49 / 127
October
03
しおりを挟む
放課後の図書室。
一般生徒の下校時間はとっくに過ぎていて、部屋には要先輩と俺の二人きりだった。
とりあえず比較的苦手な数学を教えてもらうことになり、説いている最中は勿論ほぼ沈黙。
これはいつもの事で大体解いた問題を先輩が丸つけしてくれている間に日常会話をする、というパターンが多い。
この日も例外はなく、要先輩が問題の丸をつけている間に他愛のない会話を挟みながら俺はようやく本題にありつく。
「要先輩のお母さんってどんな人ですか…?」
「お母さん…?」
あまりにも急な質問で少し驚いた顔をして見せたが、それは一瞬のことで「どこにでも居る普通の母親だよ。少し抜けてるとこあるけどね。昨日も塩と砂糖間違えてたし」と答えた。要先輩は寮生ではないから昨日家でそういう出来事があったばかりなのだろう。
表情になんの変化もない。隠し事しているようでもないし、本当の話を言っているようで、やっぱり離婚して苗字違うのかと落胆を隠せずにはいられない。とりあえず久我先輩にまた協力してもらうか。
「お母さんがどうかしたの?」
「夏休みに要先輩が入院してた病院で要先輩と同じ苗字の人と会って…その人の息子もここの学校に通ってるって聞いたので、もしかしてと思ったんですけど…」
事情を説明すると先輩が申し訳なさそうな顔で「力になれなくてごめんね」と笑った。要先輩は悪くないのに。心の底から申し訳なさそうな力ない笑顔に心が痛んだ。
「いえ、こちらこそ変な事聞いてすいません」
「ちなみにその人の名前は?なんて言うの?」
「紫です。藤田紫」
「…紫?」
何も期待せず名前を出した瞬間、大きく目を見開いた要先輩は何かを思い出したかのような表情で口に手を当てた。
「…もしかして知ってます?」
「あー…うん…」
先程の話で止まっていた右手がまた円を描き始め、少し口篭った言い方からこれ以上突っ込んだらいけないような気がして俺はこれ以上何も聞くこともなくただ要先輩が話してくれるのを待つ。
それから暫くペンの音だけが鳴り響いた後、ようやく要先輩は口を開いた。
「…僕の叔母…だと思う。紫おばさんの息子もここに通ってるし」
「そうだったんですか…」
「最近離婚して苗字変わったから、一瞬誰だかわかんなかったや」
空気とは裏腹に軽快なペンの音。要先輩の表情はいつものように笑っていてよく読めない。
要先輩の叔母ってことは苗字からして要先輩の父親の妹かお姉さんってところだろう。
そこから辿ればこの手紙も渡せるかもしれないが、もしかしたら反応的にあんまり仲が良くないのかもしれない。どうしよう。
「…全問正解。すごいな」
「あ、ありがとうございます」
「凌、厳しいけど教えるの上手でしょ」
「そうなんですよ。もうすごいスパルタで…」
急に要先輩から出てきた名前に戸惑う。
一瞬誰のことだか分からなかったのは、いつも俺が会長と呼んでいるからで。周りからも会長と呼ばれているせいで聞き馴染みないからで。
(…要先輩だって、会長って呼んでたはずじゃ、)
頭の中では色々な疑問がぐるぐると回っていた。
会長が実家に帰らない理由。
会長と要先輩がどこか似ている理由。
図書室で会長の本性を知ってしまった理由。
それに会長が要先輩を呼び捨てで呼ぶ理由だって。
久我先輩のように兄弟なんて居ない。文系と理系でクラスも違う。話すところなんてあまり見た事がない。仲がいい噂なんてのもない。なのに要先輩を呼び捨てで呼ぶ会長に以前違和感を覚えてわざわざ仲がいいのかと尋ねたこともあったのに。
ーーとっても真面目で優しい子でね、あと顔が良いからモテるんじゃないかしら。
あの時の紫さんの言葉を思い出す。
会長には色々お世話になった。性格は悪いが、仕事には真面目でなんだかんだ人に優しい。だから生徒会だって滞りなく回っていて、人に慕われていて。
「凌と僕は従兄弟なんだ」
「い、とこ…」
「紫おばさんは僕のお父さんのお姉さんで凌のお母さん。隠してるつもりはなかったんだけど、言う機会がなかったからごめんね」
要先輩はこれ以上は何も話さなかったし、俺もこれ以上は何も聞かなかった。
本当は他にも沢山聞きたいことがあったけど、これ以上は本人から聞いて欲しいと言っているような、そんな気がして聞くことが出来なかったという方が正しい。
「他にわからないところある?」
「あ、そうですね…後はこれとか自信なくて…」
結局その話題はそれきり。
いつも通り勉強を教えてもらいその日は時間ぴったり終わって校舎を見る。生徒会室まだ明かりがついていた。
どうやら今日はまっすぐ帰れそうもない。
