猫被りも程々に。

ぬい

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September

03

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「あ、本屋行ってもいいですか」
「うん」

映画館を出ると目に付いたのは大きめの綺麗な本屋。
入るなり真っ直ぐ向かったのは小説の新刊コーナーで、広いだけあってかなり充実していた。
学園にいるとなかなか本屋に行く機会がないので内心めちゃくちゃ興奮しながら、綺麗に並べられた本の中から自分が好きな作家の本を手に取る。

「その人の作品面白いよね」
「…知ってるんですか?」
「昔は結構本読んでたから」

確かに思い返すと会長の部屋には本がいくつか置いてあった気がする。その時この人も本読むんだなと思ったが特にその話題を出すことも無く、すっかり忘れていた。

「折角だし俺も何か買おうかな。何かオススメある?」
「これとか結構面白かったですよ」

昔読んでいたなら定番な人気作はもう読了してそうなので平積みされている新刊の中で個人的に好きだった作品をオススメすれば会長は「じゃあ、それ買お」と迷うことなくその本を手に取った。もう少し悩まなくていいのだろうか。

後は個々好きな作家の作品等をチェックしているといつの間にか結構な時間が経っており、時刻は19時過ぎ。

なかなか人と本屋に行くという事がないので何も考えずに夢中になってしまったことを反省し、周囲を見渡すも会長は見当たらず。はぐれたのかと思い、スマホを取り出しつつ本屋をぐるぐるしてると勉強本が置いてあるコーナーに見覚えのある後ろ姿が見えた。

「すいません、夢中になってて。はぐれたかと思いました」
「ごめん、俺も普通に夢中で時間忘れてた。今何時?」
「もう19時過ぎです」

全く気にしていない様子に安堵し、会長が読んでいた本に視線を移す。手に持っているのはなんだか小難しそうな化学の本でちらりと覗き込んでみると中身はマジで意味不明で理解不能。何が書いてあるかすらよく分からなかった。

「面白いですか?」
「割と」

俺だって別に化学の知識がないわけじゃない。
高1の時に化学の基礎は一応学んだし、成績も普通の人よりは良かった。すごく得意でもなかったが。
そんな基礎レベルが分かる程度じゃ理解出来ない程の問題やら解説がずらりと並んでいる本を平気な顔して読んでいる目の前の男に対して、同じ人間だということをつい疑いたくなってしまう。

「会長ってなんで海外の大学行かないんですか?」
「なに急に」
「いや、折角そのくらいの頭あるのに勿体ないなぁと思って」
「跡継ぐだけならそこまでの学歴いらないかなって。めんどくさいし」
「それもそうか」

化学の本を元の位置に収めて、購入予定の本を手にレジに向かう途中、くだらない会話を繰り広げながら色んなコーナーをくぐり抜ける。

広いせいかレジまでが少し入り組んでおり、少し遠い。
ようやく辿り着くと日曜日の割にはあんまり混んでおらず、止まることなくスムーズに会計を終えることが出来た。

外に出ると辺りはもう真っ暗。
本来ならばお腹が減る時間だが、ポップコーンのせいかお互いあんまりお腹が減ってなかったので真っ直ぐ寮へ帰ることにした。

「結構満員ですね」
「何かのイベント帰りみたいだね」

周りはほとんどなにかのイベントグッズを持った人達。
行きの電車よりもかなり人が多く、混雑していて吊革を持っていてもバランスが取りづらい。揺れる車内で思わず前にいた会長の方に倒れてしまう。

「10分10000円」
「いくらなんでも高すぎません?」

この人なら本気で請求されかねない。
そう思ってこの狭い車内でなんとか距離を取ろうとしたが「嘘だよ」と耳元で笑われたので結局そのままもたれ掛かる事にした。両脇が女性だったので正直すごく有難い。

揺れる車内で微かに香る会長の匂いが長いようで短かった半年間の日々を思い出させる。

(…要先輩が復活したら、こうやって会うこともなくなるんだろうな)

そもそも最初から生徒会の仕事を手伝う代わりに勉強を教えてもらうという話で会長とは友達でもなんでもない。実家に冬休み来る話だって特に約束した訳でもない。

だからきっと明日から俺と会長の関係は半年前に戻る。
会長が急に遊びに誘った理由もなんとなく本屋にいる時に気付いていた。今日は多分最後の思い出作りみたいなもんだろう。

忙しく目まぐるしい日々で正直そんないい思い出もないのになんだか少し寂しいような。名残惜しいような。
そんな複雑な気持ちを抱えたまま電車の窓越しから見える外の景色を見つめる。

「…帰りたくないな」
「え?」

一瞬、心の声を口に出してしまったのかと思った。
騒がしい車内ではっきりと聞こえた言葉は明らかに俺ではない会長のもので思わず聞き返す。

「ほらテストに文化祭に生徒会引き継ぎ。考えるだけで頭痛い」
「ああ、この時期大変ですもんね」
「それにこうして橘と会うこともなくなるだろうしね」

二人きりのときに橘と呼ばれたのはすごく久しぶりな気がする。
表情を伺おうにも体勢的に伺えず、俺が言葉を発する前に車内のアナウンスが流れ出した。いつの間にか最寄り駅に着いていたらしい。

「じゃあ、勉強頑張って」
「会長も頑張ってください」

窮屈な車内を出てから歩いている最中はお互い一切話さず、唯一最後に交わした言葉は特にいつもと変わらないなんとも味気のないものだった。
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