屋には要先輩と俺の二人きりだった。

とりあえず比較的苦手な数学を教えてもらうことになり、説いている最中は勿論ほぼ沈黙。
これはいつもの事で大体解いた問題を先輩が丸つけしてくれている間に日常会話をする、というパターンが多い。

この日も例外はなく、要先輩が問題の丸をつけている間に他愛のない会話を挟みながら俺はようやく本題にありつく。

「要先輩のお母さんってどんな人ですか…?」
「お母さん…?」

あまりにも急な質問で少し驚いた顔をして見せたが、それは一瞬のことで「どこにでも居る普通の母親だよ。少し抜けてるとこあるけどね。昨日も塩と砂糖間違えてたし」と答えた。要先輩は寮生ではないから昨日家でそういう出来事があったばかりなのだろう。

表情になんの変化もない。隠し事しているようでもないし、本当の話を言っているようで、やっぱり離婚して苗字違うのかと落胆を隠せずにはいられない。とりあえず久我先輩にまた協力してもらうか。

「お母さんがどうかしたの?」
「夏休みに要先輩が入院してた病院で要先輩と同じ苗字の人と会って…その人の息子もここの学校に通ってるって聞いたので、もしかしてと思ったんですけど…」

事情を説明すると先輩が申し訳なさそうな顔で「力になれなくてごめんね」と笑った。要先輩は悪くないのに。心の底から申し訳なさそうな力ない笑顔に心が痛んだ。

「いえ、こちらこそ変な事聞いてすいません」
「ちなみにその人の名前は?なんて言うの?」
「紫です。藤田紫」
「…紫?」

何も期待せず名前を出した瞬間、大きく目を見開いた要先輩は何かを思い出したかのような表情で口に手を当てた。

「…もしかして知ってます?」
「あー…うん…」

先程の話で止まっていた右手がまた円を描き始め、少し口篭った言い方からこれ以上突っ込んだらいけないような気がして俺はこれ以上何も聞くこともなくただ要先輩が話してくれるのを待つ。

それから暫くペンの音だけが鳴り響いた後、ようやく要先輩は口を開いた。

「…僕の叔母…だと思う。紫おばさんの息子もここに通ってるし」
「そうだったんですか…」
「最近離婚して苗字変わったから、一瞬誰だかわかんなかったや」

空気とは裏腹に軽快なペンの音。要先輩の表情はいつものように笑っていてよく読めない。

要先輩の叔母ってことは苗字からして要先輩の父親の妹かお姉さんってところだろう。
そこから辿ればこの手紙も渡せるかもしれないが、もしかしたら反応的にあんまり仲が良くないのかもしれない。どうしよう。

「…全問正解。すごいな」
「あ、ありがとうございます」
「凌、厳しいけど教えるの上手でしょ」
「そうなんですよ。もうすごいスパルタで…」

急に要先輩から出てきた名前に戸惑う。
一瞬誰のことだか分からなかったのは、いつも俺が会長と呼んでいるからで。周りからも会長と呼ばれているせいで聞き馴染みないからで。

(…要先輩だって、会長って呼んでたはずじゃ、)

頭の中では色々な疑問がぐるぐると回っていた。

会長が実家に帰らない理由。
会長と要先輩がどこか似ている理由。
図書室で会長の本性を知ってしまった理由。

それに会長が要先輩を呼び捨てで呼ぶ理由だって。

久我先輩のように兄弟なんて居ない。文系と理系でクラスも違う。話すところなんてあまり見た事がない。仲がいい噂なんてのもない。なのに要先輩を呼び捨てで呼ぶ会長に以前違和感を覚えてわざわざ仲がいいのかと尋ねたこともあったのに。

ーーとっても真面目で優しい子でね、あと顔が良いからモテるんじゃないかしら。

あの時の紫さんの言葉を思い出す。
会長には色々お世話になった。性格は悪いが、仕事には真面目でなんだかんだ人に優しい。だから生徒会だって滞りなく回っていて、人に慕われていて。

「凌と僕は従兄弟なんだ」
「い、とこ…」
「紫おばさんは僕のお父さんのお姉さんで凌のお母さん。隠してるつもりはなかったんだけど、言う機会がなかったからごめんね」

要先輩はこれ以上は何も話さなかったし、俺もこれ以上は何も聞かなかった。
本当は他にも沢山聞きたいことがあったけど、これ以上は本人から聞いて欲しいと言っているような、そんな気がして聞くことが出来なかったという方が正しい。

「他にわからないところある?」
「あ、そうですね…後はこれとか自信なくて…」

結局その話題はそれきり。
いつも通り勉強を教えてもらいその日は時間ぴったり終わって校舎を見る。生徒会室まだ明かりがついていた。

どうやら今日はまっすぐ帰れそうもない。

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