一般生徒の下校時間はとっくに過ぎていて、部屋には要先輩と俺の二人きりだった。
とりあえず比較的苦手な数学を教えてもらうことになり、説いている最中は勿論ほぼ沈黙。
これはいつもの事で大体解いた問題を先輩が丸つけしてくれている間に日常会話をする、というパターンが多い。
この日も例外はなく、要先輩が問題の丸をつけている間に他愛のない会話を挟みながら俺はようやく本題にありつく。
「要先輩のお母さんってどんな人ですか…?」
「お母さん…?」
あまりにも急な質問で少し驚いた顔をして見せたが、それは一瞬のことで「どこにでも居る普通の母親だよ。少し抜けてるとこあるけどね。昨日も塩と砂糖間違えてたし」と答えた。要先輩は寮生ではないから昨日家でそういう出来事があったばかりなのだろう。
表情になんの変化もない。隠し事しているようでもないし、本当の話を言っているようで、やっぱり離婚して苗字違うのかと落胆を隠せずにはいられない。とりあえず久我先輩にまた協力してもらうか。
「お母さんがどうかしたの?」
「夏休みに要先輩が入院してた病院で要先輩と同じ苗字の人と会って…その人の息子もここの学校に通ってるって聞いたので、もしかしてと思ったんですけど…」
事情を説明すると先輩が申し訳なさそうな顔で「力になれなくてごめんね」と笑った。要先輩は悪くないのに。心の底から申し訳なさそうな力ない笑顔に心が痛んだ。
「いえ、こちらこそ変な事聞いてすいません」
「ちなみにその人の名前は?なんて言うの?」
「紫です。藤田紫」
「…紫?」
何も期待せず名前を出した瞬間、大きく目を見開いた要先輩は何かを思い出したかのような表情で口に手を当てた。
「…もしかして知ってます?」
「あー…うん…」
先程の話で止まっていた右手がまた円を描き始め、少し口篭った言い方からこれ以上突っ込んだらいけないような気がして俺はこれ以上何も聞くこともなくただ要先輩が話してくれるのを待つ。
それから暫くペンの音だけが鳴り響いた後、ようやく要先輩は口を開いた。
「…僕の叔母…だと思う。紫おばさんの息子もここに通ってるし」
「そうだったんですか…」
「最近離婚して苗字変わったから、一瞬誰だかわかんなかったや」
空気とは裏腹に軽快なペンの音。要先輩の表情はいつものように笑っていてよく読めない。
要先輩の叔母ってことは苗字からして要先輩の父親の妹かお姉さんってところだろう。
そこから辿ればこの手紙も渡せるかもしれないが、もしかしたら反応的にあんまり仲が良くないのかもしれない。どうしよう。
「…全問正解。すごいな」
「あ、ありがとうございます」
「凌、厳しいけど教えるの上手でしょ」
「そうなんですよ。もうすごいスパルタで…」
急に要先輩から出てきた名前に戸惑う。
一瞬誰のことだか分からなかったのは、いつも俺が会長と呼んでいるからで。周りからも会長と呼ばれているせいで聞き馴染みないからで。
(…要先輩だって、会長って呼んでたはずじゃ、)
頭の中では色々な疑問がぐるぐると回っていた。
会長が実家に帰らない理由。
会長と要先輩がどこか似ている理由。
図書室で会長の本性を知ってしまった理由。
それに会長が要先輩を呼び捨てで呼ぶ理由だって。
久我先輩のように兄弟なんて居ない。文系と理系でクラスも違う。話すところなんてあまり見た事がない。仲がいい噂なんてのもない。なのに要先輩を呼び捨てで呼ぶ会長に以前違和感を覚えてわざわざ仲がいいのかと尋ねたこともあったのに。
ーーとっても真面目で優しい子でね、あと顔が良いからモテるんじゃないかしら。
あの時の紫さんの言葉を思い出す。
会長には色々お世話になった。性格は悪いが、仕事には真面目でなんだかんだ人に優しい。だから生徒会だって滞りなく回っていて、人に慕われていて。
「凌と僕は従兄弟なんだ」
「い、とこ…」
「紫おばさんは僕のお父さんのお姉さんで凌のお母さん。隠してるつもりはなかったんだけど、言う機会がなかったからごめんね」
要先輩はこれ以上は何も話さなかったし、俺もこれ以上は何も聞かなかった。
本当は他にも沢山聞きたいことがあったけど、これ以上は本人から聞いて欲しいと言っているような、そんな気がして聞くことが出来なかったという方が正しい。
「他にわからないところある?」
「あ、そうですね…後はこれとか自信なくて…」
結局その話題はそれきり。
いつも通り勉強を教えてもらいその日は時間ぴったり終わって校舎を見る。生徒会室まだ明かりがついていた。
どうやら今日はまっすぐ帰れそうもない。
1
お気に入りに追加
1,141
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる